本文へ移動

デジタル人材を育成する具体的な方法は?
~不足するAI・データサイエンス人材をどう育成する~

SPEAKER 話し手

大和証券株式会社

植田 信生 氏

IT統括部 デジタルIT推進室 室長

NEC

孝忠 大輔 氏

AI・アナリティクス事業部 事業部長代理
兼 AI人材育成センター センター長

DX時代の人材戦略に立ちはだかる様々な「壁」とは

 DX推進に向けて、データやAIの利活用を考える企業が増えている。ただし、そこには様々な壁が存在する。その際たるものの1つが人材の確保だ。即戦力となるAI・データサイエンス人材は、様々な企業からのニーズが非常に高いため、慢性的に不足している状態にある。自社に引き入れるのは簡単なことではない。

 一方、AIやデータサイエンスの知識や技術の習得は初心者にはハードルが高い。データサイエンティストになるためには、データ分析のみならず、マーケティングや統計学、プログラミングなどの高度な知識が求められるからだ。

 特に、企業に所属する人材は自社ビジネスへの貢献を重視されるため、「事業や業務を理解する力」「現場ニーズをくみ取る力」「部門横断で業務プロセスを把握する力」「課題にひも付くデータを分析する力」「開発したAIモデルを現場に実装する力」など、様々な要素が必要となる。このため、ビジネス現場で即戦力として活躍できるような人材を、すぐに育てることは難しい。

 市場には、AI・データサイエンス人材を育成するための様々な教育プログラムがある。だが、座学や研修だけで人は育たない。こうしたことから、費用と時間と手間をかけるばかりの「育成疲れ」、あるいは「そもそも育成の方法論が分からない」と悩む企業が少なくない。

 先行してAI・データサイエンス人材の育成に力を入れている大和証券やNECでは、どのような取り組みを行っているのか。キーパーソンの対話からその解決策を探ってみたい。

求めるのは「デジタルでビジネスを変革できる人材」

 ──大和証券は将来のビジネス環境の変化を見据え、コロナ禍前からデジタル人材の育成に取り組んでいます。まず御社にとってのデジタル人材の定義を教えてください。

植田氏:「デジタル技術を活用し、当社のビジネスを変革できる人材」と定義しています。当社では「デジタルIT人材」と呼んでいますが、その育成に向けた検討が始まったのは2019年2月ごろです。10年後のビジネスモデルの想定と、それに必要な人材プランを考えてみたところ、各部署共通の課題として出てきたのがDX人材の不足でした。そこでデジタルIT人材の育成に向けて本格的に取り組むことにしたのです。

 当社ではデジタルIT人材の定義のもと、より具体的なタスクを想定し、ビジネスプロセスやビジネスモデルの変革を企画する「DX推進人材」とデータを活用し、データに基づくビジネス推進を実現する「AI・データサイエンス人材」の2つの人材像に分け、それぞれに向けた育成カリキュラムを策定しています。

 ──どのような方針とカリキュラムでデジタルIT人材を育成しているのですか。

植田氏:2019年10月に新設した「デジタルITマスター認定制度」に沿った形で人材育成を進めています。社内公募で希望者を募り、その選抜者を対象に2020年4月から第1期のプログラムをスタートしました。初回の公募には営業店から本部まで様々な部署から社員全体の1割を超える約900人の応募がありました。その反響に、社員の関心の高さを改めて感じることになりました。

 具体的なカリキュラムですが、最初のステップとして「デジタルリテラシー向上プログラム」から受講することになります。応募者全員を対象にデジタルを活用したビジネスを考えるための基礎的な知識について、eラーニングや外部講師の研修で学んでもらいます。デザイン思考やアジャイル開発の考え方、データ、AI、クラウドなどのテクノロジーの基礎知識を習得できる内容になっています。

 これらを修了した社員の中から選抜を行い、次のステップである「デジタルIT活用力育成プログラム」に進みます。2年間の育成プログラムの中で、DX推進人材、AI・データサイエンス人材のいずれかのコースに分かれて、通常業務をしながら専門的な内容を学ぶOff-JTと、実際の業務に関連してデジタルITを活用するOJTに取り組みます。

 AI・データサイエンス人材の育成プログラムには、データ分析のスキルに特化した研修として、NECの「データサイエンティスト養成ブートキャンプ」(以下、ブートキャンプ)が組み込まれています。統計の基礎からデータの可視化、予測モデルの構築といったデータ分析のための知識・スキルを体系的に学ぶことができ、豊富な演習と専門家による指導を経て、報告書への落とし込み、プレゼンテーションなど、データサイエンティストに求められるスキルを幅広く身に付けることができるからです。

