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2018年03月08日

三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた

「人を励ます」という事業の市場を作って一般化していきたい
~「きずなメール」で“孤育て”を予防するNPO法人の挑戦~

 中小・ベンチャー企業の市場創造研究で知られる気鋭の経営学者・三宅秀道氏(専修大学経営学部准教授)が、ユニークかつ継続的に事業を展開している企業にスポットを当て、「企業が身につけるべき新規事業を興す力」を探っていく当連載。今回は、妊娠、出産、子育てや、地域の支援に関する情報・メッセージを配信している「特定非営利活動法人きずなメール・プロジェクト」(東京都杉並区)を取り上げる。

 核家族化が進む現在では、地域の人間関係が希薄化し、「孤育て」とも呼べる状況に陥る母親も多い。不安な気持ちを抱えたまま、誰にも頼れず子育てのほとんどを背負っている大変さを周囲に伝えられず、その結果、産後うつや乳幼児虐待などに繋がってしまうケースもある。そこで「きずなメール」では、母親に情報を提供するだけではなく、さまざまな工夫を凝らして、妊娠、出産、子育てに父親をはじめ周囲の人を巻き込み、コミュニケーションを誘発することを目指している。

 大島氏はどのように、日本における妊娠、出産、子育ての社会課題に取り組んでいるのだろうか。NPOという形態を選んだ理由など、実現に向けた思いや取組について、三宅氏が話を聞いた。

競馬雑誌の編集者からNPO法人立ち上げへ

三宅氏:
 大島さんは、今やっている活動とは畑違いの雑誌の編集に関わっていたそうですね。

大島氏:
 出版社で、競馬専門の月刊誌を10年ほど編集していました。ですから、僕はビジネスでも医療でもなく、クリエイティブ畑の文脈から出てきたということになります。競馬雑誌の編集も大変やりがいがあったのですが、結婚して子どもが産まれたことを機に「より人の役に立つことを実感できる仕事をしたい」と思うようになりました。今からだいたい10年前。ちょうど40歳の頃のことです。

三宅 秀道 (みやけ ひでみち)氏
専修大学経営学部准教授

三宅氏:
 編集者として脂が乗ってくる時期ですよね。新しい挑戦をすることに、不安はなかったんですか?

大島氏:
 ありました。編集していた雑誌は、もともと僕自身も一人の読者だったので、編集部に配属されたときは嬉しかった。だから仕事の基準は「自分自身がお金を出して、その雑誌を買えるか?」だったのですが、ある時期からそうは思えなくなってきた。やっぱりフレッシュな感覚を失って、読者と同じ目線で雑誌を楽しめなくなってきたんですね。そこに限界を感じて、転職が頭に浮かぶようになりました。

三宅氏:
 とは言え、慣れ親しんだ仕事を辞めるのには、並々ならぬ勇気がいったと思います。

大島 由起雄(おおしま ゆきお)氏
特定非営利活動法人 きずなメール・プロジェクト
代表理事

大島氏:
 やはり、子どもが産まれたことが大きかったと思います。子どもが成人するまでは仕事をしなければいけないとして、あと20年この仕事ができるかと考えた時に、インターネットの登場で業界が激変している中、会社や自分はその変化についていけるのかとても不安になりました。だから自分なりに会社の中でいろいろアクションは起こしてみたのですが、やっぱり力不足というか。長い間、同じ会社にいたので、外の世界を知らないから、説得力がない。そんなタイミングで、知り合いからインターネットのコンテンツ制作の仕事に誘われたことをきっかけに転職しました。変わるリスクと、変わらないリスクを比較し、後者の方が断然怖いと思ったんです。

三宅氏:
 なぜ、その後、「きずなメール・プロジェクト」の立ち上げに行き着いたのでしょうか?

