生まれ変わる西新宿地区に見る今後のまちづくり
~オープンスペース×デジタル活用で新しい都市開発に挑む~
超高層ビルが建ち並ぶ西新宿地区が新しく生まれ変わろうとしている。日本有数のオフィス街という“顔”だけでなく、多様な目的を持つ幅広い世代の人々が集い、交流が生まれる。そんな活気あふれるまちづくりを目指しているのだ。西新宿地区の先進的な取り組みをひも解き、今後のまちづくりのあり方を考えてみたい。
地区の魅力を高めなければ、都市間競争を勝ち抜けない
世界屈指のターミナル駅である新宿駅の西口から渋谷区と中野区の区境付近まで広がる西新宿地区。新宿副都心と呼ばれる、この地区の発展の歴史は1970年代に遡る。淀橋浄水場の広大な跡地を再開発し、次々と超高層ビルが建設されたのが始まりだ。1991年には東京都庁が移転。今や40棟以上もの超高層ビルが建ち並ぶ日本有数のオフィス街へと変貌を遂げた。
しかし、発展したのは西新宿だけではない。近年は品川、六本木、丸の内、渋谷などの再開発が進み、都市間競争が激化している。ビルや施設などの建物だけでは、まちの魅力につながらない。
「まちの魅力を高めるにはさまざまな視点が必要になります。多様な目的を持つ幅広い世代の人々が集まるまちに変え、エリア内の回遊性を高めて賑わいをもたらすことは一例です。そのほか、地震や台風などの自然災害に強く、住む人・働く人・訪れる人に安全・安心を提供したり、脱炭素化を図ったり、環境にやさしいまちに変えていくことも必要でしょう。そのためには、エリア全体での取り組み、まちづくりが重要です」こう話すのは、新宿副都心エリア環境改善委員会の小林 洋平氏だ。
同委員会は西新宿エリアの課題解決や都市間競争力の向上を目指し、西新宿に拠点を置く企業や大学など民間十数社で2010年6月に発足した。2014年4月には法人格(一般社団法人)を取得し、新宿区から都市再生推進法人の指定を受け、まちづくりの公的な担い手として官民連携による活動を進めている。趣旨に賛同する企業も増え、現在、同委員会に参加する企業は19社にのぼる。
広大なオープンスペースを活用した社会実験を実施
近年のまちづくりは「LQCアプローチ」という手法が注目されている。LQCとはLighter(軽快に)、Quicker(素早く)、Cheaper(安価に)の頭文字。最初から大規模プロジェクトを進めるのではなく、小規模な取り組みをスピーディにスタートさせ、社会の変化に合わせて活動を発展させていくやり方である。
西新宿のまちづくりはこのLQCアプローチに基づき、「3層構造」の戦略(図)で進めている。まず既存ストックの都市空間を活用し、付加価値創出の“舞台”とする。次にアナログ/デジタルを駆使したサービスを組み合わせ、憩いや楽しさを提供する。こうした取り組みが、最終的には人を呼び込み、さまざまな活動・交流を生み出し、都市の成長につながっていくわけだ。
西新宿は区立公園として最大の面積を誇る新宿中央公園を擁し、超高層ビル周辺には地上および地下の公開空地も多い。新宿駅西口中央通りは広幅員・歩車分離構造で、歩道にもゆとりがある。「3層構造の土台となる既存ストックが豊富にあり、新たなまちづくりに向けた潜在能力が高い」と小林氏は話す。
そこで官民が連携し、公開空地や道路空間、公園などの「オープンスペース」を活用した社会実験に取り組んだ。2015年10月に実施した、中央通りを活用した賑わい創出の取り組みはその1つである(写真1)。
歩道上にキッチンカーを誘致し、歩道にはイスやテーブルを設置、人々が気軽に立ち寄れるようにした。キッチンカーは昼だけでなく夜間の営業も可能にした。近隣のオフィスワーカーだけでなく、休日には外国人や家族連れの姿も多く見られた。「開催期間9日間で5万人もの集客を記録しました。近隣の企業や商店にも好評で『今後も続けてほしい』という回答は85%にのぼりました」と小林氏は述べる。
デジタルを活用した都市サービス開発の社会実験も
広い幅員道路を活用した賑わい創出は、これまでアナログの取り組みであった。これに加え、デジタルを活用した新たな都市サービスの開発にも力を入れている。
