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最善の一手を誰もが打てる時代へ──伊藤園×NECが挑むマーケティングDXのリアル

 新規事業の立ち上げや市場創出に挑む企業が直面する壁は少なくない。各組織に散在してしまっている知見・ノウハウ、属人化した業務、意思決定の遅れ――。こうした課題が、マーケティング施策のPDCAを停滞させ、KPI設計のあいまいさを生み、挑戦のスピードを鈍らせている。さらに、デジタル活用が進まない企業文化や部門間の分断も、変革の足かせとなっている。今、求められているのは、こうした構造的な課題を打破するマーケティングDXの推進だ。こうした課題の解消に向け、伊藤園では、NECの最新技術を活用したマーケティング施策に取り組んでいる。その変革の概要や現時点での成果について、キーパーソンたちに話を聞いた。

SPEAKER 話し手

株式会社伊藤園

矢野 弘子氏

マーケティング本部
緑茶ブランドグループ(2025年10月現在)

倉橋 悠太氏

マーケティング本部
緑茶ブランドグループ

NEC

小図子 武弘

ビジネスイノベーション統括部
シニアマネージャー

属人化・分断・停滞──伊藤園が直面したマーケティングの壁

――伊藤園ではこれまで、マーケティング業務にいくつかの課題を抱えていたそうですね。具体的にどのような問題があったのでしょうか。

矢野氏(伊藤園):私は「お~いお茶」を始めとする緑茶製品の商品企画やマーケティングを担当しています。当社のマーケターは個人やチームで1つの商品を担当するのですが、アイデア出しや試作立案が体系化されておらず、1人でもんもんと考えたり、提案・却下の繰り返しで疲弊したりと、意思決定までに時間がかかることが課題でした。またD to C(※)やSNS、AIなどの活用を部分的に進めているものの、デジタルマーケティングのスキルや知見も組織的に足りていませんでした。

株式会社伊藤園
マーケティング本部 緑茶ブランドグループ(2025年10月現在)
矢野 弘子氏

倉橋氏(伊藤園):新しい顧客層を狙った商品や高価格帯の商品などもラインアップしているのですが、なかなか新規顧客にアプローチできず、新商品に対するターゲティング精度が上げられない。新しいお客様を獲得し、商品価値を高めることも大きな課題となっていました。

  • D to C:Direct to Consumer(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)の略。メーカーが自社のECサイトなどから直接顧客に販売するビジネスモデル

――そうした中、どのように解決策を見出したのですか。

倉橋氏:打った施策が当たらず、どうしようかと悩んでいたところに、たまたまNECさんから「こんなソリューションがありますよ」と「BestMove(ベストムーブ)」を紹介してもらったのです。その場でプロトタイプとして提供された画面に我々が使っていたデータを入力してみたところ、今まで考えたこともないアイデアや施策がポンと出てきました。「これはすごい。もっと試してみたい」と感じてトライアルさせてもらうことにしました。

株式会社伊藤園
マーケティング本部 緑茶ブランドグループ
倉橋 悠太氏

AIによる斬新なアイデアもあり、苦戦していた商品が数日で完売

――「BestMove」とは、どのような特徴を持つソリューションなのでしょうか。

小図子(NEC):NEC独自のAI技術と大手クレジットカード会社の購買傾向分析データを組み合わせたSaaS型のマーケティング支援ツールです。商品やサービスの特徴を入力するだけで、反応が見込める顧客クラスターを抽出し、趣味嗜好性を軸に顧客の特徴と潜在ニーズを把握します。ターゲット顧客ごとに反応率が高い施策をポジショニングマップに複数提示するので、その中から担当者目線で最終的な打ち手を決めていただけるのが特徴です。

NECのAIテクノロジー×ビッグデータにより、市場分析から施策立案、効果予測、ナレッジの蓄積・活用までカバーする「マーケティング施策立案×ナレッジ共有プラットフォーム」。高精度な市場分析で成果の出るマーケティング施策を導き出す

――AIに慣れていない人でも扱えるものなのでしょうか。

小図子:大丈夫です。誰でも簡単に使えるよう、プロンプトの支援機能を入れています。テキストを入れただけでAIが内容を理解して、足りない部分はチャット形式で質問・回答をやりとりしながら施策の方向性を深堀りしていきます。またBestMoveは個人情報を必要としません。どのような商品であっても、それに興味を持つであろう顧客層をビッグデータ(クレジットカード会社の購買データベース)から抽出し、潜在的な趣味嗜好まで深く分析できるので、最適なマーケティング施策をスピーディーに導き出します。