大島氏:
 「きずなメール・プロジェクト」は、フリーランスで書籍編集やライターの仕事をしていた妻と一緒に立ち上げました。妻が妊娠した時期に、『The Pregnancy Journal』という胎児の成長をデイリーで紹介する洋書をプレゼントされて、読んでいたんですね。「今はリンゴくらいの大きさです」「外の音が聞こえ始めました」などと胎児の成長が詳細に書いてある、全米で100万部売れている素晴らしい本なのですが、日本では翻訳されておらず、類書もないことがわかりました。そこで、日本版を企画し、『はじめての妊娠・出産安心マタニティブック―お腹の赤ちゃんの成長が毎日わかる!』の出版に漕ぎ着けました。おかげさまで毎年売れ続けるロングセラーとなっています。これをメールでやれば面白いのではないかと思ったのが「きずなメール・プロジェクト」を始めたきっかけです。同書を着想としていますが、今の「きずなメール」のコンテンツは、すべてオリジナルで作成したものを配信しています。

三宅氏:
 転職して、インターネットのコンテンツ制作をしていた経験が活きたのですね。

大島氏:
 そうですね。「胎児の成長を届ける」というのは、コンテンツとして非常に良いのではないかと直感しました。さらに、妊娠期だけではなく、3歳の誕生日までの出産後(子育て期)の情報も配信することにしました。転職先でメールの基本的なシステムは学んでいましたし、コンテンツを作る力は僕にも妻にもありました。病児保育などの活動をしている駒崎弘樹さんの本を読んで、「社会起業」という発想にも強い興味を抱きました。株式会社ではなく、NPOなど非営利の法人格で成功している先例があることに勇気づけられました。

信頼できる情報でコミュニケーションを誘発

三宅氏:
 どうして、NPO法人という形を選んだのでしょうか。たとえば、コンテンツを作るのであれば、編集プロダクションなどといった形の営利企業として活動することもできたと思うのですが。

大島氏:
 こういったコンテンツの収益モデルは、当時も今も広告と課金が主です。でも広告モデルは、例えば不正確だったり、著作権を無視していたりする情報を掲載して問題になったメディアがありましたが、あのような問題と表裏一体になってしまう恐れがある。課金はいわば、「◯◯円いただいたら◯◯をします」という読者との直接契約なので、これもしっくりきません。株式会社だと、このしっくりこない感じに自分自身が引っ張られそうに感じました。

 そんな時に「社会起業」の考え方に出会って、株式会社以外の法人格でも事業として成立できる事例があることを知った。しかもNPOという考え方は海外から入ってきたもので、まずビジョンやミッションを設定して、それをどうやって持続可能にするかという発想であるため、自分の考えていることに合っているのではないかと。「広告と課金モデルではなく、持続可能な事業モデル。そして、社会に役立っているということを実感しつづけられる仕事」を自分なりに考え、自治体や医療機関をクライアントかつ課題解決の協働相手としながら事業を継続する方法に行きつきました。それであればNPOだろう、となったわけです。

三宅氏:
 なるほど。出産や子育てに、どのような課題があると思って事業を始めたのでしょうか?

大島氏:
 1つは「母親の孤立」です。自分自身が親として子育ての当事者になったとき、まず「世の中には子どもや子育てという世界がある」ということを実感しました。さらにその後、子育ては地域や共同体の中で行われてきた歴史があることを知りました。

 核家族は歴史的に見て、まだ新しい家族形態なんです。しかも孤立しやすい。地縁がないところで子育てをしている人も多くて、その場合は、高いストレスの中で子育てをしなければならない。そうした状態を、僕たちは「孤育て」と呼んでいます。実際に、出産した女性のうち8〜10人に1人の割合で「産後うつ」にかかると言われています。産後の女性はメンタルの変化が激しいですし、男性も今まで見たことがないような妻の状態を目の当たりにすることになる。

 2つ目は、「検索不安」という言葉があります。特に妊婦さんや子育て中のお母さんは、現状を不安に思うあまりに、情報収集をインターネットでの検索に頼ってしまいます。必ずしも悪いことではありませんが、ネットにはさまざまな情報があります。時には、最初に調べたものと正反対の情報が乗っていたりすることもあるので、どうしたらいいのかがわからなくなってしまい、余計に不安になるお母さんもいます。

