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2019年03月28日

地方創生現場を徹底取材「IT風土記」

熊本発 「防災」転じて「観光」となす?阿蘇火口を「見せる化」

 熊本県の阿蘇山で阿蘇観光の名所の一つである中岳火口を「見える化」するプロジェクトが進んでいる。火山防災を目的にドローンなどで撮影した火口の映像を活用し、VR(仮想現実)映像を制作する一方、AI(人工知能)を駆使し、火口周辺の火山ガス発生域をリアルタイムで表示するシステムの開発にも取り組んでいる。さまざまな火山防災のデータや資料をITによって分析・加工し、阿蘇山観光の新たな魅力の発信に役立てることを目指している。阿蘇山観光にITはどんな効果をもたらすのか。

臨場感いっぱいの中岳火口映像

 日本で最大級のカルデラ地形を形成する阿蘇山は、熊本県で最も人気が高い観光エリアだ。山頂まで広がる草原は季節によって彩りを変え、訪れた人たちの心を和ませる。麓から眺めると壁のように迫る外輪山。その尾根沿いに伸びる県道「ミルクロード」は絶景の展望スポットが点在する。肥沃な火口原で育った農産物や畜産物、数々の名湯も阿蘇山の賜物だ。 阿蘇山の中心に位置する中岳は、いまも活発な火山活動を繰り広げている。火口間近まで足を踏み入れることができる世界的にも珍しい火山で、国内外から多くの観光客が訪れている。

 そんな中岳の魅力をVRで体験できるアトラクションが4月1日に阿蘇火山博物館で公開された。ヘッドマウントディスプレイと呼ばれる視聴用のゴーグルを装着すると、そこには中岳火口が広がっている。左右には切り立った火口が迫り、下をみると、火口の底にたまった青緑色に輝く湯だまりが見えてくる。上を向くと、もくもくと沸き立たった蒸気が晴天の空に広がっていく。まるで鳥になって火口に飛び立ったような気分で、雄大な地球の営みを体感させてくれる。
※ VRで体験できるアトラクションは、熊本県商工観光労働部観光物産課が今年度実施した「阿蘇山上観光VR体験環境整備事業」の成果です。

阿蘇山上の草千里にある阿蘇火山博物館。阿蘇山の成り立ちなどを紹介している
3月17日に博物館にオープンした環境省の阿蘇山上ビジターセンター

 「これで中岳の火口の素晴らしい眺めをいつでも観光客に見てもらうことができるようになりました。阿蘇観光の新たな魅力になってくれると期待しています」。博物館を運営する阿蘇火山博物館久木文化財団の岡田 誠治常務理事は感慨深そうに話す。

阿蘇火山博物館久木文化財団の岡田 誠治常務理事

 阿蘇火山博物館は中岳から3キロほど離れた中烏帽子岳の北麓、「草千里」と呼ばれる草原の中にあり、阿蘇山に関する火山活動や地形地質、動植物、歴史民俗などに関するさまざまな資料が展示されている。学術面、防災面の研究・調査を行う拠点にもなっている。天候不良や火山ガス規制にかかわらず、いつでも火口見学を疑似体験できるようこのサービスの提供を始めた。

 中岳の火口を見ることができるかどうかは山のご機嫌次第だ。2014年8月から阿蘇山中岳の火山活動が活発化。それから3年半、まったく立ち入りができなくなった。規制中の2016年10月には中岳が噴火。火口に向かうロープウエーが大きなダメージを受けた。その後、火山活動が沈静化し、2018年2月に規制が解除されたが、火口に立ち入りできるのは、火口の火山ガス濃度が低い時に限られる。

 火口に向かう有料道路には、規制情報を知らせる看板があり、「立入禁止」の赤信号がともると、道路のゲートが閉鎖される。「観光客がたくさん来ているのに規制になると、ゲートから先には入れません。ゲートの前で『いつ開くのですか?』と多くの観光客が待っています。阿蘇には海外からの観光客もたくさん訪れているので開けてあげたいのですが、やはり安全第一ですのでそれはできません現状、風向きが変わってガス濃度が薄まるのを待つしかありません」と阿蘇市経済部観光課の秦(しん) 美保子課長は残念がる。
※ 規制情報は30分置きに更新される

