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人にやさしいデジタル・ガバメントを実現するための「勇気」と「信頼」

 デジタル・ガバメントに向けた動きが日本でも活発になりつつある。国連の経済社会局(UN DESA)の世界電子政府ランキングで首位のデンマークはいかなる道のりを歩み、どのような価値を実現してきたのか。同国最大のIT企業KMDのCEOであるEva Berneke(エバ・ベルネク)と、自治体での行政経験を持つNEC デジタル・ガバメント推進本部 シニアエキスパートの松見 隆子が、その歴史と現状、そしてデジタルによって実現されるWell-beingについて語った。

SPEAKER 話し手

NEC

松見 隆子

デジタル・ガバメント推進本部

KMD

Eva Berneke

CEO

未曾有の危機と行政の役割

松見 隆子(以下、松見):デジタル・ガバメントについて考えた時、COVID-19の感染拡大という問題への対処について、語らざるを得ないと思います。2020年の前半、世界は大きなパニックに襲われ、日本では行政のあり方を見直すきっかけにもなりました。デジタルトランスフォーメーション(DX)の先進国として有名なデンマークでは、今回の問題にどのように対処したのでしょう。

Eva Berneke(以下、Eva):デンマークでは、行政手続き、教育、医療などほとんどの公共サービスのデジタル化が完了しており、パンデミックに対する準備はおおむね出来ていたといえます。

 例えば、国民に通知する必要のある情報は、10年以上前から運用しているe-Boksといわれるwebシステムを使って提供しましたが、大きな問題は起こらず、印刷物の郵送などは必要ありませんでした。

 ほとんどの公的な手続きは自宅からおこなうことができますし、オンライン診療や高齢者の在宅ケアにおいてもデジタルの活用が定着しています。テレビ会議機能によって、看護師が服薬状況の確認や相談に応じるなど、COVID-19の感染リスクを避けた医療対応も実際に広くおこなわれました。

 ただ、2020年3月にすべての機関が一斉に閉鎖されたため、トラフィックが急激に集中するという経験は、これまでにないものでした。教育においては、4年前からデジタルプラットフォームが整備されていますが、今回、幼稚園から大学まですべての児童、生徒が自宅でプラットフォームを利用しなければならなくなったため、トラフィックの急激な増加やアプリケーションへの負荷が発生しました。これには、システムやプラットフォームを強化することで迅速に対応できました。

松見:すばらしいですね。一方、「2020 エデルマン・トラストバロメーター 中間レポート(5月版)」によると、このCOVID-19に対応するなかで、政府と企業の両方に対して信頼が低下しているのは調査対象国11か国中日本だけだというのです。日本ではもっと透明性を確保する必要がありますし、今後ますます「信頼」というキーワードが重要になってくると考えます。

 政府に対する信頼が低下した一因に、行政のデジタル化の遅れがあります。行政サービスの多くは、書類や対面での手続きが根強く残っています。これらが企業のデジタル化のボトルネックとなっている現状に対し、日本政府はいよいよ強い危機感を持っているのです。

DXのためには必要な「政治的勇気」

Eva:実は、昨年日本を訪れた時、政府関係者と話す機会がありました。皆さん社会のデジタル化についての関心が高く、それが簡単なことではないと理解されているように感じました。松見さんがおっしゃるとおり、社会システムをデジタル化するために必要なのは、自分の生活をゆだねられるという国民と政府との間の信頼関係だと思います。

 デンマークでは1960年代から個人番号が導入され、データを活用して、国民や企業、不動産の管理を進めてきました。デジタル化には、活用できるデータをつくり出すことが大切な一歩となります。日本の社会でも、マイナンバーを使った取り組みが始まっていると思いますが、住民サービスへデジタルデータを活用するにはまだ課題が多いかもしれません。

