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カーボンニュートラルへ舵を切る日本
実現の鍵は再生可能エネルギー

 地球温暖化を防止する世界的な潮流を受け、日本でも政府や企業を中心にカーボンニュートラルへの取り組みが急加速している。本格的なカーボンニュートラル社会の構築に向けて日本がクリアすべき課題について、専門家や現場のプレイヤーたちはどのように捉えているのか? 日本のエネルギー産業研究の権威である国際大学副学長・大学院国際経営学研究科教授の橘川武郎氏と、東京電力パワーグリッド株式会社 事業開発室グリッドエッジ事業開発グループ課長の枠平恭幸氏に、目指すべき方向性を聞いた。

脱炭素社会に向けた2つの大きな日本の進歩

 日本政府は2020年10月、2050年までにカーボンニュートラルをめざすことを宣言。さらに2021年4月の地球温暖化対策推進本部および米国主催の気候変動リーダーズサミットにおいて、2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減することをめざすと表明した。橘川武郎氏はこの宣言および表明を「画期的」と評価する。

国際大学副学長
大学院国際経営学研究科 教授
橘川 武郎 氏

 「菅内閣の宣言および表明はそれまでの姿勢と比べると格段の進歩であり、歴史に残ることだと思います。ただし、日本のカーボンニュートラルは政府が主導しているというよりも、東京電力パワーグリッド・JERAという民間企業による2つの大きな前進があって、政府が思い切った意思表明をできたという見方が正しいでしょう」と橘川氏は指摘する。

 橘川氏の言う“2つの大きな前進”とは、「送電線使用ルールの変更」と「カーボンフリー火力発電への取り組み」の動きを指す。

 発電所でつくられた電気は、各地に張り巡らされた送電網を使って供給される。しかし、送電網には一度に送れる容量に限界があり、それを超えて電気を通すことはできない。これまで電力会社は、原子力や大型火力発電向けの“指定席”として送電網に一定の空き容量を確保していた。残った限定的な容量のなかで、太陽光や風力などの再生可能エネルギー(再エネ)による電気が割り当てられていた。

 「従来の仕組みでは、再エネによる発電量がいくら大きくなっても送電容量を超えた分はカットされてしまいます。しかし2020年4月から発送電の分離が開始されたことや一部の原発について再稼働の遅れがあったことなどを受けて、送電線使用のルールが変更されました。原子力や大型火力発電向けの指定席を取り払い、再エネによる送電容量を大きくすることが可能になったのです」と橘川氏は話す。

 JERAなどが取り組みを表明している“カーボンフリー火力発電”もカーボンニュートラル社会の実現をけん引する。これは、アンモニアや水素を燃料とする火力発電で、従来の石炭やLNG(液化天然ガス)燃料のように二酸化炭素(CO2)を排出しない画期的な方式だ。

 これら電力業界における2つの潮流の変化により、日本のカーボンニュートラル実現への道筋に現実味が帯びてきた。

課題が残る再エネ、注目は洋上風力による低コスト発電

 その一方で、橘川氏は日本がカーボンニュートラルを実現するためには、まだまだ課題が多いことも指摘する。具体的には、まず「現状ではカーボンフリー火力発電の燃料に使うほど大量のアンモニアや水素を調達・確保するめどが立たない」ことを挙げる。再エネのコスト低減も課題だ。FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取)制度に頼ることなく市場ベースで再エネが導入されるよう、コストを削減する必要がある。

 「託送コストの壁」もある。太陽光による余剰電力を近隣エリアで使おうとしても、国際水準に比べて非常に高い送電線使用料(託送料)がネックになる。さらに、北欧などでは一般的な太陽光発電と太陽熱の両方を利用する再エネの効率活用に対して、日本では政府や自治体、企業があまり関心を示さないことなども問題である。橘川氏は「特に熱の利用は重要となり、『再エネの主力電源化』という日本の発想では不十分で『主力エネルギー化』でなければなりません」と訴える。

