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金融業界を活性化し、日本全体を成長させる
――金融データ活用推進協会が取り組む「標準化」の意味

 近年多くの企業がデータ活用に取り組んでいるが、あらゆる企業が円滑に活用を進められるとは限らない。デジタル人材の不足によって取り組みが進まないこともあれば、そもそもどうやってデータを活用すべきか判断しづらいこともある。あるいは、個々の企業内では取り組みが進んでいても他社や他業界との断絶が深まってしまう恐れもあるだろう。

 とくに社会へ大きなインパクトをもたらしうる金融業界においては、業界全体でデータの活用を進めていくことが必要不可欠となる。2022年6月に発足した「金融データ活用推進委員会(以下、FDUA)」は、まさに銀行をはじめとする金融機関や関係団体が情報を交換し連携できる場をつくるために生まれたもの。

 同委員会は2023年6月に「金融データ活用組織チェックシート」を制定・公開し、あらゆる金融機関のデータ活用の可視化に取り組んでいる。果たしてFDUAはこれからの金融業界にどんな変化を起こそうとしているのだろうか。

教科書づくり・人材育成・標準化

 「以前から金融業界内の交流を重ねていくなかで連携の必要性を感じ、2020年1月に『金融事業×人工知能コミュニティ』を立ち上げました。20社くらいの金融機関にご参加いただき情報共有を進めていたのですが、やはりこのつながりやナレッジのシェアをもっと本格的に進めていくべきだと思い、FDUAを立ち上げました」

 FDUAの代表を務める岡田拓郎氏はそう言って発足を振り返る。現在岡田とともにコアメンバとして活動を進める三井住友カード株式会社の白石寛樹氏や株式会社セブン銀行の中村義幸氏も、設立以前から業界内で情報共有を進めていくなかでネットワークを広げる必要性を感じていたという。

一般社団法人金融データ活用推進協会(FDUA)
代表理事 岡田拓郎 氏

 FDUAのミッションは、「金融データで人と組織の可能性をアップデートしよう」。金融業界はもちろんのこと、スタートアップやパートナー企業、金融庁やデジタル庁とも連携しながらそのネットワークを広げており、2023年9月時点で185社が入会している。その活動には「金融AIの教科書づくり」「金融データコンペティション開催によるデジタル人材の育成」「金融データ活用の在るべき組織の標準化」という3つの柱があり、それぞれの活動を進めるために委員会が組織されている。

 なかでも現在注目されているのが、標準化委員会による「金融データ活用組織チェックシート」の制定だ。

 「セブン銀行でもAIやデータの活用を推進していたのですが、取り組みを進めるうえではほかの企業の方々と情報交換をすることも多く、苦労していました。きちんと標準化されたプロセスやステップに従ってデータ活用を進められるような環境をつくることで多くの企業が成長できるのではないかと感じたのです」

 中村氏がそう語るように、他社の成功事例を知ったり社内のデジタル人材を育てたりするだけではなく、組織やプロセスそのものを変えなければ業界全体の変化は起こせないのだろう。「金融データ活用組織チェックシート」もまた、組織を評価するためにつくられたものだという。

 「チェックシートでは“攻め”と“守り”の観点から6つのカテゴリーを設定しています。たとえばどんなデータを使うかは[利用データ]、どんな組織で使うかは[組織]、きちんとビジネスに貢献できているかを判断する[ビジネス効果]は“攻め”の観点からデータ活用を捉えるもので、“守り”の方では[データ基盤][人材育成][ガバナンス]という3つのカテゴリを設定しています」

 中村氏の発言を受け、白石氏も「ひとくちに金融会社といってもそれぞれ事業背景は異なりますし、社内のカルチャーも異なっているので“共通言語”をつくるのが大変でした」と振り返る。このチェックシートも一朝一夕で生まれたものではなく、カテゴリや質問項目の設定においては何度も議論が行われた。金融データ活用組織チェックシートの公開後は多くの金融機関からフィードバックが寄せられ、実際に各機関で機能するものになったという。

三井住友カード株式会社 執行役員
マーケティング本部副本部長兼 データ戦略部長
FDUA 理事 白石 寛樹 氏

データの“掛け算”がより大きな価値を生み出す

 日本の金融業界におけるデータ活用にはどんな課題があるのだろうか。白石氏は欧米の企業とも議論するなかで日本の遅れを意識することもあると話す。

 「もちろん日本の組織が強みをもっていることも事実ですが、データドリブンなPDCAを回していく経験が足りていないことも多いですし、海外の方が考え方やカルチャーの面でも素早い変化を起こしていける状況にあると感じます。もっとも、現場の人々はそのことに気づいているので、組織としてこの課題を乗り越えられるように標準化の取り組みを活用していきたいですね」

