障がいがあっても、誰でも挑戦できる社会を
ポーズと視線で演奏する新しい楽器を体験
障がいのある児童にも平等に挑戦する機会を提供したい──。そんな想いを掲げるハビリスジャパンとパシフィックサプライが新しいイベントを企画した。主役は四肢に障がいのある2人の児童と、2つの楽器。楽器を開発しイベントを共催したのは、AIで人の可能性を広げたいと考えるNECだ。主催者の想いとイベントの様子を紹介する。
弾く、吹く、叩く。どれとも違う新しい演奏方法
「楽器」と聞いて、あなたはどんな楽器を思い浮かべるだろうか。ピアノなどの鍵盤楽器、ギターなどの弦楽器、トランペットやサックスなどの管楽器、あるいは、膜を強く張って、振動させる膜鳴(まくめい)楽器、つまり太鼓の類いだろうか。
では、次に、その楽器を演奏する姿を想像して欲しい。鍵盤や弦を弾く。息を吹き込む。叩く──。
おそらく、ここで紹介する楽器は、みなさんが想像したどの演奏スタイルとも異なる。
1つは、腕を上げる、横に伸ばす、胸の前でたたむなどのポーズで演奏する「ANDCHESTRA VIOLIN(アンドケストラ バイオリン)」(図1)。そして、もう1つは上下左右、斜めに「視線」を動かして、ドレミの音階を変える「ANDCHESTRA TRUMPET(アンドケストラ トランペット)」だ(図2)。
先日、このアンドケストラの体験イベントが開催された。主催者はハビリスジャパンとパシフィックサプライ。参加したのは四肢障がいのある2人の児童とその家族だ。
遠慮や気遣いが、障がいのある児童から機会を奪う
ハビリスジャパンは、四肢に先天性の障がいのある児童にさまざまなアクティビティに挑戦する機会を提供し、社会参画を促す団体である。料理、体操、キャッチボール体験などさまざまなイベントを開催している。
「先天性の障がいの場合、子どもたちは、最初、自分に障がいがあるとは受け止めていません。それが生まれつきの姿だからです。では、いつから障がいがあると感じ始めるのか。それは同年代の友だちと一緒に過ごすようになり、お友達との『違い』を認識するようになってからです。友だちと一緒の活動をしようと思っても、なぜかうまくできない。その原因が障がいによるものだったとしたら──。そんな経験がきっかけとなり、子どもたちは障がいを、ただの違いではなく、否定的に捉えるようになっていきます。また、大人が『運動は危ない』とか『きっとできないから』と一方的に判断して、障がいのある子どもたちに見学を促したりすることも同じです。障がいがあってもお友だちと同じように色々なことにチャレンジして、道具を使って工夫したりしながら目的を達成する。子どもたちが障がいを否定的にとらえず、自分の特徴として受け止められるようになるには、そうした挑戦できる環境が必要なのです」とハビリスジャパンの藤原 清香氏は言う。
「自分だけのやり方」で。自分を諦めないでほしい
ハビリスジャパンと共にイベントを主催したパシフィックサプライは、義肢装具など、さまざまな支援機器やそのノウハウを全国へ発信、提供しているコンサルティング会社である。障がいのある人々の自立を支援し、当事者、支援者の「諦めない」をサポートしている。
「もちろん、障がいは色々な『やりにくさ』につながってしまいます。しかし、障がいがあることにより、挑戦したり、経験したり、失敗したりする機会を奪われてしまうことの方がずっと大きな問題なんです。障がいをマイナスやブレーキではなく『個性』と受け止め、誰もが色んなことに挑戦できる社会でありたい。挑戦のための工夫も『障がいという不足を補うもの』ではなく、『自分だけのやり方』ととらえてほしい。では、どうすれば『自分だけのやり方』を見つけることができるのか。義肢装具を提供するだけでなく、挑戦のための機会をつくったりすることは、パシフィックサプライの重要な使命だと考えています」とパシフィックサプライの世良 美帆氏は続ける。
楽器演奏も、その1つ。さまざまな楽器に挑戦してみることなく、なんとかなりそうなカスタネットを手渡される。音楽の授業で、よくある光景だという。