 2年間のプログラム修了後は社内での選考を経て、一定の基準を満たした者が「デジタルITマスター」として認定されます。認定後は各部署で当社のビジネスを変革するための業務に取り組み、当社のDX戦略をけん引する役割を担うことを期待しています。

図1 大和証券のデジタルITマスター認定制度
大和証券の全社員を対象にした制度。2年間のプログラム修了後は、選考を経てデジタルITマスターの認定を行い、認定者はビジネス変革に向けた専門的キャリアを形成する

人材育成は黎明期・発展期・成熟期の3段階で実施

 ──NECもデータサイエンティストの育成には早くから力を入れている企業として知られています。どのような形で人材育成を行っているのでしょうか。

孝忠氏:NECグループでは、2013年からAI・データサイエンス人材育成の取り組みを本格化させました。当時、様々な業界のお客様からビッグデータ解析のご相談が数多く寄せられるようになり、当社としても個別案件に応えるだけではなく、データ分野に通じた人材を育てていかないと、将来的なニーズに応えられないという危機意識が高まったからです。

 そこで専門組織での実践型OJT、自己学習環境の整備、AI人材の即戦力化と大量育成といった形で年々進化を重ねながら、8年間かけてAI人材育成のメソドロジーを体系化してきました。現時点では1800人のAI人材の育成に成功しており、今後2025年度までにこれを倍増させる計画です。

 また2019年4月には「NECアカデミー for AI」を開講し、お客様企業のデータサイエンティストの育成サービスも手掛けることになりました。先ほど植田様のお話にもあったブートキャンプのプログラムは、その中で提供しているメニューの1つです。

 NECアカデミー for AIでは、体系的な学びの場だけでなく、実践経験の場や、人材交流の場も併せて提供することで、実社会で活躍できるAI・データサイエンス人材の育成に力を入れています。

 そしてこの間、自社そしてお客様と一緒に人材育成に取り組んできた中で分かってきたのは、「黎明期」「発展期」「成熟期」という大きく3つのフェーズに分けて育成を進めていくことが非常に効果的であるということでした(図2)。

図2 人材育成の進め方
デジタル人材育成を継続的に実践する中で、NECは「黎明期」「発展期」「成熟期」という3つのフェーズに分けて育成を進めていくことが効果的であるという

 ──各フェーズで、どのような違いがあるのでしょうか。

孝忠氏:黎明期は、その企業が人材育成に着手したばかりの段階ですから、規模が数名から十数名と小さく、即戦力人材の短期育成がテーマになると思います。発展期は、ある程度AIやデータサイエンスをビジネスに実装できる段階となるため、事業成長に合わせて人材を確保するフェーズとなります。そして全社一丸となってデータ活用やDXを実践できる成熟期へと入り、人材の持続的な育成が大きなテーマとなっていきます。

それぞれの育成フェーズで必要なポイントとは

 ──これからAI・データサイエンス人材の育成を検討している企業にとっては、非常に興味深いお話だと思います。その3つのフェーズで企業はどのようなことを考え、実践しなければならないのか、もう少し深掘りしていただけますか。

孝忠氏:まず「黎明期」ですが、ここで一番大事になるのが“誰を育成するか”という人選です。“この人なら今後のデータ活用をけん引してくれるだろう”という会社側の期待だけでなく、本人自身も強いモチベーションを持って“これから自分はデータ活用の領域に飛び込んでいくんだ”という気構えがなければうまくいきません。

 最初は少数精鋭でデータ活用に取り組むことになるため、即戦力となる人材を短期間に育成することも重要になります。NECでも数年前に、即戦力となる人材を一気に促成栽培する必要性に迫られ、新しいプログラムをつくりました。それがブートキャンプです。文字通り“新兵訓練”のように20日間という短期集中型で、3日おきに新たなテーマを設け、座学・演習・発表というサイクルを繰り返しながらデータサイエンティストとして必要なスキルを習得していきます。NECの中でもハードな研修の1つとして位置付けられていますが、これで実際に短期間での育成を成功させることができました。そこでNECアカデミー for AIでも、外部のお客様に同じサービスを提供しています。先ほども植田様からご紹介をいただきましたが、実際に大和証券様の受講生の方々は、このブートキャンプをどのように感じていらっしゃるのか、改めてお聞かせください

植田氏:非常に好評です。「予想以上にハードだが実りがある」「20日間という短期間に濃い中身が凝縮されている」という意見がほとんどです。データ分析の基礎だけでなく、予測や判別、グルーピングなど幅広いテーマが身に付き、現業で困っている課題の解決の糸口が見つかった、実務ですぐに使えるといった点も評価されています。もしまだ導入されていない企業があれば、本当にお勧めできる内容です。

