スマートなおもてなしで、まちを元気に。宇都宮市が描く未来の扉
ICTを活用し、将来にわたって持続的に発展することができる未来志向のまちづくりを目指す宇都宮市。同市ではスマートシティモデル事業を推進し、さまざまな取り組みを積極的に行っている。この一環として2019年11月に開催された、バスケットボール3x3(3対3で行うバスケットボール)の世界一を決めるイベントで、NECのデジタル技術を用いた“スマートなおもてなし”に関する実証実験が行われた。この実験の概要や目的、実験を通じて見えてきたものとは何か。佐藤 栄一市長らに話を聞いた。
「ネットワーク型コンパクトシティ」を目指す宇都宮市
約52万人の人口を擁する栃木県宇都宮市。北関東最大の都市で未来志向のまちづくりの取り組みがスタートしている。少子高齢化と人口減少が進む中で、いかに持続可能なまちづくりをしていくか──。日本全国の自治体が抱えるその課題の解決策として宇都宮市が2008年に掲げたのが「ネットワーク型コンパクトシティ」という独自のコンセプトだった。
「市内の都市拠点、産業拠点、観光拠点、市民の皆様が暮らす各地域(地域拠点)を形成し、それらの拠点間を公共交通機関やICTを使ってネットワーク化することで“市民生活の質や都市としての価値・活力を高めることのできる都市空間”を形成していくというのが、このコンセプトの中心となる考え方です」と宇都宮市長の佐藤 栄一氏は話す。
2019年には、宇都宮大学、NECほか官民の諸団体を加えた「Uスマート推進協議会」を設立。国土交通省において先進技術をまちづくりに活かした、スマートシティの実現に向けたモデル事業の提案募集が行われ、「Uスマート推進協議会」の提案が高く評価され、全国で15事業の先行モデルプロジェクトとして選定された。
「プロジェクトの柱となるテーマは4つ、ルネッサンス大谷の実現(大谷石で有名な地区の観光振興)、スマート・モビリティサービス、スマート・エネルギーマネジメント、そしてスマート・ホスピタリティです」
こう説明するのは、スマートシティの実現に向けた取り組みを進める市村 憲和氏だ。スマート・モビリティサービスは、LRT(次世代型路面電車)やバス、シェアサイクルなどを整備して公共交通機関の空白をなくし、そこにAIや自動運転技術などを活用していくことで市中の自由な移動を実現する取り組み。スマート・エネルギーマネジメントは、地域新電力会社を設立し、再生可能エネルギーを市内に供給する仕組みづくり。そして、スマート・ホスピタリティは、スマートフォンアプリや生体認証技術などを活用して、市民や宇都宮市を訪れる国内外の人々をもてなす仕組みを整備し、中心市街地を活性化させる取り組みである。
市村氏が担当するのは、その中のスマート・ホスピタリティである。この事業の一環として2019年11月にある実証実験が行われた。
バスケットボールの国際大会を舞台とした実証実験を実施
国際バスケットボール連盟(FIBA)が主催する「FIBA 3x3 World Tour Utsunomiya Final 2019」が宇都宮市内で開催されたのは、2019年11月2日、3日の2日間。このイベントを舞台に、ホスピタリティレベル向上を目指す実証実験が行われた。
3x3(スリーエックススリー)は、3人編成のチームがハーフコートで対決するバスケットボール競技の一種。近年、世界中でファンが増加している。
「3x3の国際試合が宇都宮市で開催されるのは4回目ですが、今年は世界一のチームが決まる最終戦ということで、例年以上の盛り上がりが期待されました」と市のスポーツイベントなどを担当する経済部 都市魅力創造課の中村 賢児氏は話す。
もともとストリートスポーツである3x3の試合は屋外で開催されることが多い。この11月の試合でも、市内の宇都宮二荒山神社の参道にコートを設置し、大鳥居を背景に熱戦が繰り広げられた。パブリックビューイングなどで観戦した人を含めると、試合の接触者は7万8000人に上ったという。
このイベントで行われた実験は大きく3つ。「(1)大会VIPの顔認証による会場入場」「(2)アプリを活用した市内の回遊動線づくり」、そして「(3)顔認証を活用したキャッシュレス決済」である。
この実証実験のパートナーとなったのは、Uスマート推進協議会のメンバーでもあるNECだった。NECが担ったのは、顔認証システムおよびイベント来場者とのリレーションを構築できるスマートフォンアプリの提供、さらに実験から得られたユーザデータの分析などである。
イベントで行われた3つの実証実験で得られた効果とは
1つ目の「大会VIPの顔認証による会場入場」は、FIBA関係者、出場国の大使、協賛社社員、地元のまちづくり団体関係者、さらに市長や市議会議員などが、顔認証のみで関係者エリアに入れる仕組みの実験だ。期間中、VIPの顔認証入場では、本人の同意に基づきあらかじめ登録された顔写真を基に書面手続きなしのスムーズな会場入りが実現した。
「前回大会では、入場時に名前をお聞きし、紙で出力したリストで照合する作業が必要でした。そのためお客様をお待たせしてしまうこともあったのですが、今回はそのようなことはありませんでした。ものの1秒もかからずに入場手続きが終わるので、VIPの皆さんは一様に驚いていましたね。セキュリティもしっかりと確保した上で、入場者にも負担をおかけしないという点で、ホスピタリティの向上に確実につながったと思います」(中村氏)
