金融×DXはNew Normalなこれからの社会の基盤を築く
いまもなお世界中で感染拡大がつづく新型コロナウィルス感染症(COVID-19)によって、わたしたちの生活はすっかり変わってしまった。日常生活や働き方の変化はもちろんのこと、ビジネスのあり方そのものが大きく揺るがされている産業も少なくない。リモート化やペーパーレスなど「New Normal」と呼ばれる新たな環境へ向けて企業は変革を進めているが、視点を変えればそれはデジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な進展をも意味している。
数ある産業のなかでも金融業は近年DXが加速している領域のひとつだ。キャッシュレスをはじめさまざまな取り組みが進んでいくなかで、いま金融業におけるDXはどこへ向かおうとしているのだろうか。これからの金融を考えるうえで、去る10月8〜9日に行なわれた日本最大級の金融ITフェア「FIT2020 Online」(金融国際情報技術展 主催:日本金融通信社)で紹介された事例はオルタナティブな未来のあり方を提示しているかもしれない。
事業ではなく企業全体のためのDX
「COVID-19によって、想像以上の速度で社会環境や個人のニーズが変わっています。業務プロセスも変わり、不確実な環境でも持続可能なビジネスの基盤をつくることが求められている。その変化への対応を支えてくれるのがDXでしょう」
そう語るのは、NECの戦略コンサルティングオフィスに所属する戸田雅仁だ。とりわけ金融業における大きな変化は、「不可逆な顧客ニーズ・働き方の変化」「法改正による影響」「デジタルID」の3点だと戸田は続ける。こうした変化は従来の業務に制約を与えるかもしれないが、DXによって新たな価値を生み出すチャンスでもあるだろう。
「New Normalな環境においては、金融業に簡易で迅速なカスタマーエクスペリエンスと自動化・外部化が可能なビジネスプロセス、柔軟性をもったコアシステム/セキュリティ強化が求められます。対面や現物確認による信頼性担保をWEB面談や顔認証に置き換えるなど、サービスや業務のあり方を抜本的に変えなければいけません」
もちろん、こうした変化への対応はそう簡単なことではない。サービスのオンライン化やデータ基盤の整備には多大なコストがかかり、デジタル人材の育成も重要となる。金融サービス提供法や改正個人情報保護法といった法制度の変化は、新たなサービス開発の可能性を生む一方で、新規参入企業も増え産業内の競争を激化させるだろう。
あるいは現在日本でも導入に向けた試行錯誤が続いている「デジタルID」も、金融業にとっては無視できない存在だ。「日本はデンマークやスウェーデンのように国民IDと民間IDを両立させるシステムとの相性がよく、資金移動や決済とIDが密接に結びついていくことが予想されます」と戸田が語るとおり、海外の事例を見れば納税や給付、決済にIDが活用されるだけでなく、銀行のIDが個人認証に使われることも少なくない。金融業とデジタルIDは不可分の関係性にあるのだ。
金融業の変化に応じて、現在NECはDX戦略・構想策定コンサルティングの取り組みを進めているのだという。「経営戦略や課題、業界動向をもとに、まずは目指すべき価値を定義します。その後、それを実現させるテクノロジー・業務プロセス・組織人材のto-be像を描いた上で、顧客接点改革やイノベーション創出、業務改革による価値の実現を検討していきます」と戸田は語る。「DX」というと具体的なサービスやソリューションばかり想起されることも少なくないが、あくまでもビジネス全体を考えることが重要なのだ、と。「最初にきちんと価値を定義することが重要です。これからの企業は、事業のDX施策だけでなく、企業全体のデジタライゼーションから戦略を立てていかねばならないでしょう」
サービスプラットフォームとしての「ATM」
金融業の変化とは、銀行業や融資、決済の領域だけで起きているわけではない。たとえば近年NECがセブン銀行と共創を進めている新型ATM「ATM+(プラス)」は、まさに金融業の多様化を象徴する事例といえるだろう。現在ATMプラットフォーム事業を中核とするセブン銀行は、キャッシュレス時代におけるATMの役割を更新しようとしている。