阿蘇市経済部観光課の秦 美保子課長
火口見学の玄関口である有料道路。立ち入り規制のためゲートが閉鎖されている

熊本地震からの復興がきっかけに

NEC未来都市づくり推進本部の佐藤 剛幸エキスパート

 「この状況を何とかできないか」。岡田常務理事から相談を持ち掛けられたのは、博物館に防災や監視のシステムの提案をしていたNEC未来都市づくり推進本部の佐藤 剛幸エキスパートだった。

  岡田常務理事は「防災に使えるだけでなく、観光にも活用できる、そんなシステムをつくることはできないだろうか」と佐藤エキスパートに提案。その提案に「目からうろこが落ちるような発想でした。防災・監視システムは専門家が使うものという固定概念があり、観光のためにオープンに使うという発想がなかった」と佐藤エキスパートは振り返る。

 そんな議論をしているうちに最大震度6強を記録した2016年4月16日の熊本地震が博物館を襲った。建物の一部に亀裂やゆがみが生じ、展示物が倒れて壊れるなどの被害を受けた。阿蘇市街と博物館を結ぶ阿蘇山上道路もところどころで崩壊し、通行が不可能に。水道、電気などのライフラインも水道管や電柱が山肌崩壊に巻き込まれストップした。さらに追い打ちをかけるように同年10月に中岳が噴火。博物館が火口に設置していた2台の監視カメラが壊れてしまった。

 博物館は国や県などの支援、民間からの寄付を受け、施設の復旧を進める一方、噴火で壊れた監視カメラの復旧にも着手した。火口カメラは火口の西側と北側に設置されており、約3キロ離れた博物館とケーブルでつないで365日24時間体制で火山の様子を監視していた。映像は気象庁やテレビ局にも配信され、火口の調査・研究、防災面に活用されていた。復旧が急がれる中、岡田常務理事が提案した「防災で使いつつ、平時は観光につかえる新しい仕組み」を取り入れた復旧に乗り出した。

 カメラには夜間の映像も噴煙も高精細で撮影できる超高感度フルハイビジョンを採用。しかし、そのままでは火口から噴出する二酸化硫黄(SO2)ガスにより、カメラが壊れてしまう。保護ケースを作るにも鉄やアルミでは腐食してしまい1年ももたない。そこでオールチタンのフルHD超高感度一体型カメラを開発した。映像を飛ばすためのケーブルも噴火でズタズタになっていたので火口から阿蘇火山博物館に無線伝送装置でつなぐシステムを新たに構築した。

中岳火口の監視カメラの映像を分析するNECの火口監視・観測システム
中岳火口に設置された監視カメラが収められているトーチカ。直下に火口底の湯だまりがある
切り立った崖に設置されている火口カメラ

 無線伝送装置を採用することでコストを大幅に低減できた。噴火した際の火山灰の影響が懸念されたため、「博物館から阿蘇山の火山灰を送ってもらい、実験室の中に送風機を置いて、火山灰を実際にまいて影響を検証しましたが、特に大きな影響はありませんでした」と佐藤エキスパートは語る。

 火口へのカメラ設置は厳しい環境のもとで行われた。火山ガスが多く、一般の人が立ち入りできない状況で、ガスマスクをつけて作業をしたという。2018年10月からこのシステムが稼働したが、システムの構築には丸2年を要したという。このカメラが設置されたことで、防災面では、昼夜を問わず火口の様子を監視・観測できるほか、火山研究にも役立ち、住民や観光客の安全・安心に貢献する。加えて、博物館内で、来館者が火口の見たい場所を前後左右に操作して探すアトラクションとしても利用されている。

