デジタル社会の信頼を支える「新しい本人確認」――ユーザー中心のDXとは
SUMMARY サマリー
デジタル時代の「信頼」を求めて
あらゆる産業で、DX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれる現在。社会のデジタル化は加速し、更にコロナ禍を通じて多くのサービスがオンライン上で提供されるようになった。他方で、個人情報や金融情報など多くの情報がオンライン上で扱われることで、なりすましによるサービスの不正利用などユーザーの正当性が確認できていないことに起因する犯罪が増加しており、デジタル社会における新しい信頼・信用を築く本人確認サービスが求められている。
しかし、厳格な本人確認が事業者とユーザー双方の負担になりやすいことも事実だろう。こうした状況に対応すべくNECが開発したのが「マルチバンク本人確認プラットフォーム」だ。2020年5月に発表された本プラットフォームは、2018年の犯罪収益移転防止法改正にともない、オンラインで完結する本人確認方法が新たに追加されたことを受けて開発が始まったもの。メガバンク3行、地方銀行5行、合わせて8行の金融機関が保有する本人確認済情報をeKYC(オンライン本人確認)へと活用するAPIサービスを提供することで、NECは事業者と銀行をつなぎ、本人確認のコストを下げながらより安全・安心な社会基盤をつくっていこうとしている。
「お客様の本人確認を行うために郵送で書類をやり取りせねばならず、確認に時間がかかってしまい口座を即日開設できないことは長年の課題でした。わたしたちだけでなくお客様の負担も大きく、デジタル化が進んでいる時代なのに効率化はできないのかという声は社内外から上がっていました」
そう語るのは、本プラットフォームを初めて採用したヒロセ通商株式会社の取締役業務部長、石原 愛 氏だ。FXサービスを提供する同社は、事業の特性上以前から業務やサービスの多くがデジタル化されていたが、本人確認ではアナログな作業を求められることに頭を悩ませていた。銀行という信頼度の高い機関の情報を活用しながら本人確認のコストを削減できる本プラットフォームは、同社の悩みを解決するものだったといえるだろう。
「もちろん法律上やむをえない部分もあるのですが、法令が変わることでお客様に提出いただく書類も増えてしまい、お客様の負担は増加傾向にありました。届いた書類に不備があればこちらからご連絡を差し上げる必要もあり、業務的なコストも無視できないレベルだと感じていたため、お客様の手間を省けるマルチバンク本人確認プラットフォームはとても魅力的でした」
新たなプラットフォームの効能
こうした状況を改善すべく、以前から同社は、顔写真付き本人確認書類と顔情報を生体認証で照合できるeKYCサービスを利用していた。それにより顔写真を送れば書類を郵送する必要がなくなりスムーズな本人確認が可能となったが、画像確認だけでは解消されない問題もあったという。郵送と比べれば時間的コストは下がったものの、自分の写真を撮って送ることに抵抗感を覚える人は少なくない。石原氏はつぎのように語る。
「日ごろからスマートフォンを使い慣れている方は問題ないですが、“自撮り”に慣れていない方もいらっしゃいますし、送っていただいた画像が不鮮明で使えないこともあります。スマートフォンのバージョンによる互換性の問題もありました」
近年は運転免許証など顔写真つきの本人確認書類をもっていないユーザーも若年層を中心に増えているため、オンラインで完結する本人確認方法の拡充も課題となっていたといえるだろう。今回導入されたマルチバンク本人確認プラットフォームを使えば、金融機関が保有する本人確認済情報(氏名、住所、生年月日など)を本人の同意を得たうえで活用できるようになるため、健康保険証など顔写真のない本人確認書類でもオンライン上でFX口座の即日開設が可能となる。企業から見てもユーザビリティ改善によるコンバージョン率の向上に加え、審査精度の向上や事務負担の軽減が見込まれるはずだ。同社にとって、それは絶え間ないサービスのアップデートの一貫としてあるのだと石原氏は語る。
「すでにデジタル化が進んでいる産業であるがゆえに新たな基盤を入れづらいこともあれば既存のシステムを改修することが難しいこともありますし、簡単に新たなサービスを導入できるわけではありません。ただ、とくに若いお客様にとってはデジタルが当たり前になっている以上、さまざまな方がスムーズに使えるよう新たな仕組みは取り入れつづけなければいけないでしょう。eKYCに限らず、UXやUIの面でも継続的に使いやすいサービスへとアップデートしていく必要性を感じています」
そのうえで、石原氏は今後もさらにサービスを改良していかねばならないと述べる。「マルチバンク本人確認プラットフォームの導入によって、お客様に求められる操作が少なくなったことは大きいですね。なによりお客様の手間が省けたことが重要だと考えています」。今後新たなテクノロジーが登場し通信環境が変われば、ユーザーを取り囲む情報環境も変わっていくだろう。日々変わりゆく状況に対応すべく、企業はつねにデジタル化を進めていく必要があるのだ。
DXは「ユーザー」のために行なうもの
もっとも、マルチバンク本人確認プラットフォームは稼働し始めたばかりであり、まだまだ進化の過程にある。石原氏も「このプラットフォームが発展していけばメリットは非常に大きくなると思います」と期待を口にする。
「実際に、このプラットフォームが自分の口座をもっている銀行に対応しているかどうか問い合わせをいただく機会も増えています。連携している銀行が今後増えていけばこのプラットフォームを紹介できるお客様も増えていきますし、銀行間の壁を超えた取り組みを進めていけるといいですね。個人情報についても銀行を超えて横断的にデータをすべて共有できるようになれば、FXに限らず本人確認の必要な業界全体がつながっていく。情報の行き来がスムーズになることで、みんなの負担がなくなっていくはずです」
重要なのは、マルチバンク本人確認プラットフォームがFXなど金融サービスだけで機能するものではないことだ。ECや交通・旅行サービス、シェアリングサービスやマッチングサービスなど、本プラットフォームが機能する領域は非常に幅広い。業界を超えたプラットフォームへと進化することで、データを活用できる機会も広がっていくだろう。
「業務の効率化やコストの削減も大事ですが、最も重要なのはお客様の満足度を上げることだと思っています。取引環境もサービスもお客様を第一に考えて設計しなければいけないはずです」と石原氏は語り、次のように続ける。「今後はさらに厳格な本人確認が求められると思いますが、要求水準が上がっても新たな仕組みを取り入れることで常にお客様の負担は減らしていきたいと考えています。ユーザビリティを上げてお客様の基盤を広げていかなければ、ビジネスとしても発展していきませんから」
どれだけサービスがデジタル化され、ユーザーの情報がデータ化されたとしても、それがユーザーの利便性へと還元されなければ意味はない。ヒロセ通商の実践からは、ビジネスの効率化や最適化のためでなく、つねにユーザーを中心としてDXが遂行されなければいけないことがわかるだろう。ユーザーを中心とした快適なサービス環境を実現していくと同時に、オンライン上でより安全・安心な活動を行える社会基盤をつくるために、マルチバンク本人確認プラットフォームは今後も広がっていくに違いない。