しかし、世界には両腕のないギタリストもいる。挑戦してみたら、新しい扉が開くかもしれない。もちろん、失敗しても、興味が湧かなくても、挑戦した結果なら、それも発見。挑戦はムダではない。アンドケストラの体験イベントは、そうして企画された。
社会をより良く。人を幸せに。NECがAIに込める想い
アンドケストラを開発したのはNECである。
冒頭で紹介したポーズと視線による演奏方法は、NECの人の姿勢を推定するAI技術「姿勢推定技術」と視線を捉えるAI技術「遠隔視線推定技術」によって実現している。
「現在、NECはAI関連の技術開発に力を注いでいますが、社会をより良くする、人を幸せにするためにAIを使うことを前提に考えています。NECが目指すのは『AI Analytics for Good』。人とAIが協調して、AIは人の能力や創造性を拡張する役割を果たす。そうして、一人ひとりが人間性を発揮できる社会を実現していきたい。その一環として、楽器の演奏経験がない人、演奏に苦手意識を持つ人、そして、障がいのある人でも演奏に挑戦できる楽器をつくろうと考え、アンドケストラを開発しました」とNECの世良 拓也氏は言う。
そのため、アンドケストラは、NECのAI技術者だけでなく、インクルーシブアドバイザーとして、車椅子のシンガーソングライター、小学生の音楽コンシェルジュ、そしてパラスポーツ選手なども同時に開発に携わっている。
挑戦したから感じることができた悔しさとワクワク
このようにアンドケストラ体験イベントは、挑戦が大きなテーマとなっている。したがって、少々厳しい場面もあった。例えば、参加した児童の1人は先天的に両腕がない。だからこそ、真っ先にポーズで演奏するアンドケストラ バイオリンの演奏に挑戦してもらった。
結果は、やっぱり難しい。AIがなかなかポーズを認識してくれない。悔しい。周りの人に見られるのもなんだか恥ずかしい。しかし、両親とも協力しながら、洋服の袖を腕に見立て、なんとか挑戦を続けてみる。すると、ポーズによっては、音を出せるようになった。音が出た瞬間、家族全員が笑顔になる。
もう1人の児童は片腕がない。でもアンドケストラ バイオリンは片腕で十分演奏できる。実際、慣れるとすぐにスムーズに演奏ができるようになった。ならば次の挑戦。今度は義手で演奏してみる。さっきまでのようにはうまくいかない。でも、肩で義手をひねったり、回したりして、精一杯ポーズを取ってみる。すると、こちらもポーズによっては音が出せるようになってきた。音が出て、飛び跳ねて喜ぶ児童の目には自信が宿る。
「脚や全身を使う方法も用意すれば、もっと多くの人にアンドケストラを演奏してもらえるかもしれない──。義手にはきちんと反応することがわかった──。今回のイベントは、お子さんの挑戦であったと同時に、アンドケストラとAI、そして私たち技術者に新しい課題と発見が提示された瞬間でもありました」と世良 拓也は話す。
一方、視線で演奏するアンドケストラ トランペットは、2人とも大得意。目をキョロキョロさせながら「かえるのがっしょう」を演奏する。誰でも演奏でき、ワクワクを提供できる楽器を目指したアンドケストラの面目躍如だ。
テクノロジーで社会の課題をクリアしていく
「2人の挑戦と経験の場になったこと。それが何よりの成果」と世良 美帆氏は述べる。参加した家族も「見たこともない楽器を演奏できて、子どもが新しい経験をするよい機会になった。ぜひまた参加したい」とうまくいかなかったことも含めて前向きだ。
テクノロジーがサポートすることで、より多くの人の社会参加が可能になったり、今より多くの役割を担えるようになったりする。それが実現すれば、まさに大きなDX(デジタルトランスフォーメーション)である。「特別ではなく個性。みんな同じく挑戦する機会があり、ほかの人とちょっと方法は違うかもしれないが、社会の中で多くの役割を担って、尊重し合いながらして暮らしていける、そんな社会を目指したいですね。NECにも大いに期待しています」と最後に藤原氏は強調した。