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ダイナミックプライシングとは?取り組み事例や今後の活用について

 商品やサービスの需要と供給に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」という概念が今注目されている。NEC Visionary Weekで行われたセッション「Price As A Service ~ダイナミックプライシングによる価格の未来〜」では、その概念の可能性が明らかにされた。果たして「価格」のあり方が変わると、社会はどう変わっていくのだろうか。

コロナショックによる価値と価格のリセット

 MaaSやSaaSを筆頭に、近年「aaS(as a Service)」という言葉とともにあらゆる概念がサービス化しつつある。なかでも今注目されているのがダイナミックプライシングに代表される「PaaS(Price as a Service)」だ。しばしば単にモノやサービスの金額ととらえられがちな「価格(Price)」がサービス化すると、一体何が起きるのだろうか。

 「よくマーケティングにはProduct/Price/Place/Promotionという4つのPがあると言われますが、Priceの専門家はほとんどおらず、勘所や過去の慣習から“何となく”で価格が決められていることが少なくありません。しかし、私たちはPRICE=SCIENCEだと考えています。世の中のあらゆる価値と価格を科学し、価格の未来、つまり、価値と価格が最適化された世界をつくることで“三方良し”の世界を実現したいと思っています」

 日本におけるダイナミックプライシングの草分けともいえるダイナミックプラス社の代表取締役社長 平田英人氏はそう語る。2018年に設立されたダイナミックプラス社はJリーグやプロ野球、Bリーグ、音楽・演劇などスポーツやエンタメのチケッティング領域を中心にプライシングサービスを提供しており、近年はホテルや小売、EC、テーマパークなどさらにその領域を広げているのだという。

ダイナミックプラス社 代表取締役社長 平田 英人氏

 平田氏は、コロナショックによって価格のあり方がこれまでにないほど大きく変わろうとしていると語る。例えば2011年の東日本大震災では生産設備や物流が機能不全に陥り「供給」のシステムが揺らぎ、2008年のリーマンショックでは金融システムが崩壊し「需要」が急激に落ち込むなど、これまでの経済危機は需給どちらかだけが変動するものだったが、コロナショックでは対人を伴うサービスすべてに影響を及ぼし需要と供給双方が揺らいでしまったからだ。

 「需要においては対面サービスからオンラインへの移行が進むと同時に移動が制限されてしまいますし、供給も営業自粛や収容人数制限、“密”の回避によって大きく揺らいでいます。テレワークや時差出勤をはじめ、コロナショックによって人々の行動様式も変わりました。現金払いではなく前払いや予約が一般化し、人が集まる行列店よりも密を避けた店舗形態が好まれるなど、行動様式の変化によって価値と価格の感覚もリセットされたように思います」

ダイナミックプラス社は「価格の未来」をつくることをビジョンとして掲げている
ダイナミックプラス社は「価格の未来」をつくることをビジョンとして掲げている

「ダイナミックプライシング」とはなにか

 「ダイナミックプライシング」とは、需要と供給に応じて価格を変動させることを指し、多くの場合は機械学習を活用したアルゴリズムによって自動的に価格が算出されていく。平田氏によれば、1970年代のアメリカで航空会社がレベニューマネジメントの観点から変動的な価格を導入したことで欧米を中心に広がりはじめ、特にアメリカではレストランや小売にも浸透しているという。日本でも徐々に広まりつつあり、2020年9月の第9回新型コロナウイルス対策専門家分科会ではダイナミックプライシングの導入が提言されるなど、“三密”を回避するうえでも価格を変動させることが効果的だと捉えられている。

 なかでも近年その活用が進んでいるのが、ホテル領域だ。平田氏は次のように語り、コロナ禍だからこそプライシングが重要になるのだと説く。

ダイナミックプライシングは柔軟な価格調整を可能にする
ダイナミックプライシングは柔軟な価格調整を可能にする

 「これまで80-90%だった稼働率が一気に20%まで下がってしまうなど、コロナ禍によってホテルは需要の予測が困難になっています。だからこそ、どうやって事前に収入を予測し、支出をマネジメントするか、というレベニューマネジメントの考え方がますます重要になっていく。そこで私たちはかねてよりホテル領域での取り組みを進めているNECとともに、ダイナミックプライシングによって付加価値の高いサービスをホテル、更にその先の利用者へ提供できるのではないかと考えています」

 そう平田氏が語るとおり、現在NECはホテル・レジャー・不動産のDXを推進するコンセプト「Smart Venue CX」の一環としてダイナミックプライシングの活用を進めている。NECのトレード・サービス業ソリューション事業部 スマートベニュー推進部長 奥山祐一は平田氏の発言を受け「コロナ禍では過去の実績をもとにしたモデルが機能しづらく、現在のデータを常に分析し続けなければいけません」と語る。現在NECはダイナミックプラス社とともにホテルのプライシングを通じて収益を向上させる実証実験に取り組んでいるが、それはコロナ禍以降の価値観をもとに価格を考えるための新たなモデルを確立することでもあるのかもしれない。

Smart VenueCXがもたらす価値とダイナミックプライシング

 NECは自社の取り組みにおいてダイナミックプライシングの実践をどう位置づけているのだろうか。Smart VenueCXは「スマートホスピタリティ」「ファンマーケティング」「安全で先進的なライフスタイル」という3つのコンセプトを掲げており、スタジアムやホテル、マンション、オフィスビルなどVenue(人が集まる場所)に着目することで新たな価値を創出するものだ。

