

「産・官・学+住民」、全員のたゆまぬ議論で理想のデジタル・ガバメントを目指せ
2019年5月、行政手続きを原則オンライン化する「デジタル手続法」が、第198回 通常国会で可決、成立しました。これにより、政府が掲げる「デジタル・ガバメント」への取り組みが大きく加速することは間違いないでしょう。国から地方・企業まで、日本はどういう姿を目指すべきか、またその実現に向けた課題はどこにあり、どう克服していけばいいのか。世界最先端のデジタル国家・エストニアの事例に学びながら、描くべきビジョンと具体策について議論した日本・エストニア デジタルガバメントフォーラム(日本経済新聞社主催)の様子をお届けします。
テクノロジーの活用で人間らしい都市づくりを目指す
デジタル・ガバメントとは、行政事務の効率化や、各手続きのオンライン化を実現する「eガバメント」の進化形。政府・地方公共団体・企業などが保有する、あらゆるデータやサービスを融合することで、官公庁職員および企業の業務効率、そして住民の暮らしの利便性を大きく高めた社会のあり方を指しています。
その実現には政府、地方公共団体、企業、大学、住民の間での相互連携が急務です。本フォーラムは、平井 卓也氏[情報通信技術(IT)政策担当 内閣府特命担当大臣]、三輪 昭尚氏[内閣官房 内閣情報通信政策監]、ヴィルヤ・ルビ氏[エストニア経済通信省副大臣]の挨拶から始まり、様々な領域の有識者による提言や議論が行われました。
講演では、神戸市長の久元 喜造氏が地方公共団体の現状と取り組みを語りました。テーマは「『ヒューマン+デジタル都市』神戸を目指して」。「テクノロジーを活用して、人間らしい都市づくりを目指したい」と神戸市が目指す方向を示した上で、ICT活用の事例を紹介しました。

久元 喜造 氏
大手企業のほか、スタートアップ企業との連携も推進
例えば、窓口業務に積極的にICTを導入。窓口対応に不慣れな職員も、訪れた市民の案内をスムーズに行えるように専用のタブレットを開発するなど、“スマートでやさしい行政サービス”を目指しています。また、健康情報の見える化アプリ「MY CONDITION KOBE」は、市の健診結果や生活データを収集して保健指導に活用するもの。デジタルを活用した市民サービスの向上に向けた取り組みも着々と行われています。
さらに、テクノロジーを使った行政サービスの高度化には、先進的な企業やスタートアップ企業のノウハウを取り入れることが重要との考えの下、見守り、スポーツ、交通など、様々な分野での取り組みも実施しています。
加えて、「『Urban Innovation KOBE』の名のもと、スタートアップ企業との連携も早くから進めてきました。職員がテーマを決め、解決策を持つ企業を公募。議論しながら実証実験を行う課題解決型の仕組みも用意しました。行政サービスの高度化はもちろん、職員のマインドセットの変革にもつなげられます。同時に、企業側の支援にもつなげ、世界に羽ばたくスタートアップ企業を神戸から生み出したい」と久元氏は言います。
求められる「低予算」「広域」「少人数」による都市運営
神戸市に代表されるような行政の取り組みに、企業はどうかかわり、サポートしていくべきか──。これについて語ったのがNECです。デジタル・ガバメント推進本部長の小松 正人が、取り組みと今後の展望を述べました。

デジタル・ガバメント推進本部長
小松 正人
まず示したのは、2040年に想定される地方公共団体の課題と対策案です(※)。それによると、地方は人口減により税収が減少。一方、首都圏は人口が増えるものの、高齢者比率増加という問題が生まれます。また税収が減ることで公務員定数が減少し、新たな職員採用は抑制され、その結果、公務員の高年齢化が進展します。
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※
総務省 自治体戦略2040構想研究会
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei04_02000068.html
一方で人口が減少しても、自治体職員が行う事務作業の量は減りません。そこで求められるのが「低予算」「広域」「少人数」の都市運営です。「NECは、この対応策として、複数の地方公共団体をつなぎ、行政デジタル化、クラウド活用、官民連携による、低予算・広域での都市運営を支援し、さらにAI活用により限られた職員でも対応が可能なソリューションを推進していく」と小松は話します。
NECが考える2040年の自治体職員の働き方は、高度なデジタル技術が自治体職員の仕事をサポートしていると考えます。 モバイルデバイスを使った在宅勤務が一般化するほか、事務の多くはAIが代行。自治体職員はAIが提示した情報を活用して、意思決定や、住民との対話といった“人ならでは”の業務に時間を割けるようになり、一層の住民サービス向上に注力できるようになります。AIやデジタル、生体認証の活用で住民にとって行政サービスはより身近で安全に、一人ひとりの状況に寄り添ったものになっていくでしょう。
また、その上で「私たちが目指すデジタル・ガバメントは、『紙からデジタルへ』『AIのサポート』『官民のデータ連携』という要素を備えたものです」と小松は続けます。実際、電子政府ランキング上位の欧州の国々では、この方向性で取り組みを進めているところもあるといいます。
例えば「紙からデジタルへ」の領域では、デンマークの例があります。住民が行政からの連絡を受けたり公的な機関へ書類を提出したりといった情報のやり取りを電子的に行える「電子私書箱」が2011年から住民一人ひとりに付与されています。この電子私書箱の利用率は9割を超えており、目下の課題は「残り数%の紙をどうなくすか」。いかに取り組みが進んでいるかが分かります。
海外で培った経験と技術で日本のデジタル・ガバメント推進に貢献する
これら「紙からデジタルへ」「AIのサポート」「官民データ連携」の領域では、複数のNECグループ企業の取り組みが挙げられます。
例えば、英国のNorthgate Public Servicesは、画像解析技術を活かし、AIを使った車両ナンバー認識サービスを警察向けに提供。別の領域では、医療情報の官民連携の仕組みの構築にも携わっています。もう1社、KMD A/S(以下、KMD)は、デンマークの中央・地方政府向けシステムにおいてトップクラスのシェアを誇るITベンダー。KMDが提供する基盤上で、様々なスタートアップ企業が自治体データをビジネス活用できる仕組みを有しており、同国のデジタル・ガバメント推進に貢献しています。
「当社は、海外で培った経験と技術で社会全体のデジタル化、そして『すべての人にやさしい』デジタル・ガバメントの推進に貢献していきます。また、当社と同じ方向性に向かって、多くのスタートアップ企業が立ち上がり、日本中でイノベーションが起こることも期待しています」と小松は話を締めくくりました。
日本のデジタル・ガバメント実現に必要な「3つの視点」
最後のパネルディスカッションでは、日本とエストニアの有識者が一堂に会し、「日本のデジタル・ガバメント推進に向けて必要なこと」について3つの視点から提言を行いました。掲げられたのが、(1)「概念の構築」(2)「仕掛け」(3)「マインドセット」です。