 このように、孤育ての状態が続くと、育児不安が高まります。また、虐待のリスクも高まります。虐待は、親自身の養育環境、貧困やジェンダーの問題などが複雑に絡み合っている課題ですが、なんとか食い止めていかなければいけない問題です。「きずなメール」のしくみは、乳幼児虐待の予防になると信じ、僕は取り組んでいます。

三宅氏:
 出産や子育ては、ほとんどの人がそうたくさん経験するわけではありませんからね。しかも、親元を離れて暮らしている場合、一番身近な経験者からも実体験が聞けない。それは、やっぱり戸惑いますよ。「どれくらいの時期につわりがきて」といったざっくりした情報は知っていても、それだけでは細々したことにいちいち不安がつきまといますよね。

大島氏:
 胎児の発達については、個人差はあるものの、成長過程は全世界共通です。そういった情報を正確、かつ的確な時期に届けることができれば、戸惑いや不安はだいぶ薄れます。「きずなメール」は、多くの医師に監修協力してもらっていますから、信頼できる内容になっています。さらに、妊娠、出産は母親だけでなく、父親も当事者です。最近はシングルでも子育てできる社会になるべきと思っていますが、いずれにしても祖父母を含め、関係するひとは全員に読んでもらいたい。

 というのも、同じ情報をみんなで共有するだけで、コミュニケーションが誘発されて、ポジティブな変化が起きるんですね。「きずなメール」でコンテンツを担当している僕の妻はもともとライターですし、自分でも妊娠、出産を経験しているので、その部分はこだわって制作しています。たとえば、「今、お腹の中の赤ちゃんは、パートナーの掌を合わせたくらいの大きさです」と原稿に書くと、実際に掌を合わせて大きさを確認してみるなどのコミュニケーションが生まれるんです。

 さらに、僕自身の体験として、妻が妊娠した際、大きくなるお腹を見て「すごいなぁ、なんて神秘的だろう」と衝撃を受けたんですね。男性には経験ができない、わからないので、ちょっとした嫉妬心もありました。ですから、ぜひ男性の方も登録し、妊娠、出産の追体験をしてもらいたい。そうすると、男性の関わり方も変わってきます。本を読むなどの「プル型」ではなく、LINEやメールで受け取る「プッシュ型」だということもハードルを下げます。

「人を励ます」ことを事業化する

三宅氏:
 どのようにすれば、「きずなメール」を受け取れるのでしょうか。

大島氏:
 きずなメールは「自治体から提供されているもの」「医療機関から提供されているもの」「誰でも自由に講読できるお試し版」の3つがあり、登録は無料です。メールに加えて、最近だとLINEやTwitterでも読めます。状況により、他社のアプリやシステムからも読める地域もあります。

 この中で、自分の住んでいる自治体のものに登録してもらうのが理想です。というのも「きずなメール」は、産前、産後に必要な情報をきめ細やかに提供するだけではなく、その自治体でどのような支援が受けられるのかといった情報も提供しているからです。つまり医師の監修のもと作った基本原稿のほかに、予防接種を受けられる場所や助成金といった情報も、自治体ごとに細かくカスタマイズして、画面遷移せずそのまま読めるように編集しているんですね。

 そうした情報をもとに、子どもの発達に関する知識や子育てのコツを知ることで安心したり、地域との繋がりができたりして、孤育ての状態も防ぐことができます。

 他に、医療機関(産院や小児科等)で提供されているものは、その病院独自のお知らせなどが追加されているものもあります。

 これらのものがお近くに導入されていない方に向けて、「きずなメール」の存在を知って検索してくれたら、誰でも無料でお試し版のきずなメールを読めるようになっています。

三宅氏:
 最終的には、妊娠したら必ず読めるようにしたいということですね。母子手帳のような形で、妊娠したらデフォルトのように案内されるものにしたい、と。今、どのくらいの自治体が採用を?

