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衛星技術を防災・減災に活用し、安全・安心なまちづくりを実現する

 年々激甚化する自然災害による被害を最小化するための取り組みが、さまざまな方面で進んでいる。2018年にNECが打ち上げた“ASNARO-2”も、災害対策での活用が期待されている人工衛星だ。衛星に搭載されたレーダによって地上の画像を生成する“SAR(サー)”と呼ばれる技術とその可能性について、NEC 電波・誘導事業部 シニアエキスパートの石井孝和が語った。

防災・減災分野で注目されるSAR技術

 近年、気候変動に起因する台風や大雨などの自然災害が毎年のように発生しており、今後大規模な地震が発生する可能性もしばしば指摘されている。被害を最小限に食い止め、一人でも多くの人命を救うために必要とされているのが、データの活用である。

 市区町村長による避難指示や勧告の根拠となるデータには、気象情報のほか、河川増水や土砂災害の危険性を示すものがあるが、中には担当職員の目視によって収集される情報も少なくない。しかし、発災後の現場調査には大きな危険がともない、道路の寸断などによって現場にアクセスできないケースもありうる。それらの課題に対応する方法の一つが、人工衛星の活用である。

 「私たちが現在取り組んでいるのが、SARと呼ばれる技術による防災や減災です」と説明するのは、NEC 電波・誘導事業部 シニアエキスパートの石井 孝和である。

NEC 電波・誘導事業部
シニアエキスパート 石井孝和

 「SARとは“Synthetic Aperture Radar”の略で、日本語では“合成開口レーダ”と訳されます。レーダを搭載した衛星が軌道上を進行方向に移動しながら、開口の小さなアンテナを用いて地表面の観測領域にマイクロ波を繰り返し送受信することで、仮想的に大きな開口のアンテナからマイクロ波を送受信している状態を作り出す。それが合成開口レーダと呼ばれる理由です。SARからマイクロ波を地上に照射し、対象物からの反射によって緻密な画像を生成することができます」

衛星搭載SARブロック図
SAR画像例

 石井は「SARが一度に捉えられる範囲は、数十キロから数百キロの広域に及びます。そこから生成された画像の時系列の変化を見ることで、地形の変動や河川の増水などを把握することができるのです」と話す。

日本初の商用SAR衛星の打ち上げに成功

 SARはもともと海洋監視を目的として1960年代に開発が始まった技術である。NECが研究に着手したのは70年代で、1980年に日本で初めてSARデータの画像再生処理に成功。以来、JAXA(宇宙航空研究開発機構)などに技術を提供してきた。2018年には、これも日本初となる商用SAR衛星“ASNARO-2”を打ち上げ、国内で唯一、衛星運用、画像生成、画像分析をワンストップで行う体制を整備している。

 「SAR衛星は、南北方向におよそ100分で地球を一周するスピードで回っていて、約2週間かけてまったく同じ位置に戻ってきます。地球の自転軌道とほぼ直交する軌道で回転しているので、約2週間あれば地球上のあらゆる地域をまったく同じ条件で観測することが可能です。これまで、海洋監視のほか、森林管理、資源探査、土木工事支援、発電所や橋梁といったインフラの維持管理などに活用されてきました。マイクロ波を使っているので、光学観測とは異なり、昼夜を問わず雲や噴煙なども透過して観測できるのがSARの大きな強みです。海外からの注目度も高く、現在、ロシアの天然ガス事業にともなう地盤変動観測の協働事業が検討されており、他にも海外コンサルタント企業との協業が進められています。」

衛星モニタリングの特長

 ASNARO-2は打ち上げから2年ほどの間に目覚ましい働きを見せてきた。日本では、2018年9月に発生した北海道胆振(いぶり)東部地震における土砂災害の緊急観測、同じく18年に噴火した九州・新燃岳の観測、19年に日本各地を襲った台風19号の被害観測、そして2020年の熊本県球磨川の観測──。他のデータなどと組み合わせながら、画像による正確な情報把握を実現しており、緊急観測により撮像された一部の画像は防災機関を通じて被災地のユーザに利用されている。

