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ブレイクするか立ち止まるか
AI活用に立ちはだかる3つの壁を乗り越えるには

 データを利活用して新たな価値創出を図る──。そのための強力なテクノロジーとなるのが「AI」だ。しかし、AIは導入しただけですぐに成果につながるというものではない。先行企業もまた、様々な壁に直面している。具体的には「データ」「人材」、そして「ビジネス実装」という3つの壁だ。なぜ、この3つをクリアする必要があるのか。また、どうやってクリアすればよいのか。これからAI活用に取り組む企業のために、それを解説する。

生活者の実像に迫るリアルなデータでビジネスを支援

 多くの企業がAI活用に取り組んでいるが、そこには「3つの壁」が立ちはだかる。まず挙げられるのが「データ」の壁だ。

 1つの企業が保有しているデータには限りがあり、それは生活者の1つの側面にしかすぎない。近年、生活者の行動はますます多様化・個別化しており、自社が持っているデータだけでは、生活者の行動をより深く把握するのは難しい。

 さらに言えば、自社も同業のライバルも社内に持っているデータは、ほぼ同じようなもの。いくら分析しても、競合との差別化につながるようなインサイトにはならないという生活者理解における限界もあった。

 このような課題の克服に乗り出したのがNECとマクロミルである。

 「マクロミルは独自に構築した約120万人の自社パネルに加え、国内提携会社のパネルも含めた1000万人超のパネルネットワークを活用し、生活者起点のデータを幅広く収集・分析しています」とマクロミルの原 申氏は話す。このマクロミルの保有する多様なデータとNECが提供する最先端AI技術群「NEC the WISE」を用いることで、これまで以上に生活者のニーズを深堀し、企業が求める新たなインサイトを発見できる。

株式会社マクロミル
執行役員
原 申 氏(はら しん)

 例えば、NECはデータ分析プロセスを自動化する「dotData」というソリューションを持っているが、マクロミルの生活者データとdotDataを利用すれば、企業はよりオンデマンドに消費者ニーズ分析に着手できる(図1)。既にこのデータソリューションは提供を開始している。

図1 dotDataの機能と提供メリット

 データ分析作業の中で大きな比重を占める特徴量作成と予測モデル作成のプロセスを自動化する。より速く、より多くのモデルを比較・評価できるため、経営戦略の質とスピードが大きく向上する。

 また、AIを用いてマクロミルのデータを拡張・予測する取り組みも進めている。「いつ・誰が・どこで・何を・どれだけ買ったのかを分析するためには、一定母数の購買データが必要です。しかし、新商品や購買頻度の低い商品では十分な母数の確保が難しい。そこで既存のデータをNEC独自の関係マイニング技術(顧客プロフィール推定技術)で『推定拡張』。分析のための母数データを高精度に拡張して、収集不可能なデータを推定します」(原氏)。

 生体情報を用いたオフライン調査の高度化にも取り組んでいる。これはNECの「遠隔視線推定技術」とマクロミルの「脳波測定技術」を組み合わせたもの。視線と脳波の動きを加味して会場でのアンケート調査を分析する(図2)。

図2 視線解析×脳波解析の分析イメージ

 商品パッケージを見てたどった視線とその時の脳波を分析することで、被験者が何に興味を示しているのか・いないのかを把握することが可能。より魅力的なデザイン制作や広告・販売戦略、棚割りの最適化などに活用できる。

 「目は口ほどにものを言う。無意識に行われる視線の動きや脳の反応まで分析することで、被験者の先入観にとらわれない真意を引き出すことができます。この技術をリアル店舗に導入し、購買行動だけでは捉えにくい生活者インサイトを掘り起こすソリューション開発も進めています」と原氏は展望を語る。

プロジェクト成功のカギを握るAI人材の育成方法

 AI活用を進めようとしているが、それを担える「人材」がいない。そう悩んでいる企業は多い。

 実際、AI人材に求められるスキル・能力は多岐にわたる。前提としてAIで何ができるかを理解していなければならないし、データ分析スキル、全体を束ねるマネジメントスキル、そして、システムインテグレーションを担うシステムスキルなどが必要だ。とはいえ、これらすべてを一人で備えた「スーパー」な人材はそういるものではない。

 「そこでNECは、AI人材を役割に応じて4つにタイプ分けし、それぞれの専門家を育成しています。プロジェクトでは、このような得意分野を持つAI人材が連携して価値創出に努めます」とNECの孝忠 大輔は語る(図3)。

NEC
AI人材育成センター長
孝忠 大輔
図3 NECが考える4つのAI人材タイプ

 AI検討の上流対応を担う「コンサルタント」、データ分析を担う「エキスパート」、業務/ビジネスへの実装を担う「アーキテクト」、AIプロジェクト全体を統括する「コーディネータ」という4つのタイプに分け、それぞれに専門的な教育を行っている。

 こうした活動を通じ、NECはAI人材の育成法など多くの知見を蓄積している(図4)。そのノウハウはAI人材育成の参考になるはずだ。

図4 NECのAI人材育成の歴史

 NECのAI人材育成活動は2014年からスタート。NEC独自エンジンによる研修、実践型OJT、AIポータルサイトや分析コンテストの実施、大学社会人講座やパートナー連携など教育内容の拡充と高度化を図り、AI人材の即戦力化と大量育成に力を入れている。

