データドリブン型社会に向けた「開かれた共創」の重要性
~API Economy Initiative Forumレポート~
NECが主催する産業横断のイノベーション研究会「API Economy Initiative」によるフォーラムがオンラインで開催された。「データドリブン型エコシステム形成」をテーマに行われた5つのセッションには、内閣官房・政府CIO上席補佐官、保険分野の有志コミュニティ代表、中部電力が登壇した。領域こそ異なれど、どのセッションも日本社会全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)を見据えながら、産業・企業間を超えた共創の重要性を説いていった。社会のデジタル化や新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を経たNew Normalと呼ばれる時代を見据えた本フォーラムからは、データを扱うために重要な姿勢を理解できるだろう。
SUMMARY サマリー
日本を支える「ベース・レジストリ」
欧米を中心にオープンイノベーションの実践が進められるなかで、日本においても企業・産業間の協調はますます重要なものとなっている。NECが主催する産業横断のイノベーション研究会「API Economy Initiative」は、こうした状況を背景として、行政・学術界・民間企業・ベンチャーをつなぎ、新たな社会価値の共創を目指すものだ。
当初は金融を中心に他業種のシナジー実現が目的とされていた本研究会は、社会全体のデジタル化やCOVID-19の感染拡大による社会の変化を受け、金融のみならず幅広い産業で領域横断的なデータドリブン型事業への転換を起こそうとしている。2021年1月26日に開かれた本フォーラムでは、「データ戦略を軸とした、ヘルスケア、保険・金融業界を中心としたデータドリブン型エコシステム形成」をテーマに5つのセッションが行われた。
日本社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)が突き進むなか、注目されたのは内閣官房 政府CIO上席補佐官の平本健二氏によるセッション「ベース・レジストリ 社会の基幹となるデータベース群」だ。同氏はデジタル庁の開設と並行して社会の基幹となるデータベース「ベース・レジストリ」の整備が進んでいることを明かす。
「行政機関は日本全体で最も多くのデータをもっているため、データ戦略を考えるうえでは公共データを共有できるプラットフォームがなければいけません。世界各国が2030年をターゲットにデータ社会の実現を見込んでいることもあり、現在は2025年までに基盤を整備するとともに、2030年までのデータ整備と実用化を計画しています」
人や法人、土地、建物、資格など公的機関が管理するデータはさまざまだが、必ずしもすべての規格が統一されているわけではなく、相互連携しづらい状況にあるのも事実だ。今後グローバルなデータ活用を見込むうえでは、国際的な標準規格も必要になってくるだろう。だからこそベース・レジストリの有無は国の競争力を左右するのだと平本氏は続ける。
「人や建物の寿命や死後の管理を考えると、データは200年間以上維持管理されなければいけません。明治期から続いていた紙での情報管理を見直し、今後数百年つづくベース・レジストリをつくっていかねばならないのです」
こうしたベース・レジストリは柔軟な情報連携を可能にすることでスマートシティの実現に寄与するものであり、さまざまな行政手続きにおいても「ワンスオンリー」と呼ばれるスムーズなサービスが可能となる。その経済効果は大きく、すでにデンマークのようなデジタル先進国では業務効率化が進められるほか、ひとつのデータベースを整備することで1,000のアプリケーションが開発されるなど間接的なインパクトも大きいという。
もちろん、そう簡単にこうした基盤をつくれるわけではない。平本氏はデータ標準、ルール、品質という3点をベース・レジストリ実現のポイントとして指摘し、そのそれぞれにおいて先進各国とも歩調を合わせながら整備を進めていることを明かす。
