適用した業務、経験から導いた成功の要諦を紹介
セブン‐イレブン・ジャパンと三井住友海上の生成AI活用
生成AIへの注目がさらに高まっている。どのような業務に活用できるのか──。どのような課題があり、それらはどのように克服するべきか──。多くの人が、さまざまな考えを巡らせていることだろう。そのヒントを得るべく、先行して活用に取り組んでいるセブン‐イレブン・ジャパンと三井住友海上のキーパーソンを招き、お客様の生成AI導入を支援するNECのデータサイエンティストが話を聞いた。活用文化を醸成するための取り組み、セキュリティなどの課題の解決法、適用業務の見極め方、両者が語る経験談や苦労話は、非常に示唆に富んだものだった。
SPEAKER 話し手
株式会社セブン‐イレブン・ジャパン
神澤 直史氏
システム本部
システム企画部
統括マネジャー
三井住友海上火災保険株式会社
桑田 修平氏
ビジネスデザイン部
データサイエンスチーム
AIインフィニティラボリーダー
NEC
本橋 洋介
生成AI事業統括部
AIテクノロジーサービス事業部門
テクノロジーリード
アジャイル開発を採用し、ライブラリーを整備
本橋:セブン‐イレブン・ジャパン様の生成AI活用についてお聞かせください。
神澤氏:2023年でセブン‐イレブン・ジャパンは、創業50周年を迎えました。現在、全国に2万1000を超える店舗を展開しています。1日あたり約2000万人のお客様が店舗を利用し、代表的な商品の1つであるおにぎりは1年に約21億個を販売しています。
生成AIの活用に着手したのは、2023年上期です。活用においては、早期に業務システムに組み込むことを前提にした環境を整備すること、そして、ユーザーである社員に「生成AIは使える」と思ってもらうことなどを意識しました。その中から、特に有効だった要諦について解説していきます。
まず、プロジェクトを立ち上げる際は、推進メンバー自らが要素技術や関連サービスを利用し、実践と体験によって理解を深めました。それにより、社内に向けた発信に自信と説得力が加わり、合意形成が行いやすくなりました。
活用開始に向けては、機密情報の漏えい、ハルシネーション(生成AIが事実とは異なる情報などをつくり出してしまう現象)、著作権侵害などのリスクがあることと、そして、その対策として、自社の専用環境を構築すること、リテラシー向上に取り組むことなども同時に明示しました。不安が広がる前に手を打ち、積極活用の雰囲気を醸成しました。
活用開始後は、役職や部門ごとに異なるコンテンツを用意して説明会・勉強会を開催しました。また、部門ごとに生成AIに関心が高い人物を選定して「生成AIアンバサダー」に任命し、社内における事例共有などの啓発活動を手伝ってもらいました。その上で、UIを変更したり、機能を限定したりしたバージョンを用意して、利用を促していきました。UIについては、現在も、より使いやすいものを目指し、試行錯誤を繰り返しています。
システム開発では、アジャイル開発を採用しています。チャットボット的な活用法は比較的イメージがしやすく、社員の理解を得やすかったのですが、ほかの活用方法では、完成形を想像したり、共有したりするのが難しい場面があったためです。そこで、要件をヒアリングしたら、すぐにプロトタイプを開発し、実物を見ながら継続的に改善しています。そのためにシステム部品を標準化したり、周辺サービスを評価・整理したりして、「セブン-イレブンAIライブラリー」の構築に取り組んでいます。これにより、新技術が次々に登場しても、常に最適なサービスを組み合わせられるようになると考えています。
本橋:具体的には、どのように活用していますか。
神澤氏:お客様のご意見であるSNS上の膨大な投稿の分類、補正、ラベル付け、そして、要約や総評の生成、重要度や対応要否の判断、対応策の提案に利用。商品の企画工程やリスクマネジメントにも活用しています。商品の企画などにおいては、分析結果をもとにした改善提案、改善イメージを共有するための画像作成、加盟店向けの商品案内資料の作成も生成AIが行っています。
また、OFC(※1)の経営カウンセリングにおいては、膨大なデータとノウハウを組み合わせ、店舗の経営状況を可視化するレポートを生成AIが作成。ほかにシステム開発のコーディングにも生成AIを活用しています。
- ※1 OFC:オペレーション・フィールド・カウンセラー(店舗経営相談員の略。加盟店のオーナー様に、さまざまな経営カウンセリングを行うセブン‐イレブン・ジャパンの中心的職種)
今後は、商品知識、マーケティング知識、デジタル知識などのドメイン知識を持った生成AIによる業務の高度化が加速すると考えており、ドメイン知識の取り込みに加え、精度向上、信頼性向上なども含めた生成AIの育成がポイントになると考えています。
RAG(※2)を構築して照会応答の精度を高める
- ※2 RAG:Retrieval Augmented Generation(検索拡張生成)
本橋:三井住友海上様は、どのような生成AI活用に取り組んでいますか。
桑田氏:当社は、自動車保険、火災保険、傷害保険などを提供する保険会社ですが、現在は補償だけでなく、補償の前後、例えば、事故・災害の未然防止、事故発生後の早期回復など、保険を含めた新しい価値をお客様に提供することを目指しています。
