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「プレッシャーを楽しむ」新世代トップパフォーマーらのメンタルコントロールとは?
私たちの価値観が大きく変わりつつある今、スポーツ、ビシネス、アートで活躍するトップランナーは、どのようなマインドセットを持ち合わせているのか。
NewsPicksとNECは、12月にオリジナル番組「Beyond Borders~世界を切り拓く者たち~」を配信。東京2020で活躍した選手らをゲストに迎え、これからを生きる上でのヒントを探った。
本記事では、東京2020スポーツクライミング日本代表の野中生萌氏、食べチョク代表の秋元里奈氏、ヘラルボニー代表の松田崇弥氏が登壇した第一部「New Values~世界を切り開く、新たな価値基準~」をレポート。従来の枠に囚われない新たな価値観について考えていく。
SUMMARY サマリー
SPEAKER 話し手
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秋元 里奈 氏
食べチョク代表
神奈川県相模原市の野菜農家に生まれる。慶應義塾大学理工学部を卒業した後、2013年に株式会社ディー・エヌ・エーへ新卒入社後、4部署を経験。2016年11月に一次産業分野の課題に直面し株式会社ビビットガーデンを創業。2017年8月にこだわり生産者が集うオンライン直前所「食べチョク」を正式リリース。リリース3年で認知度/利用率No.1の産直通販サイトに成長。
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松田 崇弥 氏
ヘラルボニー代表取締役
東北芸術工科大学企画構想学科卒業後、小山薫堂率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズにプランナーとして入社。その後独立し、株式会社ヘラルボニーを設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニットを通じて、福祉領域のアップデートに挑む。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。
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野中 生萌 氏
スポーツクライミング選手
父親の影響で8歳のときクライミングと出会う。2013年には16歳で初めて日本代表入りし、リードワールドカップに出場。2016年ボルダリングワールドカップ・ムンバイ大会で初優勝、2018年にはボルダリングワールドカップの年間女王に輝き、2019年は国内大会三冠を達成した。東京2020のスポーツクライミング女子複合では銀メダルを獲得。
精神力の強さは「好き」から来る
──メンタルを維持するために日頃から意識していることはありますか。
野中氏:私は基本的にポジティブですが、大会前に髪の色を変えたり、試合後の焼肉を楽しみにするなど練習以外の面でモチベーションを高めています。
外見が鮮やかだと試合を見ている人も楽しいはずなので、自分のモチベーションに限らず、見た目も意識しています。
秋元氏:私はずっと事業のことを考えているので、「食べチョク」のデザインが入ったTシャツをいつも着ることによって気合を入れています。
一方で、私はネガティブ思考になりがちなのですが、野中さんはメンタルがぐらつくことはありませんか。
野中氏:もちろんあります。でも結局はどこに行き着きたいか、そこにどれくらいの熱量があるかが大事だと思います。練習が辛かろうが、目標達成のためなら「私は何でもできるんだ」というマインドになります。
とは言いつつも、好きなことでないと何事も続かないので、取り組んでいる過程を楽しむことは大事だと思います。
松田氏:「主人公は常に自分である」と考えて事業に取り組んでいるので、私も野中さんと同じように自己肯定感は高いほうです。
障がいを持つ作家のアート作品を展開する事業に取り組んでいると、社員は「社会課題を解決したい」と言う理念を持ちがちなのですが、「俺が好きなことをやっているんだ」というマインドを持つほうが業務に取り組むうえでは重要です。
──従業員や競技をサポートしてくれる方などが増えてくると、自分の軸を持つことの重要性が増すと思います。自分の「好き」や「軸」について、どのように考えていますか。
野中氏:自分の強い軸があるからこそ、それをサポートしてくれる人がいます。応援してくれる人たちのおかげで自分も成り立ち、自分が活躍できる環境が整っていると思います。
秋元氏:80人の社員を抱えるなかで、会社のやりたいことと社員一人一人がやりたいことを一致させることは重要です。社員それぞれが持つ「好き」や「やりたいこと」が会社の成長を促せるかどうかは、会社を運営するうえで意識しています。
自分の軸を明確化し、それに賛同してくれる方を採用していますが、月日が経てば社員のやりたいことは変わってきます。その際は、自分と社員の認識がズレていないかのコミュニケーションを取るようにしています。
──東京2020が1年延期されるなかで、野中さんはどのようにモチベーションを保っていましたか。
野中氏:さらに1年トレーニングを積んで強くなれると思ったので、東京2020が延期されたことはポジティブに捉えていました。
しかしコロナで国際大会などが中止になった影響で、「自分の活躍できる場所がない」「何も求められていない」という状態になったこともありました。
それでも困難を乗り越えられたのはクライミングが好きな気持ちがあったからです。おかげで大会がなくとも外で行う岩壁登りなど、クライミングのより深い部分に熱中できました。
いつコロナが終息するのか分からない状況でモヤモヤしていても仕方ないので、自分がコントロールできない部分は考えず、あらゆる制限のなかで自分が取り組める部分だけを考えていました。