 まず、NECの澤田 直樹は「AI人材にはマインドチェンジが必要です」と言う。

 例えば、SoR・大規模システム開発では要件定義で全体の仕様を固め、次工程へ進んでいく。基本的に前工程には戻らない。プロジェクトが立ち上がったら、ゴールまでまっすぐ突き進む。しかし、AIプロジェクトには完成形というものがない。「求められるのは価値の提供です。売上アップを目指すなら、対象商品の売れ行きがどれだけ上がったか、店全体として利益がどれだけ伸びたかが重要。満足のいく価値を実現することをゴールと捉えるマインドが必須です」と澤田は説明する。そのためには前工程に戻り、PDCAサイクルを繰り返すこともある。「これまでの開発とは考え方、目標の置き方がまったく違う。まずこれを理解することが大切です」とNECソリューションイノベータの保坂 真奈美も同様の点を指摘する。

NECソリューションイノベータ株式会社
クラウド・アナリティクス事業推進本部
保坂 真奈美

 次いでゴールとなる価値を客観的に評価できる目も重要だ。「求められる価値は、数字で示せるものばかりとは限らない。分析者が価値があると思っても、最終的な判断基準はあくまでもビジネスです。数字だけに捉われず、積極的にドメイン知識などを深め、視野を広げることも大切です」とNECの山本 紫乃は訴える。

NEC
リテール・サービス業システム本部
山本 紫乃
NEC
AI・アナリティクス事業部
澤田 直樹

 NECは、このような知見・ノウハウを活かした顧客向けのAI人材育成プログラムも提供している。「NECの人材がAI活用をお手伝いするだけでなく、社内にAI人材を育成したいというニーズに対応できるのもNECの強みです」と話す孝忠。AI人材の確保・育成の壁を乗り越えるためには、こうしたプログラムの活用が有効な手立てとなりそうだ。

AI人材と現場が連携したチーム体制を構築せよ

 最後に、実証実験の成果をいかに「ビジネス実装」につなげるか。ここでつまずいてしまうと、AIプロジェクトは―実証実験止まりになってしまう。

 カギになるのはIT部門などAIを扱う部門と現場の業務部門との連携だ。「直面する課題の本質を一番よくわかっているのは、現場。そしてAIは人が育てるものです。AI人材、IT部門、そして業務部門がゴールを共有し、トライアル・アンド・エラーに取り組むことが欠かせません」とNECの本橋 洋介は指摘する。

NEC
AI・アナリティクス事業部
本橋 洋介

 実際、成功している企業はAI人材と現場が密に連携してプロジェクトを進めている。ビール・飲料・食品の大手総合食品メーカーでアサヒグループのIT戦略企画・実行を担うアサヒプロマネジメントはその1社だ。

 同社はNECの異種混合学習エンジンによるデータ分析で新商品需要予測を行い(図5)、担当者の経験値に依存する需要予測を改善し、未出荷廃棄損の削減に挑戦している。また、ビール類の売上予測にもAIを活用。NECと共同開発したシステムに、小売店の過去のPOSデータ、天気や気温、周辺イベント情報などを入力すると「どんな商品を、どの時期に、どんな価格で売れば売上アップにつながるか」という最適な販売計画をAIが導き出す。導入店舗では、主力商品を中心に前年比を上回る売上を達成したという。

図5 アサヒプロマネジメントが取り組む新商品需要予測へのAI活用

 分析に必要な情報はあっても、これまでの需要予測は担当者の経験値に依存した属人的な作業。経験の浅い担当者は予測が難しい上、実績とズレた場合の理由も対処も困難だった。NECの異種混合学習エンジンを活用することで、属人的な分析を脱し、予測精度の向上とスキルの平準化が進んだ。

 「新商品需要予測では、メインユーザーである物流部門を主管に据え、AI戦略を推進するデジタル戦略部、システム構築を担うIT部門、そしてNECの4者共同でプロジェクトを推進しました」とアサヒプロマネジメントの関根 義信氏は、プロジェクトの推進体制を説明する。

アサヒプロマネジメント株式会社
業務システム部 業務推進グループ デジタル支援チームリーダー
関根 義信 氏

 食品メーカー大手ハウス食品グループのシェアードサービス会社であるハウスビジネスパートナーズも、データ活用の高度化をテーマにAI活用に取り組んでいる(図6)。顧客接点の高度化に向けたAIチャットボットの開発を進めるほか、需給・生産一貫システムを再構築し、AIによる需要予測にチャレンジしているが、同社の川崎 輝彦氏もまた「小売店との取引業務をよくわかっている営業部門と共にIT部門、AI技術を提供するNECの3者共同でプロジェクトを進めました」と強調する。

ハウスビジネスパートナーズ株式会社
システムソリューション事業部 次長
川崎 輝彦 氏
図6 ハウス食品グループのAI活用

 2015年から多方面の取り組みを展開。検証中のもの、システム構築中のものなど様々なものがある。

 そのためには「解釈性」を高めることも重要となる。分析モデルの精度を上げ、何をすべきかがわかっても、現場の“腹落ち感”がないと効果的なアクションにつながらないからだ。「どういう因子がどのように影響し、こういう結果が導き出された──。それを理解してもらうため、分析結果をグラフ化してわかりやすく見える化しました」と関根氏は言う。

 多くの企業が直面するAI活用における「データ」「人材」「ビジネス実装」の壁。先行企業の経験を活かせることは、後発組のメリットだ。同じ轍を踏むのではなく、ぜひ彼らの経験を参考にしたい。NECもまた、いずれの壁を克服してきた経験を持つ。その経験を活かしながら、次世代つながるデジタル変革のステップを多くのお客様と共に歩んでいく構えだ。