 これまで多くの日本企業がITシステムを外注していたため、AIやデータの活用を内製の仕組みによって進めづらい側面もあるのだろう。白石氏の指摘を受け、岡田氏は日本全体がレベルアップしていく必要を説く。

 「日本国内を見ると、データ活用が進んでいる企業と進んでいない企業のギャップが大きくなってきていると感じます。データは“掛け算”で価値が高まるものなので、いま活用の進んでいない領域や地方のデータを使えるようになれば、どの企業にとってもメリットが生まれるはず。FDUAのような取り組みを通じてナレッジシェアを進めながら、業界全体のレベルアップを目指していかなければいけません」

 こうした課題に対して、さまざまなソリューションやサービスを提供しているのがNECだ。テクノロジーコンサルティング統括部マネージャーの田中信伍が「私たちは自分たちでもデータ活用を進めているので、お客様のAI活用やデータ分析を支援するのはもちろんのこと、自分たちが体験した成功事例を社会に還元していきたいと考えています」と語るように、金融に限らず幅広い領域で事業を展開しているNECだからこそ多くの知見を提供できるだろう。

株式会社セブン銀行
コーポレート・トランスフォーメーション部長
FDUA 標準化委員会 委員長代行
中村 義幸 氏

 「今回のチェックシートを通じて、重点的に支援すべき領域がクリアになったと感じます。当然業界の底上げという観点もありますが、私たちはプラットフォームや製品の提供からAIのような先進技術の研究までさまざまな取り組みを進めているので、より高度なデータ活用を行おうとしているお客さまも支援できたらと思っています」

 そう田中が語ると、FDUAの3人もNECと今後も協調していく姿勢を明らかにする。たとえば岡田氏は「NECさんの金融事業部の方々に標準化委員会の説明会を開いてみたいですね」と語る。これまでFDUAは金融機関を中心にアプローチを広げていたが、金融機関に勤める人からすればAIやデータ活用といったテクノロジーの議論は専門的でときに分かりづらくなってしまうこともある。しかし日ごろから金融機関にテクノロジーを使ったソリューションを提供しているNECと情報を共有すれば、NECを経由しながらさらに多くの金融機関へFDUAの取り組みを広げられるかもしれない。

 「普段から業界横断的に活動されているNECさんだからこそ、今回の標準化委員会も実現したように思います。金融に限らず多くの領域でグローバルなネットワークをもっているので刺激を受けることも多いですね」

 白石氏がそう語るように、NECという“ハブ”は技術的なサポートのみならずネットワークの広がりをもたらす存在でもあるのだろう。

NEC テクノロジーコンサルティング統括部マネージャー
FDUA 標準化委員会 委員長代行
田中信伍

金融業界の発展は、日本経済の成長につながる

 データ活用やデータ連携の重要性が叫ばれる時代にあっては、FDUAが実践するような業界横断的な取り組みが今後ますます重要になっていくだろう。しかし、規模も文化も異なる複数の企業が連携していくことは、そう簡単なことではない。そんななかで求められるのは、テクノロジーだけでなくビジョンや熱量でもあるのかもしれない。

 「日中はそれぞれ自分の会社で働いている方々が夜中に集まって議論を続けられるのは、一人ひとりが熱意や志をもっているからだと思います。標準化のチェックシートも一社だけの取り組みではなく同じ課題に取り組んでいる人々を底上げするものですし、自社だけでなく業界全体の成長を望んでいるからこそ協調が進んできているのだと感じます」

 そう中村氏が語ると、白石氏もFDUAに集まる人々によって業界のムードも変わっていくはずだと応答する。

 「オープンにデータを流通させることは難しくもあるんですが、FDUAの活動を通じて徐々に無形資産を共有したりお互いに金融データを開放したりするような方向に向かって金融機関のみなさまが踏み出しているような実感があります。日本全体が自由な発想で金融データを使いこなせるようになると面白いですね」

 その変化は、業界を超えて広がっていくものでもあるはずだ。岡田氏もFDUAの活動は金融業界のみならず日本全体へインパクトを与えうるものだと語る。

 「金融業界で働いている人々は、金融が強くなれば日本は元気になると信じていると思います。金融業界が1%変わるだけでも、社会全体へ大きなインパクトを与えられる。日本の産業を強くしていくうえでも、今後さらにFDUAの活動に力を入れていきたいですね」

 心臓から送り出された血液が身体中に栄養を届けていくように、金融機関が連携を強めデータ活用を進めていくことは、さまざまな産業を成長させていくことにもつながっていく。FDUAが取り組む金融データ活用の標準化とは、これからの日本の成長を下支えするインフラとなっていくのかもしれない。