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自動運転バスで、誰もが暮らしやすい街へ
5Gを活用した前橋市の挑戦

 自動運転において、いま日本で最も社会実装が進んでいる領域は路線バスだと言えるかもしれない。群馬県前橋市では、早ければ2022年度には自動運転バスの営業運行がスタートする予定だ。昨年2020年度には3回目となる実証実験が行われ、日本で初めて緑ナンバーをつけた自動運転バスが運行し、実際にお客様を乗せて公道を走った。現在は来年度の実装に向けて、最終的な準備と調整を行っているところだ。前橋市と群馬大学、NECが協力して取り組む本プロジェクトについて、詳しく話を聞いた。

本プロジェクトで使用した自動運転車両と試験路

地域の交通課題を解決する自動運転バス

 前橋市は、日本でもいち早く自動運転バスの運行に取り組んできた自治体だ。2018年度に地域公共交通網形成計画を策定すると、路線バスの自動運転化の効果に着目して実用化を推進してきた。背景には、どのような事情があるのか。

 前橋市のデジタル政策担当部長を務める松田 圭太氏は「少子高齢化に伴う生産人口減少は大きな課題です。バス運転手の担い手不足もその一つです」と語る。いま多くの自治体が直面する悩みと言えるかもしれない。さらに、前橋市ならではの事情も抱えている。

 「実は、群馬県は日本国内でも最も免許保有率が高いのです。1人当たりの乗用車の所有台数も多く、移動手段の大部分を乗用車に頼っています。だからこそ、免許返納後の高齢者の方々に対しても安全で快適な移動手段を確保する必要がありました。また、前橋市ではJR両毛線の前橋駅と上毛電鉄の中央前橋駅という1kmほど離れた二つの区間をいかに便利につなぐかという課題を抱えつづけてきました。自動運転バスであれば、最も効率的にこの問題を解決することができます。

 実証に際しては市民説明会も行いました。はじめは市民の皆様は不安を抱くのではないかとも考えていましたが、予想に反してネガティブな意見はほとんどありませんでした。『もっとやってくれ』と応援していただけたほどです。驚くことに、高齢者の方ほど高い期待を寄せていただいています」

前橋市 未来創造部 デジタル政策担当部長の松田 圭太氏。総務省から出向して、5Gやデジタル技術を活用した行政のDX化に取り組んでいる。電波法改正を担当した経歴があり、通信技術にも造詣が深い

 幸運にも、前橋市内にある国立大学法人 群馬大学では自動運転技術の専門家である小木津 武樹准教授が研究を行っていた。キャンパス内には次世代モビリティ社会実装研究センター「CRANTS」を構え、公的研究機関としては珍しい大規模な試験路と18台もの自動運転車両を所有している。日本全国で数多くの自動運転バスの実証実験を行い、先端的な研究をつづける第一人者だ。連携をするのは必然の流れだった。

 技術的な面から見ると、路線バスの自動運転化は取り組みやすい。小木津氏もその点について説明する。

 「一般的に想起される乗用車の自動運転では、あらゆる状況において人間以上の判断ができる賢いAIが必要となります。いま様々な企業が取り組んでいる研究ですね。一方で、路線バスは決まった時間に決まった区間を走ることになるので、比較的シンプルにシステムを構築することができます。たとえば、信号認識を考えてみましょう。日本にはおよそ20万基以上の信号機があると言われています。しかも、それぞれの信号機は一定ではありません。LEDのものもあれば、電球もあります。縦型も横型もあります。古いものであれば、錆びていることもあるでしょう。そうしたものを全て確実に認識するためには、膨大なデータをもとにAIに学習させていく必要があります。しかし、定時定路線を走る路線バスであればどうでしょうか。ルート内の信号機は数基から十数基しかありませんから、既存技術を応用したシンプルかつ確実なシステムで信号を認識できるのです。条件や環境を絞ることで、より社会実装を意識した仕組みが実現できると考えています。」

