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観光立国日本の新ステージ「NEXTOURISM」
DXを軸に観光新時代を切りひらく

 2007年に観光立国推進基本法を施行すると、翌年2008には観光庁を設立し、インバウンド市場拡大を積極的に推進してきた日本。2007年時点では834万人程度であった訪日観光客は2019年には約3188万人にまで増加(※)。2020年はこれまでの活動が結実し、一つのピークを迎えるはずだった――。2021年1月、COVID-19による未曾有の危機のなかで設立された一般社団法人日本地域国際化推進機構は、新時代を見据えた観光のあり方を提言・推進していく団体だ。「NEXTOURISM(ネクスツーリズム)」を掲げ、New Normalに相応しい観光をアイデアとDXの力で創り出していく。ピンチをチャンスに変える糸口はどこにあるのか、観光は今後どのように変容していくのか。4月に行われたオンラインシンポジウム「NEXTOURISM~観光新時代の行方」では、多種多様な業界で活躍する同機構の理事が参列し、多くの建設的な意見が交わされた。

  • 日本政府観光局(JNTO)による
    https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_visitor_arrivals.pdf
左からORIGINAL Inc. 代表取締役 伏谷 博之 氏、三井住友銀行顧問 田端 浩 氏、NEC 執行役員 受川 裕、株式会社グッドイートカンパニー 取締役 兼 CSO / 日本政府観光局 デジタル戦略アドバイザー 牧野 友衛 氏、アソビジョン株式会社 代表取締役 / 立命館大学客員教授 國友 尚 氏、ORIGINAL Inc. 執行役員 高橋 政司 氏

来たるインバウンド復活に向けて地域の価値を磨き上げる

 COVID-19による観光客の減少によって、業界にはいま何が起きているのか。代表理事の伏谷氏は「COVID-19によって、この10年の急成長による軋みが可視化された」と語る。

 「たとえば、大勢がこぞって移動するツアー型の観光は現在開催が難しくなっています。しかし、こうしたマスツーリズムにとどまらない訪日旅行スタイルの多様化は、COVID-19以前からも垣間見えていました。ただ、私たち受け入れ側がこのニーズに対応しきれていなかった。同様に、多様性のある地域の魅力の掘り下げや、地域住民と一体となって利益を享受できる持続可能なまちづくりなど、観光客の減少に伴って私たちがいま直面している課題は、かねてより私たちが対応を先送りしてきたものでもあったと思います。COVID-19は、加速度的にこれらの現実に向き合わざるを得ない状況をつくったとも言えるのではないでしょうか。本機構では改めてこれらの課題解決を着実に推進していきたいと考えています。」

代表理事を務めるORIGINAL Inc. 代表取締役 伏谷 博之 氏。観光庁アドバイザリーボード委員や農水省、東京都などの専門員なども歴任している。観光新時代のキーワードとして「選択肢の時代」を挙げた

 観光立国政策の立役者ともいえる前観光庁長官で三井住友銀行顧問の田端氏も「いまこそ日本の魅力を良い観光コンテンツとして磨き上げていく時期」と応じる。「いまは感染対策をしっかりとった上で、可能な限り国内での交流を促進しつつ、魅力あるコンテンツを創り出し、インバウンド復活に備える時期です。官公庁の補正予算でも多角化事業、あるいは域内連携促進事業を進めています。」

 では、いつ頃からインバウンドは復調するのか。田端氏は「早ければ2022年から」と答える。

 「世界観光機関UNWTOや航空会社の業界団体IATAの方々からヒアリングをしても、2022年からということを言われる方々が多いようです。特にヨーロッパの方々には、この傾向が強いように感じます。私は常にポジティブですから、この予測に賛同したいと思います。」

 さらに田端氏は、日本にとって非常に好ましい状況があると続ける。

 「さまざまな民間事業者の調査を見ても『COVID-19の流行が収束したら行きたい国』として、日本は常に最高順位に挙げられています。日本は自然、気候、文化、食事という観光の4大要素を満たす稀有な国です。ここに、さらに安全でクリーンな国というプラス要素が加味されます。いわゆる富裕旅行者が訪問する条件を満たしている場所です。観光庁時代、私は訪日観光客数だけでなく消費額を重視していましたが、2012年は約1兆円強であった訪日観光客の消費額は、2019年には4兆8135億円にのぼっていました。今後も消費額を重視し、まずはインバウンド再開戦略においても強い訪日意欲を持つ富裕旅行者をターゲットとして考えていくべきです。これを起爆剤として各層へ波及させていくような政策を実行していくべきでしょう。2030年には訪日観光客6000万人、消費額15兆円という当初の目標も夢ではありません。私も本機構の理事の一人として、この成長戦略をぜひ進めていきたいと思います。」

