人間中心の社会を実現するための
テクノロジー活用 先進国デンマークの
「エシックス(倫理)」とは
世界的にDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中でさまざまな議論が交わされている。セキュリティやデータ保護などと並んで大きなテーマとなっているのが「デジタルエシックス」、日本語に直訳すると「デジタル倫理」だ。この分野の取り組みで先行しているのがデジタル競争力で世界No.1(※)にランキングされるデンマークである。デンマークでデジタルプロダクトやサービスのデザインを行っているCharlie Tango社と、企業に対してDXコンサルティングを提供しているNECのキーパーソンがデジタル技術の正しい使い方や、企業が考慮すべきエシックスについて話し合った。
- ※ 国際経営開発研究所(IMD)による「世界デジタル競争力ランキング2022」
デジタルエシックスはデジタル活用を加速させるもの
──まずNECとCharlie Tangoの関係についてご紹介ください。
宮内:デンマークのデジタル政府はさまざまなシステムで構成されていますが、それらの⼀部をNECグループのKMDという企業が支えています。KMDはデンマークのデジタル化をサポートし、中央・地⽅政府向けの顧客基盤と幅広いソフトウェアを有するNECグループ傘下の企業です。Charlie TangoはKMDのパートナーとして顧客の戦略・創造性・テクノロジーを融合させた顧客体験を提供しています。
一方、NECのコンサルティングサービス事業部門は、多様な専門性を持つコンサルタントがお客様の支援を行っていますが、中でもデザインコンサルティングでは、「人」と「ビジネス」の視点で既存の枠組みを超える解決策をお客様と共に生み出すことを得意にしています。
こうしたことからCharlie Tango とNECのデザインコンサルティングチームは、密接に連携し、持続可能な社会の実現に向けてさまざまな取り組みを行っています。
──両者は「デジタルエシックス」に注目していると聞きました。先日、日本では「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が閣議決定されましたが、そこで掲げる「デジタル社会形成のための基本10原則」の中にも「倫理」という言葉が盛り込まれています。デンマークは、早くからデジタル活用の中で倫理、つまりエシックスを重視しているそうですね。まずデンマークではデジタルエシックスをどのようにとらえているのかお聞かせください。
Rasmus:最初にお伝えしたいのがデンマークは、テクノロジーを活用することだけに主眼を置いているわけではないということです。私たちが目指しているのは人間中心に設計された社会の実現です。人間中心の社会を実現するには、それを妨げている公平性などの社会課題を解決する必要があります。デジタル技術は、それに大いに役立つ。だから積極的にデジタル技術を活用するのです。
前提が人間中心社会の実現、つまり人間中心設計ですから、生体認証やAI(人工知能)などのデジタル技術が、人にとって望ましくない方向に作用したり、不測の結果を招いたりすることは避けなければなりません。例えば、銀行のアプリがユーザの経済状況を悪化させるようなローンを提案したとしたら、それは「正しいこと」とはいえません。それを是正したり、抑止したりするのがデジタルエシックスです。デジタルエシックスを意識することは、人間中心設計、ひいては製品やサービスの持続可能性をより深く思索するための取り組みでもあります。
岡田:目を向けているのはデジタル技術ではなく人なのですね。生体情報を扱うのはプライバシーの面で不安があるなど、日本では、ときにデジタル技術のリスク面がクローズアップされ、それがデジタル活用を頓挫させてしまうことがあります。
Rasmus:デンマークとは反対ですね。人間中心の設計を行う。そのためにはデジタル技術が有効。そのデジタル技術を正しく使うためにデジタルエシックスを考える──。デンマークでは、むしろデジタルエシックスはデジタル化を推進するためのものととらえています。
Lea:実際、デンマークは世界的に見てもデジタル化が進んでいます。ほとんどの国民は、そのことに大きな疑問を感じていません。多くの場合、デジタル技術は人の能力を発揮させたり、人を尊重したりすることにつながるからです。
例えば、デンマークの公共サービスは国民の多様なデータを積極的に利用しています。それは、誰もが公平に公共サービスの恩恵を受けるためです。公平であることは正しいことであり、私たちの社会が目指すべきことだと思いませんか。
宮内:NECも人間中心設計やデジタルエシックスを、デジタル活用を制限するものではなく、デジタル化やイノベーションを加速させるものと考えてきました。デジタル技術によって社会は便利になったが、その反面、不安も高まったというようなトレードオフが発生すると、それがデジタル活用を減速させることがあります。それはとてももったいない。法律もデジタル技術のリスクの抑制に機能しますが、多様化が進む社会では法令配慮だけでは対応しきれない問題も多い。エシックスは、それを補い、人間にとって正しいデジタル技術の使い方、持続可能なサービスやソリューションを導くことができると考えています。
岡田:デジタルエシックスは今後の企業価値も左右するのではないでしょうか。近年、注目されるESG経営は、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)を指していますが、デジタルエシックスの視点を持つことは、間違いなくESG経営につながります。いち早くデジタルエシックスを経営に取り込み、例えば「エシックスポリシー」を提示しながら、先進的なメッセージを発信したり、社会に変化を起こすきっかけをつくったりすることは、顧客や投資家からの評価につながるはずです。