群馬大学准教授、次世代モビリティ社会実装研究センター「CRANTS」副センター長の小木津 武樹氏。大学からスピンアウトした日本モビリティ株式会社の会長も務め、産学両輪で自動運転バスの社会実装に取り組んでいる。

乗客の安全を確保する5Gを活用した遠隔型自動運転システム

 とはいえ、自動運転バスは一朝一夕でつくられるものではない。前橋市でも2018年度から3回にわたる実証実験を重ね、安全性を確保するためのブラッシュアップを繰り返してきた。現在はドライバーが運転席に座りつつ、遠隔管制を行う「レベル2」の自動運転がほぼ完成に近づいている。最終的にはドライバー不在の無人運転をめざすが、安全性を鑑みて、緊急時には管制室からブレーキなどの制御が可能となっている。小木津氏は「将来的には管制室から1人で複数台のバスを運行できるようにすることをめざしています」と説明する。「複数台を1人で制御することができれば、ドライバー不足や赤字になりやすい路線の維持コストといった問題を解決することができます。持続的な地域交通の実現にもつながるでしょう。」

CRANTSの管制室。バスから送られてくる映像を遠隔地でモニタリング、緊急時にはブレーキなどの遠隔操作が可能。

 松田氏も、遠隔管制は日本の道路状況に適したシステムなのではないかと見解を示した。

 「以前、総務省でサンフランシスコに駐在していたことがあります。サンフランシスコはシリコンバレーの中心地ですから、遠隔管制のない自動運転車の研究も活発に行われていました。ただ、日本とアメリカでは道路事情が決定的に異なります。アメリカは道が広い。ふとした拍子に公園からボールが飛び出してくるなんていうことはあり得ません。そもそも自動車社会なので、歩行者が非常に少ない。それに対して日本は道が狭くて歩行者も多く、飛び出しなども起こりやすい。自動運転の安全確保に係る変数が圧倒的に多いので、遠隔管制は日本に適したものだと考えています。お客様を乗せるバスなのですから、なおさらです。」

 遠隔管制において重要となるのは、通信技術だ。事故を防ぐためには、バスに設置されたカメラ映像を遅延なく管制室のモニタに送信しつづけることが不可欠となる。そこで、3回目となる昨年度の実証実験では5Gネットワークが活用された。公道ではキャリアの5Gの回線を活用して実験を行うほか、CRANTSの試験路内にローカル5Gのアンテナを設置し、路側インフラ(ポール)にカメラやローカル5Gの端末を取り付けて実験を行った。

CRANTS試験路に設置された機器と5Gアンテナ
(左)CRANTS試験路内の路側ポールに設置された機器(カメラなど)
(右)CRANTS試験路に設置されたローカル5Gアンテナ

 松田氏は、キャリア5Gとローカル5G、両者の連携が重要だと指摘する。

 「今後、場所によってはキャリアの5Gが入りにくいところが生じると思います。だからこそ、自治体側で独自に導入できるローカル5Gをうまく連携させていくことが重要です。通信特性にあわせてチューニングすることができるのも大きなメリットですね。特に、五叉路などの複雑な地形ではバスの車載カメラに死角が生まれてしまいます。そうした場所には、うまくローカル5Gを活用していくつもりです。信号や歩道橋などにセンサやカメラをつければ、バスや管制室に車載カメラでは確認できない映像や情報をリアルタイムに送信することができます。」

 バスと管制室間の通信だけでなく、道路とバス間の通信が可能になれば、より高度な安全が確保できる。路側インフラにローカル5Gアンテナとセンシングデバイスを搭載して車両と連携するという仕組みは、NECが開発した技術だ。NECのクロスインダストリー事業開発本部 マネージャーの松田 淳は、次のように語る。

CRANTS試験路に設置された機器と5Gアンテナ
NEC クロスインダストリー事業開発本部 マネージャー 松田 淳

 「今回の実証では、試験路に設置したカメラ映像とAI処理装置で他車両との衝突を予測し、バスへ停止指示を出すという実験を行いました。ローカル5G、AI、エッジコンピューティングを組み合わせた技術です。結果、カメラ映像から衝突を予測し、自動運転車両が停止指示を受け取るまでにかかった時間は平均0.4秒でした。人間の運転手が危険を察知し、ブレーキを踏むまでの時間は平均0.7秒から1秒以内と言われています。本技術が自動運転車両の安全運転に貢献できると実感しました」

