デジタル先進国デンマークに学ぶ、デジタル化戦略の成功ポイント
福祉国家デンマークは、世界で最もデジタル化が進んでいる国の1つでもある。2020年に発表された国連の電子政府調査で第1位となり、同じく国連の「デジタル経済と社会指数」でも3位にランクインした。高い労働生産性を実現し、国民の幸福度も高水準だ。少子高齢化、人口減少など多くの社会課題の解決に向け、デジタル化を推進する日本も見習うべき点は多い。デンマークのIT化を支えるKMD社のCEOであるエヴァ ・ベルネケとデンマーク財務省でデジタル化局長を務めるリッケ・シーヴァー氏が、公共デジタル化に欠かせない視点と成功のポイントを紹介する。
公共デジタル化を成功に導いた4つのポイント
政府が明確な目標とスケジュールを掲げ、公共分野のデジタル化を強力に推進しているデンマーク。日本のマイナンバーに相当する「CPR」と電子IDの「NemID」をすべての国民が持ち、さまざまなサービスを効率よく受けられる。
自分宛ての情報は電子私書箱で受け取り、公金の支払いや給付、各種の決済はオンラインで行える。国民は市民ポータルを介して政府とデジタルコミュニケーションを行い、国政選挙もオンライン投票が可能だ。不動産や企業情報などオープンデータの活用も進んでいる。
次代を担う子どもたちの教育にも熱心だ。生徒と学校をつなぐ教育プラットフォームを整備し、きめ細かな学習をサポートしている。雇用率も高く、被雇用者数は280万人以上。まちは明るく照らされ、公園や公共施設は常に清潔に保たれている。
このデジタル化を支える基盤やアプリケーションを長年にわたって提供しているのが、デンマーク最大手のIT企業KMD社である。「70年代前半から現在に至るまで、公共サービスの中核となるデジタルインフラを数多く構築してきました。そのサポート範囲は広く、公共部門や地方自治体だけでなく、税金、警察、防衛など省庁や政府機関も含まれます」とKMD社CEOのエヴァ ・ベルネケは説明する。
デンマークの公共デジタル化の大きな転機は約20年前にさかのぼる。公共分野の本格的なデジタル化戦略が策定されたのだ。これを機に、KMD社は行政へのデジタル署名の導入を支援。さらに市民が自分のデータを照合できる初のセルフサービスプラットフォーム「Borger.dk」、政府の公金収納・給付のための口座「NemKonto」、公共部門のデータを無料で安全に参照できるプラットフォーム「Datahub」などの実現をサポートした。こうしたインフラ整備がデンマークを世界トップクラスのデジタル先進国へ押し上げる原動力になった。
ベルネケによれば、その成功要因は大きく4つあるという。1つ目はデンマーク財務省下のデジタル化庁によるガバナンスに関して非常に強い関係を持てたことだ。これにより、国家予算の策定にデジタル化という視点を組み込むことができた。
2つ目はデジタル化の明確な目標があったこと。「デジタル化をどのレベルまで進めるか。具体的で明確な目標を掲げ、これを短期ではなく、2年から5年のスパンで進めていきました」とベルネケは話す。
3つ目はデジタル化のための法整備に積極的に取り組んだこと。「封書の代わりにEメールを認める。物理的なコンタクトに代わってデジタルでのコンタクトを認める。政府と協力し、そのための法律を整えていきました」(ベルネケ)。
そして4つ目が良質なデータの存在である。良質な公的データが共有できなければ、デジタル化は難しい。これも政府と協力してさまざまなデータを共有できる仕組みを整えた。これがDatahubの実現につながった。
透明性を高めて信頼を醸成し、短期間で成果を上げる
デンマークの公共デジタル化戦略は、政府の強いリーダーシップとガバナンスのもとで進められた。デンマーク財務省 デジタル化局長のリッケ・シーヴァー氏は、政府の視点からデジタル化成功のカギを次のように語る。
「国家・地域・地方自治体の縦の協力をうまく取りつけられたことが大きい。共通の目標や展望を持つことで、組織内におけるデジタル化戦略の策定が進んだ。企業と緊密な協力体制を築いたことも大きな成功要因です」
デジタル化のプロセスを段階的に進めていったことも注目すべきポイントだ。例えば、公共サービスのデジタル化を支える電子IDの利用は今では義務化されているが、当初デジタル化は試験的なプロジェクトと位置付け、その利用を市民や企業が任意で選べるようにした。デジタルの経験を積み、ベネフィットを実感してもらうことが大切と考えたからだ。