NEC
ビジネスイノベーション統括部
シニアマネージャー
小図子 武弘

――実際に伊藤園ではBestMoveを使ってどのようなマーケティング施策を立案していったのか、教えてください。

倉橋氏:大きく2つあります。1つは2025年3月に発売した「瓶 お~いお茶 山の音(ね)」という商品です。オンライン限定の高級緑茶で1瓶5,000円以上の高クオリティー商品となっています。第一弾である「めがみ・せいめい」は弊社がちょうど大谷翔平選手と契約を結んだタイミングで広告を打ったこともあり、一瞬で完売しました。しかし第二弾からは苦戦が続き、商品の魅力をしっかり訴求していこうとマーケティングの方向性を切り替えた第三弾も、なかなか目標に届かない。なんとしてでも売りたいと、社内で緊急ミーティングを開くことになりました。

小図子:BestMoveのプレゼンで御社を訪問したのは、ちょうどその日でしたよね。

倉橋氏:そうなんです。小図子さんらが午前中にいらして、その日の午後に緊急ミーティングが開催される予定になっていました。簡単に説明を聞いただけでも、今までにない全く新しいソリューションであることがわかりました。そこで小図子さんに午後からのミーティングに向けて、我々が検討していたターゲットや商品のデータをBestMoveに入力してもらいました。すると「新入社員で両親にプレゼントをしたい方」「お茶が好きな役員クラスの方」という新たな顧客像が抽出されるとともに、3つの施策案が提案されました。

1つ目は、限定ストーリーと希少価値を押し出したウェブバナー広告
2つ目が、オンライン限定の体験イベントで「山の音」の魅力を伝える内容
3つ目が、生産者さんの家族の絆や伝統を伝えるプロモーション、でした。

 実は社内でも、希少な茶葉へのこだわりや魅力をしっかり伝える記事広告を打つ案が既に出ていましたが、ほかにもいろいろなアイデアがあったため、なかなか踏み切れずにいたのです。しかしBestMoveからデータに裏打ちされた同様の提案が抽出されたことで、自分たちの考えに確信を持つことができました。そこで茶葉や産地、瓶へのこだわりをストーリーで語る記事広告を打ったところ見事にはまり、「山の音」は数日で完売しました。社内でも大きな反響を呼びました。

BestMoveから提案された内容を踏まえて打ったバナー広告。社内ミーティングでも商品の魅力をしっかりと伝える広告案が浮上していたが、なかなか踏み切れずにいたところ、BestMoveも同様の案を提案したことで考えに確信が持てたという。結果、数日で完売した

――もともと伊藤園内で考えていた施策が正しかったこともデータ分析で証明されたわけですね。

倉橋氏:BestMoveの立案をそのまますべて実行したわけではないのですが、我々が長い時間をかけて考えたアイデアが一瞬で出てきたことに、まず驚きました。そして属性ごとに提案される施策それぞれに、膨大なお客様データの分析で裏打ちされた納得感がある。これまで勘や経験に頼る場面の多かった施策立案プロセスがデータとAIで定量的に裏付けられるようになるわけですから、「これは使える」と確信しました。

マーケターの“想い”に寄り添うAIが施策に納得感をくれる

矢野氏:「山の音」の成功事例を踏まえて、2025年4月に発売予定だった商品「matcha LOVE 抹茶」のプロモーション施策にもBestMoveを適用しました。国産抹茶を100%使った「matcha LOVE 抹茶」は、キャップ部分に抹茶が入っており、キャップを開けてシャカシャカと振るだけで、つくり立ての抹茶が楽しめる体験型抹茶飲料です。10年ほど前から同様の商品は販売していたのですが、認知度が低いままでなかなか市場に浸透しませんでした。しかし近年の抹茶ブームでSNSや海外のインフルエンサーに取り上げられたこともあり、インバウンド向けに振り切った形で改めて商品化したのです。

――matcha LOVEでも何か課題があったのでしょうか。

矢野氏:はい。まずはつくり方を広めようと動画をSNSで流したのですが、ビューがなかなか上がりませんでした。そこでBestMoveに「インバウンドをターゲットに、もっと認知度アップにつながるSNS動画をつくりたい」と打ち込んでみました。すると「手づくり飲料(シャカシャカ抹茶)に興味がある人」というクラスターが抽出され、「お点前、シャカシャカでございます」というキャッチコピーや、「舞妓さん衣装の女性が…」「ドミノ倒し1万個の抹茶アートが…」といった、私たちではすぐに思いつかないような動画案がいくつも提案されました。

 どれも突拍子もないようでいて、しっかりとターゲットに刺さる可能性がある。社内でもすぐに制作できそうなアイデアを選び、いいとこ取りで動画を作成したところ、前回の動画と比べて125%再生回数が向上しました。

