

三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた
物流の”仕組み”を変えた寺田倉庫のタブー破りな挑戦
SUMMARY サマリー
スタートアップの事業をサポート
三宅氏:お話を伺っていて思ったのは、所有欲と利用欲を分けて考えられるようになったということです。
月森氏:私たちは「保存、保管業」と名乗っていますが、たしかにそうですね。天王洲でワインセラーを運営しているのですけど、利用者のほとんどが個人ユーザーで、多い人で数万本ほど預けていただいています。コレクターで集める事が好きであることは間違いないと思うのですが、所有するだけではなく、多くの方が保管して価値を上げるという理由でセラーに預けています。ワインは、熟成させると価値が上がりますので。つまり所有だけではなく、「利用」していると言えるかもしれません。
ワインセラーだけではなく、美術品を保管する事業も行っています。これらは天王洲エリアを中心とした高付加価値の事業として以前から行っているのですけど、現在では「MINIKURA」の仕組みを使って、ワイン1本、美術品1点からでも預けられるサービスを開始しています。ワインセラーというと、プライベートな保存庫というイメージがありますが、クラウド上に情報を上げることによって、ワインのデータからいろいろなことが広がるんです。「これを売ったらいくらになるんだろう?」ということだけではなく、さまざまなビジネスにつなげていきたいですね。たとえば、保管していたワインを軽井沢の別荘に届けたい、なんて需要もあるでしょう。保管したものをクラウド上で「利用」できる「MINIKURA」ならではのビジネスを、これから模索していきたいです。

