NEC the WISE Summit 2018「基調講演」より
タイヤメーカーからソリューションプロバイダーへ
ブリヂストンが挑むデジタルトランスフォーメーション
タイヤメーカー世界最大手のブリヂストンは、現在、グループを挙げてデジタルトランスフォーメーションを推進している。AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)などを駆使して、「モノ+コト」によって顧客の課題解決に貢献するソリューションプロバイダーを目指しているという。同社CDO兼デジタルソリューションセンター担当(2018年6月13日現在)の三枝 幸夫氏が登壇したNEC the WISE Summit 2018の基調講演の一部を紹介する。
タイヤ性能だけでは差別化が困難に
ブリヂストンのタイヤメーカーとしての歴史は1931年まで遡ります。以来、80年以上にわたって技術力に磨きをかけてきました。
現在は世界180カ所以上に生産及び研究開発拠点を持ち、研究開発、生産、販売までを自社拠点で展開。市場の近くで素早く対応する「地産地消」の生産・販売体制で、世界中のあらゆるお客様のご要望にお応えしています。
この技術力とグローバルサプライチェーンが当社の大きな強みですが、それだけでは継続的な成長は困難になってきています。というのも、タイヤ市場の競争は厳しさを増しており、2005年に18.2%だった当社の世界シェアは、2015年には15%に低下。依然として世界トップシェアを堅持していますが、市場占有率は10年間で3%下がりました。当社を含むトップ3の市場シェアも2005年に53.2%だったものが、2015年には38%に低下しています。
背景にあるのが新興国のタイヤメーカーの台頭です。以前は品質の良いタイヤを作れば、それが競合他社との差別化要因になりましたが、コモディティ化が進んだ上、新興国のタイヤメーカーは低価格戦略で攻勢をかけており、もはや製品性能だけでの差別化は難しくなっているのです。次の打ち手を考えなければ、当社の市場での立場は脅かされかねません。
ビッグデータとAIによる生産革新で品質のバラつきを20%低減
こうした危機感から、2017年1月にデジタルビジネス戦略を推進する「デジタルソリューションセンター」を新設。私がCDO(チーフデジタルオフィサー)を務め、グループを挙げてデジタルトランスフォーメーションを推進しています。
掲げたのは製造販売業からソリューションプロバイダーへの転身です。製品の性能向上はもちろん、そこにサービスによる付加価値を追加し、「モノ+コト」でお客様の課題解決に貢献することを目指します。
そのために3つの取り組みを軸としたロードマップを作成しました。具体的には、「モノづくり改革」「顧客サービスのデジタル化」「企業間連携によるデジタルエコシステム構築」の3つです。
まず、モノづくり改革を推進するために開発したのが、最新鋭タイヤ成型システム「EXAMATION(エクサメーション)」です(図1)。
タイヤは、原材料のゴムを加工・成形して部材を作成し、ドラムという回転する機械に、その部材を巻き付けタイヤの形に成型していきます。「正円」に近ければ近いほど、よい性能のタイヤになるのですが、ゴムは温度によって伸び縮みするため、成型作業は非常に高度な技術を必要とします。それゆえ、これまではベテラン技術者の熟練の技が欠かせませんでした。
しかし、属人的なノウハウは継承が難しく、少子高齢化の日本では、今後、人材の確保も困難になることが予想されます。
この課題を解決したのがEXAMATIONです。設備に取り付けた数百のセンサーからゴムの位置や形状変化などのデータを収集し、ベテラン技術者の技術・ノウハウを取り込んだAIで、それを解析。設備を自動制御して、精度の高いタイヤ成型を実現するのです。これにより、成型工程における技術の属人化の問題を解消できただけでなく、従来に比べて品質のバラつきを20%低減。生産能力と品質の向上につながっています。
この取り組みは高く評価され、日刊工業新聞社が主催する「スマートファクトリー Japan2018」で「スマートファクトリーAWARD」を受賞しました。今後はこの仕組みをベースに生産工程のビッグデータを標準化して公開。原材料メーカー、治工具メーカー、治工具メンテナンス企業、消耗品メーカーなどと連携して、故障を事前予測する予防保全サービスの実現を目指しています。
独自センシング技術で高速道路の氷雪対策に貢献
次の顧客サービスのデジタル化に向けて取り組んだのがIoT(Internet of Things)の活用です。
例えば、独自開発したタイヤのセンシング技術「CAIS(カイズ)」は、タイヤの内側に取り付けた加速度センサーの情報をAIで解析することで、タイヤの摩耗状態と路面状態を推定します。判別結果は車内ディスプレイを介してドライバーへタイムリーに伝達し、安全運転を支援します。
この技術を応用した仕組みもあります。NEXCO東日本様が開発した凍結防止剤自動散布システム「ISCOS(アイスコス)」です(図2)。CAISとGPSを搭載した巡回車から得られる路面情報、及び位置情報を基に凍結区間と、必要な散布量を把握して、リアルタイムかつ最適な凍結防止剤の散布を実現する仕組みです。2015年度の冬季より現場に投入され、高速道路の氷雪対策などに貢献しています。
「タイヤを売らずに稼ぐ」新しいビジネスモデルを創出
最後の企業間連携によるデジタルエコシステム構築は、より大きな取り組みとなります。設計・開発・調達・販売というバリューチェーン全体、さらにはその枠を超えて、パートナー様も巻き込みながら、デジタル技術を活用したエコシステムを構築。既にお話ししたモノづくり改革、顧客サービスのデジタル化による成果も含めて、お客様に新しい価値を提供し、産業界に必要不可欠な存在になっていくための改革です。
「タイヤを売らずに稼ぐ」という新たなビジネスモデルは、その最も顕著な例となります。タイヤが重要な商売道具となるトラックやバス事業者様に、タイヤをレンタル品として貸し出しして、そのサポートサービスを購入いただくのです。
サポートには、タイヤの摩耗状態に応じて「新品交換」「リトレッド(表面のゴムを張り替えて再利用する)」「メンテナンス」などがありますが、それらを定期的に行うだけでなく、当社がタイヤを遠隔監視し、摩耗状況を把握。異常があった場合はお知らせしたり、適正な空気圧を保つためにサポートしたり、タイヤの耐久性を予測した上でローテーションやリトレッドのタイミングを提案したりするなど、包括的なサポートを実施します。
これにより、お客様はタイヤのケアに煩わされることなく本業に専念することが可能。車両の稼働率向上や安全性向上、コスト低減に貢献できるのはもちろん、環境負荷低減や資源の有効活用にもつながります。
この「運送ソリューション」を実現するために、私たちは3つのツールを自社開発しました。1つはセンシング技術でタイヤの状態をリアルタイムに遠隔モニタリングする「Tirematics(タイヤマティクス)」。そして、そのタイヤ情報を管理する「Toolbox(ツールボックス)」。さらに、リトレッドタイヤ管理を行う「BASys(ベイシス)」です(図3)。
今後は、これらのツールを、すでに運送関連のソリューションを提供している企業に拡張機能の一部としてご利用いただくだけでなく、新しいタイヤソリューションのオープンなプラットフォームに育てて、他社のプラットフォームと連携させたりしながら新しい価値の創出につなげるなど、私たち自身がプラットフォーマーとしての存在感を高めたいとも考えています。
バリューチェーンイノベーションの1つとして、AIやIoTを駆使して「はこぶ」を革新する「物流システムソリューション」を提供しているNECのような企業との協業には大きな可能性を感じます。
このように、現在、ブリヂストンはデジタルトランスフォーメーションを加速しています。ソリューションプロバイダーとして新しい一歩を踏み出したブリヂストンにぜひご期待ください。