2017年01月10日
「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2016」レポート
AIやテクノロジーの進化が人と社会にもたらす変革 ~「 C&C ユーザーフォーラム& iEXPO2016 」レポート~
AIの知性がヒトの能力を超える「シンギュラリティ」(技術的特異点)――。人類の未来に関わる重要なキーワードですが、今後、私たちの社会や暮らしはどのような進化を遂げるのか。C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2016では、シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢 久美氏をモデレータに、ニューヨーク市立大学の理論物理学者ミチオ・カク教授、作家・荒俣 宏氏、NECの江村 克己が語り合いました。
AIが持つ能力を、人がどう活かすかが問われる時代に
理論物理学者として知られ、日系アメリカ人(3世)のミチオ・カク教授。同氏はこれまでさまざまなメディアを通じ、最新科学が解き明かす未来を示してきました。その1つが、テレポーテーション技術です。遅くとも22世紀には、人間をテレポートさせる技術が確立されると公言しています。また医療技術が進歩することで、未来ではがんが風邪レベルの病気になるという予測もしています。事実、新しい形の医療、ナノ医療も生まれており、ナノ医療の分野では、がん細胞をピンポイントで攻撃できるようになりつつあります。
このようにAIをはじめとするテクノロジーの進化は、今まで夢物語のように思われていた物事を、次々と現実化しようとしています。今回のセッションに先立つミチオ・カク氏の特別講演でも、火星への有人探査や遺伝子解析に基づくガン治療、知覚や記憶といった人間の脳の機能をデジタル化する取り組みなど、さまざまな未来像が示されました。
パネルディスカッションの冒頭、その感想を問われた作家の荒俣 宏氏は「これまでSF小説で描かれてきたような世界が、そう遠くない未来に本当にやってくるとは大きな驚きです。ガンのような病気も克服できるとなれば、素晴らしいこと。しかしその一方で、今とはまったく違った環境が実現した時に、果たして人はそれにきちんと適応していけるのか不安を感じる部分もあります。名作と呼ばれるSF作品の中には、テクノロジーに人が支配される暗黒の未来を扱ったものも少なくありません。作家の立場としては、将来も明るい未来の物語を書き続けていけるのか大変気になります」と率直な感想を話します。
これに対してミチオ・カク氏は、「確かにハリウッドでも、ロボットが世界征服を企むような映画をたくさん作っていますね。しかし現実のAIは人間のような自己認識を持っておらず、ただ指示された命令を実行しているだけに過ぎません。それに、自己認識がないということは、『人を征服しよう』といった自発的な動機も生まれないということです。シンギュラリティ(技術的特異点)によって、AIは人を超える力を持つようになります。しかし、それを嘆いていても仕方がありません。既に私たちはコンピュータより早く計算することはできませんが、だからといってそれを気に病むことはないですよね。これと同じように、人は新しい世界に段階的に順応していくだろうと考えています」と話します。
薬も使い方を誤ると毒になってしまうように、テクノロジーもそれをどう使うかが最も肝心なポイント。それはつまるところ、人間の問題に他なりません。たとえシンギュラリティの時代が訪れても、主役はやはり「人」なのです。
テクノロジーの成熟度を見極め「波」に乗ることが重要に
シンギュラリティによる社会変革は、企業のビジネスにも大きな影響を与えることが予想されます。AIが人の代わりを務められるようになった時代に、どのような商品やサービスが社会から求められるようになるのか。企業としてもそれを考えるべき時期に来ているといえます。
「特にビジネス視点においては、シンギュラリティがもたらす変化が、『いつ』やってくるのかに思い至らせ、準備を進めておく必要があります。大きな変革が将来必ず実現することは間違いないとしても、ある日突然、昨日とはまったく違う世界になってしまうことはありません。社会はどんな風に変化を遂げていくのか、また我々自身もどのように変わっていく必要があるのかを予め考えておかなくては対応を誤る可能性があるからです」とNECの江村 克己は指摘します。