「データの品質はデジタル社会の成長を支えるものです。品質の高いデータがあるからこそ、正確で迅速な意思決定や機器の動作が可能となる。海外の方々とデータについて話すと多くの方が日本のデータ品質管理に興味をもっている。世界から注目されているからこそ、わたしたちとしてもデータの品質には力を入れていきたいと思っています」
平本氏はそう語り、今後は実証実験にとどまらず小さな領域から実用化を始めて多くの人々にベース・レジストリの利便性を伝えていきたいと言ってセッションを締めくくった。同氏のセッションはデータ戦略の難しさを感じさせるとともに、今後数百年規模にわたって続くであろう新たな社会への変革期にわたしたちが立っていることを教えてくれるものといえるだろう。
マイクロサービス化する保険
つづくセッションに登壇したのは、GuardTech検討コミュニティ代表の温水淳一氏だ。同コミュニティは保険と異業種の協業でAPIエコシステムの醸成を目指す個人参加型の任意団体。温水氏は大手損害保険会社勤務の傍ら、オープンバンキングの潮流に触れて保険分野での適用を模索、2019年に有志勉強会を立ち上げて「保険API」の整備に関する提言をまとめるなど、業界内外の識者と議論を重ねてきたという。
「当初は銀行にならって仕様の標準化など主に事業者側の制度面から整備していこうと考えていました。しかし、単に銀行APIの制度面だけを踏襲するだけでは、背景が異なる保険業界での普及は望めないと気づき、お客様の視点に立ちエコシステムのパートナーと保険業界が目指す世界観を共有すべく、GuardTech検討コミュニティを立ち上げました」
GuardTechとは、身近に発生するリスクを高度なデータ利活用により事前に察知・回避することで、よりパーソナライズされた安心・安全を提供する新たな保険サービスの概念。温水氏は「保険という商品を因数分解して、顧客基盤をもつさまざまなサービスのなかに組み込んでいくことでそれは実現できます」とつづけ、APIでマイクロサービス化された保険が日常生活に溶け込んでいくGuardTechの世界観を示した。もっとも、こうしたサービスを特定の保険会社ですべて担うことは難しい。だからこそ、企業がAPIを介して連携するエコシステムを実現することが重要なのだ。
温水氏によると、保険分野でのオープンAPIの実用化は2019年頃から本格化した。まず、ECサイトなど顧客基盤を持つサービス事業者へ保険事業者がAPIを提供する1対1の協業のかたちで始まり、近年では少額短期保険事業者が関連会社を通じてほかの保険事業者向けにデジタル保険基盤をSaaSで提供するなど、「イネーブラー(支援者)」と呼ばれる仲介者を通じたN対Nの新たな段階に入りつつあるという。
「こうした、新たな参入勢力が既存事業者の『イネーブラー』となって、これまでにないサービスを次々と生み出していくような環境整備が必要です」と温水氏が語るとおり、さまざまなサービスをAPIでシームレスにつないでいくことで、エコシステムは成長していくだろう。そのために必要なのが既存の保険会社の「イノベーション」と「デジタライゼーション」だと温水氏はつづけ、企業文化自体を変えていく必要があるとしてセッションを締めくくった。
「両者の実現におけるキーワードは『競争から共創へ』です。これまでの自前主義中心のITの時代からDXの時代へ移ることで、お客様を囲い込むのではなく顧客体験を起点に仲介者を通じて同業他社とも共創へと進化する必要があるでしょう。それはレガシー企業文化の改革そのものでもあるはずです」
電力インフラから地域包括ケアへ
3つめのセッションには、中部電力株式会社 事業創造本部 地域包括ケアユニットの今尾有佑氏が登壇した。テーマは、「中部電力のヘルスケアデータプラットフォーム構築に向けた取り組み」について。電力会社とヘルスケアは一見距離があるようにも思えるが、中部電力はかねてより「低炭素化」「お客さま起点」「デジタル化」をキーワードに、さまざまな領域へ跨るコミュニティサポートインフラの創造に注力してきた。
「コミュニティサポートインフラを通じて、わたしたちはコミュニティやコネクテッドホーム、エネルギーマネジメント、インフラなど複数のサービスを融合させることで社会課題の解決を目指しています。今後はさらにそのサービス領域を広げていくために、自社でデータを囲い込むのではなく、外部の企業と積極的な連携を進めていきたいと考えています」
