安定と高精度で需要予測の進化を牽引するAI
バリューチェーンと社会の課題解決に貢献
データとAIの活用が有効視されている領域の1つに需要予測がある。製造業における商品の生産・販売計画や、小売業における発注の最適化は、流通在庫を適正化し、バリューチェーン全体の効率化にもつながる。近年の成果を見ると、AIの進化とともに、予測精度はますます上がり、目を見張る成果が出始めている。中でも先進的な取り組みを行っている3社の活動を取り上げ、AIによる需要予測の最前線を考察する。
長年の経験を持つ需要予測チームの新メンバーはAI
販売機会を逃すことなく市場に必要な数の商品を供給。一方でムダな在庫はできるだけ持たない。正確な需要予測の実現は、製造業や小売業にとって非常に重要な取り組みとなる。
しかし、昨今の消費者ニーズの多様化、商品ライフサイクルの短期化などによって、正確な需要予測が非常に困難になっている。
そこで注目されているのがビッグデータ及びAI(人工知能)の活用である。これまでは扱えなかった新しいデータ群を高度な分析能力で学習、解析させて、効率的かつ安定的に高い精度の需要予測を行おうというのである。
実際、AIを活用したことで大きな成果につなげた企業も増えている。
ビールメーカー大手のアサヒビールはその1社だ。同社では需要予測を行う物流部門とAIやビッグデータ活用を推進するデジタル戦略部、IT部門が中心となって、AIによる需要予測に取り組んでいる。
同社の需要予測はベテラン社員の経験に頼っており、人材の育成に時間がかかるという問題を抱えていた。また、迅速に意思決定をする必要があるため、各種データを効果的に活用できていないという問題もあったという。
「ビール類は鮮度が命。お客様に最高の品質・鮮度の商品をお届けしたいのですが、在庫を余らせたくない物流サイドと、商品を切らしたくない営業サイドでは利害が衝突してしまう場合もあります。そこで、判断の基準を定量的に明確化かつ標準化して、より質の高い意思決定と流通在庫の最適化を図ろうと考えました」とプロジェクトの中心人物の一人である同社の山本 薫氏は経緯を述べる。
具体的には、NECの異種混合学習エンジンを採用して、カレンダー情報、出荷情報、気象情報、競合動向などを基に新商品の予測分析を行った。初回のトライアル時は発売前と発売後に分けて予測を行い、そこで比較的精度の高かった発売後の需要予測を対象に取り組みを進めている。
試行錯誤の日々だったが、現在は高い精度を実現できるようになったと山本氏は言う。「発売後に関しては、予測値と実績値の誤差率は10%程度。実績値の傾向を概ね捉えることができるようになってきました」。
AI活用の成果を測るために行ったAIと人との予測比較では、AIが勝ったという。ただし、この結果を受けて、同社はAIによる需要予測に完全にシフトしたわけではない。
「人の予測は大当たりすることもあるが、大外れもある。それに対し、AIは安定した結果を、疲れずに出し続けることができます。現在は予測の判断基準にAIを活用し、そこに人の経験値を加味する形で活用していくのがベストと考えています。需要予測チームの一員にAIを加えるという形です。イレギュラーな市場の動きを予測することは難しいですが、人の経験値を反映することで、より高精度な予測が可能になります」と山本氏は言う。
ほかにも同社は量販業態への提案ツールとしてもAIを活用している。売上に影響する因子を見える化した上で、数カ月先の売上と利益を予測。「何を」「いつ」「いくらで」「何と組み合わせて」販売するのが最適かを分析し、販売効率を最大化する提案に活かしたいと言う。
小売業における精度の高い自動発注、購買金額のアップを実現
流通の合理化・近代化を推進する食品流通小売業の業界団体・日本スーパーマーケット協会もまた、会員企業の協力を得てAIによる需要予測に取り組んだ。こちらも、活用しているのはNECの機械学習技術である。
例えば、来店客数の予測では、1年以上にわたる予実分析を実施。「その結果、1日当たりの平均客数実績3890人に対し、平均予実客数誤差は1日当たり264人。誤差率7%以下という高い精度で来店客数を予測できました」と同協会で専務理事を務める江口 法生氏は述べる(図1)。