高性能レーダ衛星「ASNARO-2」

平時のデータ蓄積を防災対策にいかす

 災害が発生した際には、直近の過去のSAR画像を参照し、現状との差分を見ることで地形の変動、河川の増水、海岸線の変化などを可視化することができる。また、幹線道路や鉄道の被害状況の確認にもSAR画像を活用することが可能だ。一方、課題もある。

 「災害時に直近の過去のSAR画像を参照し、現状との差分を見る場合には、まったく同じ条件で撮像されたSAR画像が必要となります。観測すべき場所のまったく同じ上空にSAR衛星が到達するまでに時間がかかることが、SARに関わるすべてのステークホルダにとっての、現在の大きな課題です。画像生成までにタイミングがよくても2日から3日、画像解析を含めると5日間ほどかかる場合もあります。災害には“72時間の壁”があるとよくいわれます。行方不明になった人の命が助かるまでの時間が72時間ということです。現状では、その壁を越えるのは難しいといえます」

 石井が提示するのは、SAR活用の別の可能性だ。

 「むしろ、平時のデータ蓄積を防災対策にいかすことが現時点におけるSARの有効な活用方法です」と石井は言う。「SAR画像から高精度な時系列的変化を解析することによって、(地上)目視調査では得られない、災害時に大きな被害が発生する恐れのある地域を予測することができます。その分析内容を、ハザードマップや避難マップと組み合わせて災害発生時のシミュレーションを行い、被害規模を最小限に抑える。そんなビジョンを私たちは現在描いています──。」

 画像の解析技術は、NECが最も得意としている分野の一つである。

 「画像解析の基礎技術に加え、AIを活用することによってさらに解析の精度を上げることが可能です。NECが独自に開発した画像解析技術は、経済紙フジサンケイビジネスアイが主催し、文科省や経産省が後援する『先端技術大賞』で、2019年度の産経新聞社賞を受賞しています」

令和2年7月豪雨 九州地区における河川氾濫抽出例

 SARによる画像生成とその解析は、安全・安心な都市づくりの基盤となる技術でもあると石井は言う。

 「ネットワーク技術、IoT、AIなどを活用して構築されるスマートシティを、より災害に強い街にしてくために欠かせない技術がSARであると私たちは考えています。現在、社内のスマートシティプロジェクトの部門とも連携し、まちづくりにSARをいかしていく道筋をつくっているところです」

SAR技術の本格的な活用に向けた4つの共創

 衛星を活用した防災・減災の取り組みは、もちろんNEC単独で推進できるものではない。現在、SARをめぐる4つの共創が進行している。

 まず、エネルギー会社や通信会社との共創だ。それらの企業のBCP(事業継続計画)にSARを活用してもらい、それを地域全体のBCPにつなげていくというのが第一の共創の見通しである。

 2つめは、ベンチャー企業との共創である。2025年から30年にかけて、国内外の多くのベンチャー企業が防災目的の小型SAR衛星打ち上げを計画している。その数は30基から100基に上るとみられている。

 「衛星の数が増えることによって、課題であった画像生成の非リアルタイム性が解決されます。100基のSAR衛星があれば、画像の生成から解析までの時間を半日程度まで短縮できるはずです」

 3つめは、データプラットフォーム専門企業との共創だ。SAR画像は、気象データや地質データなどと組み合わせることによってより強力な防災・減災のソリューションとなる。その共通データ基盤をつくるためには、データプラットフォーム企業との連携が不可欠である。

 そして4つめが、グループ内共創である。ASNARO-2の運用、画像販売を担う日本地球観測衛星サービス株式会社や、スマートシティ関連事業を手掛ける国内外のグループ企業との連携によって、SARの価値をいっそう高めていきたいと石井は言う。

 「2014年から衛星を活用した事業創出に取り組んできました。新しい事業を立ち上げるには、技術的ハードル、ビジネスモデルのハードル、そして社内組織のハードルなどを一つ一つ超えていかなければなりません。それは簡単なことではありませんが、あきらめてしまっては、これまでの取り組みがすべて水の泡となってしまいます。衛星SARの技術を国内外の多くの企業や自治体に活用していただくこと。また、広範な共創によって、この技術を社会の安全・安心を守る基盤にしていくこと。その目標に向かって、これからも努力を続けていきたいと考えています」