北欧から学ぶデータドリブンな金融と行政の可能性
COVID-19の感染拡大によって、デジタル化された社会インフラの必要性が改めて明らかになった。北欧を中心にBanking As A Serviceを提供するBanqsoft(バンクソフト)と、金融や行政の領域でデジタル化を進めるNECのコラボレーションはどのような可能性を持つのか。Banqsoft CEOのテリエ・チョスと、NEC主席ディレクターの岩田 太地が、北欧におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の現在地と、今後のグローバル展開について語る。
SPEAKER 話し手
NEC
岩田 太地
デジタルインテグレーション本部
Banqsoft
テリエ・チョス
CEO
デジタルIDがノルウェーで可能にしたこと
岩田 太地(以下、岩田):COVID-19の感染が拡大するなか、日本の人々は自分たちの社会のデジタル化が十分ではなかったという事実に直面しました。郵便などの近代的なシステムは成熟していても、デジタルを活用した社会インフラはまだ不完全だと気づいたのです。
一方、北欧ではDXが進んでいるといわれます。テリエさんは、一市民としてデジタルバンキングやデジタル・ガバメントのメリットを、どのように享受していますか?
テリエ・チョス(以下、テリエ):ノルウェーではBank IDといわれるデジタルIDが、銀行をはじめとしたさまざまな領域で利用できます。毎日使うわけではありませんが、人生のなかで自分のIDを示す機会は少なからずありますよね。そこでのプロセスが圧倒的に効率的になりました。ノルウェーでは、銀行や役所の窓口がいつ営業しているかを気にする必要がないのです。
岩田:デジタルIDで、具体的にはどのようなデータが活用できるのでしょう?
テリエ:銀行の場合であれば、誰かがお金を借りにきたとき、その人が本当に返済できるのかを調査しなければなりません。多くの場合、収入や過去の支払いといった過去のデータが参照されることになります。デジタルIDを活用すると、それらの情報を、ユーザーが合意した場合に限り銀行にオンラインで提供することができます。保険サービスの提供など、そのほかの分野においても同じです。ユーザーは自分自身の意思で、第三者が閲覧可能なデータを管理できます。
家にいて、オンラインでスマートフォンからIDを入力し、デジタル上でサインをするだけで、さまざまなサービスの申し込み、承認、支払いが受けられるのですから、ユーザーのメリットはかなり大きい。銀行などの企業にとっても、税務関係の行政機関から、ユーザーに関する情報を直接収集できるのが大きなメリットです。書類と比較しても、正確なデータをリアルタイムで得ることができ、とても効率的ですから。
体験から受け容れられるデジタル
岩田:日本とは異なり、銀行や行政機関での手続きが一つのデジタルIDによってどこでもリアルタイムに可能であることは、すばらしいユーザーエクスペリエンス(UX)ですね。
テリエ:私はデータの扱いなどの裏側の仕組みも含めてシンプルにつくられたUXが、DXにおいて最も重要なポイントだと考えています。アプリやウェブサイトのデザインについて議論する人もいますが、それは部分的な要素でしかありません。デザインと体験を同時に考えなければ、シームレスなUXをつくることは難しいでしょう。
大仕事ですが、データ、デザイン、体験を統合して考えることで、多様な価値を創造することができます。できるだけ少ないステップで手続きが完了し、入力するデータが少なくても済むような体験こそが、すばらしいことだと思います。
岩田:そのようなエコシステムのなかで、Banqsoftはどのような役割を果たしているのでしょう。
テリエ:Banqsoftは、デジタルファイナンス、デジタル・ガバメントのインターフェイスの裏側にあるエンジンのような役割を担っています。われわれのサービスを通じて銀行は行政機関と連携したサービスを提供し、ファイナンス業務をおこないます。
つまり、私たちはアプリケーションのなかで、さまざまなプレイヤーをつないでいるのです。例えば過去の返済履歴から返済率を予測するアルゴリズムを提供する会社との連携や、年収を証明する税務行政データとの連携を裏側で支えることで、企業はユーザーにローンを提供していいかどうか判断できるようになります。データ連携の仕組みがあってはじめて、企業や行政機関は円滑なサービスを提供できるというわけです。
