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大林組が取組むDX
建設重機の自律運転で建設現場を革新

 2021年9月、株式会社大林組、大裕株式会社、NECの3社は、共同開発した「バックホウ(注1)自律運転システム」の実証実験での成功を発表した。トンネル工事を行う現場において、複数台のバックホウが、堆積されている土砂を掘削し、ダンプトラックに積み込むまでの作業を自律運転で実行したという。なぜ、いま建設重機の自律運転が必要とされるのか、本システムが切り拓く未来とは何なのか。大林組とNECの担当者に詳しく話を聞いた。

  • 注1: 油圧ショベルの一種。運転席側を向いたショベルを装着したものを指す。

建設重機の自律運転で働き方を改革する

 「私たちの生産現場は、熟練の技能労働者によって支えられています。しかし、これからは少子化などの影響で建設業への就業人口が減っていくのではないかと懸念しています。そのようななかで私たちは老若男女問わず、さまざまな方に参加していただけるような魅力ある生産現場を構築していく必要があると考え続けてきました。」

株式会社大林組
ロボティクス生産本部 技術開発部/技術開発推進課 担当部長
岩下 正剛 氏

 このように語るのは、大林組のロボティクス生産本部 岩下氏だ。岩下氏は早くから建設業の人材確保に危機感を抱き、建設重機の遠隔操作や自律運転の検討を進めてきた。遠隔操作が実現できれば自宅からの操作も可能になり、より魅力的で多様な労働環境を提供することができる。さらに、自律運転まで実現することができれば、より根本的なアプローチから人材不足に対応することができるはずだ。

 こうしたビジョンのもとで、大林組はいち早く5Gに目をつけて遠隔操縦の開発を進めてきた。2017年から3年連続で、総務省の5G実証プロジェクトへKDDI株式会社やNECとともに参加。2020年にはNECと共にコンソーシアムを組み、ローカル5Gネットワークを活用したバックホウ遠隔操作の実証実験を国内で初めて成功させている。

 「遠隔操作では、運転席から見える映像を送信する必要があるため、情報量が非常に大きくなります。しかも、遅延があっては操作ミスや効率低下の原因にもなりますので、5Gのような大容量・低遅延というネットワークが不可欠でした。5Gの利活用が進んで遠隔操作が実現すれば、社員が自宅で子育てをしながら機械の操作をすることも可能になります。私たちがめざす魅力ある生産現場づくりにおける一つの解決策になるものだと考えています。」(岩下氏)

 働く場所にとらわれない遠隔操作を実現することは、多様な人材が活躍できる魅力的な現場づくりにつながる。2021年10月には、NECが独自に開発した安定的な映像配信と正確な操作性を実現する遠隔操作システムのサービス提供を開始した。大林組のシステムとNECのネットワーク技術による新しい施工環境づくりは、現在も進化中だ。

 大林組とNECの連携が生み出すイノベーションは、建設重機の遠隔操作だけにとどまらない。両社はかねてより自律運転システムの開発にも取り組んできた。遠隔操作と自律運転を融合が、魅力的な環境づくりと省人化の両面から生産性を改善する根本的なアプローチだ。

 2021年の9月には、自律運転システムの実証に成功している。刻一刻と移り変わる現場の周辺状況をセンシングし、油圧ショベルの一種であるバックホウが、その時、その状況において最適な動作を自ら判断し、臨機応変に対処することができるシステムだ。実証実験では、複数のバックホウが同時に自律運転することを確認できた。土砂を運び出すダンプトラックの運転手が現場に備え付けられたボタンを押すだけでシステムが動作し、荷台に土砂を積み終わると自動で停止する。その間、一人のオペレータが遠隔地から複数台の動きを監視し、万が一の状況にも備えることができる仕組みだ。複数台のバックホウを一人で効率的に監視できるので、省人化を実現することが可能になる。また、遠隔操作システムも組み込み、自律運転では対応できないイレギュラーな作業が生じても、現場に赴くことなく遠隔地から操作できるようにした。さらに、人の目に頼るだけではなく、危険を察知したら自動的に停止するフェールセーフの仕組みも搭載し、システム側からも安全性を確保できるように配慮した。

実証実験の様子 バックホウが無人で自律的に動き、荷姿整形まで行う
遠隔監視の様子とシステムのGUI

独自技術により、掘削から荷台での整形まで自律制御

NEC
新事業推進本部
印南 貴春

 いったい、巨大な機体をもつバックホウの自律運転はどのようにして行われているのか。

 「現場に設置された複数のセンサをネットワークで統合するネットワークドコントロールシステム、そして、センシングされたデータを分析して最適なモデルを生成し、緻密に制御していく適応予測制御。この二つの技術を使用しています。」