 橘川氏が次の再エネの主役として大きな期待を寄せているのが「洋上風力発電所」だ。「2021年に政府の発電コスト検証ワーキンググループが発表した発電コスト計算では、1kWh(キロワット時)当たりの下限値で太陽光が8円台、陸上風力が9円台、洋上風力が26円台と、洋上風力が圧倒的に割高でした。しかし同年末に行われた洋上風力発電の大型プロジェクトの公募・入札で、商社最大手の1つを中心とするコンソーシアムが11〜16円台という低価格で落札。これは2030年の政府目標である8〜9円が視野に入るコスト感で、日本列島を取り巻く風力のポテンシャルを考えると大変期待が膨らむ前進でした」と橘川氏。

 洋上風力発電所の活用については、欧州の例が日本にも大いに参考になるという。「海上に洋上風力発電をいくつも建て、それを海底の直流送電線でつなぐという、オランダ・英国間の北海で行われているやり方を日本でも採用すればいい。国土交通省が洋上風力発電の促進区域に指定している北海道石狩沖から新潟県柏崎沖までずっと洋上風力発電を連ねて、それを海底直流送電線でつないで再エネ電力を集め、今は“自由席”になったと言える送電線網で首都圏まで送電する仕組みが望ましい」と橘川氏は語る。

 あるいは洋上風力発電所から高圧直流送電線で、大口需要家である通信業者の大規模データセンターなどにダイレクトに電力を供給することも十分可能だと、橘川氏はダイナミックなアイデアも明らかにした。

橘川 武郎 教授

 日本における再エネは「環境のため、カーボンニュートラルのために導入する」という発想からスタートしている。しかし、欧州ではもはや「コストが安いから導入する」段階になっていると言う。「日本も再エネの低コストに注目するようになって、初めて本格普及が始まるでしょう」と橘川氏は発想の転換を促した。

実効性のある需給調整市場のために重要となるRA

 自然に左右される再エネの不安定性を考えると、今後カーボンニュートラルの成否の鍵を握るとされる需給調整市場についても現状を改善する必要があると橘川氏は説く。需給調整市場とは、送配電事業者が電力供給区域の周波数制御・需給バランスを調整するために必要となる電力について、多くの電源供給元から市場原理に基づいて調達する仕組みだ。

 「需給調整市場という発想は正しいが、現状の制度設計では発電源を持っていない事業者の参入は現実的に難しい。結局、『償却が進んだ古い石炭火力発電からの電力提供が一番もうかる』といった本末転倒な事態が起きてしまう。そのため、擬似的な発電所の役割を担うVPP(バーチャルパワープラント=Virtual Power Plant)の仕組みがますます重要となり、NECのようにリソースアグリゲーター(RA)として高度なICT、IoTによって事業者の分散電源を効率的に束ね制御するプレイヤーが注目されることは間違いないでしょう」と橘川氏はRAに期待を寄せる。

 RAの目線から、電力の需要家側のニーズを追うことが大切だと言う。日本のカーボンニュートラルに向けた技術開発や取り組みは良いものが多いが、プランはエネルギーの供給側から出されるのが当たり前だ。

 「これでは、大資本にしかできないプランになってしまう。電力を1カ所で大量消費する大企業だけでなく、まとめれば大きな消費規模となる中小企業、一般消費者などの需要家からの本当のニーズを的確にキャッチすることが重要。彼らの弱点はバラバラの存在では大きな力となりにくいことなので、『地域』という単位で束ねてエネルギー使用の最大効率化をめざす必要があります。そうした目的のコミュニティをつくるという意味でも、通信事業者やRAの果たす役割は大きい」と橘川氏は訴える。

RAの蓄電池に東京電力パワーグリッド製を採用

 RA事業の推進によってカーボンニュートラル社会の実現を目指すNECは、ビジネスモデルを検証するため同社我孫子事業場(千葉県我孫子市)に太陽光発電設備と蓄電システムを導入。遠隔で一元的にエネルギーリソースの管理・制御を行うリソースオペレーションセンターやアグリゲーションビジネス検証センターを構築し、ノウハウの蓄積やRAクラウドサービスの機能開発・強化を進めている。

