2050年の金融を想像することは、オルタナティブな未来を考えること
:セブン銀行×NEC 「SFプロトタイピング」ワークショップレポート
生成AIやメタバースといったテクノロジーの発展が加速していくにつれ、私たちの想像力も問われることになっていく。AIによる業務の自動化や効率化が進んでいく一方で、未来を変えるイノベーションを生み出すための想像力の重要性も高まっている。
デザイン思考やスペキュラティブデザインなどさまざまな考え方が広がっていくなかで、想像力を広げるためのツールとして近年注目されているのが「SF※1思考」や「SFプロトタイピング」と呼ばれる「SF」を使った取り組みだ。今年8月にNECがセブン銀行とともに行った「Digital Finance Warpshop」は、デジタルファイナンスの未来についてSFの力を借りながら想像力を飛躍(Warp)させるワークショップと言えるだろう。果たしてそこではどのように想像力が広げられていったのだろうか。
- ※1 SF:Science Fiction(サイエンス・フィクション)
共感を得られるアイデアはいらない
「SF思考やSFプロトタイピングとは、フィクションの力を借りて斜め上の未来ビジョンを創造・共有・議論するものです。ロボット工学や宇宙工学はSF作品の影響で生まれた分野とも言えますし、私たちがいま親しんでいる米国の企業やプロダクトの名前にはSF作品由来のものがたくさんあります」
この日ゲストとして参加したSF作家の宮本道人氏はそう語り、日本でも数年前からSF思考やSFプロトタイピングがビジネスの領域でも注目されていることを明かす。宮本氏が語るとおり、近年ビジネスの領域でもSFが注目される機会は増えてきている。不安定で何が起きるかわからない社会のなかでイノベーションを生み出すためには、SFのようなフィクションの想像力がインスピレーションにつながることも多いだろう。
さらに宮本氏は「SFのなかには三段階の未来予測が内在しているものがあります」と続ける。まず予想外の未来社会を想像し、その次にその社会に存在する課題を想像する。そして最後に課題の解決方法を想像すると、SFらしい物語ができるのだという。たとえばコロナ禍を予見するような内容から近年再評価されたアイザック・アシモフの著書『はだかの太陽』は、まず感染症が広がった星を描き、次に人間同士の接触が極度に恐れられていることを課題として描く。その解決方法として作中で描かれているのが、人々が自宅に引きこもり、AR※2的なリモート通話を通じてコミュニケーションする姿だ。
- ※2 AR: Augmented Reality‘(拡張現実)
「この考え方を使うと、SFになじみがない人でも未来のストーリーを作成しやすくなります。まず未来の言葉をつくって思考をジャンプさせ、未来のガジェットを考え、キャラクターを動かしていく。そして未来のガジェットが起こす変化を考え、そのトラブルと解決方法を考えるわけです」
まず考えるべき「未来の言葉」は、あくまでも造語で構わないようだ。自分の個人的な趣味に関する言葉と仕事で考えたいテーマに関する言葉をかけあわせて造語を作成し、それが流行した未来には何が起きるのか考えていく。未来の言葉が完成したら今度は未来のガジェットやそれに関わる架空のユーザ、架空の職業、そこで起きている変化……と少しずつ想像力を広げていくことで、誰もが気軽に未来を考えられるようになるのである。
宮本氏は「みんなが共感しそうなアイデアは捨ててください」と念を押す。共感を大事にすると、結果的によくあるアイデアが集まり無難な未来像しか生み出せないのだという。「むしろみんなが違和感をもったり無駄だと思ったりするようなアイデアを取りあげ、実はすごいものなんじゃないか?と頭を捻るところから新たなアイデアが生まれるんです」
たしかに「SFプロトタイピング」と言われるとつい私たちはいかにもSF的な未来像を想起してしまいがちだが、SFプロトタイピングはよくあるSFをつくることが目的ではない。むしろ自分のプライベートな事柄や関心から社会へと一気に想像力を飛躍させることで、一人ひとりの創造性が発揮されるのだ。
「NEC開発のLLM」もアイディエーションに貢献
セブン銀行とNECのメンバーが参加して行われた今回のワークショップのテーマは、セブン銀行の事業とも直結する「2050年のATMを妄想する」。宮本氏のトークを経て始まったアイディエーションでは、いくつかに分かれたチーム内で2050年のATMを妄想するアイデアを出し合い、次に小説のアイデアを選定していく。そして物語の骨子を考えるところまでワークショップのなかで行っていく。
「2050年のATM」と言われても、パッと想像がつかない人は多いだろう。そこで本ワークショップでも、いくつかのステップを踏んでアイディエーションが進められた。まずは現在のATMがどんな機能をもちどんな場所に置かれているのか確認しつつ、未来のATMを考えるために「入出金に限らず情報やモノを生活者がやりとりできるスポットとする」「現実世界にオンサイトで存在していて、ユーザが使用するもの」とアイデアを広げていく準備を進める。
今回各チームがアイデアを広げていく上で強力なツールとなったのが、NECが独自に開発したLLM(大規模言語モデル)だ。 NEC開発のLLMは世界トップクラスの日本語性能を有するだけでなく、軽量であるため、オンプレミス環境でも利用でき、外部に出せない機密性の高いデータでの活用が可能だという。今回のワークショップでは各チームにタブレットが配られ、対面のディスカッションだけでなくNEC開発のLLMとの対話も使いながら作業が進められた。