データとファイナンスが示す未来
岩田:人々はいつでもすぐにお金を扱えるような「摩擦のない体験」を求めているのかもしれません。UXの重要性は、日本などアジア各国でサービスを設計するうえでも、とても大切な意味を持っていると思います。われわれは、北欧と異なるやり方でデジタル化への道のりを歩んできました。日本はレガシーシステムをアップデートしないといけませんし、アジア諸国はリープフロッグで新しいテクノロジーの世界に飛び込みつつあります。その時に、UXを大切にしてきたBanqsoftのノウハウやソフトウェアは大きなインパクトをもたらすと思うのです。
DXをアジア、そして日本で推し進めるために、NECはシンガポールをハブとして、デジタルビジネスを新規開発するチームをつくってきました。NECのグローバルの中央研究所やインドのデータサイエンティスト、エンジニアとコラボレーションすることで、お客さまとの協業で得られたデータの解析をビジネス価値につなげる準備をしています。
今や、銀行から得られるデータだけでは、新しい金融サービスを提供することはできません。さまざまなデータを解析する能力を持たなければ、アジアの膨大で多様な人口から生まれるデータを価値に転換することはできないからです。
テリエ:データの活用方法においても、政府がデータの可能性について最新の知識を持つことができれば、今後もっと大きなチャンスがあると思います。データを収集し解析するためには、ユーザーから提供されたデータを扱うだけではなく、直接、企業が収集したデータにアクセスすればいい場合もあります。そうすることで、スピーディで高品質なサービスが提供できますし、データの種類と質、そしてデータを取得するプロセスの確実性を担保することができます。
もちろんデータ保護法によって、分析できるデータが制限される可能性もあります。国によっては、データをどのように利用してよいかということに非常に厳しいルールがあるからです。しかし、正確にそれらを分析することができれば、ユーザーそれぞれの個性に着目した理解を深めることができ、個人個人に適したよりよいサービスをつくることができるはずです。
例えば、独自の行動をおこなっているユーザーの集合を発見できれば、新しいサービスの提案につながります。人間よりも速く正確に処理をおこなうことができるので、金融に応用すれば「投資アドバイザー」のようなアプリケーションを開発し、これまで高コストだった金融アドバイザリー業務の限界費用を下げ、より高度なインクルージョンを進めることも可能でしょう。
人工知能は、あきらめてきたサービスの最適化や拡張を実現します。エンドユーザーと企業にとってより効率的な仕組みを生み出すことができるのです。
岩田:DXによって人々が得られる恩恵について考えているので、とても参考になります。前提としてユーザーは、サービスの選択や意思決定をよりコントロールできるようになるべきですし、その同意に基づいて企業や行政機関がデータへ直接アクセスできれば、質の高いデータからよりよいサービスをつくることが可能になります。そうした継続が、デジタル・ガバメントやデジタルファイナンスに不可欠な信頼の基盤へとつながるのでしょう。AIを活用したデータドリブン・エコノミーを成立させるためには、データの質と信頼性が非常に重要になってきます。改めて、企業や市場だけの主導ではなく、ユーザー中心のイノベーションが重要だと感じました。
テリエ:その背景には技術的な革新もあります。以前のシステムでは、すべてのデータを中央集権的に集め保管しようとしていました。ただ、今はデータをあるべき場所に保管しておいて、必要なときに一定期間だけデータを保持しておくことができるようになりました。その方が安全性も高い。今後、非常に興味深い分野だと思います。
岩田:それぞれの企業や行政機関がそれぞれの意図だけで情報収集を始めてしまうと、利用者のデータがあちこちに散在したり、最新かどうかが管理されていない状態になってしまい、データの質が低下してしまいます。同意に基づいたデータ一次発生源への直接アクセスを可能にしていくことが北欧で実現できていることからは非常に重要な示唆を得られると思います。
