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新しい顧客体験を支える
持続的な関係とサプライチェーンの構築法

 「創ろう明日を、描こう未来を」をテーマに据えてNECが開催したオンラインイベント「NEC Visionary Week」。「ひと」「まち」「産業」「テクノロジー」をテーマにさまざまなセッションを開催した。視聴者からの質問も交えてパネルディスカッションを行ったセッションもあり、寄せられたさまざまな質問にNECのコンサルタントたちが回答している。その中から顧客体験やサプライチェーンをテーマに据えたセッションの一部をレビューする。

SPEAKER 話し手

NEC

棈木 琢己

DX戦略コンサルティング事業部
エグゼクティブコンサルタントリード

川上 隆之

DX戦略コンサルティング事業部
エグゼクティブコンサルタントリード

Forbes JAPAN

谷本 有香 氏
(モデレーター)

Web編集部編集長

スピード優先か慎重に進めるかはDXの領域次第

谷本氏:NECで顧客企業のDX支援を担当している棈木さんと川上さんに視聴者さまからさまざまな質問が届いています。まず、最初の質問は「DXの必要性は理解したが、具体的に何から手をつけるべきか──」。ぜひお聞かせください。

棈木:DXを一つととらえるのではなく、分けて考えてはどうでしょうか。例えば、顧客体験のモノからコトへのシフトは、既に社会に定着し、あたりまえの価値観となりつつあります。ですから失敗の可能性は低く、できるところからでも手をつけるべき。その際、他業界での体験がお客さまの価値観に大きく影響している可能性もありますから、業界を問わず広く情報を収集することも重要です。

川上:一方、ものづくりを担うサプライチェーン改革のようなDXは、業務を止める事は許されない上、一朝一夕では行えません。そもそも自分たちが何を目指すのか、その中でDXをどう位置付けて取り組むのかなどを踏まえて進めるべき取り組みです。ですから中期経営計画など大きなビジョンの中でDX戦略を明確化することから始めるべきでしょう。

谷本氏:スピード優先でいち早く手をつけるべき施策、計画を立てて地に足をつけて進めるべきものがあるということですね。ただ、同時に「やるべきことを見定めても、それを推進するIT人材がいない」という声も寄せられています。

川上:DXはITスキルを持つ人材でなければ推進できないわけではありません。DXのベースになるのは経営戦略・ビジョンですから、経営企画のメンバーを中心にDX構想を検討している企業も少なくありません。

棈木:現場が主導するケース、IT部門が中心になるケース、新たにDX部門を立ち上げるケース、企業によってDX推進体制はさまざまです。こうあるべきという考えを捨てて、現状の体制の中で可能な体制を組んでみてはどうでしょうか。

新しい価値観を持つ顧客と持続的な関係を築く

谷本氏:先ほど棈木さんは、顧客体験のモノからコトへのシフトは、既に社会に定着していると指摘しました。求められる顧客体験は、どのように変わっているのでしょうか。

棈木:デジタル技術の普及によって、お客さまの行動や求める価値は大きく変わっています。宝飾品はブランドへの共感、自身のアイデンティティーにつながるものを選ぶ。コーヒーショップは居心地の良さを優先。スポーツブランドはアパレルメーカーではなくエクササイズやトレーニングのパートナー。経験経済や体験経済ともいわれますが、求める価値はモノからコトへとシフトしています。

 それよって企業が目指すべきお客さまとの関係も変化しています。ソフトウェアビジネスという言葉がありますが、以前のように商品を売って終わる関係ではなく、アップデートしながら持続的に価値を提供し続けられる関係が理想です。

 しかし、持続的な関係構築は簡単ではありません。例えば、以前のお客さまはモノの「所有」に価値を感じていましたが、現在のお客さまは目的の達成が優先。所有せずともオンデマンドに利用して「成果」を得られる方がよいと考えています。カーシェアリングを考えるとわかりやすいでしょう。所有時代ならクルマを購入してもらえれば、少なくとも一定期間は持続的な関係を構築できましたが、カーシェアリングは価値を提供できず、利用されなくなったり、ほかのサービスに乗り換えられたりしたら関係は途絶えてしまいます。

 しかも、所有が前提ではないため、お客さまは常によりよい代替先を探しています。また個人の体験はSNSなどを通じて驚くスピードで共有され、多くのお客さまが同じ生活者である発信者の評価を重視しています。その結果、乗り換えは容易に起こります。

 つまり、ロイヤリティーの維持は非常に難しく、お客さまは移ろいやすいということを前提にビジネスを設計しなければなりません(図1)。

図1 移ろいやすい現在の生活者
所有ではなく利用。他人の体験を参照して繰り返し検討するなど、現在の生活者は大きく変化しており、ロイヤリティーの維持は容易ではない

谷本氏:どうすれば、持続的な関係を構築していけるのでしょうか。

棈木:例えばカスタマージャーニーは、以前のように調査、検討、意志決定、購入と固定的でもリニアでもなく、一人ひとりのお客さまが多様かつダイナミックな行動をします。期待したサービスと違ったらすぐに解約すればよいと思っている人は調査した瞬間に購入を決定。検討フェーズがないといった具合です。

