老朽化インフラに打ち手あり!限られた費用・人員での解決策とは
日本の社会インフラに危機が迫っている。老朽化によって道路が突然陥没したり、ひび割れで通行止めになったりするケースが増えているのだ。限られたコストでいかに社会インフラの安全・安心を担保するか。これは、自治体やインフラ管理事業者にとって避けて通れない課題といえるだろう。その解決策として注目されているのが、ドライブレコーダーとAIを活用して、道路の劣化具合を自動診断するシステムだ。藤枝市と南紀白浜エアポートの取り組みを例に、劣化診断と予防保全に向けた新しい可能性を探ってみたい。
社会インフラの維持に取り組む藤枝市の取り組みとは
道路や橋、空港、トンネルといった日本の社会インフラは高度経済成長期に集中的に整備された。今後20年で建設後50年以上の“寿命”を迎える施設の割合が加速度的に高くなる見込みだ。このため現在も各地で道路が陥没して通行規制になるようなケースが急増しつつある。社会インフラの老朽化は、かなり以前から指摘されていたが、補修や保全に必要な予算不足、人手不足もあって、打つ手があまりないのが現実だ。
こうした中、AIやIoTといったデジタル技術を活用することで、新たな維持管理の取り組みに挑戦する自治体や事業者が出ている。その一例が、静岡県藤枝市だ。
藤枝市が維持管理する道路延長は1000km以上に及び、老朽化している箇所も少なくない。今後は人口減少・少子高齢化による限られた予算と人的資源の中で、道路の維持管理を行っていかなければならない。藤枝市に限ったことではないが、道路の破損や崩落は住民ドライバーが指摘して初めて現場を把握するケースも少なくない。予算上、予防保全的なメンテナンスサイクルを回す仕組みが整っていないため、事後保全的な修繕となっているのが実情だという。
そこで藤枝市は2019年6月からNECと連携し、より効率的で適切なメンテナンスサイクルの確立に向けた実証実験に着手した。これまで道路の路面点検は、市職員が月に1度5日間かけて市内を回り、目視で道路状況を点検していた。これに対し実証実験では公用車3台にNECが提供するドライブレコーダー(以下、ドラレコ)を設置して走行することで、AIが映像データから路面のひび割れを検知し、内蔵された加速度センサーが走行中の振動からIRI(平坦性)を測定した。
その際、藤枝市は、市道を管理する道路課の車だけでなく、日々細かな生活道路にも入り込む介護福祉用の車にもドラレコを設置することで、主要道路を中心に市内全域を広く網羅して走らせる工夫を行った。まさに庁内一丸となった取り組みである。
約3カ月間の走行で市内23路線を診断したところ、12路線で損傷レベルの高いひび割れを検出。このデータを地図上に示し、路面状況を「見える化」することに成功した。
国土交通省が定めた試験項目・基準に沿った評価でも、ひび割れ率、IRIすべての項目で「0.8以上(Aランク※最高ランク)」となり、診断値として十分な精度が得られる結果となった。
藤枝市は、公用車にドラレコを取り付けるだけで路面状況を分析できる導入容易性と精度を高く評価。今後は点検頻度とカバー率を上げたサービス向上とともに、日常の道路維持管理における市職員の働き方改革の一環としての効果にも期待を寄せている。
藤枝市の実証実験を支援したNECの塚原 英徳は、「高価な専用車両や機器を使わず、ドラレコとIoT、クラウド上のAIで日常的かつ網羅的に路面状況の監視・管理が行えるのが、このシステム最大の特長。今回の実証実験で得られた知見も活かし、2020年10月に道路劣化AI診断サービス『くるみえ for Cities』としてリリースする予定です」と話す。
地方空港の滑走路点検にもドラレコ&AIを活用
こうした取り組みを行っているのは自治体ばかりではない。和歌山県の南紀白浜エアポートでも、安全・安心な施設運営に向け、この仕組みを採用している。その舞台となるのはもちろん「空港」だ。
「飛行機が離発着する滑走路に異常がないかどうかを調べる日常点検は、重大事故を防ぐ上でも欠かせない業務です。そのため、幅45m、全長2kmの滑走路を、職員が朝夕にパトロールカーで2往復し、落下物やき裂・損傷の有無を目視でチェックしています。しかし近年は人手不足が深刻化。更に朝の点検は、8時30分からの空港運用開始までに点検を全て完了させる必要があり時間との勝負です。そのため職員1人1人の負担が大きくなっています」と、南紀白浜エアポート(NSA)オペレーションユニット長の池田 直隆氏は語る。
滑走路内の落下物や大きな損傷は、飛行機の安全運航に直結する。このため見落としは許されず、職員にかかるストレスは想像以上に大きい。損傷レベルによっては、離発着を継続するか、滑走路を閉鎖するかの緊急性を即座に判断する必要もあり、職員にはある程度の業務経験も求められる。つまり、限られた職員がこのチェックを繰り返し担当しなければならないわけだ。この状況を打開するため池田氏が着目したのが、NECが開発を進めているドラレコとAIによる道路点検のシステムだった。
「既存の点検車両にドラレコをセットして走るだけという部分に、興味を持ちました。正直なところ、我々地方空港が求めているのは、ハイスペックなテクノロジーというよりも、導入のしやすさとコストパフォーマンスの高さ。NECのくるみえ for Citiesを知り、これなら滑走路点検にも適用できるのではないかと思いました」(池田氏)