車両の衝突予測・停止の実証の様子。路側カメラの映像とAI処理装置で他車両との衝突を予測している(右)
前橋市で行われた実証のイメージ図

 また、NECは沼津市でも同様の仕組みを用いて実証を行っている。

 「沼津市では公道実証を行いました。アーケードの柱にローカル5Gやカメラとエッジコンピュータを設置し、行き交う歩行者や自転車や自動車、さらには路上駐車や右左折車両の情報をリアルタイムにAI分析し、見える化するという内容です。自動運転車に乗車された市民の方にも見える化した情報をご覧いただくことで、自動運転に対する不安が払拭できるようにも努めました。将来的には、このような仕組みでインフラ側から取得したデータの活用は、自動運転の支援だけでなく、渋滞や事故状況の把握、道路維持管理、見守り、防災などさまざまな領域に役立てられると考えています。」

 インフラとローカル5Gを結びつけるDXソリューションは、いま地方行政の新たな可能性を生み出そうとしている。

沼津市の実証車両乗客向け画面イメージと交差点に設置した実証用機器
(左)沼津市の実証車両乗客向け画面イメージ
(右)交差点に設置した実証用機器

5Gと自動運転を基盤に、人の暮らしに寄り添う街へ

 実際、いま前橋市では行政のDXを加速させようとしている。改革を予定している分野は医療や教育など7領域に渡り、自動運転はその一画を担う交通施策の中核技術だ。前橋市の松田氏は、究極のゴールは「真にパーソナライズされた交通」であると語る。

 「例えば車椅子を使用されている方であれば、病院に予約を入れるだけで自動的にその時間から逆算して福祉車両が家まで迎えにきてくれる。運賃は先払いや顔認証で済ませ、病院ではその人に合った処置が到着に合わせて準備されている。服薬指導もオンライン化することで、わざわざ薬局に行かなくても家に帰ったらもう薬が着いている。そんな、一人ひとりのデータと連動して、それぞれの特性に応じたシームレスな交通・生活サービスを提供できる未来を考えています。」

 夢のような話にも聞こえるが、前橋市では2021年の2月にMaaSの実証実験も行い、着実に歩みを進めている。技術面においても、今回の5Gを活用した実証実験によって大きなステップを上ることができた。小木津氏も「低遅延、大容量の5Gによって可能性が広がり、非常にワクワクしている」と語る。

 「今回の実証においては、従来の4G/LTE時の遠隔監視映像では45m先までしか見えなかったものが、100m先まで見通せるようになりました。2倍以上も見通せる範囲が広がったことになります。また、よく映像などが『ヌルヌル動く』と言いますが、映像のクオリティの高さが目に見えて分かりました。これによって、さらに安全な車両運行を実現することができるはずです。」

 小木津氏はさらに、自動運転車両から得られる大容量データを他の領域にも活用できるのではないかと示唆する。

 「スマートシティという視点で都市を見たときに、自動運転は街のサービスの一つとして組み込まれていくことになるでしょう。他のさまざまな都市サービスと組み合わせて、どのような新しい価値を提供していくことができるか。5Gによって、自由度が大きく高まりました。私たちとしても、これから自動運転を軸にどのような新しいサービスを創り出していけるかを考えていきたいと思っています。また、さまざまな方々が一緒に連携して検討していくようになっていけば、街のさらなる発展にも貢献していくのではないでしょうか。」

 5Gの通信技術により、見据える未来も広がっていく。交通を軸にした新しい都市サービスが生まれれば、移動もより自由になり、街はさらに活気づいていきそうだ。少なくとも自動運転バスはそう遠い未来の話ではない。ワンコインで、誰でも気軽に自動運転車に乗ることができる。そんな未来が、前橋市では来年度に訪れるかもしれない。