3密回避に決め手あり!ソーシャルディスタンスを可視化する技術とは
新型コロナウイルスの感染防止にはいわゆる“3密”の回避が欠かせない。人があまり動かない場所であれば、その測定は比較的容易だが、空港や駅、商業施設やイベント会場など、人が移動する場所では、「人と人とが十分な距離を保てているか」を適切に把握することは難しい。こうした課題を払しょくするため、NECは「ソーシャルディスタンシング判定技術」を開発。既設のカメラを活用し、リアルタイムに判定・可視化する。既に自治体や公共施設から多くの問い合わせが寄せられ、実用化に向けた実証実験も始まっているという。コロナ禍で開発に挑んだ中心メンバー2人に、その経緯と新技術の可能性について聞いた。
技術を社会に役立てたい。その思いが開発の推進力に
2020年4月、日本政府は新型コロナウイルスの感染拡大を抑制すべく、緊急事態宣言を全国に発令した。不要不急の外出自粛、出勤7割削減、飲食店や百貨店の時短営業などが求められたことで、街の様相は一変した。昼夜を問わず人通りの途絶えた街は、まるでゴーストタウン。繰り返し放映されるニュース映像に、不安を掻き立てられたことは記憶に新しい。社会・経済は大きなダメージを受け、多くの人たちの気持ちも重く沈んだ。
「この状況が少しでも良くなるように何か貢献ができないだろうか。そもそも日々研究を重ねる技術は、社会課題の解決や社会価値の創造に寄与するためにあるはずだ」。バイオメトリクス研究所の西村 祥治はコロナ禍に沈む社会情勢に思いを馳せ、このように考えていたという。
時を同じくして、研究所のトップからも、コロナ禍の社会に光明を見出せるようなソリューション開発を要請された。「これに力を得て、一刻も早い実用化を目指し、すぐに新技術の開発に向けて動き出しました」(西村)。
感染拡大防止に貢献できる技術として、すぐに脚光を浴びたのは、スマートフォンで端末間の距離を測定するアプリだった。「しかし、これはどちらかというと感染経路の調査に有効な技術。これとは別に、今の状況はリスクが高いのか低いのか。密集度合いを知りたい人も多いのではないかと考えました」と西村は語る。
ソリューションの“種”は身近なところにあった。同じバイオメトリクス研究所の中野 学が進めていた、映像による距離測定技術がそれだ。「2次元のカメラ映像を解析し、映像内のモノの大きさや距離を測定。撮影しているカメラ自体が実空間のどこに設置されているかを推定する技術です。2019年から研究に取り組んでいました」と中野は説明する。
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためには、マスクの着用、うがい・手洗いの励行に加え、人が集まる場所でソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保することが有効といわれる。「映像による距離測定技術を応用すれば、カメラ映像からソーシャルディスタンスを判定できるのではないかと考えたのです」と西村は振り返る。この提案に中野も共感。こうして新しいソリューションの開発に向けたチャレンジがスタートした。
既設カメラの映像で判定でき、導入設定はわずか数分
新しいソリューション開発に向け、まず取り組んだのが、映像から人体を検出することだった。というのも距離測定技術もベースは、交通の混雑状況を把握したり、そのために必要となるカメラの最適な設置場所を導き出したりする技術として開発を進めていたもの。いわば車など「モノとモノの距離」を測るためのもので、「人と人との距離」の測定は想定していなかったからだ。
新技術の開発に向け、2人はNECが持つアセットを活用することにした。同じバイオメトリクス研究所内で高精度な「人物の骨格抽出技術」の開発を進めている同僚の協力を得て、このエンジンを活用。群衆の密集度合いや状態を解析する「群衆行動解析」という先行技術も活用したのだ。
「これらをベースに距離測定技術にも改良を加え、人の身長を推定する3次元的な解析技術を開発しました。そこからさらに試行錯誤を繰り返し、映像データ内を移動する人物の大きさを総合的に解析することで、カメラ位置や3次元的な距離を逆推定することに成功したのです」と中野は振り返る。こうして2020年6月に「ソーシャルディスタンシング判定技術」をリリースした。