 したがって、これまでのように企業側がターゲットを典型化して価値や顧客体験を設定する方法は通用しません。顧客体験をデザインするのはあくまでもお客さま。企業は、各瞬間に体験の選択肢を用意するなどして、それを支援する。そして、各瞬間での小さな成功を連続させて持続的な関係を構築するのです(図2)。

図2 顧客体験の各瞬間に用意する選択肢の例
これからの顧客体験をデザインするのは顧客本人。企業は、各瞬間に体験の選択肢を用意して、小さな成功を積み上げる

谷本氏:生活者を対象とするBtoCと企業を対象にするBtoBビジネスでの違いはありますか。

棈木:どちらかというとBtoC企業を例にして説明してきましたが、顧客体験を変革する必要があることはBtoBビジネスでも同じです。

 例えば、市場の変化でいえば、企業の購買プロセスの変化があります。現在の購買部門はサプライヤーの営業担当者と会う前に自主的な情報収集によってほぼ意志決定を終えているといわれています。新型コロナウイルスの感染拡大によって、その傾向は加速していると考えられ、BtoB企業は、デジタルマーケティングを中心に顧客体験の再設計を行うなどの変革が求められます。

サプライチェーンの改革は経営ビジョンと連動すべき

谷本氏:生活者が求める価値は大きく変わっている上、変化も一様ではない。企業がそれに対応するにはテクノロジーの手助けが必要。これこそDXが求められている背景なのですね。では、具体的にどのような技術や仕組みが必要になりますか。

川上:新しい顧客体験をデザインし、提供していくためのサプライチェーン、バリューチェーンには、これまでの発想とは異なる要件が求められます。徹底した業務の自動化・効率化、開発リードタイムのさらなる短縮、データ分析を通じて生活者の行動を的確にとらえた上で実践するデジタルマーケティングや製品開発、サプライチェーンを横断的に可視化するためのトレーサビリティやデータ連係などです。それらを可能にする各テクノロジーをSCMに取り入れながら、全体最適を図っていく必要があります。

谷本氏:サプライチェーンを改革するには、非常に幅広い領域を対象としなければなりません。どのように進めるべきでしょうか。

川上:先ほど、中期経営計画など将来のビジョンの中でDX戦略を明確化すべきということをお話ししましたが、加えてロードマップを整理して示すのも方法です。その際、スケジュールだけでなく「効率化を進めるのは何のためか」「このテクノロジーは、どんな価値を創出するために導入するのか」など、各施策の目的もはっきりと明記し、全社で共有できれば、改革を進めやすくなるでしょう(図3)。

図3 サプライチェーン改革ロードマップの例
スケジュールと合わせて、各施策の目的なども整理。それを全社で共有することで、改革をスムーズに進める

 実はNECも次世代のものづくりを目指して、長い時間をかけてサプライチェーンの改革に取り組んできました。グローバルに点在する製造拠点をどう管理するか、開発や物流の品質をどう向上するかなど、さまざまな課題と向き合いながら、AIやIoTによる解決策を実装し、DXを支えるサプライチェーンを実現しています。私たち、DX戦略コンサルティング事業部は、そうした経験で培った実績的な方法論やノウハウで、お客さまのDXを支援しています。

谷本氏:リアルタイムに需要を把握し、それと連動した開発、製造、マーケティングプロセスを通じて顧客体験が提供される。これからのサプライチェーンは、まさに企業価値そのもの。やはりDXが必要不可欠だと認識しました。視聴者さまからの最後の質問です。「新しい価値を創るDXは過去の基準が適用できません。ROIはどのように計測すればよいでしょうか」。

棈木:難しい問題です。既存ビジネスのように正確にROIを測ることは、極めて困難です。ただ、方法がまったくないわけではありません。顧客体験の領域であれば、実際に想定顧客に新しい体験をぶつけてみて、その反応を数値化してみる方法もあります。

川上:私たちがコンサルティングを提供する際にROIを想定するときは、事前にKPIを設定して、成果を図っています。その際、さまざまな視点で取り組みを捉えることが重要です。例えば、業務の効率化を図ったら、何割の工数を削減できたかだけでなく、それによって新しい投資が行えて、ほかの業務がこう変わったなどの波及効果を含めて評価しておかなければ、せっかくの取り組みをムダにしてしまう可能性があるからです。

谷本氏:ありがとうございます。データの利活用、社会や業界全体のDXと自社のDXをどう融合させるかなど、DXには、まださまざまな議論があると思います。また、別の機会にぜひお聞かせください。本日はありがとうございました。

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