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コニカミノルタの実践に学ぶ、デジタル活用の最初の一歩

 デジタル技術を活用し、新しいビジネスや顧客体験を創出する――現在、多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進している。しかし、実際にDXに取り組む企業は多いものの、成果を実感できている企業は必ずしも多くない。その大きな要因の1つが「とりあえずデジタル活用」という考え方だ。突然「AIだ」「データ活用だ」と言われ、何から手を付ければいいかわからず困っている担当者は少なくない。その結果、デジタル技術を評価するPoCを繰り返し、次に進めずにいる企業も多いのではないだろうか。こうしたデジタル活用に潜む落とし穴を回避するために成功企業はどんなアプローチを行っているのか。ここではコニカミノルタの共創プロジェクトにかかわった、コニカミノルタ、NEC両社のキーパーソン4名がプロジェクトを振り返り、デジタル化による価値創出のポイントや注意点について聞いた。

 ──コニカミノルタでは、ビジネス社会や人間社会の進化のために新たな価値を創出する「課題提起型デジタルカンパニー」への変革を宣言し、全社をあげてDXを推進しています。その背景はどこにあるのでしょうか。

神田氏:企業を取り巻く環境はこれまでにないスピードで変化しており、当社の事業環境も同様です。当社はそもそもメーカーですので、製品を製造して販売する。これが事業の中核でした。しかし近年は、市場や社会環境が大きく変化し、ただモノを売るだけではお客様の期待に応えられなくなっています。

棚村氏:そこで、単なる「モノ売り」ではなく、「モノの強さにコトを加える」つまり、アフターサービスや付加価値の提供も含めたソリューションビジネスを強化しています。そのためにはお客様が求めるものをタイムリーに提供できなければならない。その取り組みをサポートするのが、私と神田が所属するSCM部です。

神田氏:そうした状況の中、数年前に、DXの一環として、経営層からAIを活用したSCM業務変革の方針が打ち出されました。しかし、いきなりグローバル全体の変革は難しい。そこでまず重要市場の1つである欧州でAI活用にチャレンジしてみようと考えました。

 ただ、当時はAIという言葉は知っていても、それがどういうもので、何をどうしたらいいのかもほとんどわからない状況でした。そこで、社内のIT部門に相談し、紹介されたベンダーの1社がNECだったわけです。

コニカミノルタがNECと共創する「AIを使った需要予測」。その目的とは?

 一般的に、複合機は印刷やコピー機能を有する本体、トナーやインクカートリッジの消耗品、顧客が求める機能を付加していくオプション製品で構成される。現在、コニカミノルタでは、NECと共に、「オプション製品」を対象に、AIを活用した需要予測のプロジェクトにチャレンジしている。

 この背景には、グローバルの需要予測、需給調整の難しさがある。作りすぎれば過剰在庫を抱えキャッシュフローが悪化し、逆に足りなければ失注など販売機会の損失につながる。特にコニカミノルタの場合、売上の8割が海外で、通常は船便で製品を輸送するが、納期が間に合わなければ、空輸を利用しなければならず、コストもかさむ。つまり、製品供給のリードタイムまで含めた最適な需要予測が、事業上重要なファクターとなっているのだ。しかし、需要予測を行うにはさまざまな因子を考慮する必要があり、誰もがこの業務をできるわけではない。そのため担当者への負担も大きく、業務の標準化も大きな課題だった。

 それではなぜ今回オプション製品を対象にしたのか。それは、製品ラインアップや組み合わせが膨大にあるからだ。本体や消耗品はこれまでの同社が蓄積してきた経験や統計から、ある程度予測が立てられるが、オプション製品はカバーや給紙トレイといった外付けの製品から、製本機能など本体に組み込むものまで、さまざまなものがあり、その組み合わせも多彩だ。さらに、顧客自身が選ぶので、営業の提案がそのまま採用されるとは限らず、予測が難しい。また、オプション製品とはいえ、なかには本体より高額なものもある。オプション製品の需要予測が大きな事業的なインパクトを出す場合もあるのだ。

SPEAKER 話し手

コニカミノルタ株式会社

神田 烈 氏

SCM部
部長

棚村 愛 氏

SCM部
PSI管理グループ
グループリーダー

NEC

鷲田 梓

マーケティング戦略本部
主任

小宮山 雄木

スマートインダストリー本部
エキスパート

失敗を含めた経験を語り、AIありきではない提案を評価

 ──相談を受けて、NECではどのような対応をされたのですか。

小宮山:私は現在AIやIoTを活用したソリューションを企画・開発する部門におりますが、以前は製造業やプロセス業のお客様向けに複数のAI案件でプロジェクトマネージャーを担当していました。その経験から、AI活用の成果を上げるにはAIに期待する効果・価値の見極めが大切であると感じています。逆に価値を見極めず、そして価値に見合った精度や価値を実現するための運用方法などを深く検討しないままPoCに挑んだ場合、目的を見失い、AIの精度ばかりを追い求める、いわゆる「PoC地獄」に陥る恐れもあります。