火口の監視カメラは博物館で来館者が操作できる

 「火口VR」には、この監視カメラの映像が利用されている。また、火口の研究・監視用に飛ばしたドローンで撮影した映像も活用し、実際の火山見学でも味わえないような迫力ある映像が楽しめる。

阿蘇市も連携、新たな観光の在り方を模索

 こうした博物館とNECの取り組みに阿蘇市も連携。3者は18年7月に包括連携協定を締結した。協定で3者は阿蘇市や阿蘇山周辺地域の「安全・安心かつ持続可能なまちづくり」の実現に取り組むとともに阿蘇市の観光促進のさらなる活発化を目指し、AIやIoTといった先進技術を活用した災害対策や観光振興に取り組んでいくという。

 「VRの映像については今後もいろいろなコンテンツを提供していきたいですね。例えば、実際に噴火したり、火山ガスが発生したりした時のシミュレーションをVR化して、どう逃げたらいいかを学べるようにする。通常の避難訓練はリアリティがありませんが、VRならリアルな経験ができます」と佐藤エキスパート。今回の取り組みからITを活用した防災と観光を融合させた『観光防災』という新しい視点が生まれてきたという。

阿蘇~カルデラ内を一望している写真

 一方、協定を締結した3者で模索するのが、阿蘇山のもう一つの「見える化」プロジェクトだ。

 博物館や阿蘇市のほか、気象庁や環境省などが持つさまざまな中岳火口に関するデータをAIに読み込ませ、火口周辺に発生する「火山ガス」の発生エリアを分析、地図上に表示するシステムの開発を目指している。火山ガスを「見える化」することで、阿蘇山の火山防災の精度を高める一方、新たな観光の機会を引き出すことを狙っている。

阿蘇市経済部の吉良 玲二部長

 「現在の規制では、火口周辺に設置された検知器がガスを検知すると、30分間は立ち入りが規制され、その間にまたガスを検知すると、そこから30分間規制が延長となる。現状、火山ガスがないエリアも規制の対象になってしまうことがある。立体的にガスの濃度や風向、風力などのデータをもとに実際に火山ガスがあるエリアを特定できれば、規制の必要のないエリアへの立ち入りを可能にすることができる。安全・安心を確保しながら、多くの観光客に見学していただける機会が増えるようになるかもしれない。また、立ち入りできるエリアが広がれば、更に阿蘇地域への来訪者増へとつながると思います」と秦課長は語る。

 阿蘇市によると、2017年の観光客数は約288万人。震災前の2015年の415万人に比べると、約30%も減少した。「2015年の観光客数は過去最高を記録していました。観光収入も過去最高を記録し、その流れで、多くの市民が2016年に再投資や態勢の拡大を考えていたところでした。『さあ、これから』というところでの震災と噴火です。大きな打撃でした」と阿蘇市経済部の吉良 玲二部長は語る。

 震災前に5万人だった修学旅行者数は震災後ゼロに。2年が経過した2018年でも7800人にしか回復していないという。観光の回復は道半ば。それだけにVRによる火口のいつでも「見える化」、火口ガスの「見える化」によって新たな阿蘇観光の魅力を引き出したい考えだ。

 「火山ガスは観光にとっては厄介ものです。でも火山ガスとしっかり向き合うことがAIによってできるのではないか。ただ、逃げたり、厄介と思ったりするのではなく、阿蘇山の一つの個性として向き合う。そのことによって、安全・安心が担保され、防災や今後の観光にもつながると思っています」と秦課長は期待を寄せている。

  日本には阿蘇山だけでなく、100を超す活火山がある。阿蘇市と同じように規制が観光拡大の妨げになっているところも少なくない。AIやIoTが火山防災や観光にどう貢献していくのか。阿蘇市をはじめとする3者の取り組みに注目が集まる。

博物館の上から見た中岳。火口からもくもくと水蒸気を上げている

(産経デジタル SankeiBiz編集部)

産経デジタル SankeiBiz編集部
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