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「将来市民に送るスマートシティ」(前富山市長×東大FoundXディレクター対談) (後編)
~シビックプライドと、過去・現在・将来市民との対話~

 前富山市長で現NECクロスインダストリーユニット エグゼクティブコンサルタントである森雅志氏と、東京大学FoundXディレクターの馬田隆明氏による対談。前編では、富山市がスマートシティを目指すきっかけとなったコンパクトシティ構想や、都市経営という概念の中でのデジタル技術やデータの活用法などについて聞いた。後編では、市民に納得してもらうために必要な視点や、スマートシティの価値実現に不可欠な多様な主体の対話、信頼醸成、エコシステムづくりについて両氏に伺う。モデレーターはNECクロスインダストリーユニットの西岡満代が務めた。

SPEAKER 話し手

前富山市長

森 雅志 氏

日本政策投資銀行特任顧問

東京大学

馬田 隆明 氏

FoundX ディレクター

NEC

西岡 満代

スマートシティスペシャリスト

西岡:民間企業の立場からしても、データに基づいた経営判断は重要だと同感します。そこも踏まえた上で、自治体では、政策に反対する人が出てきた場合に、民間企業以上に、その方々の意見もしっかり聞かないといけないということだと思います。反対意見も聞きながら、でも、どうしても決定しないといけない時に、どう皆さんに分かってもらえたのか、という点が気になりました。

積極的に賛成しなくても、積極的に反対はしないという共感

森氏:小さな成功体験を重ねることが大事だと思っています。ビジョンは大きく出して、Think Big, Small Stepというか。いきなり大きなことを実現しようとすると、結局なかなか上手くいかない。少しずつ小さな成功体験を重ねていくと、共感してくれる人も増えてきます。自分は不満だけれど、うちのお婆ちゃんにとって必要だよね、だとか、私は気に入らないけど孫の時代には必要だよね、などと、積極的に賛成しなくても、積極的に反対はしない。消極的な共感と言えば良いでしょうか。80%の支持を得ようなんて言うとなかなかできないので、過半数の賛同で良いというのは極端だけど、せめて、6、7割の共感は得ているということであれば、それでよいのだと思ってやってきました。

「説明責任」でなく、「説得責任」

森氏:その際大事なことは、「説得責任」を果たすということだと思います。よく「説明責任」という言葉が使われますが、説明で終わっていたのでは、ごみの処理場だとか、斎場だとかいった施設は実現できないですよ。これら更新する作業が何十年に1回来るわけですから、そこで上手く近隣住民を説得するかということは、首長のリーダーシップとしては、大事なポイントだと思います。

馬田氏:今の森さんのお話を聞くと、将来から考えた時に今こうあるべき、というお話が多いのかなと思いました。これは意識的にされているのですか。

過去市民の思い、現在市民の声、将来市民の利益

森氏:そうです。僕は、「将来市民」という言葉をよく使います。民主主義なので、「現在市民」の声を聴くのが普通ですが、時間軸も考えなきゃいけない。例えば戦争が終わった後の戦災復興で、皆さん貴重な駅前の土地を出して広い道路を作ってくれたわけです。

 だからこそ、今の富山市は、歩道も広い。それは、その時点の市民の皆さんが、将来のために協力しようと思ってくれたから。その意味では、過去の市民の思いも受けないといけないし、将来市民の利益も、考えなきゃいけない。水平軸での現在市民の声と、時間軸での過去、将来市民の声も両方大事だという説明を熱心にしています。

馬田氏:現在市民という観点で言えば、デジタル化の結果、情報の流通がすごくスムーズになると、いろんな市民の意見にタイムリーに応えられる、レスポンシブな都市を実現できるかもしれないと思っています。数年に一度の首長に対する投票でもなく、施策に対しての追加的なパブリックコメントでもなく、それらの中間にあたるような形で市民からの市政へのフィードバックができるようになると、街が良くなるサイクルがどんどんと回っていくのではないでしょうか。そうしたレスポンシブな街を作るための実証をしている段階が今なのだと思いますが、今後それらがどんどん実装されていって、良い街を作り続けられる仕組みへと昇華されることを期待しています。

西岡:NEC も、さまざまなまちでスマートシティの実証をやらせていただき、特に富山市とは、私達としては、二人三脚でやらせていただいているつもりです。その上で、実証から実装に行くには何が必要かというのを一生懸命考えた時に都市経営的な視点が極めて重要と考えています。ITでソリューションを入れて、データを集め、効率化し、そこで生まれた財政余力を再投資に回す、という観点ですね。今の森さん・馬田さんのお話は、もっと広く、ITで浮いた財政余力をIT以外のまちづくりに生かす。まちづくりの1つのツールとして、スマートシティがあり、そこで生まれるデータがさまざまな分野の政策に生かせるパワーがあると感じました。

金銭では測れない、「シビックプライド」も重要

森氏:もう一つ私が重視している点は、市民が良いまちに住んでいると自覚できる、シビックプライドを上げることです。ですから、税収がこうなりましたと伝えることと同時に、結果が金銭では測れない成果も目指しました。例えば、花屋さんでお花を買って路面電車に乗ると料金は無料とか、祖父母と孫が一緒に来ると市の施設は無料など。すると今日は入園料もお得に済んだし一緒に外食してから帰ろうかと、地域の消費にもつながりますし、家族の絆にもなります。これを施設の収入に穴が空くなどと発想するのでなく、全体を俯瞰して見てもらうと、いいまちだなと思ってもらえるのですよ。