 新たな顧客価値の創出や、さらにその先にある地域経済の活性化を考えた時に、特にホテルは重要な場所になっていく。既に三井不動産ホテルマネジメントとの取り組みではチェックインや部屋の解錠を可能にする顔認証技術の提供を行っている他、リモートワーク需要への対応からホテルと企業をマッチングさせることで客室を働く空間として活用させるホテルワークスペースマッチングサービスなどを提供している。

NEC トレード・サービス業ソリューション事業部
スマートベニュー推進部長 奥山 祐一

 「NECは約50年にわたってホテルの基幹業務システム構築に携わっており、現在はシティホテル(※)の70%にシステムの提供を行っています。スマートホスピタリティによる安全・安心な体験の提供やクラウドサービスによる業務の効率化はもちろん重要ですが、さらに収益を上げていくことが求められていると感じています。そこで私たちが注目したのがダイナミックプライシングサービスでした。スピードを重視しながらホテルへこのサービスを提供するために、ダイナミックプラス社との共同開発に踏み切ったのです」

 奥山はそう語り、「Smart VenueCXでは『感性とデジタルとの融和が生み出す感動空間の連鎖が、人、地域、社会の絆を深める』というビジョンを掲げています。人が集まる場所を中心に、深い顧客理解を通じて新たなビジネスや快適な暮らしをつくっていきたいと考えています」と続ける。これからの顧客体験を考えていくためには、単に快適な空間を提供するだけではなく、「価格」のあり方から見直していかねばならないということだろう。

(※)外資系を除く

NECが掲げるSmart VenueCXの3つのコンセプト
NECが掲げるSmart VenueCXの3つのコンセプト

「価格」を変えることは経済のブースターになる
ダイナミックプライシングの今後

 「これまでの事例を見ると航空業やスポーツ、ホテルを中心に活用が進んでいますが、もっと多くの領域で活用できるように思います。ダイナミックプライシングの将来像はどのようなものになっていくのでしょうか」

 本セッションのモデレーターを務めるForbes JAPAN Web編集長 谷本有香氏がそう問いかけると、平田氏は「価値と価格の反映」が進んでいくはずだと応答した。ホテルの場合、従来客室タイプによって価格が決められていたが、実際は階数やフロア内の位置が変われば同じ客室タイプであっても部屋の価値が異なる。たとえば、ひとくちに「オーシャンビュー」といっても部屋によって海の見え方が大きく異なっていることが多いものの、同じ価格設定になっていることがほとんどだ。「価格を変えることでコンバージョンだけではなく、消費者のロイヤリティを維持するための値段がどこにあるのかをデータから読み取っていくことが重要です」

ダイナミックプライシングの将来像(価値と価格の反映)
セッション中に「ホテルを選ぶ時にあると良いと思う予約の仕方」というアンケートを視聴者に取った結果、「客室タイプ指定ではなく、将来的に客室指定で予約ができると良い」という意見が最も多かった。こうした反応からも実際の価値と価格に開きがあると言えるのではないか

 価値と価格の関係性を考えていくうえでは、高い頻度で価格を見直していくことも重要だ。平田氏によれば福岡ソフトバンクホークスとの取り組みにおいては販売開始日から15分に一回価格を変動させることで、つねに状況の変化に対応したプライシングを実現しているという。ダイナミックプライシングにおいては単に価格を変動させれば良いわけではなく、その変動のあり方もつねに精査し続けなければいけないのだ。

Forbes JAPAN Web編集部 編集長 谷本 有香氏

 「例えば先日オリンピックが行われた期間に首都高速の料金が1,000円値上げされ、渋滞は9割減少したと言われています。私は価格を変えること自体には賛成なのですが、9割減はバランスがとれていないと感じました。ただ一律1,000円上げるのではなく時間によって変動させるなど、渋滞の緩和を達成する値段がいくらなのか深く追求すべきだったのかもしれません」

 平田氏の指摘を受け谷本氏が「こうした取り組みは個別最適ではなく全体最適が必要ですよね」と語ると、平田氏も「いろいろな事業者が集まってエコシステムをつくり、どうすれば“三方良し”が達成できるのか考えなければいけませんね」と応答する。オリンピックのような国際イベントは言わずもがな、商業施設や交通機関の状況など様々な要因によって顧客の行動やニーズも変わる中で、複数の企業が協力しながらサービス面・価格面において柔軟に変わっていく必要があるのだろう。

NECとダイナミックプラス社の共創は大きな可能性を秘めている
NECとダイナミックプラス社の共創は大きな可能性を秘めている

 本セッションを受け、奥山は「プライシングは個別最適から全体最適まで、様々な課題と関わるものですよね。私たちもスマートホスピタリティの世界観を広げながら、引き続き平田さんとともにホテル業界に新たな価値を創っていきたいです」と語った。平田氏も「価格は経営の根幹であり、“何となく”で決めることはできなくなっていくはずです。私たちとしても皆様の価格戦略をご支援できたらと思いますし、価格の未来をつくることで今苦しんでいる業界にも収益をもたらしたいと考えています」と語り、「価格」の重要性が今後ますます高まっていくことを指摘する。

 二人の発言を受け、谷本氏は「ダイナミックプライシングはこれからの経済活動のブースターとして重要なキーになっていくのではないでしょうか」とセッションを締めくくった。Price as a Serviceとして「価格」をサービス化していくことは、サービスやプロダクトの持つ価値を考え直すことでもある。価格を過去の経験や勘から決めていくという「当たり前」を疑い、テクノロジーの活用によって価格の新しいあり方を模索していくこと、そして社会の変化に応じて不断にサービスを改良し続けることこそが、顧客へより良い体験をもたらすことにも繋がっていくのだろう。