松見:日本では政府による個人情報の利用に対して国民の理解が得られにくいのが実情です。一方で自治体への信頼度は比較的高いことから、地域基点でのデジタル化がキーになると考えています。そして実際にデジタル・ガバメントを実現するためには、次の3つがポイントになると考えています。

 一つ目は、縦割のシステムをなくすこと。各省庁が個別に政策決定をしているため、部門を横断したデジタル化が進みにくかったり、データの相互連携が実現しづらい状況にあります。政府だけでなく、自治体でも個別最適を優先したシステムが導入されており、シームレスなデータ連携が実現できていません。全体最適を目指したグランドデザインに基づいたデジタル化を進めるためには、専門機関の設置が必要と考えています。

 二つ目は、ユーザーの視点を持つことです。ユーザーが快適に操作できなくては、国全体のデジタル化は浸透していきません。多くの国民にとって使いやすく、利便性を実感できるデジタル化を実現するには、デザイン思考を徹底的に追求していく必要があると思います。これには、住民からの信頼が厚く、実際に住民へのサービスを提供している地方自治体を基点としてDXを進めることが効果的ではないでしょうか。

 三つ目は、法的な整備です。現状では、書面での運用を前提とした法制度に基づき、デジタル化が進められているため、使いづらさを感じることもあります。こうした問題を解消するには、あらゆる法制度を住民と行政間のデジタルコミュニケーションを前提としたものに見直していく必要があると考えています。

Eva:省庁や自治体間でシステムが異なっていたり、データの互換性がないというのは、大きな問題ですね。デンマークでは、デジタル化の実現に向けて、政府と地方自治体の全体最適をおこなうという「政治的勇気」のもと、政府自身が、データは地方自治体から共有されるべきだという決断を行いました。データの互換性を担保し、情報共有することを法律で定めたのです。

 KMDは過去20年以上、そのためのシステム開発に取り組んできました。セキュリティを保ちながら、異なるシステム間でデータを共有することは容易ではありませんが、国民目線で利便性の高いシステムを構築する、という政府の決断に従って、ここまでたどり着くことができました。

 現在デンマークでは、税務署に書類を送る必要はほとんどありません。これは、給与の振り込みや株の収益が発生した時など、所得に関するデータが雇用主や銀行と税務署のシステム間で自動的に共有されるからです。この種のデータを行政機関が正しく扱ってくれるという信頼は、自由なデータの流れを社会につくるうえで、非常に重要になります。

 デンマークでは国民の満足度の高いデジタル・ガバメントを一歩ずつ実現してきました。結果、国民と政府との信頼関係もより強固になってきているのではないかと感じています。

Well-beingを実現するデジタル

松見:Evaさんがおっしゃった、「政治的勇気」という言葉がとても印象に残りました。国民目線で利便性の高いシステムを構築するという政府の決断は、まさに日本でも求められています。地域基点でDXを進めるための法的な側面も、デンマークから学ぶことは多いと思います。

 KMDについても聞かせてください。デンマークの最大手IT企業であり、多くのノウハウを持つKMDが、今後NECと共にアジアでの展開を考えた時に、どのような点が強みとお考えでしょうか。

Eva:KMDはデンマークをはじめ、スウェーデン、ノルウェーにも事業を展開しており、NEC Asia Pacific(シンガポール)と連携し、アジア市場への展開も始めています。制度やシステムは、それぞれの国によって違いがありますが、住民の幸福のためにシステムづくりをするということに変わりはありません。私たちは、常にユーザーの使いやすさを考慮したシステム開発を進めています。

松見:デンマークのデザイン思考に基づいたDXは日本、そしてアジアにとっても学ぶところが大きいと思います。例えば、KMDはデジタルを活用した遠隔医療や在宅介護を実践し、医療費の最適化をおこなっていますよね。この取り組みは、高齢化が進む日本でも非常に参考になると思います。KMDの事業と生体認証やAIなどのNECの技術を組み合わせることで、セキュリティの強化や、より高度な行政サービスの提供が可能になるのではないでしょうか。例えばNECのマルチモーダル生体認証は、今後非接触が求められるなかで、確実な本人確認やオンライン手続きに有効です。そのほかにもAIを多様なソリューションと連携させることで、個人の状況に応じた最適なサービスへつなげていくことができます。