また、ヨーグルト商品を対象に行った約3カ月間の販売数予測では、当初思うような結果が得られなかったが、変数に価格情報を入力したところ精度が向上。特売セールなどの特徴をモデル化することができ、高精度な販売予測が可能になったという。
この結果を発注作業にも応用し、AIによる自動発注を実施した。その結果、人による発注では、平均在庫数51.2個、欠品日数2日、平均ロス数は1日当たり18.1個だったのに対し、AIによる自動発注は平均在庫数43.8個、欠品日数ゼロ、平均ロス数は1日当たり12.5個という結果を得た。「AIによる需要予測の方が平均在庫数、欠品日数、平均ロス数ともに少なく、確かな手ごたえにつながっています」(江口氏)。
さらにAIで多次元セグメンテーション分析を行い、マーケティングの高度化を図る取り組みも進めている。具体的には、ID-POSデータなどを用いて顧客の「購買パターン」や「似た振る舞い」でグルーピング。顧客像や購買理由を推定して、各顧客セグメントへの効果的なプロモーションや販促活動に活かすというものだ。
このマーケティング高度化を目指す取り組みの実証実験では、購買履歴を基にAIが会員に「属性」を付与し、DM反応率や購買金額を予測。プロモーションごとに最適なターゲットへアプローチすることで対象顧客の購買金額アップを実現した。
「人手によるターゲットの抽出とAIによる機械抽出でDMを1万通配信した場合の購買金額を比較したところ、AIによる機械抽出の方が購買平均金額は35%も高かったという百貨店における非常に興味深い実証実験の結果もあります」と江口氏は紹介する。
「気象×AI」でバリューチェーンの最適化に貢献
AIによる需要予測の領域でユニークな取り組みを行っているのが民間気象会社の日本気象協会だ。
同協会は気象・防災・環境に関する情報コンサルタント企業。気象庁の予測データや世界で最も精度が高いといわれる欧州の予測データに、独自の観測網データや分析スキルを付加して、気象に基づく需要予測データを提供する。最大60時間先までの市区町村単位の短期予報、最大14日先までの市区町村単位の中期予報、最大6カ月先までのエリア別長期予報などのほか、Twitterのビッグデータ分析で気温感応度を指標化した体感気温の予測も行っている。
このようなデータ分析力を活かし、同協会は企業の高精度な需要予測を支援している。
「全産業の3分の1は何らかの気象リスクを持つと言われています。近年は気候変動で未経験な極端気象も出現していますが、気象は未来予測が可能な唯一の分野。その予測データをうまく活用すれば、リスクではなく、ビジネスの味方になります」と同協会の本間 基寛氏は述べる。
例えば、豆腐メーカーの相模屋食料は春夏によく売れる気温連動性の高い「よせとうふ」の商品需要予測に気象予測データを活用。体感気温を含む気温の変動、降水の有無、暦情報、特売情報、直近の売上データなどを基に予測分析を行った結果、これまで経験で行っていた場合と比べて需要予測精度が30%程度向上したという。
これを受けて小売りとの連携実証も実施。豆腐は出荷の2日前から仕込み作業に入るが、通常出荷依頼は1日前。メーカーは見込み生産にならざるを得ない。ここに気象予測データを活用し、小売り側で2日前の前倒し発注を試行した。
「その結果、メーカー側は受注生産が可能になり、8%だった見込み生産による廃棄ロスが0.4%に激減。小売り側の需要予測誤差も11.6%から9.2%に低減し、メーカー、小売りとも廃棄ロスの削減につながりました」(本間氏)
こうした活動に加え、日本気象協会はNECと共同で気象データに基づく需要予測の標準化・共有化を推進。NEC the WISEの技術の一つ、異種混合学習技術を活用したデータ流通基盤「需給最適化プラットフォーム」を2018年7月から提供開始した(図2)。「需要予測結果や在庫情報、販売実績をユーザー企業と共有することで、個々の企業だけでなく食のバリューチェーン全体の需給を最適化。社会課題である食品ロス・廃棄の解決に貢献したい」と本間氏は語る。
以上、3社の取り組みを紹介したが、このような取り組みが広がり、様々な企業が各領域で精度の高い需要予測を行い、さらに互いに共創しながらバリューチェーンを構成するようになれば、より効率的な仕組みが実現するはずだ。AIによる需要予測は、バリューチェーン・イノベーション、ひいては、企業活動を超え、社会課題の解決につながる取り組みとして、今後、さらに注目されるだろう。