こうした未来への備えを進めていく上で、大きなヒントになるのがテクノロジーの成熟レベルです。これまでも数多くの画期的なアイデアが日の目を見ないまま消えていますが、その理由の1つに、テクノロジーの進化レベルを読み違えた点が挙げられます。
「いくら素晴らしいアイデアを思い付いたとしても、その時点でのテクノロジーが追い付いていないのでは、実用的なものにはなりません。コンピュータの世界では、半導体の集積率は18ヶ月ごとに2倍になるという『ムーアの法則』が有名ですが、こうしたものを参考に、今できること、近い将来にできることを見極めることが重要です。新しいビジネスを切り拓こうとする企業は、ぜひサーファーのようであってもらいたい。サーファーが波に乗れるのは、次の波に備えてしっかりと体制を整えているから。それもできれば、最初の波ではなく2番目の波に乗ることをお勧めしたい。あわてて最初の波に乗ろうとする人は必ず落ちますから、そこからも多くのことが学べるはずです(笑)」とカク氏は述べます。
また、ここでも決して忘れてはならないのが「人間中心」の考え方です。テクノロジーは多くの利便性や快適さを私たちに提供してくれますが、その一方で依存や悪用などの問題を生む危険性も内包しています。たとえ新しいことを可能にするテクノロジーが生み出されても、それが人や社会を幸せにできないのでは意味がありません。
「技術開発に携わるのは理系の専門人材というのが、従来の日本企業のあり方。しかし、AIなどの発達によって、人や社会のことを考えながら技術開発を進めることの大事さがより顕著になってきました。NECでも、このことをしっかりと胸に刻んでいく必要があると感じています」と江村は話します。
未来は誰の手の中にもある。恐れることなく新たなチャレンジを
AIやテクノロジーの進化は、人の仕事や働き方も大きく変えていきます。自動車の発達によって乗合馬車や御者が消えてしまったように、大きな転換を迫られる業種や企業もあるはずです。しかし、その一方で、これからも変わらないものも存在します。それは、人のノウハウや知的資産、創造性を必要とする仕事です。
「ネットを見れば家の写真や間取りも手に入るのに、マンハッタンの不動産業者に話しを聞きたいと考えるのはなぜでしょうか。それは彼らが周囲の環境や治安といった独自の情報を持っており、適切なアドバイスを与えてくれるからです。また、英国では音楽産業による収入が石炭業の収入を超えています。これは人間の創造したものが物理的なエネルギー以上の価値を生むという事実を示しています。しかもそうした付加価値はAIやロボットに創出することはできません。今後は人でしかできないこと、人の能力を活かせる仕事の重要性が、ますます高まってくると考えています」とカク氏は述べます。
もちろん、こうした環境変化に対応していく上では、今までの常識を捨てて新たなチャレンジに挑まなければならない場面も多いことでしょう。しかし、日本には、それを乗り越える力が備わっているはず。あと必要なものは実行力です。
「かつて幕末の動乱期を迎えた時、国内には西洋の学問を学ぶ多くの私塾が立ち上がり、日本の近代化を進める牽引役ともなりました。緒方洪庵の適塾などは、医学の塾であったにも関わらず電信や大砲の実験まで行っています。一見無目的なように見えても、いろいろなことに挑戦する中で見えてくるものもあるという考えだったようです。最近の日本には、無茶なことをあえてやってみるようなエネルギーが少々薄れている感があります。その一方、米国ではラスベガスのホテル王が宇宙旅行に参入していますし、有人火星探査にも3つの団体が名乗りを上げているといいます。慎重さは日本人の美徳でもありますが、そろそろ新しいことに前向きに取り組んでいった方が良いのではないでしょうか」荒俣氏はと話します。
今回のセッションでは、その他にも長寿命化がもたらす社会への影響や、将来に向けた教育制度のあり方など、幅広いテーマにわたる議論が交わされました。また、その中で、テクノロジーの進化は私たちの予想を超えるスピードで進んでおり、実用化を間近に控えた画期的な製品やテクノロジーも少なくないことが見えてきました。このことは、私たちの目の前に大きなチャンスが広がっているということを意味しています。
「スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグといった時代の寵児たちも、何も特別な人間であったわけではありません。新たな波を見つけて、それにうまく乗ったというだけなのです。最も肝心なことは、未来は全ての皆さんの手の中にあるということ。ぜひ新しいアイデアで、新しい時代を切り拓いていって欲しい」というカク氏は最後に多くの聴衆に呼びかけました。