「銀行との間で合意を取りつけ、電子IDによるサービスを提供してもらう一方、公共部門には電子IDの使用を義務付け、デジタルサービスの選択肢を数多く提供しました。こうして市民と企業が経験を積み、その多くがデジタル化に慣れたところで、その利用を義務化したのです」とシーヴァー氏は説明する。
しかし、市民や企業の協力を得ることは簡単なことではない。そのためには必須の条件があるという。
まず大切なのが「信頼の構築」である。公共サービスのデジタル化には、市民・企業・インフラについて質の高い公的データの構築とその活用が欠かせない。しかし、信頼がなければ肝心のデータを提供してもらえない。
「データの管理や取り扱い方のルールを定め、高い透明性を確保する。例えば、自分の銀行口座や取り引きの詳細情報に公共部門がアクセスしても、ルールに基づいてきちんと取り扱い、問題は起きないことを理解してもらう。透明性の確保が信頼醸成の前提条件です」とシーヴァー氏は指摘する。
その重要性を示す好例がある。今回のパンデミックを機に、デンマーク政府は感染拡大の抑制を目的とした「追跡アプリ」を提供した。
しかし、アプリ名に“追跡”とあったため、当初は市民の行動を追跡監視しているという誤解を生んだ。「アプリは実際に市民を追跡しているわけではなく、携帯電話同士の位置関係を追跡します。しかし『追跡アプリ』と呼んでいたため、誤解が生じたのです。そのことをきちんと説明することで最終的には理解が得られました。何より透明性を持って、正確な情報を市民に伝えることが重要なのです」と話すシーヴァー氏。誤解が解けたことで、このアプリは広く利用されるようになった。
もう1つは「早期に成果を出す」ことだ。「夜遅くでも行政サービスを受けつけてもらえ、サービスの質も良くなった。いつでも新しいパスポートの申し込みができる。いつでも図書館に本を返却できる。目に見える明確な成果を出し、デジタル化は確かに良いと市民や企業に実感してもらうことが大切です」とシーヴァー氏は訴える。
レガシーシステムを刷新しデジタル化をさらに加速する
デジタル化を支えるインフラの構築も戦略が重要になる。プロジェクトが大規模になればなるほど、立ちはだかるハードルも険しいものになるからだ。
「正しい道を見つけるには、『どこを目指すのか』『何をしたいか』という戦略が必要です。戦略がないと1つのシステムで何でもやろうとしてしまうからです」とベルネケは主張する。
適材適所の人材登用も重要だ。新しいシステムを開発する人材と古いシステムを扱う人材は異なるからだ。「新しいシステムの開発では、ウォーターフォール型よりアジャイル型に慣れている人材が必要です」(ベルネケ)。
組織の中には古いレガシーシステムと最新のデジタルシステムが混在していることも多い。実際、デンマークの公共システムのデジタル化は1960年代から始まったため、何年もきちんとメンテナンスされてこなかったシステムが多数あるという。このままでは新しいデジタルシステムと連携できない。
「古いシステムを運用しつつ、同時に刷新も進めていく。ちゃんと機能していると思い込んで放っておいてはいけない。適材適所の人材登用を進め、データが存在する古いシステムを刷新し、新しいシステムと連携できるようにすることが大切なのです」とシーヴァー氏は訴える。
一方、デンマークは今回のパンデミックによる危機をうまく乗り越えつつある。社会基盤やビジネスのデジタル化が進んでいたためだ。
企業はすぐに在宅勤務に切り替え、オフィスと同じように仕事ができる環境を整えた。政府も公共部門のスタッフや学校へ通う子どもたち全員を数日で自宅待機させた。公共部門のスタッフはデジタルプラットフォームで仕事を行い、子どもたちは教育プラットフォームで授業を受け、チーム学習などにも取り組んでいる。「わずかな期間で仕事や教育のリモート化を実現し、パンデミックによる危機下でも高い生産性と教育水準を維持しています」とシーヴァー氏は語る。
パンデミックによる危機は今なお続いている。人々の行動は制限され、自由に人と会うことも難しい。「人々の暮らしや仕事を守り、社会を動かし続ける。人と人が物理的に会い、コミュニケーションする。今回の経験で、その重要性を強く痛感しました。これを教訓として今後のデジタル化戦略を考えていきたい」(シーヴァー氏)。
デンマークは地域、地方自治体、市民や企業との「連携」と「信頼」を基軸に、今後も公共分野のデジタル化を推進し、誰もが安全に安心して快適に暮らせるより良い社会を目指していく方針だ。