大島氏:
 文京区や江東区、中央区、墨田区、長野市、神戸市など、34の自治体で採用されています。合計特殊出生率が日本一高い岡山県奈義町でも、導入していただきました。団体としての長期目標は、おっしゃる通り母子手帳のように標準化されることなので、日本にある約1700の基礎自治体で配信することも目指しています。産婦人科など8の医療機関でも採用していただいていますし、自治体と医療機関が連携して配信する形も模索しています。事業としては、委託のような形で、コンテンツ提供やオリジナル情報の編集制作、配信を請け負っています。

三宅氏:
 配信規模はどれくらいでしょうか?

大島氏:
 例えば、文京区では年間約1900人の子どもが生まれます(平成27年度)。メール配信期間は妊娠期から3歳の誕生日までの約4年間。このため、お母さんを読者対象と想定すると、7600人。これに、お父さんや周囲の方も入れれば、対象者はもっと多くなります。

 新たな施設や設備、専門の人員などを用意することなく該当市民全体にリーチできるサービスです。せっかく自治体のサービスとして無料で読めるのだから、多くの方に読んでもらいたいです。

三宅氏:
 34自治体ということは、まだまだ伸びしろがありそうですね。しかも、高齢者やその家族向けの介護情報を配信するといった横展開も可能です。ビジネスモデルとして、ものすごく応用が効く。さらに、今はみんながスマートフォンを持っている時代ですから、安く情報を届けることができる環境が整っていることも大きい。真似されるというか、競合も増えてきたのではないですか?

大島氏:
 おっしゃるとおり、増えてきました。自治体事業としても、大きな企業のオールインワン型のアプリなどが出てきているので、団体として知恵の絞りどころです。でも、こうした「人を励ます」ということが事業化できれば、やりがいを持って取り組めますよね。素晴らしいサービスと一緒に競い合っていくのは、よいことだと思っています。さらにいうと、「サービス」ではなく、「コンテンツ」と「届け方の工夫」で人を支えていく。「人を励ます」という事業の市場を作って一般化していきたいという思いがあります。

三宅氏:
 そこまで高い金額の予算はかからず、しかもお母さんやその周りの方々の不安を払拭できるならば、ほかの妊娠、子育て施策と比較しても、コストパフォーマンスは高いほうだと私は思います。

大島氏:
 僕もそう考えていますが、力不足でうまく伝えきれていないので、いろいろな方々の力を借りて、情報を積極的に発信していきたいです。ですから、こうしたインタビューは本当にありがたいです。

マドルスルーの末に見えてきた事業の形

三宅氏:
 「いろいろな方々の力を借りて」というお話が出てきました。「きずなメール・プロジェクト」を法人化した際も、さまざまな方の力を借りたと思うのですが、どのような経緯があったのでしょうか。

大島氏:
 プロの方がボランティアで協力してくれる、いわゆる「プロボノ」の力を借りました。法人化して1年目はまだ暗中模索の時期。事業の「型」はある程度固めていたのですが、クライアント獲得のためには、具体的に何から手を付けていいのかわからず、ほぼすべてが手探りでした。しかし、いろいろやっているうちに、世の中にはビジネスのプロがいることがわかりました。スタートアップ期のNPOの支援を手がけているプロボノの集団があることがあることも。ソーシャルセクターの用語で中間支援と言います。

 その団体はソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(SVP東京)というのですが、はじめは応募しても、支援決定を採択されるとは思ってもいませんでした。なにせ、まだ実績はゼロでしたから。しかし、落選したら、その落選した理由がすなわち今足りない部分であると判断できると思ったので、それ知るために応募しました。ところが、運よくその時に採択された3団体のうちの一つに入ることができた。

