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三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた

物流の”仕組み”を変えた寺田倉庫のタブー破りな挑戦

保存管理から”コミュニケーション”へ

三宅氏:たしかに、個人のものを預かるのは怖いですよね。友達の大切なものを預かることをイメージすれば、わかります。そこに乗り出そうとするのは、勇気がいることだったのではないでしょうか。

月森氏:社内でも意見が割れました。そこまでやる必要はないのではないか、と。ただ、寺田倉庫が変わっていこうという中でキーマンになっている今の代表が、「面白いことをやろう」と背中を押してくれました。もともと会長の古くからの友人で、特別顧問という位置付けだったのですけども、現在は代表として指揮をとっています。代表は小売りのエキスパートであり、個人向けの視点を大事にしているので、私が考えていた「MINIKURA」の事業を面白いと感じてくれたようです。

三宅氏:BtoBの時は「商品」だったのが、BtoCになって個人の「財産」を預かるようになった、と。しかし、箱を開けて撮影されるのが恥ずかしいと、抵抗感がある顧客もいますよね。

月森氏:もちろん、いました。ですから、あらかじめ開けて撮影するプランと、開けないプランを用意しました。サービスを始める前には、開けないプランのほうが圧倒的に多いと予想していて、たしかに8対2の割合で開けないプランのほうが多いという結果になりました。ただ、やってみて気づいたのが、箱を開けて荷物を1点1点管理するようにすると、それにまつわる新たなビジネスが生まれてくるということです。例えば、洋服を預かっていることがわかったなら、保存管理するだけではなく、取り出す時にクリーニングしたら喜ばれるのではないか、と考えたわけです。

三宅氏:なるほど、預かっている荷物の顔が見えるようになると、顧客の動機や生活背景が見えるようになった、と。なにを預かっているのかわからなかったら、そういうサービスはできませんものね。

月森氏:そうですね。箱を開けることで初めて、なにを預かっているか特定できるようになったので、それにまつわる周辺のオプションサービスをつけることができるようになりました。預けることだけが目的ではなくて、とりあえず私たちに荷物を託していただければ、いろいろな活用方法が生まれますよという、保存管理から”コミュニケーション”にシフトさせていったということです。当初は8対2だったのが、今は6対4くらいに変化し、箱を開けるプランが増えてきています。

自社だけではなく、パートナー会社と組んで広げていく

月森氏:さらに、クリーニングするだけではなく、預かった荷物を旅行先に送ったり、必要なくなった荷物をオークションに出品したりと、物を軸にコミュニケーションの可能性を広げていきました。物理的な距離感はあるのですが、Webを通していつでも荷物を管理できるようになっています。

三宅氏:単品管理するようになってから、顧客のニーズの変化はありましたか?

月森氏:「MINIKURA」を利用いただくことで、荷物を保存管理するだけではなく、活用しようという心の変化が生まれてきたように思います。オークションで売ろうとするのが、その最たる例です。

三宅氏:オークションに出品するサービスを始めたのは、いつ頃からですか?

月森氏:「MINIKURA」が立ち上がって、1年くらい経った頃です。たまたま、Yahoo!さんに見つけてもらったことから、サービスがスタートしました。私たちは荷物を倉庫で保管しているので、物は確実に確保している。そのことが、オークションに出品するうえでの信頼の一つにもなります。Yahoo!さんと連携することで、「家に置いておくと邪魔だから預けよう」から、「『MINIKURA』に預ければ、ほかの活用法が見つかるかもしれない」に、顧客のマインドが変化していきました。

三宅氏:BtoCになったと思ったら、Cの顧客が利益を出すプロフェッショナル化したということですね。

月森氏:スモールBになった感じでしょうか。私たちが預かっているアイテムは1700万点あるのですが、ロット商品ではなくて一点物であるという利点があります。一点物のアイテムをこれだけ集められるという「価値」にようやくたどり着いたと言いますか、それをデータベース化して活用することができるようになったのが、「MINIKURA」というサービスのほかにない強みだと思います。

三宅氏:1700万点は、膨大な数ですね。

月森氏:この数には少しカラクリがありまして、すべてを私たちが集めたわけではありません。APIを通じて、いろんな企業がそのユーザーから集めたアイテムが含まれているんです。「MINIKURA」がスタートして1年経った頃、近くの東京国際展示場で開催されるコミックマーケットにスタッフ総出で足を運び、チラシをまく営業活動をしたのですけど、まったく効果につながりませんでした。ですが、しっかりサービスの説明をすると、フィギュアファンの方からはすごく評価してもらえたんですね。「たしかに2軍、3軍のフィギュアは預けてもいいよね。しかも写真で管理できるんでしょ」と。でも、寺田倉庫や「MINIKURA」というブランドは、ファンの方にとって近い存在ではない。また、私たちとしても、マーケティング手法を「趣味の物を預かる」という方向にしていくにも限界がありますし、趣味以外の物も全方位的に預かりたいという思いがありました。そこで、この仕組みをAPI化し、いろいろなパートナー会社が利用できるようにしました。

三宅氏:まさに「仕組み」を作ったわけですね。たとえば、どのような会社と?

月森氏:フィギュアに関連していうと、バンダイさんが私たちの仕組みを使ってくれています。コアなフィギュアファンになると、保管のためにマンションの一室を借りるほど。なかには、「もう収まらないから、新商品を出してくれるな」と思うファンもいるそうです(笑)。だから、気軽に保管するサービスは、とても需要があるんですね。バンダイさんとしては、保管料で儲けようというよりは、また新しいフィギュアを買ってもらえればいい。ただ、フィギュアファンは、パッケージの箱が潰れるのをすごく嫌うんです。ですから、1ミリ単位でボックスのサイズを調整して、ピタリと収まる工夫をしました。

三宅氏:なるほど、バンダイさんにしてみれば、売りたいのはまずフィギュアだけれど、潜在顧客であるコレクターの家には、それを置くスペースがもうあんまりない。そこでそのスペースそれ自体と、それを埋めるコンテンツとしてのフィギュアをセットで販売すると、コレクターは置き場所を心配せずいくらでも買える。そんなサービスがあると聞くと、私もフィギュアを買いたくなってきます。ヤバいことを知ってしまいました(笑)。すごい神算鬼謀、まるで諸葛孔明じゃないですか。

月森氏:さらに、物置を作っているヨドコウさんと組んで、「MINIKURA」では預かれないような、ゴルフバッグといった大きな荷物を預かるサービスも展開しています。

三宅氏:面白いですね。ハードとして物置を作っていたヨドコウさんが、収納キャパを売るようになった。マーケティング論でいう「顧客が望んでいるのはつまりドリルではなく穴である」というテーゼの好例です。

月森氏:「MINIKURA」は、いわば物を保管し、Web上で可視化した上で、動かせるというサービスです。これに新しい発想を加えると、日本にない新しい市場が生まれると私たちは期待しています。