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「将来市民に送るスマートシティ」(前富山市長×東大FoundXディレクター対談) (前編)
~データに基づいた都市経営~

 「デジタル田園都市国家構想」も打ち出されるなど、自治体でのデジタル技術の活用に注目が集まっている。今回は5期19年にわたり富山市長として地方自治を牽引し、現在はNEC クロスインダストリーユニット エグゼクティブコンサルタントである森 雅志 氏、東京大学産学協創推進本部FoundXディレクター馬田 隆明 氏から、NEC クロスインダストリーユニットの西岡 満代 氏をモデレーターとして、スマートシティの実現に向けたアプローチについて話を伺った。

SPEAKER 話し手

前富山市長

森 雅志 氏

日本政策投資銀行特任顧問

東京大学

馬田 隆明 氏

FoundX ディレクター

NEC

西岡 満代

スマートシティスペシャリスト

西岡:まず、馬田先生にスマートシティの実現に向けての日本社会の気運についてご認識を伺います。

馬田氏:私は、元々IT 企業におりまして、スマートシティという言葉を聞き始めたのは 2010 年頃からです。当初はエネルギーの需給調整をするといったことから始まり、その後、 IoTのトレンドと組み合わさり、2016年前後からは地方創生とも絡んでいって、今のスマートシティの議論へとつながっている印象があります。そうした中で今、スマートシティに改めて注目が高まっているのは、2020年から始まったコロナ危機を通じてデジタル技術の社会実装が進んだ結果、やはりデジタル技術は重要だという認識が広がり、さらに都市経営や行政、地方自治にも生かせないかという期待からではないかと感じています。

西岡:そうですね。政策面から見ましても、まさにコロナ危機を経て、デジタル化がもっと進んでいれば、という反省もあってスーパーシティ法案が通ったという背景もあると聞いています。さらに今は、最重要政策のひとつである、デジタル田園都市国家構想となり、スマートシティ実現に向けて、強い追い風が吹いていると思います。森さん、富山市で取り組まれたコンパクトシティは、まさにスマートシティにつながるイノベーションだと思うのですが、いかがでしょう?

「街」がなく、「郊外」だけが広がる地方都市が増えた

森氏:富山市で私が手掛けたコンパクトシティ構想は必ずしも、当初からスマートシティという概念で進めてきたわけではないので、その意味では若干動機不純なところがあるのです。モータリゼーションが進む過程の中で、富山も含めて地方都市は拡散型のまちを作ってきました。郊外に住宅団地を作る、中心部からそこへ引っ越していく、車さえあれば暮らせる、公共交通がなくてもいい、というようなまちの変化が、50年ほど続いてきました。1ヘクタールあたり40人以上住んでいる地域が「町」で、これが連続していって、「街」が出来るわけですけど、40人切ってしまうと、もはやそれは、郊外だけが広がっていることになるわけです。 これを放置しておくと道路や下水道も延び続けていき、メンテナンスの費用が増大していく。それを、ただでさえこれから少なくなる若者が、将来負担しなきゃいけなくなるわけです。そこでもう少し凝縮した街を作っていこうと、それがコンパクトシティということですね。

住所に座標を割り当てるところから始めたスマートシティ

森氏:それを実現するためにさまざまな取り組みをやってきたわけですけれども、スマートシティの観点からは、15年ほど前に住民基本台帳の全ての住所地に座標値を付けました。そうすると、GIS(Geographic Information System=地理情報システム) に重ねることが出来ますので、あらゆる住民のデータ、例えば未就学児の居住地を市の地図上に表示させることが、簡単にできます。そうすると、来年入学する子がどこにいて、卒業する子はどこにいて、はたしてスクールゾーンは今のままでいいのか、などの判断が付きます。ここからデータの重要性ということに気づいて、さまざまなデータを、きちんと管理していくことを心掛けました。スマートシティを目指そうというのであれば、まずは、この辺りからスタートすることが大事かと思います。

出典:富山市スマートシティ推進ビジョン検討資料より
コンパクトシティ推進により、公共交通機関のある中心部への流入が増加している

新たな技術が社会実装されるには、受け入れる社会のイノベーションも必要

西岡:馬田先生、コロナ危機で確かにスマートシティ実現に弾みがついていますが、日本全体の実装段階としては、まだまだです。馬田先生は、テクノロジーが実証から社会実装に移行するために必要な条件というものを、最近の著書でもお書きになっていたと思うのですが、お伺いしてもよろしいですか。

馬田氏:そうですね。「未来を実装する」という本では、テクノロジーの社会実装を進めていく上でテクノロジーのイノベーションを起こしていくだけではなく、それを受け入れる社会のあり方が変わらないと、新たなテクノロジーは上手く活用できません、というお話させていただいています。 さきほど森さんがおっしゃった、住所ではなくて座標、というのはとても印象的です。住所という仕組みは人間による配送には良いのですが、例えばドローンにとっては粗すぎてどの地点がゴールか分からない。デジタル技術の社会実装を考えた時に、これまで人間を前提に作られていた情報を、機械をより生かすことができる情報や仕組みに変えていくことも、社会のあり方の変化が必要な一例だと思いました。

西岡:時には人の手も使いながら、集めたデータを機械が扱える形にすることで、新しい技術の実装につながるという話ですね。早い時期からデータを収集し、可視化することで、都市を運営する上での政策判断、つまり都市経営の根拠がよりしっかりしたということかとも思います。この都市経営という言葉は、森さんにとって重要な言葉だと思いますが、お伺いして宜しいですか?

