金融サービスをもっと安全・安心に。デジタルテクノロジー活用と次世代リスク対策
社会のデジタル化が進み、さまざまなビジネスや産業がオンライン上でつながりつつある。その結果数多くの便利なサービスが生み出されてもいるが、金融犯罪のリスクが高まっていることも事実だろう。なかでもAnti-Money Laundering/ Countering the Financing of Terrorism(以降、AML/CFT)への対策は近年注目されている領域のひとつだ。
金融犯罪がグローバル規模で広がり高度かつ複雑な犯行が増えていくなかで、NECはAI(人工知能)を活用することでこうした不正への効果的・効率的な対策に取り組んでいる。今、金融犯罪対策の現場では一体どんな挑戦が広がっているのだろうか。
ルール化だけでなく実効性が問われる時代へ
「2021年8月にFATF(Financial Action Task Force: 金融活動作業部会)の審査を経て日本が『重点フォローアップ国』に位置づけられたこともあり、国を挙げて金融犯罪への対策強化が進められています。なかでも金融機関については金融庁がガイドラインを定めているため、その遵守に向けて積極的な対応を進めなければいけない状況にあります」
そう語るのは、NEC デジタルファイナンス統括部の杉山洋平だ。杉山によれば、世界各国のAML/CFT対応を審査するFATFはこれまでマネー・ローンダリングへ対応するための法令等整備状況を審査基準としてきたが、現在は実効性も問われることになったため各金融機関はさらに積極的かつ適切にAML/CFTへ取り組む必要が生じているのだという。
そんななかでNECは、デジタルテクノロジーを使った2つの取組みを進めている。まず1つめは、AI不正・リスク検知 for AMLサービスだ。これは過去に疑わしい取引の届出対象となったデータを教師データとしてAIに与え、取引情報や顧客情報など大量のデータを学習させることで、自動的に取引のリスク度合いをスコアリングするもの。従来のAMLシステムでは誤検知が非常に多いことが課題となっていたが、AIを導入することで検知精度を高めるとともに業務の効率化・省人化も進んでいく。
「これまでは担当者による判断のブレも課題となっていたのですが、AIにより精度を安定させられるとともに、怪しさの度合いを可視化し多角的な判断を行えるようになります。NECでは2018年3月に東京証券取引所の不正検知にAIを導入して以降、大手銀行をはじめ複数の金融機関で不正対策業務へのAI検証/導入を進めています。とある銀行では従来比で30〜40%作業量を削減するなど、実際に大きな効果をあげています」
杉山がそう語るとおり、NECはAIによる不正検知において豊富な実績を有している。AIの活用においては、利用するデータの種類や加工方法、業務特性を踏まえた利用方法などが重要になるからこそ、さまざまな金融機関での実績は不正検知の精度においても大きな意味をもつだろう。
AIの「ライフサイクル」をケアする
さらにもうひとつの取り組みは、全国銀行協会が設立したマネー・ローンダリング対策共同機構が提供する「取引モニタリング等のAIスコアリングサービス」のシステム構築だ。これまでNECは個別の金融機関に対応したサービスを展開していたが、同機構のシステムベンダとして採用されたことで、より多くの金融機関へとサービスを提供できるようになるという。NEC デジタルファイナンス統括部でプロデューサーを務める増野賢太はその可能性を次のように語る。
「従来のAML/CFTは人的・時間的コストがかかることが課題となっていましたが、個社でAIを活用するソリューションを設計するのも簡単ではありませんし、多くのコストやスキルが必要となるため限界があります。私たちがマネー・ローンダリング対策共同機構のように複数の金融機関が参加される取り組みへシステムを提供することで、さらにAI活用の可能性も広がっていくように思います」
ひとくちにAIを活用するといっても、そう簡単に実用的なサービスをつくれるわけではないのだろう。しかも金融機関のようにより高度なセキュリティが求められる領域においては、類似する実績の有無が成功の可否を大きく左右するはずだ。増野によれば、NECの強みはまさに豊富な経験に裏打ちされたきめ細やかなサービスにあるという。
「AIサービスを導入すればそれで終わりではなく、継続して活用するためにはAIのライフサイクルをケアしなければいけません。NECは『NEC MLOps』と題したサービスを展開しており、データサイエンティストがAIモデルの作成から運用までのライフサイクルを支援しています。多くの方々にサービスを使っていただく上でも、今後はさらにこの取り組みに力を入れていきたいですね」