NECでは、デジタル・ガバメントやデジタルファイナンスのためのソフトウェアを提供しています。Banqsoftが持つ技術のアジアへの普及は、デジタル社会において必要なユーザー中心の経済を生み出すことにもつながると思いました。
また、テリエさんのお話をうかがっていると、シンプルさから生まれるUXがいかに大切かに改めて気づかされます。
高品質な金融サービスをつくるために
岩田:最後にお聞きしたかったのですが、Banqsoftは最近新しい会社を二つ買収しましたよね。その背景について、おうかがいしてもよろしいでしょうか。
テリエ:まず、債権回収ソフトウェアを開発するノルウェーの企業です。従来は専門の企業がサービスを提供していましたが、現在は多くの銀行が自社でその回収・管理をおこなうことを検討しています。銀行自身がこの種のソフトウェアを必要としてきています。
この企業が持つソフトウェアによって、Banqsoftは金融アプリケーションから債権回収まで、長い期間にわたって銀行というクライアントをフォローすることができるようになりました。私たちは、一連のサービスをより多くの国にローンチすることを目指しています。
次に、リース・ファイナンスを提供するデンマークの企業です。私たちは、リースは今後の世界経済においても非常に重要なシステムになると強く信じています。カーシェアリングなど資産をシェアする行為が一般的になってきたというトレンドがあります。車を購入するとき、その資本に縛られることなく、その価値に納得しながら毎月の支払いをおこなうことは一般的になりつつあります。
さらにCOVID-19の影響で、自動車のリースが増えているというデータがあります。昔からリースという仕組みはありますが、今のような状況で、自分で何かを所有したくないという意識が人々の中で生まれつつあるのです。人々は不確実な将来をおそれ、大規模な投資をおこなうことが難しくなっていますから。多くの国で経済状況が厳しくなっている今、安全な資金調達の方法であるリースはより重要な分野になっていくといえるでしょう。
岩田:おっしゃる通り、COVID-19の影響、あるいはデジタル経済の成長によって、資産に融資するサービスや、モノをサービスとして提供する企業への需要が高まっています。成長が期待されるアジアでも、お金を借りてビジネスを成長させたいと考える人が増えています。彼らに質のよいサービスを提供するには、製品を改善するためのデータが必要です。
さらに金融では、返済されないリスクを適切に管理しなければなりません。適正な金利を生み出すためには、返済できない可能性を見極めることがとても重要になってきます。債権回収能力を高めることで、最終的には顧客に適正な価格をもたらすことになる。Banqsoftが蓄えつつあるノウハウに、NECのデータ解析力を統合すれば、最適化された新しいサービスをグローバルに展開していけると思います。
デジタルファイナンスが世界にもたらすもの
テリエ:実は私の仕事に対するモチベーションのほとんどは、今あるものを改善してシンプルにすることなんです。銀行は複雑で巨大なシステムかもしれませんが、利便性とシンプルさが重要なキーワードになります。よりシンプルでより確実でセキュアな便利さを実現するためには、効率化が必要になってくるわけです。ユーザーの利益を最大限に優先することで、公平で融通が利くファイナンスを提供できるはずです。
岩田:何よりシンプルさは多くの時間をもたらしますよね。私は、人が本来、持っている可能性を解き放つことが金融の面白い役割だと思っています。何か新しいことに挑戦したいと思ったら、資金が必要です。DXを進めることで、行政機関や銀行のような複数のサービスにシンプルさをもたらし、日々の生活に追われている人々にも便利さと新たなチャンスがやってくる社会を実現できないかな、と考えています。
個人から生まれるデータがあれば、これまでビジネス実績がない人にも信頼を付与することができるかもしれません。それは金融が持つ力を拡張することにもつながります。人々に力を与えるデジタルファイナンスは、本当に面白い。金融とビジネスは、データやDXとかけ合わせることで、挑戦したい人には大きなインパクトを与えることができますから。