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元気な地方をどう作る? 公共交通を活かした地域活性化への挑戦

 人口減少や都市の渋滞、地球環境問題が深刻化する中、公共交通は大きな岐路に立たされている。中でも、過疎化が進む地方では、鉄道や路線バスの乗客数が激減しており、地域の公共交通はまさに危機的な状況にある。こうした中、東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)が主宰する「モビリティ変革コンソーシアム」は、2019年11月、福島県の会津地域で実証実験を実施。交通事業者の立場から、地域活性化の可能性について検証を行った。その結果から見えてきたものとは何か。

交通事業者の使命は「移動」と「観光」で地域に貢献すること

 JR東日本が「技術革新中長期ビジョン」を発表したのは2016年11月。その中で、同社は、AI/IoTやビッグデータの活用により、モビリティ革命の実現を目指すことを宣言した。

 翌年9月には、オープンイノベーションの場である「モビリティ変革コンソーシアム」を設立。現在は交通事業者や国内外の企業、大学・研究機関など153団体が参加しており、現在、「Door to Door推進」「Smart City」「ロボット活用」「混雑緩和」という4つのワーキンググループに分かれて、モビリティの変革に向けた実証実験を進めている。

 「今は昔と違い、1社が単独ですべての技術を網羅・活用できる時代ではありません。オープンイノベーションの手法により、多くの企業が英知を結集することで、公共交通や地域が抱える課題を解消したいと考えました」と語るのは、JR東日本の入江 洋氏だ。

現在、公共交通はどのような課題を抱えているのか

東日本旅客鉄道株式会社
技術イノベーション推進本部
データストラテジー部門
次長
入江 洋 氏

 「これまで首都圏では、通勤・通学時間帯の混雑緩和・解消が大きな課題でした。しかし、新型コロナウイルスの影響でテレワークが拡大し、このまま都市部への人口集中が続くかどうかはわかりませんが、長期的に社会の変化を見ていく必要があると考えています。一方、地方は少子高齢化で過疎化が進み、まち自体の存続と公共交通のあり方が問われ続けています。“地域の足”として、通院や買い物などの日常的な移動をどう支えていくのか。あるいは、いかに観光客などの交流人口を増やし、住民の方々が経済効果を享受できる仕組みを作っていくのか。この『移動』と『経済活性化』という2つの課題に対して、公共交通は解決策を提示し、貢献していく必要があります。その意味でも、地元との戦略的な連携がますます重要になってくると考えています」

アプリの利用によって 観光客の行動はどう変わるのか

 こうした取り組みの一環として、「Smart Cityワーキンググループ」では、2019年11月5日~30日の期間、ICTを活用して観光客に情報を提供し、「地方公共交通の利用による回遊の促進」と「地域内消費の拡大」を図る試みを行った。

 この実証実験の舞台として選ばれたのは、福島県・会津若松市など会津地域の11市町村だ。その理由についてNECの田原 宏一郎は次のように語る。

 「地方を活性化するためには、公共交通の利用状況を改善する必要がある。そのためには、地域の足と観光の両面で、公共交通が十分に機能することが重要です。その点で、会津若松市は従来から、積極的な取り組みをされてきました。例えば、地域住民の回遊という点では、『スマートバス停(電子ペーパー搭載デジタルサイネージを備えるバス停)』や『AI運行バス(乗客の予約に応じてAIがリアルタイムに配車とルートを最適化して走行する乗合型のバス)』という先進的な取り組みをされており、観光面でも、『会津ぐるっとカード』などの公共交通による回遊促進や情報提供に取り組まれていましたが、さらなる改善が必要との認識を持たれていた。それが、会津地域を実証実験の場として選んだ理由です」

NEC
交通・物流ソリューション事業部
第一インテグレーション部
部長
田原 宏一郎
鶴ヶ城や大内宿

 今回の実証実験の目的は、観光客にスマートフォンのアプリを使ってもらい、それによって観光客の行動がどう変化するかを解明することにあった。実験にはNECとジョルダン、インテージ、デルフィスの4社が参加し、JR東日本の支援のもとでオープンイノベーションが行われた。

 経路検索大手のジョルダンはサービスアプリの開発を、マーケティングリサーチ会社のインテージはアンケートの作成と集計・分析を担当。トヨタグループのマーケティング会社であるデルフィスは、実験のモニター募集やアンケート企画を支援。また、NECは幹事会社として、上流工程における企画や構想の立案、全体のプロジェクトマネジメントを担当した。

 ワーキンググループでは、まず会津地域の実態と課題を把握するためアンケートを実施。その結果に基づいて議論を進め、アプリケーション設計を行った。今は、観光地でもスマートフォンで情報を検索し、店選びや経路検索に活用する人が増えている。アプリケーションの作り方を工夫すれば、観光客に行動変容を促し、消費金額の増加にもつながるのではないか──。