この技術が画期的な点は、一体どこにあるのか。映像に映る人と人との距離を測定することは従来の技術でも可能だ。しかし、そこには“弱点”があった。それは、カメラからの距離の遠近によって人物の大きさが変わるため、実地での測定を通じて解析することが前提となること。つまり、カメラが設置された現地に出向き、撮影範囲内のさまざまな地点にマーカーを置いて測定を行うなど、入念な準備と事前調整が必要となるのだ。
「これでは、導入までに時間がかかり、手間もコストも大きくなる。そもそも交差点などに設置する場合は、交通を一定時間止める必要が生じるため、導入のハードルも高い。中には、距離を測定することのできる高機能カメラも存在しますが、撮影・測定できる画角が狭いという課題がありました」と西村は指摘する。
これに対しソーシャルディスタンシング判定技術であれば、実地での測定を行う必要もない上、既設のカメラをそのまま流用できる。「映像内の人物の大きさがまちまちな既設カメラの映像や撮影済みの映像でも、場所と大きさの関係を計算し、人と人との距離を高精度に算出します」と中野は強みを述べる。撮影映像を指定サーバにアップロードすれば、わずか数分で映像解析を完了し、高精度なソーシャルディスタンシング判定を行えるという。
具体的にはカメラ映像中の人物それぞれに半径1mの範囲を表す円を描き、円が重なっている場合は赤色で表示する(図)。「混雑状況をわかりやすく可視化するため、俯瞰図として示す機能も開発しました。これにより、ソーシャルディスタンシング指数(密集度)をリアルタイムに示すこともできます」(西村)。
開発段階ではブダペストの市場や渋谷のスクランブル交差点の撮影済み映像でデモンストレーションを実施。その結果、広角でとらえた広範囲の映像でもきちんと解析できることを実証した。
NECのアセットとメンバーの協力が新技術を生んだ
今回の新技術のアイデアが生まれたのは5月の連休明けごろ。そこから、わずか1カ月程度という“超スピード開発”でリリースに至った。その理由について、西村は次のように述べる。
「今回の技術は、ゼロからいきなりアウトプットできたわけではありません。骨格抽出技術や群衆行動解析などのアセットを活用することで、技術的なブレークスルーを実現できたのです。その開発に取り組む研究員が身近にいたおかげで、細やかな運用ノウハウや現場感覚も提供してもらえました。研究所内には共創のカルチャーが根付いており、一人ひとりが技術を事業化につなげる実践的な視点で研究に取り組んでいます。事業部側が築き上げたお客様とのつながりを基に、社会のニーズを正確にとらえながら的確にフィードバックしてくれたことも大きなポイントでした」
人との距離を可視化しリスク低減を図る実証実験が進行
ソーシャルディスタンシング判定技術は空港や駅などの公共施設、街角、店舗、ショッピングモールなど人が集まりやすいところでの活用を想定している。「例えば、ソーシャルディスタンシングの解析結果をデジタルサイネージなどで表示することにより、施設の管理者や利用者に対して密集回避を避ける行動変容をタイムリーに促すことができます」(西村)。
密集度の高い「時間帯」や「エリア」を知見として活用することで、感染リスクの低減にも効果が期待できる。「施設の利用者に密集度の高い時間帯を避けた利用をお願いする。密集リスクが高いところでスタッフを長時間働かせないようにする。さまざまな工夫や対策も立てやすくなるはずです」(中野)。
既に実用化に向けた取り組みも進められている。栃木県宇都宮市では市中心部の混雑状況をモニタリングする実証実験の一環として、ソーシャルディスタンシング判定技術を活用。「人の集まる場所で、ソーシャルディスタンスがどの程度保たれているか。現状を把握し、課題の抽出と感染防止対策の立案につなげていくことを目指しています」(西村)。ほかの自治体や駅、空港、スタジアム、商業施設などの運営事業者からも多数の問い合わせが寄せられているという。
さらに、今後はソーシャルディスタンスの状況を可視化するだけでなく、人の体温を検知するサーモグラフィー技術などNECの多様な技術やアセットと組み合わせ、トータルソリューションとして提案することも視野に入れている。
新型コロナウイルスは今なお世界各地で猛威をふるっている。この状況が落ち着きを見せても、New Normalは続いていくだろう。世界では「タッチレス」や「リモート」がこれまで以上に強く求められる。映像解析による「見守り」は、そうした社会を支える重要な技術要素の1つとなる。
今後もNECは映像解析をはじめとする多様な技術の研究および実用化を見据えたソリューション開発を推進し、安全・安心で持続可能な社会の実現に貢献していく考えだ。