孝忠氏:ありがとうございます。試行錯誤を重ねながら、つくりあげていった甲斐がありました。

図3 NECが提供する「データサイエンティスト養成ブートキャンプ」
NECアカデミー for AIでは、20日間の短期集中型の「ブートキャンプ」を開講している。受講者は座学・演習・発表を通し、データサイエンティストとして必要な基礎スキルを習得する

人材育成の推進に欠かせないトップのコミットメント

 ──次のフェーズとなる発展期では何がポイントになるのでしょう。

孝忠氏:発展期に入ってきますと、人材の数がある程度増えてきますので、身に付けた知識やスキルの実践力を培うOJTに力を入れていくことが必要です。当社でもデータ分析の専門家のもと、実際に社内で動いているプロジェクトに参画させるようにしています。

 また、自分たちが身に付けた高度なスキルを認定してほしい、自分が今どこまで到達しているのか知りたい、という要望が出てきますので、それを満たす認定制度を整備していくことも非常に重要なポイントになってきます。

 大和証券様でも、「デジタルITマスター認定制度」をつくられたわけですが、そこで工夫された点などありましたら、教えていただけますか。

植田氏:デジタルIT人材は、当社のビジネスをデジタルで変革し、将来にわたってそのけん引役となることを期待されています。そこで今までの研修や資格取得とは意味が違うんだということを認識してもらうため、経営トップの宣言のもと、最初から2年間に及ぶ座学研修とOJT、デジタルITマスター認定、その後の専門性を磨き上げる環境とキャリアパスまでをすべてパッケージした形で公募を掛けたのが最も工夫した点だと思います。

孝忠氏:なるほど。そういった全社的な力の入れ方が社員にも響いたからこそ、最初の公募で900名もの応募者があったわけですね。そこで気になるのは、実際にその方々を送り出す現場部門は一定期間、実務面でのパワーダウンを余儀なくされてしまうわけですが、その理解をどう得るのかということだと思います。

植田氏:おっしゃる通り、現場の協力がなければどんなにいい制度を用意してもなかなか前には進めません。そこで私たちが工夫した点は2つほどあります。

 1つ目は、各部署でデジタルIT人材が必要だという共通認識を先につくったことです。最初にもお話ししましたが、10年後のビジネスモデルを考え、そのために必要な人材プランは何かを議論した際に、DX人材の不足という共通認識ができた。それがあったからこそ、この制度をアナウンスした際にも、各部署の理解が得られたのだと思います。

 2つ目は、この制度の受講者は、本来の所属部署とデジタル推進室の兼任という立場になっていることです。最初から該当社員はこの研修プログラムに一定の時間を割くことを所属部署と合意形成しているので、理解が得られている状況です。

孝忠氏:すばらしいですね。今後、御社のような制度をつくろうとしている企業に何かアドバイスをしていただけますか。

植田氏:当社の場合は経営トップがデジタルIT人材の育成に強くコミットしていますので、非常にスムーズに進んでいます。ですから、これからこうした制度をつくっていくとすれば、経営トップ自らが社内外に継続してメッセージを発信していくこと、そしてデジタル部門と人事部門の双方が協力し合い、進めていくことが成功への秘訣だと思います。

DXには全社的な情報共有と文化の醸成が必要

 ──最後に、成熟期に必要なこととは何でしょう。

孝忠氏:成熟期は、全社一丸となってデータ活用やAI活用に取り組んでいくフェーズとなりますので、いかに全社的に情報を共有できるか、ナレッジをシェアし合えるかが重要になります。そこでNECでは、そういったデータサイエンスおよびAIナレッジを共有するためのポータルサイト「デジタルHub(AI)」や、NECグループ社員6000人が参加する「AI人材コミュニティ」、AI・アナリティクスに特化した開発環境である「砂場」などを用意し、皆が協力しながらスキル向上に努めています。

 もう1つ、デジタル活用やデータ活用が当たり前の会社となる文化を醸成していくことも非常に重要なポイントになると思います。

 ──大和証券における今後のデータ活用、DX推進に向けた展望を教えてください。

植田氏:当社にとって成熟期はまだこれからの段階ですが、社員のデータ活用に向けた環境づくりという面では、これまで分析に活用できなかった録画データや音声データを含め、幅広いデータを、ガバナンスを利かせながら利用できる環境を整備し始めたところです。また現在、システム開発ができる環境はグループ会社の大和総研に集中していますが、今後はUIなどの画面作成や一定程度のシステム開発は大和証券内で内製化できるよう、アジャイルな開発環境も整備していく予定です。

 さらに、IT部門にCoE(Center of Excellence)組織を立ち上げ、ここがハブとなってデータ活用のノウハウを全社横断的に集約しました。各部署に配置されたデジタルIT人材のDX推進を効率化していく体制づくりも進めていきたいと考えています。

    RELATED 関連記事