その1つが、2020年11月5日から同11月8日まで実施された5Gを活用した自動運転タクシーの実証実験だ(写真2)。これにより、遠隔型自動運転システムによる走行の安全性を実証するとともに、自動運転タクシーの社会受容性が高いことも確認できたという。
電動マイクロモビリティのシェアサービスを提供するLuup社と連携協定を結び、日本初となる電動キックボードの公道実証も実施した。期間は2020年10月から2021年3月まで。電動キックボードはレンタルサービスとして提供した。これを使えば、徒歩では行きづらかったエリアまで気軽に移動できるようになる。街中の活性化と賑わいの創出が狙いだ。
実証では利用者を匿名化し、移動データを分析。「西新宿はこれまで東西方向の移動が多かったが、電動キックボード利用者は南北に移動する人が多いことがわかりました。モビリティの利用が増えることで、エリア内に新しい回遊性が生まれ、駅から離れた店舗への送客なども期待できます」(小林氏)。
主役である「人」にとって快適なまちづくりを目指す
まちづくりは官民連携の取り組みが欠かせない。これまでも地域の企業や東京都と連携し、さまざまな実証実験を行ってきたが、サービスを本格的に都市実装するためには、その絆をより深めていく必要がある。新宿副都心エリア環境改善委員会が果たす役割はますます高まっている。
実際、官民連携の取り組みにより、賑わい創出に向けて既存ストックの再生を実現した例も多い。西新宿に本社を構える損害保険ジャパンは、ゴッホの「ひまわり」や東郷青児の作品コレクションを所蔵する「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」をリニューアル。本社ビル42階にあった同美術館を敷地内の新施設に移設し「SOMPO美術館」としてオープンした(写真3)。
“三角ビル”の愛称で親しまれる新宿住友ビルも生まれ変わった。ビル全体を改修するとともに、低層部に国内最大級の全天候型イベント空間「三角広場」を新設。ガラスの大屋根を備えた巨大アトリウム空間で各種のイベントを開催できるほか、災害時には一時滞在施設として約3000人を受け入れることができる。
新宿区はPark-PFI事業(公募設置管理制度)を活用し、新宿中央公園内に交流拠点施設「SHUKNOVA(シュクノバ)」と芝生広場を2020年7月にオープンした。施設の1階にはカフェやレストラン、2階にはアウトドアフィットネスクラブが店舗展開し、官民連携による新たな公園の楽しみ方を提案している。
「こうした取り組みにより、オフィス街と思われていた西新宿が『行って楽しい、回遊して楽しい“ウォーカブル”なまち』に変わる。空間が変われば都市が変わり、エリアの価値も向上していく。この好循環を創出するのが、西新宿エリアのまちづくりの狙いです」と小林氏は説明する。
この取り組みは平時だけでなく、災害時まで見据えている。首都直下型地震発生時、西新宿地区は就業者、周辺住民、帰宅困難者を含め約30万人がこの地に留まることが見込まれている。生まれ変わった超高層ビルのアトリウムなどがこの受け入れ先となる。
東京ガスグループと連携し、エリア全体をカバーするスマートエネルギーネットワークの構築も進めている。ガス発電による都庁への送電、地域冷暖房の高度化に加え、区域外への冷暖房機能や電力の供給も開始した。将来的にはエネルギーの自給自足を図る「地域発電所」構想も視野に入れる。
まちの主役は「人」である。そこに住む人・働く人・訪れる人が安心して快適に過ごせる魅力ある場所にすることが大切だ。そのためには「どういう“まち”にしたいか」という将来ビジョンを共有し、行政機関、地区の企業や住民が意見を出し合い、将来に向けたまちづくりをともに考えていく、それが官民連携まちづくりである。
「まず大きな方向性を定め、ロードマップを描く。建物や道路などの既存ストックを活かし、面的なデザインで都市空間を改善する。そして、その都市空間にサービスを加えると、アナログでも新たな人の活動が生まれてくる。できることから社会実験を始めていくことが肝要です」と小林氏は話す。
新宿副都心エリア環境改善委員会は今後も会員企業の英知を結集し、行政機関や地域と連携しつつ、西新宿地区のさらなる活性化につながるまちづくりを積極的に支援していく考えだ。