鷲田:そこは私も一番危惧したところです。これまでの経験から、課題と目的をしっかり持つことの重要性を痛感していました。現在はDXのエバンジェリストとしてお客様の目指す姿を実現するきっかけづくりをサポートしていますが、その前はNECのプロダクトマーケティング部門に所属し、社内向けデータサイエンティストとして、NEC製品の需要予測などさまざまなデータ活用プロジェクトを企画・実施しました。AIありき、予測ありきで、目的がはっきりしないままPoCに挑み、抜け出せなくなる事例を私自身も体験したからこそ、このプロジェクトではお客様がどのような課題を抱えていて、それをどのように解決したいと考えているのか、ビジョンや方向性を共有することから始めました。

 ──コニカミノルタが共創パートナーにNECを選んだ決め手は何ですか。

神田氏:検討段階ではほかのベンダーの提案も受けましたが、ほかはすべてAIありき。オペレーションや業務の課題は聞かず、「AIで何ができるか」だけを提案してくる。それに対し、NECは技術を紹介するだけでなく、失敗も含めて自らの経験を語り、「AIを使う意義から一緒に考えていく」というアプローチでした。

棚村氏:同じ製造業の会社なので、自分たちが抱えている課題や苦しみが似ている。非常に近しい存在に思えたのです。ベンダーという枠を超え、信頼できるパートナーとして一緒に活動したい。そう強く思いました。

神田氏:もちろん、AI技術も高く評価しました。例えば、需要予測にAIを活用しても「AIがこう言っている」だけでは業務メンバーも経営層も納得しません。特に経営層にとって、SCM部が提出する需要予測はS&OPプロセスを通じて経営の意思決定をサポートする重要な情報です。
 その点、NECの異種混合学習技術は、分析・予測の根拠がわかるホワイトボックス型。業務メンバーや経営層に「なぜそうなのか」を説明できる。AIに対する理解が進み、社内の協力も得やすくなると判断しました。

ワークショップで課題発見、仮説の立案を実施

 ──まずAI活用検討のワークショップを行ったそうですね。その概要について教えてください。

小宮山:課題を洗い出し、目指すべき姿を明確にするため、ワークショップは3つのポイントに重点を置きました。1つ目は、「上位層と現場の困りごとを明確化し整合すること」。業務現場で課題を抱えていても、それを経営の課題に結び付けなければ、経営のコミットメントを引き出すことは難しいからです。2つ目は、投資の意味があるのか「課題の金額感を明らかにし、期待効果の算出方法を定義すること」。そして3つ目が、PoC地獄に陥らないためにも「実験計画書を作成し、何を検証するPoCなのか、そしてPoCの失敗と成功を定義すること」です。

鷲田:ワークショップはただ回数を重ねればいいというわけではありません。これまでの経験を踏まえ、ワークショップの回数は5回で設計しました。その上で、NEC社内の別のAI活用プロジェクトでワークショップを実施し、この回数で想定通りにポイントを抑えて進められるのかを検証。期待通りの成果が得られたことから、このプロセスをテンプレート化したものを今回提供しています。

神田氏:最初にワークショップを行うと聞いた時は、正直びっくりしました。こちらは早くPoCに取り組み、結果を出したいと思っていたからです。しかし、このワークショップのおかげで、新しい気付きを得ることができ、PoCも短期間で成功させることができました。

需要予測の重要性を再確認し、AIによる価値を深く理解

 ──ワークショップでは、どんな気付きを得られたのですか。

棚村氏:実は、当初、我々としてはAIをアロケーション(需給調整)業務に適用できないかと考えていたのです。この業務は「?」×「?」×「?」と不明な要素の掛け算で答えを出す業務。難易度が高く時間もかかる。これがAIで効率化・標準化されれば、効果が大きいと思ったのです。

 しかし、ワークショップを進めるうち、アロケーションの重要な因子の1つが需要予測にあることに気付きました。需要予測が標準化され精度も上がれば、アロケーション業務も効率化できる。まずやるべきことは需要予測にAIを活用することであり、その方が大きな効果を期待できることがわかりました。