 このような施策を実行するうえでも、実はデータが大事です。市の施設を無料という施策を始める前と後で、施設利用料の総額がいくら変わったか。施設利用料以外の収入、例えば、ガチャガチャの売り上げが増えて1.6倍になったとかです。最初は必ずしも意味が分かっていなくてもデータを収集すると、後で役立つことがわかる。これも EBPM だと思います。

西岡:では、次のテーマでトラストについて、お話を伺っていきます。NECがスマートシティ、デジタル、非デジタル、防災、観光といったさまざまな分野に取り組むにあたり、 1 社だけではとてもやりきれないと感じます。官民学といった連携も必要ですので、エコシステムづくり、共創プロセスを意識して進めております。このエコシステム作りについて、馬田先生、ご見解ございますか。

馬田氏:そうですね。エコシステムを作っていく上では、官民連携でもまだ足りないと思っています。

 そのときに注意しなければならないのは、官民やステークホルダーの間で、街の理想を共有できているかどうかです。同じ方向を向いて語れるようにしなければなりませんし、理想と現状のギャップが課題なので、街の理想があることで初めて課題が見えてきて、その解決に取り組もうという動きが出てきます。さらに、そこにたどり着くためのガバナンスのあり方も重要です。行政に任せると進みが遅くなってしまう、かといって民間だとトラストが不十分なので合意を得られない、そこを上手くマネージするガバナンスをうまく設計する必要があります。現在行われている取り組みとしては、行政と民間が協力して中間団体を作り、そこを中心に色々なエコシステムを作るところが多いのかなと感じています。

西岡:なるほど。富山の例では、そのような連携はあったのでしょうか。

富山市では、交通規制などの情報を市民がスマホで

森氏:今、お話を聞きながら、僕らがやってきたことで、まさにその1つだなと思ったことがあります。市道のどの交差点で何という会社がどういう工事をしているかということは、道路を管理している市役所の担当は全て把握しているけれど、教育委員会や消防局には伝わっていないわけです。ですから、校長先生が、下校する子供達に、通学路の工事に気を付けるよう言えなかったり、出動要請を受けた救急車がナビだけで動いたりするわけですよ。これは困るなということで、6 年ぐらいかかりましたけど、道路上の工事に関わるステークホルダーみんなで情報をシェアするプラットフォームを作りました。最初は、市道の情報をまず出したのですが、今年から県が県道の情報も出してくれることになりました。将来的には、富山市の全ての除雪車にGPSを付け、位置を把握し、県の除雪も一緒にやっていくなどの取り組みができます。

 火災については、同じ富山市の所管ですから、消防局がプラットフォームに情報を出し、ここで交通規制をやっている、というのを市民がスマホで分かるようにしました。こういった、皆で話し合いをして、まさにトラストで、市民生活の質を上げるために協力する取り組み、6 年かかりましたけど、今はオープンに公開しています。最初は情報を出してくれなかった先もだんだん出してくれるようになり、年々、情報の質が深まっています。

データを連携することで生まれる価値

西岡:NEC としても、収集されたデータが、分野を横断して利用できるデータ連携基盤を作っておりますが、それがどう役立つのかの例として、今のお話は大変参考になりました。

何かが起こる、変わるタイミングは3年、6年続けたあとが多い

馬田氏:今お話聞いていて、6 年という言葉が出てきました。私も他の自治体の皆様のお話を聞いていて、何かが起こる、変わるタイミングは、3年、6年続けたあとが多いなと感じます。少々のリスクを取りながらも、何かを始め、やっていくという中で、トラストが出てくるには6年というタイムスパンになってしまうのかもしれませんね。民間企業側もそうした長期間にわたってコミットできるところが高く評価されるのかもしれない、と思いました。

西岡:そうですね。データを安全に使ってもらう、セキュリティをしっかりして、アクセスすべき人だけアクセスできるようにするのは、テクノロジーで担保できるのですが、そこから先、実際に皆さんでデータを共有して、使っていただく安心感を出すのはテクノロジーではできません。組織と組織のつながりの中で活用するシーンを増やす、市民にもスマホを通じて見ていただき、データの便利さを実感してもらう。デジタルトラストはそのような広い意味でのトラストの醸成と繋がっていることを意識し進めたいなと非常に強く思いました。

 そろそろお時間ですので、まとめさせて頂きます。森さんのお話をお伺いして、富山の事例が本当に参考になるなと思いました。データを出来るだけ早く集めて、質を上げて、EBPMにつなげていく。実際、地価が上がるなど成果も出ているということですよね。

 その成果も、データがあるからこそ測れるというところで、大変先駆的な事例だなと思いました。

戦略的に都市経営を考える
戦略的に都市経営を考える。定量的な効果をもって、市民への説得責任を果たし、シビックプライドを上げる、サイクルを回すことがウェルビーイングにつながる

 また、馬田先生の、「理想を決めるからこそ、課題が見えてくる」、「アウトカムベースで」という軸に、森さんのおっしゃった自治体のリーダーシップが上手く合わさっていくと、他の都市においても、非常に成果が出るスマートシティの展開ができるのではと思いました。データの重要性が、まちづくり全般に役立つという意味で、データ連携基盤の重要性や、データ共有への信頼醸成が必要ということで、NECとしても大きな責任を感じました。データ連携がもっと広がり、スマートシティの取り組みがデジタル田園都市国家構想の波にも乗って広がることを私共もしっかり支援していきたいなと思いました。

 馬田先生、森さん、今日は大変有難うございました。

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