そう今尾氏が語るように、このコミュニティサポートインフラは電気ガスなどもともと同社がもっていたインフラをスマートホームやヘルスケア、医療、介護などその他のインフラと接続することで地域に包括的なケアを提供することを目指している。多様なサービスがありうるなかでも、同社が現在注力しているのがヘルスケア事業というわけだ。今尾氏は「オフラインとオンラインの融合が必要な分野に可能性を見出し、在宅でとれるデータを病院とつなぐヘルスケアデータプラットフォームを立ち上げました」と語り、同社が展開する医療を通じた地域包括ケアについて紹介する。
代表的な取り組みは、慶應義塾大学病院発のベンチャーであるメディカルデータカード社との連携だ。中部電力は2020年に同社を子会社化している。病院のデータは病院のものという認識も強いなかで、同社は病院から個人に検査や処方箋、画像データを送信する取り組みを推進しているという。検査センターとの連携や慶應義塾大学での活用、健診センターとの連携といった取り組みは、業務効率化のみならず医師と患者のコミュニケーション活性化など、多くの効果を発揮した。
さらには慶應義塾大学のAIホスピタル事業に参画し、患者と医師を双方向に結ぶプラットフォームの構築・展開や新たなサービスの開発を目指しており、たとえばスマートメーターやバイタルセンサー、環境センサーを通じて得た自宅のデータを活用することで、生活習慣病向けの取り組みが始まっている。また、慶應義塾大学病院産科においては遠隔健診も行なっており、メディカルデータ社が健診結果や処方箋データを管理しつつ中部電力のクラウドが血圧や体重などのデータを管理しているという。
「本日は医療の連携や情報共有サービスについてお話しましたが、介護やモビリティの分野でも取り組みを進めています。今後はさまざまな企業の方々と連携しながら、わたしたちはインフラとして地域の役に立っていきたいと考えています」
そう今尾氏が語るとおり、今後中部電力はさらにこのエコシステムを広げ地域包括ケアを実践していく予定だ。電力会社という生活のインフラを支える存在は、データ経済というわたしたちの社会の基盤を支える存在にもなっていくだろう。
開かれた共創へ向かって
今回のAPI Economy Initiative Forumでは、NECからもふたつのセッションが行われた。まずひとつめの「NEC I:Delightで創る未来 生体認証を活用したDigital IDとは」でNEC クロスインダストリー事業開発本部 シニアマネージャーの太田知秀が紹介したのは、生体認証による共通IDで複数の場所・サービスで一貫した体験を提供する「NEC I:Delight」だ。
生体認証を使った事例は着々と増えている。たとえば成田空港では、顔情報と搭乗券・パスポート情報を紐付けて、その後の搭乗手続きを顔認証で行えるシステムが導入予定。そして南紀白浜では、空港でのウェルカムメッセージや、ホテルのドア開錠、買い物など多様なシーンで顔認証を利用した実証が行われている。なかでも多くの取り組みが進んでいるのが本社ビルにおける「NECオフィスのデジタル化」だ。マスク着用でもウォークスルー顔認証が可能なNEC Digital ID入退場ゲートやマスク対応のレジレス決済(社内売店)など、Digital IDの活用によって社員と来訪者の安全を守りながら社員の利便性や生産性を上げていくオフィスづくりが進んでいるという。
「わたしたちはDigital IDプラットフォームのサービス提供をすでに開始しています。セキュリティの強化や認証手段の拡張のほか、関連ソリューションの拡大や、AI分析によるデータ活用など、今後は機能の強化を進めてまいります」
太田がそう語るように、Digital IDプラットフォームを活用して、顔認証などの生体認証を鍵として本人に紐付くさまざまなIDを連携することで、複数のサービスをシームレスに利用することが可能になっていくはずだ。たとえばオフィスビルを考えてみれば、入退管理や決済などのサービスがシームレスに連携して、企業が従業員に提供するサービスが統合され、まちづくりに目を向けてみれば、住む人・働く人・訪れる人と立場の違う人々にそれぞれ最適化された細やかなサービスが提供できるようになる。IoTによって収集されたデータと個人情報が紐付けば保険をはじめ多くの領域で新たなサービスの創出が期待されるほか、従来は分断されがちだった行政と民間の連携も容易になっていくだろう。
