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三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた

物流の”仕組み”を変えた寺田倉庫のタブー破りな挑戦

 中小・ベンチャー企業の市場創造研究で知られる気鋭の経営学者・三宅秀道氏(専修大学経営学部准教授)が、ユニークかつ継続的に事業を展開している企業にスポットを当て、「企業が身につけるべき新規事業を興す力」を探っていく当連載。今回は、個人向けの荷物をボックス単位で預かるサービス「MINIKURA」(ミニクラ)を運営するなど、既存の枠にとらわれない新サービスを数々展開している寺田倉庫(東京都品川区)の上席執行役員・月森正憲さんに話を伺った。

 倉庫業は、物流システムにはなくてはならない業態だ。一般の人にはあまり馴染みがない業界のように思えるが、私たちの生活を支えるうえで重要なインフラの一つになっている。しかし、いわゆる”下請け的”な発想に陥ってしまう会社も多いのが実情。結果、「より安く預かれる倉庫をつくる」という価格競争に、巻き込まれてしまいがちというジレンマを抱えている業界でもある。

 そんな中、下請けのみの仕事から脱却し、「仕組み」を作ることに挑戦する寺田倉庫。2012年に立ち上げた「MINIKURA」は、月200円からの値段で、ボックスに入れた荷物を預かるというものだ。ボックスの中の荷物を一つひとつ写真撮影して管理し、オークション出品に利用できるようにするなど、預かった商品を安全に保存管理する観点からこれまで業界ではタブー扱いされていたサービスを展開している。品川の天王洲アイルに本社を構える寺田倉庫はどのようなビジョンのもと、物流業界にイノベーションを起こそうとしているのだろうか。三宅氏が話を聞いた。

SPEAKER 話し手

専修大学

三宅 秀道 (みやけ ひでみち)氏

専修大学経営学部准教授

寺田倉庫

月森 正憲(つきもり・まさのり)氏

寺田倉庫 執行役員

安定した下請け仕事から、「仕組み」を作る発想へ

三宅氏:寺田倉庫は、創業した1950年当初は政府備蓄米の倉庫だったそうですね。

月森氏:食糧庁の指定倉庫として、米の保管事業を手掛けていました。

三宅氏:倉庫業は、産業のいわば裏方ですが、絶対に必要な業態です。需要もあるし、事業も安定していますので保守的になりやすい業界だと思います。しかし、寺田倉庫は新しいことに挑戦している。

月森氏:おっしゃるとおり、倉庫業は下請けみたいなマインドになりがちなんですけど、そこから脱却していこうという機運が生まれたのが6年前のことです。私が入社した20年ほど前は、法人相手の仕事が主でした。荷主さんがいらっしゃって、荷主さんの計画通りに受注発注が行われ、倉庫に荷物が入ったり、出たりする。言葉は悪いですけれども、言われた通りのことだけをやっていればよかったわけです。こうした発想だと、どうしても拡大路線に入っていくしかありません。安く荷物を預かれる倉庫をどんどん作っていき、荷主さんを増やしていく路線しか取れないのです。

 また、個人向けトランクルームの市場に目を向けると、私たち倉庫業の会社だけではなく、不動産業がどんどん参入してきていました。よく、道端にコンテナが置いてあると思いますが、あれもトランクルームの一種です。不動産業が空いているスペースを活用し、物件開発を進めていきました。しかし、これも拠点を拡大していかなければならないので、次第に価格競争になってきます。そうなったときに、一緒に競い合うべきかどうかを考え出したのが6年前のことです。

三宅氏:放っておくと、スケールメリットを競って価格を下げる方向にいってしまうということですよね。

月森氏:そうですね。6年前は色んな場所に物流センターを設けていたのですが、今では、さまざまなパートナー会社に機能ごとに委託し、施設も従業員もスリム化しました。

三宅氏:事業縮小ということではなく、高付加価値の事業に転換を図ったということでしょうか。

月森氏:「選択と集中」ということだと思います。一つは本社のある天王洲エリアに投資を集中すること。もう一つは、「仕組み」を作ろうということです。物流センターを自前で持って、従業員を100人配置すると、そこのセンターを使おうという発想にならざるを得ない。つまり、施設や人のために仕事を作るという、本末転倒な発想になってしまい、時代の変化に対応できなくなってしまう。ですから、「変化に対応する」をモットーに仕組みを作り、その仕組みをいろいろな物流パートナーに導入してもらって、アメーバーのように広げてくという考え方に転換したんです。そうしなければ、施設を作り、人員を配置し、価格競争をするといった流れから抜け出せませんから。

業界のタブーを破った、新しいサービス「MINIKURA」

月森氏:私が担当している「MINIKURA」というサービスがスタートしたのが、2012年9月のことです。「誰でも自分だけの倉庫を持てる」というコンセプトで、「次世代の物流サービスやトランクルームの仕組みを考えないといけない」という問題意識の元に企画を練り、サービスを実現しました。

 簡単に説明すると、月200円からの値段で、ボックスに入れた荷物を預かるというものです。空調、セキュリティ完備の倉庫に保管し、取り出しもWebから申し込んで、自宅や目的の住所までお届けします。また、ボックスの中の荷物を最大30カット写真撮影し、Web上のマイページで確認できるサービスもあります。「寺田倉庫は、これから変わっていくんだ」という、いわば旗印の第1号として、Webを使った仕組みを作って新しいことをやっていこうと企画されました。

三宅氏:BtoBメインだったのが、BtoCに変わるということで新しい苦労があったのではないでしょうか。

月森氏:サービスを始めるにあたり調査してわかったのは、トランクルームなどに荷物を預ける個人のお客さんは、預けていることすら忘れてしまいがちということです。雑多な物置感覚で使っていて、何を預けているのかも覚えていない。そういう使い方をしているんですけど、倉庫会社からは月額使用料が引き落とされている。ここを解決しないと、お互いの関係性がよくならないと思いました。

三宅氏:それでは単なる場所貸しというか、容積貸し業になってしまいますよね。

月森氏:そこで、ボックスの中の荷物を写真撮影することを思いつきました。法人向けのサービスであれば、箱を開けてラベルを貼ったり、ギフト包装をしたりすることはよくあることです。しかし、個人向けの荷物にそういうことをしたらいけないという商慣習が、業界には根強くありました。

三宅氏:なぜですか?

月森氏:法人向けのサービスなら、万が一、荷物を壊してしまったり、失くしてしまったりしたら弁償することになります。しかしながら、個人向けの荷物は、なかなか弁償がききません。個人的な思い出や感情がこもった荷物が多いからです。ですから、ボックスはボックスのままお預かりして、箱の中に何が入っているかは関与しません、というスタンスでやっている業者がほとんどでした。

 ただ、預けた荷物を忘れてしまうといった課題の部分のほうが、私たちは大きく感じていて。個人向けの荷物であっても、ボックスを開けて取り扱えるというノウハウはあったので、チャレンジングなことではあったのですが、中身の荷物の写真を撮影するというサービスを始めました。写真を上手に撮るのには苦労したのですけど、プロのカメラマンに監修してもらって、機器や設備を揃え、どんな人でも同じように写真が撮れるスタジオを作りました。