2つ目の実証は、アプリで大会関連の情報や市内の観光情報を配信したり、特典を用意した抽選やスタンプラリーなどを各所で実施し、市内の回遊を促進する取り組み。さらにGPS情報と連携させることで、人流(人の動き)をトレースした。3つ目として、アンテナショップ「宮カフェ」では、顔認証を利用することで手ぶらで買い物や食事ができる実証も行われた。
「会員登録者は、アプリで顔写真を撮影し、クレジット情報を登録することで、アンテナショップでの顔認証決済が可能になるという仕組みです」(市村氏)
「宮カフェ」では、お客様のほかに3x3チームの選手も顔認証決済を体験した。宮カフェで顔認証決済を利用したお客様や選手にも店舗のスタッフにも好評だったという。
「大会用スマートフォンアプリをダウンロードした方を対象に、大会関連の最新情報や市内の観光情報を配信したり、優勝チームとの記念撮影、優勝チームのサイン入り公式ボールといった特典を用意した抽選やスタンプラリーなどを実施しました。特別な体験ができて感動したとご参加いただいた方にも大変好評でした」(中村氏)
回遊性を可視化できたのが大きな成果
毎年恒例となっている「宇都宮餃子祭り」と音楽フェスティバル「ミヤジャズイン」が同日に開催されたこともあって、11月2日、3日両日の宇都宮市内の盛り上がりは相当のものだったという。餃子祭りやジャズフェスと3x3の会場間、さらに3x3の会場とアンテナショップ間を多くの人が行き来したという。
「アプリを立ち上げると、ログと位置情報がひも付いて、どの時間帯にどれくらいの人がどこにいたかがわかります。この仕組みによって個人を特定することなく回遊性を可視化できたのは1つの大きな成果でした。アプリに情報をプッシュ配信すると、予想以上の動きが生まれることもわかりました。こうしたデータが、今後、市内のイベントや観光におけるホスピタリティ向上に活用できる手応えが得られました」と市村氏は振り返る。イベントの担当者である中村氏も「これまではイベントの企画を手探りで行ってきましたが、データがあれば今後の企画立案の指針となるので、助かります」と話している。
今回の実証実験のコアテクノロジーの1つだった顔認証システムを活用するには、ユーザーに顔写真を登録してもらう必要がある。
「例えば、顔写真がそのまま保存されてしまうと考え、登録に抵抗感を示す人もいらっしゃいましたが、このシステムは顔の写真がそのまま残るわけではなく、AIによる識別のための情報(顔の特徴量を数値化したデータ)だけがデータとして保存される仕組みです。こうした顔認証システムについての正しい理解が得られれば、登録に対する安心感が格段に向上すると考えています。今後も、こうした点に配慮したオプトイン方式を採用するなど、来場者の方に安心してイベントを楽しんでいただけるようさまざまな工夫をしていくつもりです」(市村氏)
テクノロジーやデータを未来型都市の基盤に
今回の実証実験の準備期間は3カ月ほどしかなかったが、宇都宮市とNECの二人三脚によって大きなトラブルなく本番を迎えることができた。
「NECの皆さんは、時間がない中で、アプリのインタフェースの作り込みをはじめ、私たちのオーダーに真摯かつ積極的に対応してくださいました。実証実験のパートナーとして、南紀白浜の顔認証を軸にしたおもてなしや、Vリーグにおけるサービス型のソリューションの提供などの実績や顔認証などの技術力※に着目しておりましたが、コミュニケーションやサポートのレベルの高さにも非常に満足しています」(市村氏)
宇都宮市では「ジャパンカップサイクルロードレース」や、自転車のオフロード周回レース「宇都宮シクロクロス」などのスポーツイベントも毎年開催される。また、Jリーグの栃木SCやBリーグの宇都宮ブレックスなど、宇都宮をホームタウンとするプロスポーツチームもある。「今回のホスピタリティ向上の実験の成果が、今後のスポーツイベントにも活かされることを期待しています。」(中村氏)
もちろん、「未来都市うつのみや」を目指す宇都宮市の取り組みは、これで終わりではない。
「現在、全国初となる全線新設軌道によるLRTは、2022年3月開業に向け着実に整備を進めています。また、同年8月には2000人が収容可能なコンベンション施設やシティタイプとラグジュアリータイプのホテル、都市型の商業施設なども開業予定のJR宇都宮駅東口の整備事業が着々と進んでいます。これにより、国内はもとより海外も視野に広域かつ多様な交流、賑わいを創出し、都市の競争力や地域経済の活性化などに資する高次な都市機能の集積に向け、民間の有する企画力・資金力などを最大限に活用した公民パートナーシップによる未来志向のまちづくりを進めています。さらにICTを使った人とモノをつなげる仕組みづくりも進行中です。私たちが目指すまちづくりには、テクノロジーやデータの活用が欠かせません。NECには、今後もUスマート推進協議会の一員として、宇都宮市のスマートシティ実現に共創のパートナーとしていろいろな場面で力を貸していただきたい。そう考えています」と佐藤市長は、既に未来のまちづくりを見据えている。
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(※)
米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証ベンチマークテストでこれまでにNo.1を複数回獲得
https://jpn.nec.com/biometrics/face/history.html
NISTによる評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。