南紀白浜エアポートは以前から、安全・安心を前提とした上でより生産性の高い空港運営を行うため、空港施設の維持管理にIoTなどのICT技術を積極的に活用してきた。例えば、巡回点検支援システムはその1つ。これは、職員が滑走路やエプロン(駐機場)などを4カ月毎に徒歩で調査する巡回点検において、ひび割れなどの劣化箇所をスマートフォンで撮影し、位置情報とともにデータベースで管理するもの。そのほか、飛行機が着陸時の目印にする進入灯橋の橋梁点検にはドローンが採用されている。
「ICTを活用して、限られた人員とコストの範囲内で作業効率を上げることが、施設の予防保全や長寿命化につながると期待しています。特に今回のドラレコシステムは、実証実験の提案をいただいた時から、一般道路向けに開発された技術が滑走路で果たしてどれだけ役立つのか、楽しみにしていました」と池田氏は振り返る。
大きなハードルとなった滑走路ならではの課題
2020年3月からスタートした実証実験では、開発中のくるみえ for Citiesを使い、空港職員が目視で実施している滑走路の日常点検を、ドラレコのAI画像認識による自動点検に置き換える取り組みが、次の4ステップで進められている。
Step1: 滑走路の路面状況を朝夕、パトロールカーのドラレコで撮影・記録
Step2: 記録されたデータをNECのクラウドに自動送信し、き裂・損傷個所をAIが自動検知するとともに、加速度センサーから平坦性を指標化
Step3: AI検知結果を現場職員などの専門家が評価
Step4: 評価に沿って、AIの画像認証機能を修正・更新
だがNECの技術陣に大きなハードルが待ち構えていた。
「滑走路にはタイヤ痕のほか、一般的な道路にはない“グルービング”と呼ばれる幅6mm、ピッチ32mmの排水溝が全面に入っています。一般道路用のAIがこれらを損傷として誤認識してしまい、当初は求める精度に、とてもたどり着けない状態でした」と、NECの岩渕 香は語る。
そこでNECは南紀白浜エアポートと協議を重ね、パトロールカーの走行位置を微修正しながらデータ収集に工夫を加えた。さらに、滑走路上にある、き裂や損傷の典型的な形や位置の情報を提供してもらうとともに、一つひとつの検知結果に、アラートを上げるかどうかの判断をフィードバックしてもらうことで、着実にAIの学習精度を上げている。
「一般道路と滑走路とで共通的に活用できるノウハウを活かしながら、南紀白浜エアポートからさまざまな情報やアドバイスをいただきAI学習のサイクルを回していった結果、1カ月後にはタイヤ痕やグルービングの誤検知をほぼ排除できるようになりました。今後も自動点検の目標値としている精度に近づけていきます」と、NECの佐久間 奈々は話す。
池田氏も、「人工的に設けた溝であるグルービングをAIがどう判断するかは、我々も当初からかなり難しい課題だと捉えていました。しかしNECがそのハードルを華麗にクリアされたので、今はAIの自動検知は滑走路でも実現できる確信を持っています」と語る。
維持管理にかかるライフサイクルコストを最大5割削減可能に
AI検知精度のブラッシュアップや機能改善を目指す実証実験は2020年12月まで行われる予定だ。今後データ量が蓄積されていけば、き裂・損傷の自動検知に加え、劣化の進行具合を予測できる可能性があるという。
「実は我々職員でも、個々のき裂を見ただけでは、それが重症化していくものなのかどうかまでは予測できません。ただし画像認識の精度向上で2mmや3mmの軽度なき裂をキャッチできるようになれば、それが翌日、翌週に拡張しているか否かを経過観察できるようになり、目視では難しかった劣化予測につながる期待があります。そうなると、重症化傾向にあるひび割れを優先的かつ早期に補修する予防保全の実施により、通常なら約10年周期の滑走路打ち換えの時期を伸ばしたり、修繕箇所を最適化したりすることで長期的なライフサイクルコストを3割から5割まで削減できると考えています」(池田氏)
NECでは今後、南紀白浜エアポートでの実証成果を踏まえ、ほかの地方空港でもくるみえ for Citiesの実証を行い、新たな要望、改善点をフィードバックしてもらうことで、空港向けサービスの実用化を進めていく考えだ。
一方、南紀白浜エアポートではさらにその先の「自動運転」「リアルタイム検知」「遠隔監視」といったフェーズも見据えている。
「次なるステップとしては、自動運転車両にドラレコを設置して、撮影した画像からリアルタイムに滑走路上の損傷を自動検知する仕組みをNECと一緒に作っていきたい。点検時の滑走路は一般道路と違い、人の飛び出しや対向車の恐れがないため、自動運転には適した環境。技術的には十分可能だと思います。それが実現すれば、オペレーションルームにいながらの無人点検を行えますし、複数空港の路面点検・監視を1つの場所あるいは在宅で一元的に行える仕組みも夢ではありません」(池田氏)
道路や空港をはじめとする社会インフラの現場では、今後も人手不足とノウハウ継承がますます困難になっていくことが予想される。だが施設利用者に向けた安全・安心の担保は、すべてに優先する重要な課題だ。
「これからもNECは、さまざまな社会インフラの最前線に立つ人々と、互いの知恵と技術を掛け合わせ、この課題の解決と事業継続性の確保に向けた挑戦を続けていきます」(塚原)