NECがこうした変化の先に見据えているのは、個々の企業がそれぞれIDを活用するのではなく生体認証を鍵にDigital IDを通じて行政・民間サービスがスムーズに連携する世界だ。リアルかバーチャルかを問わずあらゆるサービスをシームレスにつなげることは、New Normal時代の要請に応える安全・安心な環境をつくることでもあるだろう。
「ただし、こうしたサービスは多くの仕組みと連携しなければいけないため一朝一夕で実現するものではありません。そのためわたしたちはDigital IDプラットフォームを活用できる検証環境を用意し、パートナー企業のみなさまとともに共創による取組みを進めていきたいと考えております」
こうして太田が最後に紹介したのは、NECが現在つくろうとしているDigital IDに関するLAB施設だ。実証的にデータを取得してサービスの開発・検証を行なう環境を整備することで、NECは事業創出を見据えた共創を加速していく。
もうひとつのセッション「グレートリセット時代のDX事業開発」では、デジタルインテグレーション本部 主席ディレクターの岩田太地が登壇し、金融サービスの新しいデジタル連携と顧客体験、デジタル変革、リスク対策などの取り組みについて語った。まず岩田は「THE GREAT RESET」なる概念を紹介し、世界経済フォーラムをはじめ、いま世界各国では、大量生産・大量消費モデルにもとづいた資本主義の限界が指摘されており、循環型経済など新たなモデルへの移行が論じられていることを明かす。
「よりインクルーシブでサステナブルな社会をつくるためにも、デジタルテクノロジーを活用していく必要があります。なかでもわたしたちが重要な視点だと考えているのが、First Principle Design、CX First、Embeddingという3つの観点です」
ひとつめのFirst Principle Designとは、従来のシステムの改善ではなくゼロから最適なデザインを考えることだ。たとえばスマートフォンによるタッチレス決済はたしかに便利だが、それは従来のカードをスマートフォンに置き換えともいえる。顔認証決済のように、従来のシステムに囚われないシステムへ移行しなければいけないというわけだ。
つづくCX Firstは、ゼロからデザインを考えるうえで顧客の体験を起点とすることを指す。デジタルを活用していくからこそ、アナログな領域でフィールドリサーチを行ないデータ化・文章化しづらい感覚をすくい上げて一人ひとり異なるニーズへの対応を行なっていく必要がある。そして3つめのEmbeddingとは、ソフトウェアをゼロからつくるのではなくAPIなどを活用することで顧客側のサービスに組み込んでいくことを意味している。
すでにNECはこれら3つの視点に基づいてサービスを展開しており、顔認証やAPIゲートウェイをもちいた顧客接点改革やAIを用いたデータ不正検知によるリスク対策のほか、金融業務のSaaS群拡充を進めているという。岩田は「サイバーセキュリティ」と「データガバナンス」によって顧客満足度を向上させるとともにサービスの拡充を進めていくと語り、次のようにセッションを締めくくった。
「THE GREAT RESETというようにわたしたちは転換期に立っています。わたしたちNECは共通インフラを整備したうえで、大小さまざまなプレイヤーの方々とイノベーションを起こしていける環境をつくっていきたいと考えています」
今回のAPI Economy Initiative Forumで行われた5つのセッションは日本政府のデータ戦略から保険、ヘルスケア、生体認証、金融などトピックは多岐に渡っていたが、そのどれもが開かれた共創を目指していこうとするものだった。それはまさに本フォーラムが目指すものであり、“開かれた共創”の先でこそ、“人が豊かに生きる社会”は実現されるのだろう。