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モダナイゼーションを軸に金融変革に挑むSMBCのDX戦略とは

 三井住友銀行を中核としてさまざまな金融事業を展開する三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)。そのコンサルティング・IT戦略を担うのが日本総合研究所(以下、JRI)だ。SMBCグループの既存のIT環境を活かしたモダナイゼーションを実現し、これを軸にデジタルトランスフォーメーション(DX)を牽引する。その成功の秘訣は何か――。そしてその先に見据えているものとは――。JRIでDXを牽引する井上 宗武氏に、NECのデジタル戦略リーダーである吉崎 敏文が話を聞いた。

SPEAKER 話し手

株式会社日本総合研究所

井上 宗武 氏

代表取締役 副社長執行役員

NEC

吉崎 敏文

執行役員

三井住友銀行のプログラム規模はスペースシャトルの6倍

吉崎:金融業界はFinTechに象徴されるように、DXのニーズが非常に高まっています。SMBCグループではビジネス戦略の中で、DXをどのように位置付けていますか。

井上氏:デジタル時代の金融サービスは安定性・信頼性を担保しつつ、顧客体験を高めるプラスアルファの価値提供が求められます。DXはそのための有力な手段と捉えています。

 三井住友銀行では、2017年4月にオープンした銀座支店を皮切りに、個人のお客様向け店舗を「次世代型店舗」に移行する店舗改革を推進しています。備え付けのタブレット端末を利用することで、窓口に並ぶことなく、ペーパーレス・印鑑レスで各種の手続きをスムーズに行うことができます。

 三井住友銀行とJRIが共同で開発した「三井住友銀行アプリ」と「三井住友カード Vpassアプリ」は、キャッシュレス生活に必要な銀行サービスやクレジットカードの機能をスマホアプリで利用できるサービス。ユーザ視点による徹底した操作性の改善により、主要機能をより少ないタップ数で利用できるデザインを実現し、2019年度のグッドデザイン賞を受賞しました。

吉崎:DX推進の大きな力になったのが、三井住友銀行のモダナイゼーションだと思います。なぜモダナイゼーションが必要だったのか。その理由を教えてください。

井上氏:三井住友銀行の前身である三井銀行は、日本初となる普通預金のオンラインシステムを1965年5月に稼働させました。日本の銀行のオンライン化の幕開けです。基幹システムはそれから半世紀以上、ミッションクリティカルな銀行ビジネスを支えてきましたが、改変や機能追加を繰り返した結果、そのプログラム規模は全部で3億行にまで巨大化しました。スペースシャトルのプログラム規模は5000万行といわれていますから、その6倍。巨大さをおわかりいただけると思います。

 巨大ゆえにシステムは複雑・ブラックボックス化しています。このままでは開発・保守生産性の低下を招くだけでなく、デジタル化の対応も難しい。そういう危機感を抱いていました。

バイモーダル開発とLift&Shift手法で変革を推進

吉崎:重要な社会インフラである銀行システムをモダナイゼーションするのは至難の技です。どのようなアプローチで、この大プロジェクトに臨んだのですか。

井上氏:銀行システムは高い安定性・信頼性が求められます。これをビッグバン的に一気に変革するのは難しい。まずはできるところから始め、小さな成功体験を積み上げていくことにしました。

 具体的には“守りのIT”と“攻めのIT”を大別し、予算と人員を分けて開発していく「バイモーダル開発」を採用。営業店端末のタブレット化、スマホアプリの開発など小さな成功体験で実績を積み上げ、予算・人員を段階的に“攻めのIT”にシフトさせていきました。

吉崎:実際のモダナイゼーション作業はどのように進めたのですか。

井上氏:安全かつ確実にモダナイゼーションするために「Lift&Shift」手法で進めました。まずコスト削減を目的に既存システムをクラウド環境に移行(Lift)する。その後、コンテナ基盤を整備し、段階的にクラウドネイティブ(クラウドを前提としたシステムやサービス)なマイクロサービスに変えていき(Shift)、アジリティ(俊敏性)を高めていくやり方です。

 コンテナ基盤に関しては、Red Hat社との提携でNECが提供する「OpenShift Container Platform」を採用しました。インフラからコンテナ環境まで、NECがワンストップでサポートしてくれるため、レガシー環境からの脱却とマイクロサービス化をスムーズに進めることができました(図1)。

 現在はこのOpenShift基盤をベースに、内部システム間連携を加速させるAPI管理基盤の構築を進めています。コンポーネントの再利用性が一段と高まり、開発のアジリティも大幅に向上すると期待しています。

図1 SMBCグループのモダナイゼーションの全体像
インフラはオンプレミスからクラウドに移行し、コンテナ基盤の活用で既存コンポーネントをマイクロサービス化した。API連携でコンポーネントの再利用性をさらに高めていく。開発手法はデザイン思考やアジャイル開発を取り入れ、アジリティの向上を図った