三宅氏:荷物を保管するだけではなく、それを「情報」としてクラウド化していく。そのことで、これまでの常識では考えられなかったような、利用法、いろいろなビジネスが生まれてきそうな感じがします。
月森氏:そうなんです。私たちは物を保存管理するプロですし、「MINIKURA」の仕組みも作り、プラットフォーム化しました。この仕組みを使って、いろいろなビジネスをしたいというアイディアが若い人から寄せられています。スタートアップやベンチャーは、面白いことを考えるのが得意です。最近では、エンジニアも必ず常駐していますので、技術力もあります。
しかし、物流はどうしても委託せざるを得ず、しかも実績がなければ与信が取れないので、契約ができない場合もあるそうです。そこで私たちは、やる気とアイディアの魅力があれば、物流の仕組みを提供することにしました。さらに、背中を押す程度ですが、出資をすることもあります。大企業と組むのも魅力がありますけど、それだけでは従来のやり方と変わらないので、スタートアップやベンチャーと組んで面白いアイディアを短期間で事業化していくことに力を入れています。
たとえば、ファッションレンタルサービスの「airCloset(エアークローゼット)」にも私たちの仕組みを提供しています。エアークローゼットは、身長や体重、スリーサイズ、好きな色などのプロフィールを登録すると、スタイリストが服をコーディネートしてくれるというサービスです。繰り返し使っていくと、パーソナライズされて精度が高まってくる。その裏側の機能として、届ける、戻ってくる、クリーニングに出す、また貸し出すという仕組みを使ってもらっています。
「余白創造」のプロフェッショナル
三宅氏:「クラウド部室」というサービスもありますね。どのような仕組みですか?
月森氏:これは、社内から出てきたアイディアです。クラウド上に部室を作って、スケジュールを管理したり、SNS機能によってみんなでトークできたり。もちろん、「ロッカー」に用具を預けることもできます。「MINIKURA」のユーザーさんの中には、アカウントを共有している人がいます。おそらく家族や仲間と一緒に、ボックスを共有して保管しているんです。しかし、「クラウド部室」を使えば、そんな面倒なことをしなくても仲間たちと共同で保存管理することができます。最初は「グループ機能」にしようと思ったんですけど、分かりやすいように「部室」を謳っています。
三宅氏:たしかに、「クラウド部室」と聞いて、はじめは「どういうことなんだろう?」と思いましたけど、説明を少し読んでから「部室」と言われると、サービスの意義がわかりやすく伝わってきます。
月森氏:「預ける」という言葉は、ややもすればネガティブなイメージとして受け取られてしまいます。そうではなく、どのようにして必然性を持たすことができるか、ということは意識していました。
三宅氏:今の日本は、世界史で先例を探すとすると、ヴィクトリア朝期のイギリスのように社会の安定が続き、それなりのストックができて、社交クラブのようなものが流行った時期と似ていると思います。つまり、暇になった人たちが「余暇」にお金を使うようになってきている。ただ、日本の場合は人口密度が高すぎて、スペースのコストが高いのが新しいことをやる時の足かせになっています。
月森氏:仕組みを作るのが私たちの役目なので、そこにスペースを提供してくれるような会社を集めることが重要になります。「MINIKURA」の場合は、東北や神奈川県に倉庫を構える物流パートナーと組んで運営しています。東京、千葉などの湾岸地域の倉庫は、現状でほぼ埋まっていますが、地方に行くとまだ空いていて、スペースを埋めるために営業を雇わざるを得ない。しかし、「MINIKURA」の仕組みを使えば、BtoCで荷物を集めることができます。余暇やユーザー体験を変えるアイディアをもっているスタートアップやベンチャーと組み、新たな需要を掘り下げていきたいです。
私たちは自分たちのことを「余白創造のプロフェッショナル」と標榜しています。ただ単に「自宅のあるものを預ければ、すっきりするよね」という意味ではなくて、そこには”想い”がある。たとえば、美大を卒業して、働きながら制作しているようなユーザーが制作した絵画を預かり、売ったりレンタルさせたりできる「BAZART(バザルト)」というサービスも寺田倉庫として提供しています。美術品を保管するノウハウは、すでに溜まっています。さらに、アートの文化も保存保管したいという想いがあり、日本古来の画材を売るショップを開いたり、そこでアートに関するワークショップを開いたり。
私たちは余白を創造することで、生活や活動の質の向上、もしくは文化創造のきっかけになる会社でありたい。「MINIKURA」のコンセプトは、誰でも倉庫を持つことができ、発想次第でさらに先の活用ができるということ。現在は月2件ほど、スタートアップやベンチャー企業の方々がアイディアを持ち込んでくれていますので、これから先どう進化するか私たちも楽しみです。
三宅氏:いろんな用途がまだまだ発明されるでしょうね。月森さんたちがまず起こしたイノベーションは、顧客の持ち物を箱単位ではなくアイテム単位で管理できるように情報システムを整える、ということでした。それにより旧来よりも飛躍的に便利になって、個人需要を掘り起こせるということが事前から構想されていました。それだけでも画期的ですが、いざそれが実現されるとアイテム単位でこそ可能な被服のクリーニングサービスや、オークションとの連携といった、事前の構想以上のサービスの可能性が見えてきて、それらを果敢に取り込んで新しいライフスタイルを実現した。いい意味で出たとこ勝負というか、当初の構想の未完成さ、発展可能性を利用して、走りながら成長していっているといった感じでしょうか。これこそ「マドルスルー」(muddle through 「泥の中、手探り状態で出口を探し求めて進んで行く」こと)のよさだと思います。
そうやって自社のシステムを他社と連携しやすいようにデザインして、のりしろが多い自在さを発揮していく。そして、パートナーと一緒にいろいろな枝を伸ばしていって、幹もいよいよ太くなる、そんな予感がします。社会のさまざまなところでこのサービスが利用されて、新しい文化が生まれ、もっとクリエイティブに生きられる人が増えていけばいいですね。
先ほど画材ショップも拝見しましたが、美にこだわる思いが充ちているような空間でした。天王洲で美術品や高級ワインの保管をしてきた経験が、文化への感度、構想力を育んだのかと思いますが、倉庫業という産業の裏方には実はすごい教養人がいるということを、まざまざと感じました。とても刺激的なお話を伺うことができました。本日は、本当にありがとうございました。

(文・構成=宮崎智之)