「技術革新が進み、スマートフォンを活用した便利なサービスが次々と登場したことで、決済手段も認証手段も多様化しています。この変化を捉えてお客さまの生活に寄り添っていくべく、わたしたちは現金の出し入れではなく生活を便利にするサービスプラットフォームとしてATMを捉えています。子どもから老人まで、誰ひとり取り残すことのない社会をリアルの側から支えていきたいと思っています」
セブン銀行のATMソリューション部 調査役、後藤清春氏がそう語るように、同社は約20年にわたってATMを進化させつづけてきた。最新モデルの「ATM+(プラス)」がもつ機能は実に多彩だ。QRコードの読み取りや本人確認書類のスキャン、非接触ICカードを使用できるほか、決済から口座開設まで幅広い用途に顔認証機能が利用できるようになっている。
「これからのATMは多機能化していきます」と同ATMの開発に携わったNEC 金融システム本部のプロジェクトマネージャー、小佐田真衣は語る。「ATMだけで完結する口座開設申込みやオンライン認証サービスとの連携、クーポン配信、ヘルスケアサービスとの連携、地震計・見守りネットワークとの連動など、社会環境や技術進化とともに変化するニーズを取り込んでいこうとしています」
これらの取り組みは決して机上の空論ではなく、現に2019年10月にはATMを使った口座開設の実証実験が行なわれている。免許証と顔写真のマッチングによって本人確認を行ない、ATM版のeKYCサービスを実証。約2ヶ月間の実験を経て、約200件の口座が新たに開設されたという。JCBや静岡銀行など、現在は複数の企業と共同で新たな実証実験も進行中だ。
「ATMの一番の強みは信用をもっていることと、リアルな接点として街なかにあることです。キャッシュレス化が進んでも、ATMは決してなくならないはずです。だからこそ、このリアルな接点を起点にどんどん便利なサービスを発信していけたらと」
同じくこのATMの開発に携わったNEC システムデバイス事業部 マネージャーの森下直樹はそう語った。DXとは、既存のサービスをデジタル技術によってただ強化するだけではない。サービスのあり方そのものを根底から変えてしまう可能性を秘めているのだ。
データの真価を引き出すために
ビジネスのデジタル化が進むことは、企業がより多くの「データ」を手にすることを意味する。そのデータをきちんと活用することこそが、DXの実践においては重要だ。2018年にNECから戦略的にカーブアウトして設立された「dotData」による同名のサービスは、AIとBI(Business Intelligence)をかけ合わせることで、データ活用を圧倒的に加速させようとしている。
「金融業を取り巻く環境は変化しています。少子高齢化のような社会変化や、政府の金融政策などに伴う変化、あるいはAIやIoTといった技術の変化、これら3つの変化が金融業界の変化を加速させています。なかでもAmazonやUberといった企業がデータを使って大きな富を生み出す状況にあっては、変化に対応できなければ企業も生き残れなくなっています」
NECのデータサイエンティスト、梅津圭介はそう語る。たしかに、もはやAIやIoTを通じたビッグデータのビジネス活用は珍しいものではない。事業の状況を正しく把握するために、あるいは顧客のニーズに沿った新たなアイデアを生み出すために、多くの企業がデータを活用しようとしている。一方で、思うような成果を上げられていない企業が多いのも事実だろう。
「データだけで機械学習ができるわけではありません。特徴量と呼ばれる、予測に影響しそうな要因の策定には熟練のデータサイエンティストでもかなりの時間がかかりますし、何度もやりなおすことだって少なくありません。結果的に課題設定から業務適用までかなりの時間がかかってしまい、プロジェクトも長期化しがちです」
この問題を解消するのが、dotDataだ。同サービスは世界で初めて特徴量設計から機械学習、業務適用といった一連のデータ活用プロセスを全自動化することに成功。従来は多くの熟練スタッフが数週間〜数ヶ月かけて行なっていた作業を、たった1〜3日で完了させてしまうのだという。