22の問いが人間中心設計や議論をアシスト
──エシックスは、はっきりとした定義があるわけではありません。どのようにデジタルプロダクトやデジタルサービスに取り込むのでしょうか。
Lea:デジタルエシックスについて考えろといわれたら、確かに範囲が膨大で圧倒されてしまいます。また、これさえ守っておけば大丈夫というルールがあるわけではありません。そこで私たちは、デンマークの国立機関であるデンマークデザインセンターと共に一部開発を担ったデジタルエシックスコンパスというツールを利用しています。
これは、デジタルプロダクトやサービスをデザインする企業やデザイナーが、そのデザインがエシカルかどうかを自ら問うためのツールで、誰でも使うことができます。
Rasmus:具体的には、データ、自動化、振る舞いのデザインという3つのカテゴリに分けて22の問いが用意されています。質問の内容は、サービスやプロダクトがエシカルな仕様になっているかを直接確認するのではなく、「どのようにデータを保存しているか?」というように、思考を促す聞き方になっています。
そこで、私たちはカードゲームのように加工して、ワークショップでデジタルエシックスとは何なのかを考えるきっかけにするなど、議論を発展させるためにデジタルエシックスコンパスを使っています。デジタルエシックスは、プロダクトやサービスの仕様をチェックすること以上に、さまざまな立場の人が考えを述べ、議論を深めることが大切だと考えているからです。
宮内:デジタルエシックスを考える際のガイドを務めてくれるのですね。日本人の多くはあまり議論が得意ではありませんから、きっかけを提供してくれるのは助かります。
自動運転バスの監視システムのあるべき姿を議論
──デジタルエシックスコンパスやワークショップが活きたエピソードをご紹介ください。
Rasmus:ワークショップは、私たちが外部の企業と協業する際、共にデジタルエシックスを考えるために開催する場合、そして、お客様からの依頼を受けて社内の教育のため開催する場合があります。このうち、社内教育のために開催する場合は、その企業の経営者、IT部門、カスタマーリレーション担当者、営業担当者など、立場や仕事内容が異なる人を集めて小さなグループをつくります。そのメンバーで、2~3日の間、普段の業務から完全に離れて、ひたすらエシックスについて議論します。
岡田:いろんな立場の人が集まり、それぞれの立場で考えを述べる。仕事を離れることで発言しやすい環境をつくり、企業全体でデジタルエシックスに対する意識を高めるのですね。
Rasmus:開発するデジタルプロダクトやデジタルサービスのリスクを検証するために開催することもあります。デンマークでは、Holo社が開発した自動運転バスが走っています。この自動運転バスのレビューにもCharlie Tangoのワークショップが活用されました。
ワークショップで、大きな議論になったのが監視システムの仕様です。自動運転ですから事故や事件、トラブルの抑止、安全にバスを利用するためにバスの車内を監視する必要があります。そこでHolo社は、不審な行動を検知できる映像解析技術を利用した監視システムを搭載していますが、その仕様はどうあるべきか──。防犯を重視して、個人を特定できるようにしておくべきか。AIによる不審行動の検出レベルは、どこに設定するか。さまざまな意見が交わされました。
宮内:対象サービスが明確な場合にも利用できるのですね。スタートアップのような企業が、全く新しいサービスを世の中に提案するような場合、前例も少なく、どこにデジタルエシックスの目を向けるべきかの判断が難しそうですが、ワークショップを通じて、それをクリアにできそうです。
──ワークショップには、どのようなタイミングで取り組むのが効果的でしょうか。
Lea:少しでもエシックスのことが気になったら、その時が常にエシカルな活動を開始する最適なタイミングではないでしょうか。もし対象となるプロダクトやサービスがあったとしても、それが完成しているか、開発中かは関係ありません。特に変化の激しいデジタル業界の企業や働く人であればなおさらです。
日本の企業向けにワークショッププログラムの提供を開始
──NECとCharlie Tangoは、協力して日本の企業向けにワークショッププログラムを提供していくと聞きました。
岡田:現在、NECはデジタル企業としての社会的責任を意識して、Thought Leadership活動に積極的に取り組んでいます。デジタルエシックスは、その活動における重要なテーマの1つ。社会にデジタルエシックスに対する疑問を投げかけ、互いに理解を深めていくためのコンテンツや書籍の制作、イベントの開催などを進めていますが、DXコンサルティングの一環としてワークショッププログラムも提供していきます。もちろんNECグループであるCharlie Tangoがデンマークで蓄積した独自のノウハウを結集した信頼できるプログラムです。
プロダクトやサービスの最適な仕様を検討したり、デジタルエシックスに対する意識を高めたり、多くのお客様やパートナーと共に日本社会の正しいデジタル化に貢献したいと考えています。
Rasmus:私たちのノウハウが日本のために役立つのはとても光栄です。文化が違えば考え方が違うのは当然。むしろ異なる視点を取り入れることがより深い思考につながる可能性が高い。デンマークと日本、Charlie TangoとNECの間で成果や気付きをフィードバックしあいながら人間中心の社会の発展に貢献していきたいですね。