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秋元氏:コントロールできないことに時間を割くのは無駄なので、外的要因と内的要因を切り分けて、本質的な課題に取り組むことは私も意識しています。
なので、スポーツ選手のマインドコントロールは全ての人たちに当てはまることだなと感じました。
松田氏:一方でコロナ禍であらゆる有名ブランドが店舗を撤退していくなかで、僕らみたいなスタートアップが好立地な場所に店舗を構えられるチャンスを得ました。
僕らと同じようにコロナ禍をチャンスと捉えて、挑戦していったスタートアップは多かったと思います。
秋元氏:大きい波が来たときに、飲まれるのではなくて、上手く乗りこなすことが大切ですね。
重圧と失敗の向き合い方
──日頃からプレッシャーとどのように向き合っていますか。
野中氏:プレッシャーは自分が期待されているから感じますし、また自分がオリンピックに挑戦できる立場だから生まれます。
普段生活するなかで緊張することはないので、オリンピックの際は緊張を楽しみたいと考えて、自分を落ち着かせていました。
秋元氏:私は何にプレッシャーを感じているか常に言語化しています。自分の中で何が不安なのかを処理しないと、プレッシャーに押し潰されたり、リスクを取らなくなります。
私が取り組んでいる領域はリスクをとって、大きいリターンを目指さなくてはいけないので、組織的にリスクを取れているか、プレッシャーと向き合えているかは自分の中で納得いくまで言語化するようにしています。
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──言語化は一人で取り組むのでしょうか。
秋元氏:一人で言語化したり、また利害関係のない人と相談しながら「なぜそう思うの?」をひたすら繰り返しながら言語化作業したりすることもあります。
言語化すると、気にしなくていいことや漠然と不安に感じていることが見えてきて安心するんですよね。なので、リスクを取れない人は実態以上にリスクを見ているかもしれないので、ちゃんと実態を把握することは重要です。
──プレッシャーに対して、野中さんは楽しく取り組む、秋元さんはロジカルに捉えてるなかで、松田さんはどのように反応していますか。
松田氏:すぐ頼ることですね。「さっきの商談は最悪だったな」と思ったときは、一緒に会社を経営している双子の弟に速攻で電話します。
弟は岩手担当で、私は東京の担当なので、困ったら電話して好きなときに切っています。 兄弟の間だからこそ利害関係なく話せていると思います。
──失敗したときのマインドの持ち方はいかがでしょうか。
野中氏:何を失敗と捉えるかにもよりますが、皆さんが持たれている目標はかなり遠くにあると思うんですよ。その目標に辿り着くための途中で起きた失敗は失敗ではないと考えています。
失敗を改善していけば、途中の失敗も目標を達成するための過程に過ぎないと思います。
秋元氏:事前に分かっていたことで失敗したら反省ものですが、分からなかったことで失敗したら知識が増えたことになります。自分の捉え方次第で失敗は成功確率を上げるための一つの要素です。
円滑なコミュニケーションを醸成するには?
──クライミングは勝ち負けを超えた選手同士の関わり方が特徴的だとオリンピックで話題になりましたが、それはオリンピック前から当たり前の光景だったのでしょうか。
野中氏:スポーツには競うイメーシがあります。その前提があるので、各メディアはスケートボードやクライミングなどで見られた選手同士の讃え合いを新鮮だと捉えていましたが、私たちは互いを讃え合うことを当たり前だと思って試合に望んでいました。
クライミングは人ではなく、壁と対する競技です。仲間と「どのように登ろうか」という話し合いをしていくなかで、互いを認め合うマインドが生まれます。
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──壁をどのように登るか互いに話し合う空気感はどのように醸成されるのでしょうか。
野中氏:壁が提示されると、壁をどう登るか選手同士が話し合う時間が与えられます。クライミングを通しての情報交換が当たり前の文化だったので、話し合う、讃え合うことに対する違和感は全くありませんでした。
でも人と対して競い合う競技になってくると、また違う感情や考えが生まれてくるんだろうなと思います。
──会社を経営するうえで、周囲との関わり方はどのようなことを意識していますか。
秋元氏:同業他社や同じようなサービスを運営している会社とは競合することもありますが、みんな同じ山に登っていることには変わりないので実は仲間同士でもあります。
会社の中で言うと社長含めて全員がフラットに意見が言い合える環境がいいと思っています。
しかし社長に物を言うのはハードルが高いと感じています。だからこそ私は相手の遠慮を考慮したうえで、社員らとコミュニケーションを取るようにしています。
松田氏:会社の従業員は多種多様であることが重要だと思っていて、私の会社には少年院に入っていた方など様々なバックグラウンドを持つ社員が働いています。
個々人がネガティブに思っていたことは、色んなことを想定したプロダクトを世に発信することにつながるので、多種多様さを知識として会社内で共有することは意識しています。
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──最後に各分野のプロフェッショナルと対談して、いかがでしたでしょうか。
野中氏:スポーツとは異なる分野の方々とお話しすることで、自分にさらなる刺激が入りましたし、お二人の言葉選びが素敵で、どういう思考回路で言葉が出てきているのだろうと深く感心しました。
秋元氏:異なる分野同士でも考え方や姿勢の根本は似ているなと思います。何かを夢中に取り組める人は強く、野中さんはまさにそれを体現していました。
松田氏:苦手なことをできるようにするよりも、できることを極めることが結局は個人幸せになり、社会の幸せにもつながると思いました。