「dotDataが顧客に提供するのは、時間・スキル・インサイトの3つです」と梅津は続ける。「分析プロセスの短縮化は言わずもがな、高度な専門技術に依存しないことで効果的なプロジェクトも実行できる。さらには数百万〜数千万の特徴量を自動で検証することで、未来を予測するために必要な過去のインサイトを抽出できます」
さらにdotDataは、データサイエンスで導き出した予測データをBIツールと組み合わせることが可能で、過去の洞察、未来の予測といったインテリジェンスをよりわかりやすい形で可視化、エンドユーザーに届けることができるという。企業が蓄積するデータやそこからの予測もそのままの形では人が活用することは難しい。グラフや表などさまざまな形で可視化し人が理解可能な形に変換することで、その真価を発揮するという。dotDataの存在は、DXが時間や知識といった従来の“壁”をドラスティックに破壊しうることを示唆している。
銀行が生み出す新たな「信頼」のあり方
これまで取り上げた事例を見ればわかるとおりDXはビジネスの多様化や効率化を加速させるが、金融業においてはDXに伴い新たな「信頼」や「信用」が求められていることを無視してはならないだろう。NECのデジタルインテグレーション本部でマルチバンク本人確認プラットフォームの開発に携わる浦辺将護は、次のように語る。
「DXによって新たなサービスがたくさん生まれた一方で、利用者の身元確認や正当性を確認できないことによる不正利用や金融犯罪のリスクも高まっています。ネット口座の不正利用や給付金の不正受給など、枚挙にいとまがありません。各業界で従来は対面取引を前提としていた業務プロセスが急速にオンライン化したことで、セキュリティを備えた非対面取引の強化は喫緊の課題といえるでしょう」
クラウドファンディングや個人向けオンラインローンのような新たなお金の流れが生まれることは、その分、新たなリスクが生じることでもある。あるいはノルウェーの銀行が発行するID「Bank ID」が実質的な国民IDとして普及していることを鑑みれば、デジタル上で個人を特定するニーズとそれに対する取組は広がっている。
浦辺によれば、これらの変化に対応すべく、現在は法規制の対応も進んでいるのだという。2018年には「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則」が改正され、オンライン本人確認の手法が規定されたことで、法準拠したサービスがいくつもの業者から提供されるようになった。
「ただ、顔写真付きの本人確認書類と本人の容貌の画像送信という認証手段には多くの課題がありました。免許のような顔写真付きの確認書類をもっていない人もいますし、企業に自分の顔写真を提供したくない人もいるでしょう。サービス事業者からしてみても、本人を照合し審査する負担は非常に大きいです」
そこでNECが開発したのが、銀行の保有する本人確認済み情報によってオンラインの本人確認を実現する「マルチバンク本人確認プラットフォーム」だ。このプラットフォームはオープンAPIの活用により銀行がもつ顧客情報をユーザーの許諾に基づきながらサービス事業者へと展開することで、新たなデータ流通の仕組みをつくるもの。現在すでに約6,000万の口座情報を扱っており、さらには30行以上の銀行がプラットフォームへの参加を検討しているという。
ユーザーからすれば煩雑な本人確認プロセスが短縮され、事業者からしてみてもコストの削減につながる。コンサートチケットをはじめとした不正転売防止やシェアリングサービスの利用者証明、旅行の予約確認など、近年本人確認が必要な機会は着実に増えている。銀行の認証情報は、金融にとどまらずありとあらゆる領域で活用されていくのだろう。
まさにいま、現在進行系で金融業は大きく変わろうとしている。経営戦略レベルからDXを導入するもの、サービスのあり方を捉えなおすことで新たな価値を生むもの、これまでとは比べものにならないスピードへと事業を加速させるもの、あらゆる産業へとサービスの可能性を広げていくもの――変化の可能性は決して一様ではなく、さまざまな方向へ開かれている。DXとは、単に業務やシステムをデジタル化することではない。それは、ビジネスのもつポテンシャルを引き出し、人々に豊かな生活を提供すべく価値を最大化していくことなのかもしれない。