「デジタルユニバーシティ」でリテラシーの向上を支援

吉崎:モダナイゼーションをDXにつなげていくためには、技術・スキルを持つ人材が欠かせません。その確保と育成は、どのように進めたのですか。

井上氏:経営層にモダナイゼーションとDXの必要性を説明し、その理解とコミットメントを得た上で、SMBCのユーザ部門とJRIのIT人材で構成される「DX推進支援チーム」、リサーチャーと技術専門人材で構成し、先端技術の利活⽤で⾦融サービスの⾼度化を図る「先端技術ラボ」を新たに組成しました。

 ここで新しいことにチャレンジしたい希望者を募るとともに、経験豊富なベテランSEをアサインするかたちで人材を確保しました。

 育成は、ITやデジタル化を推進する研修組織「デジタルユニバーシティ」を設立しました。ここでは、デジタル企画、アジャイル、AI、データ、クラウド、サイバーセキュリティなど多岐にわたる領域について基礎から応用まで学べる講座が用意されています。講座コンテンツはデジタル化し、eラーニングでも受講可能です。外部専門機関や学術機関と連携し、より専門的な知識・スキルの習得もサポートしています。

吉崎:NECも学術機関と連携した「NECアカデミー for AI」を運営し、プロフェッショナルなAI人材の育成に取り組んでいます。デジタル時代のビジネスは企業や業界の垣根を越えた共創が欠かせません。例えば、研修コンテンツの相互利用ができれば、人材育成でも価値ある共創ができるかもしれませんね。

井上氏:ぜひ前向きに検討したいと思います。業界の垣根を越えた共創の必要性は、私たちも痛感しています。非金融分野のノウハウのある企業と連携し、付加価値の高いサービスを共に創り出す必要がある。異業種と連携したイノベーティブなソリューションを数多く開発・提供していきたいですね。

DXが加速させる異業種との共創。銀行の枠を超えた新サービスを実現

吉崎:SMBCグループ様は既に異業種との連携を進めていますが、新しいサービスの提供を開始されていますね。そのいくつかをご紹介ください。

井上氏:例えば、SMBCグループと弁護士ドットコム様が合弁で設立したSMBCクラウドサインでは、各種契約の締結・保管をオンライン上で完結できる「Web完結型電子契約サービス」を提供しています。日本の金融インフラを支えるSMBCグループの技術と信用力、リーガルテックサービスをリードする弁護士ドットコム様のノウハウを掛け合わせることで実現したサービスです。契約のデジタル化という新しい商習慣の普及にチャレンジしています。

 コマツ様、INCJ様、SMBCグループが2019年8月に設立したランドデータバンクは、建設業界向けに工事費や資材費の「立替・決済サービス」を提供しています。スマホアプリのプロトタイプを1週間で開発し、20回以上柔軟に改修を繰り替えし、お客様に見てもらいました。このサービスを利用することで、完工までに必要な運転資金を確保しつつ決済が可能になり、現場管理者の決済事務負担も軽減できます。これもSMBCグループと、建設現場を知るコマツ様とファンド運営のINCJ様のノウハウの融合によるものです。

 グループ内のDXも進んでいます。例えば、先端技術ラボは3年から5年先を見据えた技術のリサーチや検証・評価を行っています。中でもAIは重点分野の1つ。顧客の声を分析した独自の景気予測モデルを構築し、市場の景況感を日本銀行の短観よりも早く把握できるようになりました。

吉崎:やはり既存システムをモダナイゼーションしたことによって、SMBCグループのDXは大きく加速しているのですね。

井上氏:モダナイゼーションによって、システムのアジリティが大きく向上しました。今後もDXを加速していきますが、その一方で、コアの金融サービスの安定性・信頼性の担保も重要な柱の1つです。この両輪をうまく回しながら、多様なパートナーと共創し、新しい価値創出にチャレンジしていきます(図2)。この活動を支える重要なインフラの1つであるコンテナ基盤の有効活用に向け、NECのサポートにも期待しています。

図2 SMBCグループのデジタライゼーション案件マップ
リテール/ホールセール分野ともにAIやデータを積極的に活用し、金融の高度化を図る。非金融業界との共創により、攻めのITも加速。業界の課題解決とビジネス革新に資するソリューションやプラットフォームの開発を推進している

吉崎:金融という枠を超えて新しい価値創造にチャレンジするSMBCグループ様の活動は多方面から注目を集めています。NECグループも既存の枠組みを超えた共創を推進しています。金融のノウハウはあらゆる産業の土台です。さまざまな社会課題の解決や新しいビジネスの創出に向け、共にチャレンジできる日を楽しみにしています。