Eva:KMDとNECで共通しているのは、「Orchestrating a brighter world」を目指す姿勢だと考えています。優れたテクノロジーは、人々の生活の変革をリードするキーとなります。高齢化が進む社会では、デジタルを活用した行政の効率化や、データ活用や遠隔診療による医療資源の最適化が不可欠です。持続可能な社会の実現、ひいては誰もが安心して生活できる社会を創ることこそが、Well-beingの実現につながると考えます。

松見:COVID-19をきっかけに、日本でもテレワークが急激に普及したことで、満員電車での通勤や長時間労働について、多くの人々が疑問を持ち、働き方を見直しはじめています。これからは、柔軟な働き方をはじめ、時間というアセットの使い方、誰との時間を大切にするか、どんな生き方をするかなど、自分で選択できる社会を実現していかなければなりません。

 そして、企業と行政が対話するためには、お互いにさまざまな価値観を理解し、経験を重ねることが大切だと思います。私はもともと地方自治体で働いていましたが、企業と行政が共に社会課題の解決に向けて、より大きな視点を持って取り組むためには、現場を知り、自分事として捉えることが必要と考えています。社会が大きく変わっていく中で、雇用の流動性を高め、人材の柔軟な移動を増やすことも社会を活性化させる鍵になるのではないでしょうか。

ダイバーシティは強さである

Eva:例えば、若い女性にキャリアと家庭を両立できること、どんなルートからでもキャリアを積むことができ、成功への道筋は一つではないということを知ってもらうためには、多様なロールモデルの提示がとても重要です。

 テクノロジーの世界では、これまであまり女性の数が多くありませんでしたが、現在KMDでは社員の3分の1が女性で、上級管理職にも同程度の割合で女性が働いています。また、デンマーク以外の国の人たちとも仕事をするようにしています。アジア圏なども含めた北欧以外の地域との仕事も意識しているからです。英語を会社の公用語としたのは、KMDが目指すインクルージョンにおいて、大きな意味を持っています。

 変化に見舞われた時、多様性は大きなプラスになるといわれることが多いです。COVID-19で危機に直面した時に、女性リーダーがいた国はうまく対処しました。彼女たちは、男性とは異なる視点から状況を見ていたからかもしれません。新しい事態に直面した時、正しい判断をするためには、あらゆる観点から可能性を検討することが重要になるのです。

松見:日本では政治の分野だけでなく、ビジネスの分野でも女性リーダーが、諸外国と比較して少ない状況にあります。男女の給与格差も子どもの貧困の一因となっており深刻な問題です。

 一方で、終身雇用を含む日本型雇用制度が崩壊しつつあるなか、ライフイベントに合わせて働き方を変えたり、スキルアップのための学習機会を活用したり、個人が柔軟にキャリアを変化させられる社会をつくる必要があります。多様性を生み出し、日本社会を変えていくためにも、柔軟な雇用や働き方が広がること、デジタルの活用により人びとの可能性が拡がり、すべての人のWell-beingが実現されることを期待しています。

Eva:ここ20年の間に私たちを取り巻く社会は大きく変化しました。私はエンジニアリングのバックグラウンドを持っており、テクノロジーの可能性を信じています。テクノロジーやデータを活用して、よりよい明日を創る。これは、私だけでなく、NECやKMDの仲間を突き動かしているものだと感じています。

 人にはそれぞれのWell-beingがあるはずです。テクノロジーを活かすことで、さまざまな個性や状況に対応できるしなやかな社会システムを目指し、国を超えて価値を創造していければと思います。

  • 本対談は、2020年9月1日にオンラインで実施しました。