従来の考え方に縛られていては、新しい価値をお客様に提供するための発想やソリューションは生み出せません。そこで、生成AIには、社員の考え方を変えるための「知の統合」「知の活用」「知の創造」を期待しています。知の統合とは、社内の知識やノウハウにアクセスできるようにするために散在している情報をまとめること。知の活用は、社員の求めに応じて知識やノウハウを適切に提示したりすること。そして、知の創造は、人と生成AIが一緒に創出した成果を生成AIが学習して成長し、次の人の成長につなげることです。この3つのサイクルを回し続けることで、社員の意識変革と新しい価値の創出を促進したいと考えています。
この考え方のもと、2023年春ごろから段階的に生成AI活用に取り組んできました。
まず、専門組織であるAIインフィニティラボの立ち上げと役員勉強会をほぼ同時に行いました。当初から役員の期待、活用に向けた意識が非常に高く、それが、その後のスムーズな取り組みにつながっています。
それから間を置かずにセキュアな環境で利用できる「MS-Assistant」という生成AIサービスを社内公開。さらに活用を促すためにプロンプト研修を開催したり、保険の専門的な照会への回答機能を実装したりしました。照会への回答機能は、保険の規程や社内マニュアルなどを用いて「RAG」を構築して回答精度を高め、「割引の適用条件を教えて」「新車特約の補償概要を教えて」といったお客様や代理店様からの問い合わせへの対応を効率化することを目指しています。現在、対応可能な保険商品を順次増やしているところです。
その後も社員に活用法を考えてもらうアイデアコンテストを開催したりしながら、生成AIの活用の幅を徐々に広げています。
例えば、保険金お支払センターでの業務支援があります。事故を起こしてしまったお客様と保険金お支払センター担当者のやり取りは、担当者が「経過記録」として文章にまとめてシステムに入力していますが、それを生成AIで自動化するシステムを段階的に導入中です。電話音声をテキストに文字起こしして、生成AIが要約を作成します。また、人事規程や経費精算の方法など、社内業務に関する問い合わせ対応も生成AIで自動化すべく、取り組みを行っています。
本橋:今後は、どのように取り組みを行っていきますか。
桑田氏:個人的には「情報収集」「RAG方式の成熟」「技術導入プロセスの再整備」「運用フェーズの自動化」が今後のポイントだと考えています。
生成AIに関する情報は多すぎて、1つずつ手で集めると膨大な工数になります。効率的に情報収集する方法を構築しなければなりません。また、回答精度向上は大きなテーマですから、RAGを改善する技術に注目しています。さらに、より多くの業務に生成AIを適用すべく、思い立った社員の熱を冷まさせない導入プロセスを整備しなければなりません。そして運用フェーズでは、ログを活用したり、チューニングしたり、追加で学習をさせたりしながら、生成AIを賢くしていくのですが、それを自動化していきたいと考えています。
生成AIによって省人化が進むと、競争環境は従業員の多い企業より少ない企業に有利になるといわれることもありますが、従業員が多い企業には、その企業に適した活用法があるはず。生成AIのない時代は、もう来ないわけですから、当社ならではの生成AI活用法を確立していきます。
回答精度の評価や運用を自動化する技術に期待
本橋:セブン‐イレブン・ジャパン様も三井住友海上様も、既にさまざまな用途で生成AIを活用しています。どのように活用テーマを決めているのでしょうか。
神澤氏:現場からシステム本部に業務のシステム化の依頼が来た際、生成AIを活用する案を提案することもあれば、システム本部主導で生成AIによる業務改善を現場に提案することもあります。
桑田氏:既に課題が分析され、解決すれば、大きな成果が期待できる業務から取りかかっています。お客様や代理店様からの問い合わせへの対応などは、生成AIが話題になる以前から改善が検討されていた業務です。
本橋:勉強会や説明会などに積極的に取り組んでいますが、社員の方からの反響はいかがですか。
桑田氏:期待が日に日に高まっていることを感じます。「こんなことができないか」「この業務に適用できないか」などの問い合わせも増え続けています。
神澤氏:確かに期待は高まっていますが、一方で懸念もあります。生成AIに任せる業務が増えると、若手が業務や知識を学ぶ機会が減るのではないかということです。そういう業務経験を、どう補填していくべきかについて考え始めています。
本橋:そうですね。実際のプログラミング経験がない人が、生成AIを使ってプログラミングを行う。それは是か非か。NECでも、そうした議論を行っています。最後に生成AIに対する期待をお聞かせください。
神澤氏:回答の精度を効率的に確かめられる仕組みがあれば、より業務に適用しやすいのではないかと考えています。
桑田氏:生成AIが自動で学習を継続し、自動的に賢くなっていく。そうした運用技術や運用方法の実現に期待しています。
本橋:ありがとうございます。実際に活用を進めている企業ならではのリアルな声ですね。みなさんの期待に応え、業務変革に貢献すべく、NECは技術開発、業務適用の支援を取り組んでいきます。