BestMoveが提案した動画案をベースに社内で作成したインバウンド向けSNS動画。今まで思いつかなかったフレーズやイメージ案がユーザに刺さり、24時間で25%増の3.1万ビューを獲得した

――施策の成果から、BestMoveの有効性が見えてきたのですね。

矢野氏:キャッチコピーに関しても、人が思いつかないフレーズを数多く提案してくれるのがありがたいです。映像の構成がイメージしやすい絵コンテも素早く提案してくれるので、動画制作にかかる工数が33%も削減できました。

 私たちはほかの生成AIツールもアイデア出しなどで使っていますが、BestMoveは商品内容や背景、私たちの想いをしっかり理解した上で、具体的な提案をしてくれる点が画期的です。最初に情報を入力すると顧客クラスターが出てくるのですが、「あ、こういうお客様いらっしゃるよね」とか「私たちが考えているペルソナに近いな」といったように、その時点で一度お客様像がはっきり見えてきます。それを細かく調整していくと議論のたたき台が短時間でつくれますし、BestMoveがいつでも対応してくれる安心感があるので、いくら上司に提案を却下されてもへこたれないようになりました(笑)。

倉橋氏:私もBestMoveを企画のたたき台で利用することが多いです。先ほど矢野が申し上げた通り、1人で考えたり、チームでブレストしてもなかなか前に進まない時、まずはBestMoveに自分たちのアイデアを打ち込んで整理するところからスタートするとうまくいきます。

矢野氏:壁打ち相手としても頼れるので、グループ内では「ベスト君」という愛称をつけています。ミーティングでもPCにいるベスト君を真ん中に置いて、参加者全員で話し合いながら、内容を何度も確認していく。そこでどんどんアイデアがブラッシュアップできるようになります。

小図子:開発者として非常に嬉しいお言葉です。BestMoveで使っている購買データベースは本当に貴重な顧客データで、精度の高いテストマーケティングが簡単に行えることが強みです。アクティブユーザに施策を当て、その反応がどれくらい出るのか、反応が出ている中から市場規模も高く、認知も高いものは何かという回答をパッと出すことができます。

成功/失敗の知見も組織で共有され、新しい企業文化が生まれる

――伊藤園では全社的な導入に踏み切ったそうですが、今後はどのような成果を期待していますか。

倉橋氏:よりタイムリーな施策が打てるようになることですね。今までは、広告代理店さんと打ち合わせする際、まずはオリエンに向けた準備をして、出てきた案を会議で検討し、納得いかない場合は持ち帰ってもらってまた会議をする、といった下準備に時間を取られていました。ある程度内容が固まって上司に見せるまで、最低1カ月はかかっていたはずです。でもBestMoveで私たち自身が方向性を決め、その案をオリエンで提示すれば、検討期間がぐっと縮まるだけでなく、さまざまな工数・コストも削減できるようになると思います。

小図子:矢野さんや倉橋さんは初めてBestMoveをお使いいただいた時からずっと、「もっとこんなことができないか」「もっと簡単に使いこなせる方法はないか」といった要望を積極的に挙げてくれました。BestMoveは、そうしたご意見を取り入れながら、機能やUI/UXを改善していった伊藤園とNECの共創ソリューションでもあります。

 例えば、部門全体の施策状況を確認したり、成功や失敗のナレッジを蓄積したりする機能は、伊藤園からのリクエストにより誕生したものです。これはクラウド上のデータベース構造そのものから変更を加えました。またプロンプトの代わりにテキストを打ち込むUIも、伊藤園の要望をベースに、より簡易に入力できる形に進化させています。

矢野氏:さまざまな要望に応えていただいたおかげで、マーケター個人や商品チームにサイロ化していたノウハウや成功体験、そして失敗要因をマーケティング本部全体で共有できるようになりました。AIとビッグデータに裏打ちされた施策ということで、部内のコミュニケーションも活性化しましたし、上司も忖度なく意思決定を行ってくれるようになりました。マーケティングプロセスの体系化や新しい企業文化の醸成につながる大きな手応えを感じています。

小図子:一人ひとりのマーケターに「最善の一手」を提案し、確信のある意思決定を支援することがBestMoveのコンセプトです。若手でもベテランの思考プロセスをすぐに学習することができ、チームの生産性が激的に向上します。これまで属人化していた施策立案プロセスを民主化し、ナレッジを共有することで組織的なマーケティングDXを加速させていきたいと考えています。

 現在はマーケティング機能がメインですが、将来的には商品企画・営業・販促など全社的に活用できるツールへとBestMoveを進化させ、組織の壁や企業文化そのものも変えていくことができれば嬉しいですね。

――本日はありがとうございました。

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