日本の観光立国政策を主導してきた前観光庁長官で三井住友銀行顧問の田端 浩 氏も本機構の理事を務める。観光新時代のキーワードとして「自分スタイルの満足な旅」を挙げた

観光DXから、災害対策へ通じるスマートシティ施策を実現

 本機構が掲げる戦略の大きな柱の一つがDXによる観光推進だ。「観光を切り口としたスマートシティの考え方があってもいいと考えた」と話す伏谷氏は、DXのパートナーとして観光面でもスマートシティ施策に実績のあるNECと手を組んだ。本機構の理事も務めるNEC執行役員の受川は、和歌山県南紀白浜での実証実験を例に、観光におけるDXの有効性を語る。

 「南紀白浜では、世界No.1(※)の精度を誇るNECの顔認証技術を使ったサービスを展開しています。南紀白浜空港を降りてからホテルのチェックイン、入室まで顔を見せるだけで完結できるサービスです。また、クレジットカードなどの決済サービスと紐づければ顔認証決済ができるので、手ぶらで観光ができます。特に南紀白浜の場合にはビーチや温泉がありますから、体一つでふらりと観光できるという点は盗難や紛失防止という面からもかなり高い評価をいただいています。また、これは今後の課題であり、ご本人の承諾が必要になりますが、例えば趣味・嗜好などの個人情報を紐付けることができれば、その人だけのパーソナルなサービスも展開することができるでしょう。これからの観光では万人に受けるものではなく、個人にあわせたサービスやレコメンドが重要になるはずです。デジタルならではのこうしたアプローチも新しい観光の糸口になり得ると思います。」

理事を務めるNEC執行役員 クロスインダストリーユニットユニット長の受川 裕。観光新時代のキーワードとして「共創」を挙げた

 今年度は、伊勢市において本機構が主導する観光DXの実証実験が行われる予定だ。理事の高橋氏は、その目標について語る。

 「現状では、伊勢市のなかでも地域によって観光客数に隔たりがあります。だからこそ、伊勢市全体を回遊するようなかたちで滞在していただけるようにしていきたいと考えています。また、お伊勢参りの場合は日帰り観光が多く、日帰り客1人当たりの消費額はおよそ7000円~8000円にとどまっています。しかし、もしこれが1泊でもすれば、2万円~3万円近くまで一気に跳ね上がります。今回の実証実験では、DX技術も活用しながら、回遊性の向上と滞在型への変容をめざしていきたいと考えています。」

 また、DXの利点は、観光施策だけにとどまらない。蓄積したデータを行政や災害防止にも活用できるという。

 「DXを実現すると、データを蓄積した環境基盤をつくることができます。たとえば顔認証決済を利用したら、使用した金額や場所、回遊ルートの記録を蓄積することが可能です。このデータは観光戦略策定のための貴重な資源になるでしょう。また、重要なことは、この基盤を伊勢市の方々も活用することができるという点です。この基盤をベースとして、訪れて良し、住んで良しというまちづくりを進めていくことができるでしょう。さらに、データ基盤は災害防止にも活用できます。自治体の皆様にとっても有効なインフラになるはずです。」

理事を務めるORIGINAL Inc. 執行役員の高橋 政司 氏。外務省で世界遺産登録などのUNESCO業務を担当してきた。観光新時代のキーワードとして「無形と無限」を挙げた
  • 米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証技術の精度評価で5回第1位を獲得

旅行スタイルの多様化と滞在型観光が広がっていく

 シンポジウムの第二部では、同じく本機構の理事を務める⽇本政府観光局 デジタル戦略アドバイザーの牧野氏とアソビジョン株式会社 代表取締役の國友氏が登壇し、伏谷氏、高橋氏とともにパネルディスカッションが繰り広げられた。