 そこで学んだのは、現在行っていることのほぼ全てです(笑)。今思えば、当時はマネジメントという言葉の意味も、ほとんど知りませんでした。出版業界にいたときには、パワーポイントすら触ったことがない状態でしたから。

 ただ、ノウハウを一から丁寧に教えてくれるというよりは、ガチンコで意見をぶつけ合うような支援でした。広告と課金に頼らないことも、当時は身体感覚としてそう思っていただけで、言葉で具体的な理由を説明することはできませんでした。しかし、いろいろ意見をぶつけ合いながら議論を続けていくうちに、現在の収益化のモデルと考え方が固まっていったという感じです。

三宅氏:
 話を聞いてもらうことで、身体感覚だったものが、言語化、理論化されてきたということですね。

大島氏:
 そうです。「広告や課金だと何だかしっくりこない」という僕の身体感覚的な言葉に対しても、プロボノの人たちは「意味もないのにそんなことを言うはずがない」と考え、一緒に議論をしてくれました。信頼関係を築きながらプロボノの皆さんと対話をしていくうちに、事業化やマネジメントのことを学ぶことができました。実感としては、いろいろやっていくうちに答えがぼんやりと見えてくる「マドルスルー(muddle through 「泥の中、手探り状態で出口を探し求めて進んで行く」ことの意)」の感覚に近いです。

 具体的な支援も受けることができました。法律関係のこともそうですし、「きずなメール」を最初に採用してくれた文京区は、プロボノチームのメンバーが直接、電話で提案してくれたことがきっかけでした。

粘着性情報を、どのように手に入れるか

三宅氏:
 どのくらいの期間、支援を受けたのですか?

大島氏:
 2年間です。今でも関係が続いている方や、理事にまでなってくれている方もいます。プロボノの価値をお金に換算したとしたら、すごい金額になる。事業をもっと広げて、いろいろな方に「ありがとう」と言えるようになることが、仕事のモチベーションの1つになっています。

 また、僕たちもプロボノの方の話を、たくさん聞きます。少しでもいい部分を学びたいと思っていますから。同時にプロボノの方は、僕たちと話すことで、自身の仕事や会社のことが明確になるということがあるようです。

三宅氏:
 「明確になる」のはお互い様だということですね。経営学では、「スティッキー・インフォメーション」という言葉があります。和訳すると粘着性情報といいますが、ネバネバしていて、持ち運びにくい、そんな情報があるというイメージです。現場にピタッと粘りついている、外に出ないような情報は、なかなか得ることができない。それを得るためには、自分が現場に行かなければいけません。しかし、まあ普通の人が他人の現場に入っていくことはまずないですよね。現場に入っていけば、自分が持っている知恵で手助けできるかもしれないが、その機会がない。でも、志の高い団体になら、それに共鳴したみんなが引き寄せられますし、そこで粘着性のある情報を交換することができるようになります。なぜ、いろいろな方からの支援を受けられたのだと分析していますか?

大島氏:
 ミッションステートメントのお陰かなと思っています。「きずなメール」のコンテンツの可能性を感じて起業しようと決心したとき、最初にやったのは、このステートメントを作ることです。僕には、「言葉が物事を規定していく」という感覚がある。弱い自分でも最初に理想を言葉にして掲げれば、頑張れるし、賛同して力を貸してくれる人が現れるのではないかと。

 ステートメントは、自分では半分までしか書ききれず、妻に相談して残りを書き上げてくれた共作です。出来上がったものを見た瞬間、僕は「これは必ず成功する」と確信しました。妄想かもしれませんが、言葉にはそう思わせる力があります。

 ステートメントを掲げれば、「この人たちは、何がやりたいのか」ということが相手にも伝わり、同じ理想を目指すことができます。なによりも「こういうふうにしたい」と自分自身が思える。ステートメントを内面化できる。僕は言葉のポジティブな力を信じています。そのステートメントは現在も団体ウェブサイトに掲載されています。