たとえば金融機関での活用ならば、データ品質の定期モニタリング、データのカタログ化による所在管理、精度劣化有無などのAIモデルのモニタリング、継続的なAIモデルの再学習などさまざまな取り組みを行わなければ、安心・安全なAIシステムは実現できないはずだ。AIサービスとは、活用のサイクルを適切に回していくことでこそ真価を発揮するのだろう。
AIの真価を適切に理解する
こうしたAML/CFTへのAI導入は、一朝一夕で実現したものではない。AIのサービス導入においては技術そのものだけではなくコミュニケーションも重要になるのだと杉山は振り返る。
「AIを正しく理解していただくことが意外と難しい場合も少なくありません。人によってはAIへ過度の期待を抱いて万能だと思ってしまうこともあるし、逆に過度の不安を抱いてAIを遠ざけてしまうこともあります。デジタルテクノロジーのポテンシャルをきちんと理解いただいた上で、個別の状況に対しどんな施策を行っていくべきか考える必要がありますね。もちろん金融機関のシステムにとってAIやデータ活用はチャレンジでもありますが、正しい理解に基づいてリスクをコントロールしながら新しいことに取り組む態度が重要なのだと感じます」
AML/CFTに限らずFintechの領域で新たなテクノロジーや取り組みが増えている状況にあるからこそ、正しくテクノロジーを理解する必要性も高まっている。実際にサービスの実装や運用に取り組む上では、過去に金融機関で働いていた経験をもつ増野のような人材が力を発揮することも少なくないという。
「AIがあれば人間が不要になるわけではなく、人間のノウハウや知識が必要になる部分は確実にあります。豊富な経験をもった人間のノウハウとデータを掛け合わせることでAIモデルのレベルも上げていけますし、個々のシチュエーションに対して最適なソリューションを提供できると感じています」
もっとも、増野が「2010年頃から金融業界においても新たなテクノロジーの活用に関する意識は年々高まっています」と続けるように、金融機関はいままさに大きな変革の只中にある。AIのみならずさまざまなテクノロジーの開発・改良が進んでいくなかで、サービスやプロダクトはもちろんのこと、ビジネスのあり方や組織形態、さらには法制度も現在進行系で変化を続けている。杉山によれば、近年は金融機関の中にもDX専門の部署や人材を配置するケースも増えているという。これからはNECのような企業とのコラボレーションもますます増えていくのかもしれない。
業界を超える豊かなデータエコシステムへ
今後さらにAIの活用を進めていく上で、取り組むべきことはまだまだたくさんある。たとえばNECは、近年個人情報の取り扱いに関してさまざまな取り組みを進めている。個人情報をセキュアに扱うことはもちろんのこと、社会受容性を配慮したあるべき対応について、多角的な議論を進めているのである。
「個人情報の保護は大前提として、多くの方々に安心して使っていただけるようなサービスへと近づけられるよう弁護士の方々などとも議論を重ねています。たとえばAIモデルから個人情報を除外するための手法やプロセスの検討をテーマとしています。」
そう杉山が語るとおり、AI不正・リスク検知 for AMLサービスに限らず多くのサービスやシーンで私たちの個人情報が扱われるようになっていくからこそ、領域横断的な議論の場も重要になっていくのだろう。現在金融機関を中心に導入を進めているAIサービスについても今後はより広い領域で活用していきたいと杉山は続ける。
「AI不正・リスク検知サービスは、今は銀行業界や証券業界をターゲットとしていますが、今後は保険や暗号資産などより幅広い領域へサービスを提供していきたいですね。AML/CFTに限らずAIなどを活用して対応できる業務の幅も広げていくつもりです。現在のリスク対策や不正対策の取り組みはしばしば個々の企業に閉じたものになりがちですが、これからは企業間協力を加速させるような動きをつくっていきたいです。一体感をもった動きが生まれると集まるデータの量も増えるため、そのデータや分析結果も活用しながらさらにサービスの質を上げていけるのではないかと考えています」
杉山の発言を受け、増野も頷く。
「私自身も金融機関で働いていた際に感じていましたが、現代のリスクに対して個社で対応するのは厳しくなりつつあります。特に同じ業界だと他社の情報が手に入りづらく情報共有が進まないケースもあるため、各社が共同で対策レベルを向上できるような枠組みをNECとしてもつくっていきたいですね」
NECが先日発表したAIと業務機能を融合した「AI不正・リスク検知サービスfor証券」の「総合売買審査サービス」は、まさに、複数企業のリスク対策を高度に支援する1つの成功事例である。NECが進めるAML/CFTなどのリスク対策は先端的なAIの活用に留まらず、これからの産業をより安心・安全な空間へと変えていく有機的なデータエコシステムへとつながっていくのかもしれない。