人口減少のなか、税収確保、地価維持のため中心部に集中投資

森氏:今おっしゃった都市経営という言葉は、私が初めて市長選挙に出た時に3つの柱を立てた中の1つです。その頃は都市経営という概念を口にする人が少ない時代でした。しかし、人口が減っていく中で、将来を見据え、税収を確保しないといけない、そのために投資をしていく、という経営的な考え方をしないと地方都市は成り立たなくなるのですよ。全国の県庁所在地は、ほぼみんなそうだと思いますが、市税全体の半分程度は、地価がベースとなる固定資産税と都市計画税が占めているわけです。だから、税収を下げないために一番簡単なのは、一番地価の高いところに集中投資をして、一番地価の高いところを下げないようにすることです。一番地価の高いところが下がると、全市が引っ張られて、全体に落ちていく事がほとんどです。このプロセスを、中心部だけに集中投資しているように見えるけれども、還流してきた税は全市民に使いますと、説得出来るかどうかは重要なポイントだったと思います。実際、富山の場合、6年前と一昨年の対比で、固定資産税と都市計画税の収入が13%上がりました。40億円から 50億円ぐらい税収が、増えたことになります。

富山市中心地を走るトラム
写真提供:富山市観光協会

西岡:どこかに投資を集中すべきか、ということは私たち民間企業の視点からも大事なポイントだと思うのですが、馬田先生いかがですか?

限りある資源をどこに投下し、どこに投下しないかを決めるのが都市経営の急所

馬田氏:そうですね。都市経営においては、限りある資源をどこに投下して、どこには投下しないのかを決めることが急所と思っています。その意思決定のために、データを使う。さらにデータがあることで、エビデンスに基づく政策決定(EBPM: Evidence Based Policy Making)やエビデンスを踏まえた政策決定(EIPM: Evidence Informed Policy Making)が可能になるということを森さんは今おっしゃったと思っています。

 データをうまく取得することができると、政策や施策の効果を定量的に振り返ることができます。これまでは「こうした活動をしてください」というアクティビティベースで行政と民間企業が協業していた取り組みでも、データを使えば「都市にこうした成果をもたらしてください」という、アウトカムベースでの会話が出来るようになるかもしれません。たとえばソーシャルインパクトボンドのような新しい形です。人流を増やすというアウトカムに対して補助金を付け、民間企業から案を募るということは、人流データがうまく取得できてこそ実現できる施策です。そうした攻めの施策が出来るようになるためにも、データの確保が大事なのかなと思っています。 一方、まだ課題を言語化できていない自治体が多いのではないかという印象を持っています。戦略、ビジョンがなかなか決まらない場合も、ただ立ち止まるのではなく、スマートシティを作るという題目の中で考えながら作っていくこともできるかなと思います。

中身の良い提案ができる自治体に交付金が出る時代に

森氏:最近は、地方創生を目的とした使い勝手の良い交付金の枠が増え、中身の良い提案のある自治体に交付金が直接出る時代に変わってきました。そのため、民間の持っている知見、経験、アイデアを柔軟に取り入れる体質に、地方の行政が変わっていく。一緒に提案型のビジョンやプランを作る。こういった仕事がしやすい状況に今なってきている、そこがすごく大事だなと思います。

富山市全域のセンサーネットワーク完成にも地道な苦労があった

出典:富山市スマートシティ推進ビジョン検討資料より
富山市センサーネットワーク アンテナ配置図

森氏:NECからご提案いただいた、LPWA(省電力広域エリア無線通信)と収集データを管理するデータ連携基盤(FIWARE)から構成されたセンサーネットワークが富山市の全域で完成して3年ほど経ちます。5Gのように高速で大容量のデータを送ることはできませんが、定点観測しているものを常に送信することができ、データを有効活用するためには大切でした。例えば、上流域に雨量計を配置すると、時間雨量50ミリが2時間続くと、3キロ下の小河川で何センチ水位が上がるかという因果関係が、継続したデータ収集の中で分かってくるわけです。このゾーンで時間雨量50ミリが一定時間続くと、この辺りの地域が危険だということは、みんな皮膚感覚では分かっていたのですが、データというエビデンスで示すためには、センサーネットワークが必要でした。現在は、人流や車の移動を測定したり、あるいは、山で熊が見つかると、奥山放獣をしなければならないので、熊にチップを付けて放すなどしています。そしてなるべく他県寄りに行くように、これは冗談です(笑)。これらの取り組みを、自治体が次々と導入していくことがスマートシティ実装になるのですけれど、なかなか動かないですね。アンテナを付ける場所の確保、場所を確保したあとも電源が手配できるかなど、かなり手間と苦労がかかるからと思います。つまり、ハードルは実は技術ではないのです。でも、そこを乗り越えないと、ネットワークという装置が出来ないわけですから、富山市での苦労と成功体験を全国の自治体にご説明することが今の僕の役割かなと思っています。

 前編では、富山市がスマートシティを目指すきっかけとなったコンパクトシティ構想や、都市経営という概念の中でのデジタル技術やデータの活用法などについて聞いた。後編では、市民に納得してもらうために必要な視点や、参加者の連携に必要なトラストなど、スマートシティを実現するエコシステムづくりについて伺う。

次ページ 「将来市民に送るスマートシティ」(前富山市長×東大FoundXディレクター対談) (後編)

 なお、この対談の動画や富山市、高松市の事例、都市OS、都市経営についての情報を以下のWebサイトに掲載していますので、さらに詳しくお知りになりたい方はぜひアクセスしてみてください。