 統計的手法をAIに置き換える意義を理解できたのもワークショップのおかげです。SCM業務は2006年に大改革を行い、統計的手法による精度向上を実現しています。今のままでも一定の成果を上げているわけです。

 しかし、AIは問題を深く掘り下げて、人×統計的手法ではたどり着けない精度を短時間で出すことができる。削減できた工数をほかの業務に充てれば、業務効率化以上の価値が出る。「結果の出ている統計的手法をなぜAIに置き換えるのか」と問われても、業務メンバーや経営層に納得のいく説明できます。

神田氏:需要予測は各リージョンの販社が行っているのですが、AIの活用で役割分担の変更が発生します。これを理解してもらい、現地メンバーを巻き込んでいく必要がある。これもワークショップを通じて痛感したことですね。

ワークショップ直後、欧州メンバーにAIの意義を説明

 ──現地メンバーを巻き込んでいくため、どのような活動を行ったのですか。

神田氏:需要予測にAIを活用するとなると、一括して行った方が効率的なので、将来的に各販社が持っている役割を一カ所に集約させたいと思います。データを取っている人、予測をしている人の意識をポジティブに変えてもらうため、ワークショップが終わってすぐに欧州に出向き、リージョンのSCMのトップとローカルメンバーにAI活用の意義と狙いを説明しました。グローバルのSCM担当役員やマネージャーが集まる年1回のグローバルSCM会議でも、AIのプレゼンテーションを行いました。

鷲田:漠然とした中でAI活用を宣言されてもイメージが沸かない。かといって、いきなり導入すると言われても現場は“寝耳に水”で戸惑ってしまいます。コニカミノルタ様の対応は機敏で絶妙なタイミングだったと思います。

期待以上の精度を実現

 ──そうした活動を経てPoCに取り組まれたわけですね。

小宮山:PoCは精度面と運用面の2回に分けて実施しました。精度面のPoCではAIによる需要予測の精度向上を目指すことを目的として実施しました。一方、運用面のPoCはAIの結果を業務に適用し、運用上の課題を洗い出すことを狙いとして実施しました。現在はその結果を抽出し、課題を整理しているところです。

神田氏:需要予測については、期待以上の精度向上を実証できました。業務面での適用可能性についても、予測を自分たちで回してみて、実際に業務に予測値を適用する寸前までシミュレーションしてみました。その成果だけでなく、実際の運用で何が課題になるかも把握できたため、今後はNECのサポートを受けて、この課題を一つひとつ潰していく作業に取り組みます。

グローバルSCMの最適化とSDGsの取り組みを加速していく

 ──今回のプロジェクトの成功要因をどのように捉えていますか。

神田氏:PoCで成果を出すまでは時間がかかったのですが、経営層から過度にプレッシャーをかけられることはありませんでした。経営トップがブレることなく、このプロジェクトを支持してくれたため、私たちも活動に注力することができました。

棚村氏:上位層を含めた議論を行えたため、現場の課題を経営の課題とひも付けて考えることができました。上位層と現場間でギャップが生じることなく、一体感をもって進められたことが大きい。

小宮山:1つの部門での改善では、どうにもならない課題が近年はとても多い。現場と経営の2つの視点からさまざまなキーマンを巻き込んでいくコニカミノルタ様の積極的な姿勢も大きな成功要因だと思います。

 ──コニカミノルタの今後のロードマップや目標について教えてください。

神田氏:PoCの結果を基に社内調整を図り、まず欧州においてAIによる需要予測を2020年度内に開始します。将来的にはアメリカ、日本、中国、シンガポールなどにも適用していき、本体や消耗品の需要予測もAI化する計画です。

棚村氏:グローバルで、同じやり方で全製品の需要予測が可能になれば、分析業務を大幅に効率化できます。そのマンパワーをプランニングなどの作業に充て、「どうやって売るか」「どう効率的に調達するか」「どうやってコストを下げるのか」というプラスアルファの価値創出につなげていきたいと考えています。

神田氏:メーカーであるコニカミノルタには「つくる責任、つかう責任」があります。AIで需要予測の精度が上がることで、必要な時に、必要な分だけ生産できる。この取り組みをサプライチェーン全体の最適化につなげます。コニカミノルタでは、社会価値の創出と事業価値の創出は一体のものであり、経営戦略そのものとしてSDGsの達成に向け取り組んでいきます。

鷲田:お客様の変革を支援し、目指す姿の実現をサポートしていくことがNECのミッションと考えています。今後もDXの共創パートナーとして、SDGs達成も含めたコニカミノルタ様の事業変革に貢献し、その価値をより良い社会基盤づくりにつなげていきたいです。