 こうした仮説に基づき、「経路検索(乗換案内)」「観光スポットなどの情報提供」「ユーザの予定や属性・嗜好に応じた周遊ルートのレコメンド機能」などを搭載したサービスアプリを開発。①サービスアプリを使用しない人(30名)、②経路探索や観光情報だけを利用し、レコメンド機能は利用しない人(30名)、③経路探索や観光情報に加えて、レコメンド機能を利用する人(30名)の3つに分け、それぞれ行動分析を行った(画面1、2参照)。各々のアプリを使うことによって、観光客の行動や消費傾向がどう変わるのかを、比較によって明らかにしようと考えたわけだ。

画面1 経路探索や観光情報のみを閲覧できるサービスアプリ(レコメンド機能なし)
画面2 経路探索や観光情報に加え、利用者の属性や嗜好に応じたレコメンド機能を搭載したサービスアプリ

アプリの情報精度を向上させれば消費拡大も可能に

 約1カ月間の実証実験を経て、アプリによる旅行者の行動変容が少しずつ見えてきた。

 「今回の実験でわかったのは、アプリによる情報配信を利用すると、現地での訪問先や移動件数、消費額が増加する傾向にあるということです。その意味で、今回ご提案いただいた仕組みは、お客様の行動変容を大きく促す可能性がある、と実感することができました」と入江氏は語る。

 田原も、次のように言葉を続ける。

 「アプリを積極的に使った人の方が、旅行自体の満足度も高い傾向にある。一方で、アンケートでは、『交通事情や現地での情報不足で、行きたい場所に行けなかった』という感想も見られました。観光客の満足度を高め、より一層の回遊と消費を促すためには、アプリによる情報提供の精度を向上させていく必要がある。そんな傾向が見えてきたのです」

 また、新たな課題も明らかになった。どのアプリを使っても、会津地域での滞在時間に違いが見られなかったのだ。

 観光客の消費を拡大するためには、できるだけ滞在時間を延ばしてもらう必要がある。しかし、旅先に来てから旅程を延ばすとなると、休暇申請や帰路便の予約変更など、煩雑な手続きが必要になる。このため、あらかじめ長めに予定を組んでもらえるよう、「旅の計画段階から訴求していく仕組みが必要」だと田原は述べる。

 「地方は首都圏のように、分刻みで電車やバスが来るわけではありません。1、2時間待たないと次の電車が来ないとなれば、現地で柔軟に計画を変えることは難しい。だからこそ、計画段階からのアプローチが重要です。もちろん、重要なのは旅行前のアプローチだけではありません。リピーターになってもらうためには、旅行が終わった後も継続的にアプローチし続けることが必要です」と入江氏。滞在中の情報提供のみならず、旅行前の情報提供やアフターフォローも重要だとわかったことは大きな収穫だったという。

 今回、NECは、実証実験の豊富な実績を活かしてプロジェクトに臨んだ。しかし、今回の実証実験は、多くの企業や地域の組織などさまざまなステークホルダーがかかわるだけに、これまで以上にハードルも高かった。

 「これまでも、上流工程のコンサルティングには力を入れてきましたが、地域を活性化するという難題に、我々のチームだけで答えを出すことは難しい。そこで社内のまちづくり関連の部署にもサポートを求め、アンケート回答やアプリで収集したデータの分析にも意見をもらいました。時には壁にぶつかることもありましたが、それが乗り越えられたのは、社内に加え、さまざまなノウハウを持つ会社との共創があったからこそだと考えています」

 一方、入江氏はコンソーシアムを主宰する立場から、NECの取り組みをこう評価する。

 「NECのように、世界的な先端技術を持つ会社でありながら、上流から見るコンサルティング技術も持ち合わせている会社はそう多くはありません。今回の実証実験では、我々もいろいろと学ぶ機会をいただいたと思っています」

逆境をチャンスと捉え VR技術の活用にも挑戦したい

 今回の経験を踏まえ、Smart Cityワーキンググループでは、観光客の利便性の向上や地域活性化の研究に取り組んでいく計画だ。具体的には、秋田県湯沢市に場所を移し、今度は「観光」ではなく「地域住民」の視点から地域活性化について検討していくという。

 「具体的な検討はこれからですが、コロナ禍による環境変化を踏まえて、実証実験のあり方を再考したいと思っています。例えば、VR技術を使って動画やライブを視聴し、湯沢市のライフスタイルをリアルに体験すれば、湯沢市というまちの魅力を知ってもらえるのではないか。今回の実証実験で得た知見を社会に還元し、地域社会の発展に貢献できるような提案活動を、今後も続けていきたいと思っています」

 現在、新型コロナウイルスの影響で、地域間の移動が難しくなっている。この逆境を変革のチャンスと捉えるかどうか――。これは公共交通や地域活性化という観点で大きな分水嶺といえるだろう。

 「今後はVRなどの先進技術を積極的に採り入れながら、今までにない新しいことに挑戦していきたい。とはいえ、単に最新技術を活用しただけでは、その場限りで終わってしまう懸念もあります。地域の課題は我々の力だけで解決することはできません。現地の人を巻き込み、持続的に改善する仕組みを一緒に作り上げ、地域に定着させていく。それによって、モビリティの可能性も大きく広がるのではないかと感じています」と入江氏は最後に話した。

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