1つ目の「概念の構築」は、まずデジタル・ガバメントの大目的を明らかにして住民と共有すべきという視点。これについて、フォーラム冒頭でも挨拶した内閣官房の三輪氏は「国のIT総合戦略では、『住民が安全で安心して暮らせ、豊かさを実感できるデジタル社会の実現』を目標に掲げています」と語ります。住民の豊かさ・幸せ、つまり「Well-Being」。大きな視点では、これを実現するものがデジタル・ガバメントだといえるでしょう。
また、エストニアe-Governance Academyのアルヴォ・オット氏はこうアドバイスします。「エストニアでは住民の94%がデジタルIDを取得済ですが、最初から受け入れられたわけでありません。何をもってWell-Beingと感じるかは人それぞれなので、基本的な社会生活を送るために必要なものにデジタルIDをひも付け、利便性を提供するものであることが肝心だと思います」。
産官学そして住民が議論を継続する「場」が必要
2つ目は「仕掛け」です。地方公共団体や企業が取り組みを加速するには、どんな技術やアーキテクチャが必要なのでしょうか。1つの例が、福島県・会津若松市の取り組みです。高度なスマートシティを具現化するため、「都市OS」と名付けたIoTプラットフォームを構築して住民サービスの基盤としています。
「現在の日本の企業・地方公共団体のシステムは基本的にバラバラです。しかし、デジタル・ガバメントの流れでこれを放置してしまうと、日本は大変な負債を抱えることになる。都市機能を標準化したサービスを早急に立ち上げ、移行することが、地方公共団体にも、その上でサービスを提供していく企業にとっても、手間やコストの削減に役立つだろうと考えました。実際、これは大きな成果を上げています」と会津若松スマートシティプロジェクトを推進するオープンガバメント・コンソーシアムの中村 彰二朗氏は説明します。
早い段階からテクノロジーの専門家以外も巻き込む
3つ目が「マインドセット」です。デジタル・ガバメントの推進には、住民や企業、行政にかかわるあらゆる人がイノベーティブな発想を持つことが欠かせません。少子高齢化が進む中、どうすれば効率的に意識変革を進められるのか。ここで、デンマーク大使館からリアルタイムで寄せられたWebコメントが紹介されました。
「例えばAIを活用する場合、利用者の間にどう納得感を醸成するかが重要です。デンマークでは、システム設計前の段階から心理学、文化人類学などテクノロジーの専門家以外の人に入ってもらい、アジャイルにサイクルを回しています」。官民、業種、専門を超えて同じ問題意識を持って取り組むこと、これは、そのままデジタル・ガバメントのマインドセットの醸成にも有効な手法となりそうです。
また、人のマインドセットを変えるには「長期と短期、両方の視点が不可欠」と語るのは、エストニア投資庁 元日本支局長の山口 功作氏。長期的には教育機関で、短期的にはマスコミを巻き込み、「みんながコミットメントできる公開の場で議論を重ねる」ことが有効だと指摘しました。
政府自身も横串の取り組み、企業との対話の準備を実行中
さらに議論は、現在の日本の政府・社会の取り組み状況に及びました。人口約130万人のエストニアと比べ、日本の行政は組織が大きく複雑です。いわゆる「縦割り行政」では横の連携が困難で、効率もスピードも低下しがち。しかし現在は、改善への取り組みが急ピッチで進んでいます。
「組織に横串を刺すため『政府CIO』の制度をつくりました。私が室長を務めるIT総合戦略室が、調達を一元管理しているほか、企業との技術的な対話を行う方法も検討しています」と三輪氏。組織内のマインドセットの変化も起こっていると話します。
このように、3つの視点を踏まえた取り組みによりデジタル・ガバメントが実現されれば、住民の暮らしには多くの変化がもたらされます。一見、難しく見えますが、得られる効果はとてもシンプル。「誰でも、使いたいとき、使いたい場所、使いたいデバイスで、住民サービスを簡単に利用できる」社会になるということです。
老若男女誰もが、「Well-Being」を実感できる世の中を──。そんな理想のデジタル・ガバメント実現に向け、日本は着実に歩みを進めています。