まず各チームは「発想の転換」からアイデアを出すべく、既存のATMがもたない要素を書き出していく。もし素材やサイズ、使用頻度が変わったら、もし新たな機能が追加されたら、もし既存のATMがない場所に置かれていたら……さまざまな「もしも」を考えることで、「ATM」という概念がゆるやかに変化していくことがわかるだろう。
続けて、それぞれから出てきた機能や形容詞を組み合わせることで、2050年のATMの構想を進めていった。「紙でめっちゃ軽いATM」「家くらい大きいスライム状のATM」「人間の気持ちを察してくれるATM」など、既存のATMとはかけ離れた言葉の組み合わせが次々と登場していく。もちろん冷静に考えればこんなATMが実現するとは思えないものもたくさんあるかもしれないが、まずはユニークな言葉、一見違和感をおぼえるような言葉を探していくことが重要なステップとなるのだと宮本氏は語った。
物語を考えることがUXの検討につながる
ここからはさらに、2050年のATMのアイデアをより具体的に想像していくために、2050年のライフスタイルを想像していく。参加者は「未来のライフスタイルシチュエーション」を設定した上で、「そのシチュエーションにおいて、どんなATMが使われているか?」「そのATMは、どこで使われているか?」「そのATMは、どのように使われているか?」といった質問に答えながら生活のシーンを描き出していく。
各チームが考えたアイデアは、実にさまざまだ。「未来の住まい」をライフスタイルに掲げ、「ジャングルみたいなATM」を考える参加者もいれば、「未来のヘルスケア」をライフスタイルの起点として「健康管理が行き届き健康だと対価がもらえるATM」を考案する参加者もいる。どれもテキストだけ見れば突飛なアイデアに思えるかもしれないが、飛躍したアイデアと真剣に向き合っていくうちに既存の社会に対する新たな視点が生まれてくることもSFプロトタイピングの特徴と言えるかもしれない。
SFプロトタイピングを行う際には、プロダクトやサービスのアイデアだけ出して終わってしまうこともあるが、今回のワークショップは「小説」をつくるプロセスを体験することでさらに想像力を広げるものになっている。
各チームは自身のアイデアをベースに、物語のシチュエーションをまとめるワークシートを完成させていった。「なぜそのATMを使うのか」「どんな人が使っているのか」「どこで使っているのか」「そのATMは何を扱っているのか」「どのような場面で使われるのか」……アイデアを軸にさまざまな問いへ答えることで、自然と物語の背景も見えてくるだろう。
さらにその後は「起承転結」に沿って、さらに物語を整理していく。起承転結と言われると物語づくりのテクニックを想起してしまうかもしれないが、参加者たちは起承転結を考えるなかで自分たちの考案した2050年のATMがユーザにどのような体験をもたらしているのか、そこではどんなトラブルや課題が発生しうるのか検討することとなった。起承転結を考えることは、UX※3を考えることにもつながっているのかもしれない。
- ※3 UX:user experience(ユーザーエクスペリエンス)
想像力を拓くSFプロトタイピングの力
物語のフレームをつくったところで、今回のワークショップはまとめの発表へと移っていった。2050年の東京を舞台にかつてYouTuberとして活躍した50歳の既婚男性を主人公に、愛や記憶を扱うATMを考えたチームもいれば、頭髪や皮膚、脂肪など人間の代謝物を通貨のように扱えるATMを考えたチームもいる。どのチームのアイデアもいわゆる「SF」のイメージに囚われず、自由な発想を広げているといえるだろう。
発表においては、宮本氏が随時各チームへと質問を投げかけていった。固定観念に縛られず自由な発想を促そうとしていたアイディエーションから一転、本当にそのアイデアは2050年に実現しうるものなのか、実際にどんな技術の発展があればこのATMは実現するものなのか、宮本氏からは具体的な質問が次々と飛び出した。実際に小説を書いていく上では、きちんと細かなところまで想像力を働かせることも重要になるのだろう。
言うまでもなく、単に荒唐無稽なアイデアを放り投げれば想像力が広がってイノベーションが起きるわけではない。むしろ、目一杯飛躍させた想像力を私たちが生きる現実と接地させようとする努力のなかにこそ、未来への想像力やクリエイティビティは宿っているとも言える。
本ワークショップは、これで終わりではない。今回発表されたアイデアをもとに、宮本氏が実際に短編小説を執筆するとともに、アイデアのひとつをNEC 開発のLLMを活用して短編小説化することにも挑戦したのである。
今回、NEC開発のLLMを活用した短編小説の執筆では、「アンサンブル」という手法を採用したという。アンサンブルとは、複数のモデルを組み合わせて、精度を上げる機械学習の手法だ。まずは今回のワークショップ内で作成した物語の「起承転結」プロットを異なる特長をもつ複数のNEC開発のLLMに入力し、そこで得られた結果を組み合わせる。最終的には、文章のつながりなどを中心に人間が確認し、ひとつの小説として仕上げた。
今回宮本氏が執筆した短編小説およびNEC開発のLLMを活用した短編小説は、NECのウェブサイトで現在公開中だ。実際に小説化することは、アイデアを出すこととはまた別の想像力を引き出すものでもあるだろう。ワークショップのプロセスを振り返ってみればわかるように、今回行われたSFプロトタイピングは一人ひとりの想像力を広げるだけではなく、異なる人々とのコミュニケーションを加速させ、あるアイデアを共有可能なものとして表現していくものでもあった。クリエイティビティや想像力を特権とせずさまざまな人に開いていくSFプロトタイピングの手法は、イノベーションを生むための想像力を育むだけではなく、未来に向けたコミュニケーションを活性化させていくのかもしれない。