 今後の観光トレンドを問われた牧野氏は「多様化」と「滞在型」が進んでいくと予測する。

 「従来型の観光では、富士山や厳島神社など大きな観光スポットに大勢が集まるものが主流でした。しかし、COVID-19の少し前からもインスタ映えやアニメ聖地巡礼など、一人ひとりの趣味や価値観にあわせて観光するトレンドが生まれていたと思います。COVID-19によって密集を避ける傾向が生まれたことで、この流れはさらに加速していくでしょう。

 また、同様に人混みを避けるという目的からアウトドアやリゾート型施設、自然公園への観光ニーズが高まっています。観光スポットが集中する都市部から離れるので、自ずと目的は滞在そのものに変わります。1泊2日の温泉旅行のようなものでもなく、海外では一般的であった長期滞在型の旅行も定着していくのではないでしょうか。そうなると、ワーケーションも取り入れつつ、仕事したり、ちょっと神社や仏閣にも出かけたり、ふらりと散歩したりと、ゆったりと暮らすような観光スタイルに変容すると思います。ずっと毎日何かしらのレジャーをこなし続けるような詰込み型のものにはならないでしょう。1週間、毎日濃い味の料理を食べ続けることができないのと同じです。」

日本政府観光局のデジタルアドバイザーや観光・インバウンドに関する政府や東京都の専門委員を歴任する牧野 友衛 氏も理事を務める。観光新時代のキーワードとして「リセット」を挙げた

 また、國友氏はユニークな視点から、これからの観光の展望について語る。

 「私は20年前くらいからずっと不思議に思っている旅があって、それが『帰省』なんです。なぜ自分は毎年お盆や正月にわざわざ実家に帰るのだろうと。行ったら行ったで、1週間くらいいると、もういいかなと思ってしまうような旅でもある。しかし、おそらくここには、家族ごとの歴史や文化が詰まっていて、自分の原点に回帰するような体験でもあるのだと思います。こういった濃い体験というのも、もしかしたら新しい観光の大きなカギになってくるのではないでしょうか。実家以外の場所でも、毎年定期的に訪れて濃い体験ができるような宿や地域ができれば、私たちの生活が豊かになるのではないかという予感がしています。」

理事を務めるアソビジョン株式会社 代表取締役/立命館大学客員教授の國友 尚 氏。SNSで広がった「記録」に対して、これからは「記憶」が観光新時代のキーワードになるのではないかと述べた

地域と観光客が一体となったファンコミュニティをいかに醸成するか

 國友氏が述べた「体験」というトピックは、新しいトレンドとして各登壇者からも話題に挙げられた。牧野氏は国のインバウンド対応に関わるなかで「モノ消費ではなく、コト消費」が重要になってきたと語り、高橋氏も「世界遺産でも、いまは無形の価値が注目されている」と指摘。名物や名所だけでなく、地域に根差した体験や無形資産こそが、これからは有望な観光資源になる。

 また、もう一つ重要なトピックとして挙げられたのが「ファンコミュニティ」だ。伏谷氏は「COVID-19によって、コミュニティの重要性が再認識された」と語る。

 「常連さんがいるようなお店は、今回のような危機が起きたときに気にかけてもらえます。クラウドファンディングやECを通じた購入支援の輪も広がりましたが、このような繋がりをリアル/デジタル問わず構築することが、今回のような危機におけるレジリエンスとしても非常に有効であると、皆さんも実感されたと思います。豊かなファンコミュニティを育んでいくためにも、観光客向けだけでなく普段から地元の方々にも愛されるような施策やお店づくりが重要です。」

 これに対して國友氏も「決済システムや独自のポイントシステムや地域通貨を使うことで再訪を促すなど、いかにお客様とコミュニケーションを取るかが重要」と応じる。 さらに伏谷氏は地域の魅力を住民自身が認識していくことの重要性を説いて、ディスカッションを締めくくった。

 「なぜ自分の地域に価値があるのかということを、モノだけにとらわれず、ストーリーとして地元の人がしっかりと認識できれば、観光においても大きな推進力となるはずです。この場所に生まれ育ったというシビックプライドがあれば、外から来た人にも自分の地域のことを伝えたくりますよね。地域の人が観光客に対して、自らの文化を伝えたいと思えるような観光と地域のあり方を、いまこそもう一度見直す時期なのかもしれません。」

 本機構では「NEXTOURISM」の活動を一緒に盛り上げていく協賛企業や自治体を募集し、各地のニーズに合わせた新たな取り組みを実施していくという。デジタル技術を活用して、多様化する観光をどのように再構成していくのか。今後の活動に注目が集まる。