2017年04月13日
ほぼ日 CFO・篠田真貴子氏が辿り着いた「イノベーションのために本当に必要なもの」
改革で考えるべきことは「邪魔する人をいかに少なくするか」
──企業の中で新しいことを始めるとき、ビジネスパーソンはどんなことを考えれば良いのでしょうか?
篠田氏:
前提としてみんなが100%賛成することはありません。企業の規模に関係なく、積極的に変化を受け入れようという人は少数です。これを前提に邪魔する人をいかに少なくするかが問題です。
若い頃、上司が「いい」と言ったアイデアをワーッと実行したら、周りがすごくしらけてしまったことがあります。初めは気づきませんでしたが、しばらくして梯子をはずされたと感じました。よく考えたら、私1人が突っ走っていたのです。それが過去の経験としてあるので、それ以来、少なくとも反対されないようにしようと気を付けています。
ほぼ日でも同じです。棚卸、予算、人事制度まわりで、それまでほぼ日でやっていなかったことをいろいろやりましたが、糸井や同僚の反応は最初「なんで?」なんです。たしかに今までのやり方でもうまくいっていて、売り上げもあるし、読者もいます。「相手は今まで通りのやり方で困っていない」ということに考えが至れば、説明の仕方も変わります。きちんと相手が納得いくまで説明して、自分の当初案もどんどん変えていき、「じゃあ、やってみようかな」と思ってもらってから着手するようにしました。幸い、ほぼ日は業績も良く、仕組みの整理整頓を急がなくてもいい状態だったので、時間をかけることができました。
──これからビジネスの流れを変えようという人は、どんなことを学んでおいた方が良いのでしょうか。
篠田氏:
今の会社のやり方を相対化する視点を持つということですね。私の場合、分野を超えて複数の企業を経験しました。同じことをやるにしても、会社によって、経営方針によって、業界によって判断の基準も優先順位も異なります。だから正解が違ったり、やり方が違ったりします。それを知り、一歩引いた視点を持っていれば、なにかうまくいかないことがあっても、「これにはこの会社特有の事情であって、あっちの企業ならうまくいったかもしれない」と思えるし、それだけで気が楽になります。うまくいかない時も多面的に考えられるので、自分の糧になりやすいのです。
これは、経営者にも言えることです。優れた経営者の方々は、肩書きに関係なくいろんな方とお付き合いを持っています。そのため、付き合っている人びとの擬似的な視点が頭の中にあるわけです。いろんな人の視点が頭の中にあれば、1つのアイデアを多面的に検証でき、それがビジネスの変革につながるのです。
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「必要なダイバーシティ」と「必要ではないダイバーシティ」
──「いろんな人の視点が頭の中にある」とおっしゃいましたが、篠田さんはダイバーシティについてどうお考えですか。
篠田氏:
ダイバーシティは大切ですが、「世の中の流れだから当社も」というだけではいけないと思っています。結局のところ、「自分の組織にどこまで世間を取り込むか」によって、各企業が必要とする「ダイバーシティ」も変わってきます。
たとえば、顧客を広げようとする時、「自分たちにとってのお客さま」をどう理解するのかは重要な問題です。人間は自分が経験したことしか理解できませんから、顧客を理解したいなら、顧客を取り巻く世間の多様性を身近に置く必要があります。そのアプローチの1つがダイバーシティです。
ただし、「世界中のみんな」をターゲットとするビジネスはきっとないでしょう。なので「あらゆる人」を包含する「ダイバーシティ」はあまり現実的ではありません。しかし、ビジネスのターゲット層やその周辺など、「押さえるべきダイバーシティ」はあるはずです。
たとえばほぼ日は、日本語でコンテンツを提供するメディアです。多様な考え方、多様な国籍があるのは良いでしょう。しかし、日本語メディアである以上、業務は日本語で行いますし、コンテンツも日本語です。この状態で「言語のダイバーシティ」は必要ないわけです。こういう意味で、企業によって必要とする「ダイバーシティ」も変わってきます。
辞めた人とのゆるやかなつながりがイノベーションを起こす
──篠田さんが「まえがき」をお書きになった『ALLIANCE―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』も企業と世間の関わり方について触れられています。
篠田氏:
この本について、「これはガバナンスの本だ」と言った方がいました。「コーポレート・ガバナンス」というのは、経営判断が世間からずれておかしくならないよう、経営層に社外から人を招き、第三者の視点を組織に取り入れることです。それなら、社内の中間層も何らかの形で外の視点を知るための仕組みが必要です。その方が硬直化を防げます。
この本が提唱しているのは終身雇用ではなく、終身信頼関係です。人も企業も変化するので、ずっと連れ添うのは難しい。しかし、一度はつながった仲ですから、その関係を大事にしていくと、企業にとって新しい何かが必要になった時、取り入れやすいのです。
辞めていった社員を裏切り者と見るのではなく、組織的なつながりがあるだけで世間とのつながりができます。雇用関係ではなく信頼関係に基づくゆるいつながりがイノベーションを起こしてくれます。
ルールとして明文化しないまでも、企業文化や雰囲気の範疇でゆるい関係を維持する企業もあれば、名簿や同窓会でリアルなつながりを維持する企業もあります。とはいえ、これも企業ごとの個別の判断によります。ゆるい関係が必要と判断するなら維持すれば良いし、必要ないと判断するなら無理に維持しなくても良いのです。
大切なのは「考えたことありますか?」ということです。考えた結果として離れていった社員と付き合わないならいいけれども、考えたことがないのならもったいないですね。
──最後に読者の皆さまに一言お願いいたします。
篠田氏:
もし今、私の目の前に他社に所属する30代の課長がいて、会社の不満をいろいろ相談されたなら、私は「あなたはどうしたいの?」と聞きます。自分の権限でやれることがたくさんあるはずです。「自分にとって、今の会社との関係って何?」と考えてみることも大切です。イノベーションも含めてすべての出発点はそこにあります。
──本日はお忙しいところ誠にありがとうございました。
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