三宅氏:
 支援者の輪が広がり、やれることが増えれば、その先のビジョンも見えてきそうですね。

大島氏:
 事業には、選択と集中が必要になります。僕たちは、もちろんエンドユーザーであるお母さんやお父さんなどと接触して感想を聞いたりしますが、一番にこだわっているのは、「コンテンツ」と「届け方」。コンテンツの力と届け方の工夫で勝負したい。そこが他のNPOと違うところかもしれません。

 今考えているのは、子育ての問題は、やっぱり女性だけの問題ではないということです。さらに“孤育て”という社会課題の根っこには、男性が「父親はこうあるべきだ」「子育ては女性がするもの」という、いわゆるマッチョイズムがあります。で、これは子育ての場面に限らず、仕事の場面でもそうなんです。そこに踏み込んで男性に向けてもっとメッセージを発していけないか。そんな肩肘を張らず、男だからといって強くなくてもいいのでは、ということを伝えられないか。どのような方法や表現があるのかを検討していきたいです。加えて、いずれは「きずなメール」で得た知見をもとに政策提言なども展開していきたい。これはまったく未知の領域なので、まだまだ勉強をしていく必要があります。

 いまは職員が常勤非常勤含めて10名近くになりました。夫婦起業からステージは変わり、小さいながらも組織です。組織運営というのもわからないことだらけなのですが、これからもいろいろな方の力を借りながら、進んでいきたいと思っています。

三宅氏:
 実は今回は、妊娠出産、孤育ての問題を支援するNPOの事例ということで、ちょっと不安でした(笑)。社会問題に取り組む非営利組織って、なんかかたくなな市民運動家のような方たちではないか、なんて。でも大島さんは朗らかで常識豊かな方です。そしてお話をうかがうと、そういう社会的課題を扱う組織こそ、非常にベンチャー的で、マネジメントが重要だということもわかりました。

 大島さん御夫婦は、お母さんとその家族の人たちの抱えている課題も身に沁みていらっしゃるし、前職での仕事をきっかけにしてその人たちに届けば有益なコンテンツもつくることはできた。でもそれはあまりにも剥き出しの問いと答えが、まだ裸でゴロッと転がされているようなものだった。

 それを適切な対象に効率よく、失敗なく届けて、困っている方たちの課題を解決するためには、やはりマネジメントの方法知が有効だし、それはビジネスマンが持ち合わせているものだった、ということだと思います。このことは、裏返すと企業が新規事業を興そうとするときの問題も示していますよね。企業にはマネジメントノウハウはあっても、世の中でこんな困っている人がいるようだ、それをどう助けるか、というなまなましい問題意識が乏しい。大島さんのような人がたまたま人生の運と縁で旅路を見つけて、活路を見出していくこともありますが、そうできない人のほうが多い。

 だから、資源の交換というか、貿易が有効になるわけです。社会洞察から見いだした問題意識と、なんにせよ課題を効率的・合理的に解決することに巧みなマネジメントのノウハウとの物々交換です。プロボノも素晴らしいですが、営利企業が有能な若手を起業家として鍛えるためにNPOに出向させたり、非営利事業を改善しているうちに効率化して儲かるようになったり、そういうことがこれから増えると思います。世のため人のためになり、なおかつ自社のためにもなりうるような良縁が、おそらくまだ社会にはたくさん眠っています。

 考えてみればどんなビジネスだって、社会的課題を解決しているからこそ、お客さんが代金を払ってくれる。街のお弁当屋さんが日本の飢餓問題を解決しているとはなかなか気づきませんが、それはたくさん同業者が競合して幾重にも保険がかかっているからで、もし全社同時に廃業したら大変なことになる。そんなことを考えると、企業のベンチャー事業とNPOの社会的課題解決は、世間の目に馴染んでいるか否かだけの違いかも知れません。「きずなメール」の事業は、そこをつなげたから成果が上がった面白い事例で、たいへん勉強になりました。本日はありがとうございました。

(文・構成=宮崎智之)

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