企業はスタートアップから何を学べるか
破壊的イノベーション創出のヒントを探る
2017年11月に出版された『起業の科学──スタートアップサイエンス』が売れている。
著者の田所 雅之氏は、これまで世界中のスタートアップ1500社以上を評価してきた投資家であり、国内外で5社起業してきたシリアルアントンプレナーでもある。自身のこれまでの経験を集積してまとめ上げた同書は、2018年2月時点で6刷りを数えるという。起業を目指す学生やスタートアップだけでなく、起業の科学的アプローチや起業家マインドを学ぶことで、企業からイノベーションを起こそうという新事業開発、企画部門、人材開発部門などの担当者にも好評だ。『起業の科学』の何がビジネスパーソンを惹き付けているのか、応用可能なノウハウとは何なのかなどを聞いた。
SUMMARY サマリー
SPEAKER 話し手
Basic
田所 雅之 氏(たどころ・まさゆき)
日本と米国シリコンバレーで合計5社を起業してきたシリアルアントレプレナー。米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。これまで1500社以上の世界中のスタートアップを評価してきた。現在は、国内外のスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、日本最大級のウェブマーケティング会社 BasicのCSO(Chief Strategic Officer)を務める。
発売後、経営書部門18週連続ベストセラー1位になった書籍”起業の科学スタートアップサイエンス”著者
体系的な知識を短時間で学べる新たな「必読書」
──著書『起業の科学』が、起業家だけでなく大企業のビジネスパーソンにも読まれています。
田所氏:もともとこの本はスタートアップ向けに書いたものですが、予想外に、企業の新規事業担当者などからの反響の声がたくさん寄せられて驚いています。新規事業開発を担うビジネスパーソンもスタートアップも、共通の課題を持っているのではないでしょうか。
ビジネスに必要なノウハウやエッセンスを学びたいと考えている人はたくさんいますが、大半の起業家やビジネスパーソンは多忙で時間が足りていないと感じています。ビジネスに役に立つ書籍やブログなど世の中にはたくさんの情報があふれていますが、それらは玉石混交で分散しています。有益な情報を集め、体系的に修得するには多大な手間と時間がかかります。
「情報が散在していて把握しきれない」「いつ、何のために役立つ情報かというコンテクスト(文脈)が分からない」という課題は、多くのビジネスパーソンも日々感じている共通の課題です。
企業で新事業開発や企画を起こす際によく採用されている手法、『リーン・スタートアップ』(エリック・リース著、日経BP 、2012年)は良書ですが、内容が抽象的で、読み込むのに時間がかかります。それに比べ、『起業の科学』は3時間あれば読めます。この本は、具体的な手法や事例を交えながらビジネス上の課題と解決策を整理し、各フェーズごとで何をすべきか、そのノウハウやエッセンスを一通り学べるような構成になっています。
──スタートアップを評価する時、重視することはなんでしょうか。
田所氏:私が投資家としてスタートアップを支援する時、判断する指標は二つあります。一つは創業メンバーの「学習速度」です。学習にフォーカスしたチームは3.5倍の速度で成長するというレポート*があります。そして二つ目が、「カスタマーインサイト」です。顧客の抱える課題を熟知しているか、そこに深い洞察があるか、他の人が知らない秘密を知っているかどうかが重要になります。
例えば、オンラインファッションレンタルサービスの「エアークローゼット」という企業があります。月額6800円で、スタイリストが提案してくれた服が自宅に届くサービスを展開しています。
創業者が起業前に、このアイデアを300人に話したところ、多くの人から「やめるべき」といわれたと聞きます。しかし、仮説検証を進める中で、出産などライフサイクルが大きく変わった女性にニーズがあるということが分かりました。そこで、実際にサービスを立ち上げる時には、まずは女性向けに絞りサービスを開始しました。
ビジネスの成功のためには、こういった仮説検証から課題の真因を見つけることができるか、インサイト(洞察)を学べるかどうかが大事です。
- * Startup Genome Reportより
大企業にも役立つスタートアップの手法、連携の方法
──スタートアップと大企業は対照的な存在のように見えます。どこが一番違うのでしょうか。
田所氏:成功するためには、次の4つのキーワードが重要になります。
- Can(リソースやナレッジがあるか)
- Needed(本当にニーズがあるか)
- Get paid(ビジネスモデルを構築して稼げるか)
- Want(自分がそれをやりたいか)
大企業の場合、<Can>、<Needed>、<Get paid>は潤沢です。リソース、ナレッジが豊富にあり、ニーズを調査や実験を通して検証する余裕があり、ビジネスモデル構築の能力もあります。一方、スタートアップの強みは<Want>しかありません。