 NEC 新事業推進本部の印南はこのように説明し、「ネットワークドコントロールシステム」と「適応予測制御」という二つの独自技術を示した。

 ネットワークドコントロールシステムでは、さまざまな場所に配置されたセンサやカメラなどの機器を通信ネットワークでつないでいく。それらのデータを統合して作業エリアの正確な形状を認識するとともに、遠隔から広範囲の監視と建設重機の集中制御を実現するシステムだ。

 本システムではバックホウ内だけでなく、作業エリアに3D LiDAR(注2)やデプスカメラ(注3)など多様なセンサを設置し、これらを統合的に組み合わせることで自律制御を実現していく。建設重機だけにセンサやコンピュータを搭載して重い処理を任せるのではなく、ネットワーク上で統合して処理するので、より幅広く柔軟な活用が可能な仕組みだ。建機内からでは死角になるエリアも確認することができるので、より安全な作業も実現できる。さらには、操縦席の視界だけでは作業がしにくいような場所で施工を行うことさえも可能になる。

 一方、適応予測制御は、建設重機の機種や姿勢に応じた動きの特性や応答の遅延などを学習し、動きを予測して適応する技術だ。バックホウのアームの動きやすさや入力から行動までの遅延は姿勢や重心などによって異なるものだが、本システムではこうした特性を学習して高精度に制御することができる。これにより、バックホウのようなアームやショベルなどの複雑な機構をもつ機械であっても制御することができるようになった。

 「掘削しやすい位置へのかき寄せ動作や、過積載にならない積み込み重量の調整、さらにはトラックに土砂を積み込んだ後に整形するなど、非常に難しい作業まで自律的に施工することができます。万が一意図しない現象が発生した場合でも、速やかに緊急停止し、要因と復旧方法をわかりやすいGUIで提示し、オペレータが遠隔から現場を復旧することが可能です。

 自律運転でできる作業を増やしていくことで、オペレータが介入する機会を減らすことができるはずです。現在では、定型作業を自律運転で実施し、難しい作業は遠隔操縦で補うというコンセプトのもとで開発を進めています。」(印南)

 大林組の大量の施工データをもとにして学習したAIとNEC独自の通信技術を結び付けることで、ついに建設重機の実用的な自律制御が完成しようとしている。

  • 注2: レーザーで対象物までの距離を測定し、対象周囲を立体的に把握することができるセンサ
  • 注3: 画像/映像内の奥行を計測することができるカメラ

ローカル5Gとの連携で他重機との連携も視野に

 今後、本システムはどのような発展を遂げていくのか。印南は「もっと多様な現場に対応できるようにしたい」と語る。

 「今回はトンネル工事という屋内現場での実証でしたが、今後は屋外環境にも適用させていきたいと考えています。また、同時制御できる台数を増やしたり、他の建設重機とも連携させたりすることによって、さらなる生産性の向上に取り組んでいく予定です。」(印南)

 制御台数が増え、他の建設重機との連携が可能になれば、生産現場の風景は一変することになるだろう。そのためには、ネットワークの整備も重要になる。

 「今回の実証では無線LANを活用しましたが、私たちはネットワークに依存しない自律運転の実現をめざしています。状況に応じた無線・有線ネットワークを敷設して、そのネットワーク上で自律運転を実現するという考え方です。たとえば、今後ローカル5Gを使用すれば、システムの精度向上や、より緻密な制御も可能になるでしょう。」(印南)

 しかし、そのためには大林組とのオープンイノベーションが欠かせない。岩下氏も次のように語った。

 「私たちは建設機械や現場のことはよくわかっていますが、ITは専門分野ではありません。NECさんと協力することで、これまでのように良いものをスピーディに生み出すことができると考えています。また、NECさんとは数年にわたって現場を共にしてきました。今後は、単純な専門知識の連携だけにとどまらず、共同研究で得た互いの知識や経験を生かすことで、社会に貢献できる新しいものを創り出す有意義な連携ができると信じています。私たちが創り出した技術を他産業や同業他社さんにも展開することによって、より良い、より安全な社会をつくることをめざしていきたいと考えています。」(岩下氏)

 さまざまな現場で遠隔操作・自律運転をはじめとしたDXが加速すれば、生産性が大きく向上する。少子高齢化のなかでの人材確保や環境負荷の軽減にも貢献し、よりサステナブルな社会の実現にもつながるだろう。両者の連携が、社会に大きなインパクトを与える革新を生み出す日は近いかもしれない。

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