ビルも火山も透視する可視化技術「ミュオグラフィ」は、社会にどのような恩恵をもたらすのか
2017年5月、東京大学地震研究所とハンガリー科学アカデミー・ウィグナー物理学研究センター、そしてNECは、宇宙線による可視化技術「ミュオグラフィ」を用いて構造物内部を透視画像化するシステムの共同開発を開始した。ミュオグラフィとは何か、この技術が社会にもたらすメリットは何か。ミュオグラフィ研究の第一人者である東京大学高エネルギー素粒子地球物理学分野教授の田中宏幸氏に話を伺った。
SUMMARY サマリー
SPEAKER 話し手
東京大学
田中 宏幸 氏
高エネルギー素粒子地球物理学分野教授
地震研究所
あらゆる構造体の内部を可視化する「ミュオグラフィ」
──ミュオグラフィとはどのようなものですか?
田中氏:ミュオグラフィとは、ミューオンという極めて透過性が高い素粒子を使って、レントゲン写真のように物体内部を投影撮像(あるいは単に投影)する可視化技術です。ミューオンは、宇宙の遥か彼方で起きた超新星爆発等で加速された粒子が地球に届き、窒素や酸素の原子核と衝突してつくりだされる素粒子です。光の速度で長時間飛ぶことができ、キロメートルに及ぶ岩盤を通り抜ける貫通力を有しています。しかし、エックス線が骨で止まるのと同様に、ミューオンも一部の岩盤などを透過しにくいため、その透過率の違いを使って内部構造を画像化することができます。つまり、巨大物体版レントゲン写真のようなものです。
──近年、ミュオグラフィが注目されている理由を教えてください。
田中氏:ミューオン自体は、1936年にアメリカの物理学者が発見し、1950年代にオーストラリアの物理学者が初めて岩盤の密度を求める実験を行い、1967年にもピラミッドの中を見るために、この技術が使われました。そして、2006年に私たちの研究チームが、世界で初めて浅間山の透視画像の撮影に成功しました。それまで、ミュオグラフィにとって火山は一番難しいターゲットといわれていましたが、21世紀の技術革新により、解像度や機器サイズ、コスト面などの課題がクリアされ、ピラミッドより遥かに大きい火山内部をミュオグラフィで可視化できるようになったのです。この実験の結果により、火山より小さいものならば、どのような大規模構造体でも可視化できることが実証され、再びミュオグラフィに注目が集まりました。
それ以降、福島原発のメルトダウンやギザの三大ピラミッドの透視など、さまざまな領域で応用がはじまっています。
──透過するものとしないものの違いは何ですか?
田中氏:正確に言うと、透過するかしないかではなく、透過しにくいか透過しやすいかです。たとえば、100個のうち80個通り抜けるものと30個しか通り抜けないものがあれば、30個通る物体は密度が高く、80個の方は密度が低いと判断できますから、その数値から密度のコントラストを描くことができます。
──テクノロジーの進化とミュオグラフィの発展に関連性はありますか?
田中氏:それは極めて重要な質問です。例えば、100年前のレントゲン写真と今のレントゲン写真に本質的な違いはありません。しかし、エックス線照射装置が商業化され、イメージングプレートや再生可能なエックス線フィルムが開発されたことで、昔はレントゲン博士しか使えなかったものが、今では病院のレントゲン技師なら誰でも使えるようになったのです。そこが非常に重要で、今まで素粒子物理学者しか扱えなかったミュオグラフィに技術的発展が加わると、多くの人が使える技術となり社会のさまざまな場面で使われるようになると思っています。
──ミュオグラフィの技術が汎用化し、社会実装された場合、社会にどう役立つのでしょう。
田中氏:例えば、内部に人が入れない原発のメルトダウンの状態を確認したり、高速道路にあらかじめミュオグラフィを埋め込むことで道路の劣化状況を監視したり、溶鉱炉の内部を可視化するなど、ミュオグラフィにはさまざまな可能性があります。ただし、学者である我々は、ベースとなる技術を開発する役割であり、そうした個別の対応は各企業に対応をお願いするしかありません。
今回、社会実装のパートナーとしてNECを選んだのは、NECは個別の対象に向けた技術を開発するのではなく、いわゆるシーズを個々の顧客や企業のニーズに変換し、ミュオグラフィを社会実装する体力を持つ企業だと評価したからです。