スタートアップの創業者は、「自分はこれをやるために生まれてきた」といえるほどの情熱を持っていることが多いようです。逆に大企業は、新規事業に取り組むうえで、この<Want>をどう組織に植え付けるか、または、<Want>を持っている社員をどう発掘し、いかにしてプロジェクトのコアメンバーに参画させるかが重要になります。
──大企業も新規事業に取り組み仮説検証を行います。スタートアップの方法から参考になることは何でしょうか。
田所氏:大企業から、スタートアップと同様の破壊的イノベーションを伴う事業を作り出す方法はいくつかあります。
一つは、企業内に独立した組織、例えば社長特命プロジェクトを作るなどの「出島モデル」です。Amazonの電子書籍の端末およびサービスであるKindleが好例です。Kindleは従来からあるAmazonの書籍流通ビジネスと「共食い」する関係にあるので、社内から反対意見が出てくるのが普通です。そこでKindleは「スカンクワークス」と呼ばれる社長特命の極秘プロジェクトとして進め成功を収めました。
これ以外には、創業期のスタートアップを支援する「アクセラレータ」が有効です。アクセラレータは、スタートアップに自社のリソースを提供し、新規事業創出を推進するものです。両者の足りないところを補完することでイノベーションを加速させる手法です。
また、社外の有望なスタートアップに投資するCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)も、大企業がスタートアップとの協業を進めるうえで重要な手法といえます。自社の事業と「共食い」になるケースもありますが、最近は多くの大企業が有力なスタートアップに投資し、事業シナジーの拡大に注力しています。
「アクセラレータ」「CVC」ともに、スタートアップのチームが自由に勝手に事業をして、そこに投資する、あるいは取引先として付き合う形です。
──大企業側にもスタートアップへの理解が求められますね。
田所氏:スタートアップの経営者やCXOと、アドバイザー側の企業担当者の間には、協業する上での「共通言語」が必要です。今の日本のスタートアップをめぐる問題の一つは、アドバイスをする側のリテラシーが低いことです。また、起業家出身のVC(ベンチャーキャピタル)はまだ少ない。CVCも自分自身で事業をしたことがない人が担当者になったりします。そうした外部からスタートアップを支援する人に最低限のリテラシーを持って欲しいと考えています。『起業の科学』が、その「共通言語」の役割を果たしてくれると嬉しいです。
まず、小さな市場を支配しろ
──スタートアップがやりがちな間違いにはどういうものがありますか。
田所氏:スタートアップが失敗する理由としてよく聞く話が、投資家が「売上高」をKPI(主要業績評価指標)に設定してしまうことです。PMF(Product Market Fit、市場で顧客から熱狂的に愛される製品)を達成する前のステージで「売上を作れ」というとスタートアップを潰してしまいます。
実際には、スタートアップの成長のステージごとに、全く異なるKPIがあります。そもそも何を指標とするべきかを決めることが難しい。
自分の見たい指標は上がっており、うまくいっていると信じ、それに基づいてプロダクトを作ってしまう。私がシリコンバレーで最初に起業した会社は1000万円近く注ぎ込んだものの、失敗に終わりました。まさにこの失敗パターンをやっていたと思います。
もう一つは、最初から全体を見てしまうことです。例えば、まだプロダクトの精度が高くないうちに広告を打って顧客を獲得しようとしてしまう。これは穴の開いたバケツに水を流し込むようなものです。その前に、顧客が欲しがるものを徹底的に作り込むのですが、いきなり100人に愛されるものを狙うのではなく、まず10人に愛されるものを目指します。先に小さい市場を支配してしまうことがポイントです。そのためには、UX改善のための顧客インタビューなどが重要になります。
──チーム・ビルディングについての注意点や、イノベーションを起こすためのヒントを教えてください。
田所氏:「チーム全員が学習する」ことが成功するチームの大事な特徴です。小さなチームほど学習が速い。ここが多くの大企業にとって注意すべき部分でもあります。例えば、カスタマーインサイト(顧客に対する洞察)がない人が承認プロセスに介入すると、その人は自分の視点、例えばコスト面や市場性などで判断してしまい、破壊的(Disruptive)なモデルは作れなくなります。
上図が好循環をイメージしたものですが、重要なのは一次情報にアクセスしているか、です。テラモーターズ代表の徳重徹氏は、ドローンの会社300社の社長に直接会って話を聞いたそうです。デスクトップリサーチではダメなのです。取材対象者に正しく問うことも重要です。『起業の科学』では、インタビューの心得や具体的な手法についてもページを割いて説明しています。
──日本は、まさにそのような新しい産業を興していくことが必要とされています。
田所氏:私もこれから新たな産業の創出を支援していきたいと考えています。日本の社会環境は、高齢化社会による介護の問題や労働人口の減少など特有の課題を抱えています。課題があることが幸せであると考え、「課題をチャンスに変換」できるような活動を続けていきたいと思います。