NEC 我孫子事業場の太陽光発電設備

 このシステムでは、東京電力パワーグリッド社製の「LCM※1蓄電池」が導入された。採用蓄電池は容量1744kWh、出力500kWで、同社のラインナップのなかでも最大容量クラスの製品だ。NECのRA検証事業の一部に主要製品が組み込まれた意義について、東京電力パワーグリッド社の枠平恭幸氏は次のように語る。

  • ※1 :ライフサイクルマネジメントの略。
東京電力パワーグリッド株式会社
事業開発室
グリッドエッジ事業開発グループ課長
枠平 恭幸 氏

 「再エネの普及拡大にとって不可欠なのが、調整電力の効率的なコントロールです。また2024年から導入される、将来の電力供給を確保する容量市場の存在も重要になります。調整電力市場や容量市場において、東京電力パワーグリッドの蓄電池が担う役割は大きいと自負しています。今回NECのRA事業に当社の製品が導入されたことによって、今後当社が目指しているミドルBと呼ばれる『顧客層を持つサービス提供者』の方々に、どのように当社製品を普及・拡大して社会実装につなげていくのかに関する貴重なノウハウを収集できると考えています」

蓄電池の使用シーン全体で最適化しコストを削減

 言うまでもなく再エネの普及やエネルギーの効率利用に対する蓄電池の貢献度は大きいが、その普及に対して大きなネックとなっているのは導入コストだ。同社は、この壁を突き破るための対策を進めている。

 「蓄電池は太陽光発電設備のように“何かを生み出す”装置ではないので導入につながりにくい。いくら『カーボンニュートラル』という大義名分があっても、再エネを今以上にうまく活用するなかでメリットが得られる価格帯にまで下がらないと急速な拡大は難しい」と枠平氏は課題を示した。

 そこで同社では、蓄電池の使用シーン全体でのライフサイクルマネジメント(LCM)を最適化することによってコストの低下を図る試みを開始。「どうしても新品蓄電池が必要となるケースもありますが、数年〜数十年に一度の災害時を想定したBCP(事業継続計画)用電源としては、ある程度容量が劣化したリユース品でも十分に役立ちます。プラットフォーム内で効率的に製品を回しながら、最後まで容量を使い切ることによってトータルのコストダウンが可能になるはずです」と枠平氏は力を込める。

蓄電池LCMの概要

 同社はこれまでもVPPの共同実証実験などを通じて、NECとさまざまな協力を続けてきた。カーボンニュートラル社会の実現を推し進めていく過程で関係はさらに深まり、ビジネス面でもwin-winの関係が構築できると確信していると話す。

 今後、再エネの普及・拡大を見据えていくなかで、送電線の容量制約によって発電・運用に制約が生じる『系統混雑』が起こりやすい地域に、それを解消する手段として蓄電池の導入を加速させたい狙いが同社にはある。しかし、地域事業者との直接的な接点が必ずしも多くないため、同社だけの力では成し遂げるのが難しい。

 「エリアのエネルギー・マネジメントなどに豊富な経験・ノウハウを持つNECのRA事業と共同体のような形を取りながら、当社の蓄電池製品の拡大・普及を図っていくことが理想的な展開で、再エネの主力電源化もつながると考えています」と枠平氏は期待を込める。

企業の技術力がカーボンニュートラル社会を推進

 カーボンニュートラル社会の実現に大きく舵を切った日本。その推進力として本当に期待できるのは、企業同士が技術力を生かし協力し合うことだ。再エネの主力電源化には供給量増加を促し、エネルギーの効率利用・省エネに寄与する蓄電池とRA事業が担う役割は大きい。両分野でのさらなる技術進化による普及促進やノウハウ開発が期待されている。