「はやぶさ2」、6年、52億キロの軌跡
~多くの成果と勇気を届けた背景~
それは2020年末のこと――。コロナ禍にあえぐ地球にエールを贈るかのように、小惑星リュウグウで採取したサンプルを届けた小惑星探査機「はやぶさ2」。サンプルの入ったカプセルを切り離した後、そのまま地球を離れ、既に新たな冒険へと旅立っている。ほぼパーフェクトといえる成果に世界中から賞賛が寄せられた。NEC 航空宇宙システムに入社以来、一貫して太陽系探査機の開発/運用に従事し、「はやぶさ」にも携わった小笠原 雅弘氏が、「はやぶさ2」プロジェクトが成功した背景を、ハード(探査機)とソフト(人)の両面から語った。
生命の起源にふれるサンプルを求めて
1985年1月に打ち上げられたハレー彗星探査機「さきがけ」以来、私はずっと、太陽系探査機の開発/運用に携わってきました。気がつけば35年が過ぎましたが、それぞれの計画に夢中で向き合っていたため、あっという間だった、という感覚があります。キャリアの中で特に印象に残っているプロジェクトは、やはり「はやぶさ」です。
2020年12月6日、「はやぶさ2」が小惑星リュウグウ(Ryugu)で採取したサンプルが、カプセルによって地球へ届けられました。2014年12月から始まる旅は、6年、52億kmに及びますが、成功の背景には、2010年6月、カプセルを切り離した後に探査機本体も大気圏に再突入し、燃え尽き、流れ星となって消えた「はやぶさ」があります。
小惑星サンプルリターンに挑んだ、2つの探査機はよく似ています。サイズはさほど変わっていませんが、打ち上げ時の重量は510kgから609kgへ、約100kgの増加。その半分を信頼性の向上、残りの半分を機能性向上に使った、と思ってください。
トラブル続きだった「はやぶさ」に学び、「はやぶさ2」の開発では多重化を行ったのが特徴です。探査機の姿勢を計測するスタートラッカーを2基に増設。姿勢を制御するリアクションホイールも、3基から4基に増やしています。ほかにも万が一の装備を多く備え、「はやぶさ2」は飛び立ちました。
2014年12月に打ち上げられた「はやぶさ2」は、地球軌道に沿うように太陽のまわりを1周します。約1年後、地球のそばを通り抜ける「地球スイングバイ」により、秒速1.6kmの加速を行い、リュウグウへ向かう軌道に入りました。そこからは軌道計画に従って運用し、光学航法望遠カメラでリュウグウの撮影に成功したのが、2018年の2月です。地球上での軌道計画は誤差を含むため、カメラが捉えるリュウグウの画像データを基に、誤差を修正しながら進むわけです。リュウグウの上空20kmのホームポジションに到着したのは2018年6月でした。
リュウグウは大きさが900m強の小惑星です。なぜ今回の目的地にリュウグウを選んだのか。そのキーワードは炭素、そして水です。太陽系には100万個以上の小惑星があるといわれていますが、地表の物質によってタイプ分けされ、「はやぶさ」が向かったイトカワは、石や岩が多いS(Stony)型小惑星でした。リュウグウは、炭素を含む物質が多いC(Carbonaceous)型小惑星。地球からの分光観測によって、含水鉱物の存在も指摘されていました。
炭素と水。これは、生命の原材料ともいえる物質です。C型小惑星のリュウグウからサンプルを持ち帰り、分析することで、太陽系の成り立ちと同時に、地球の生命の起源にふれるような、極めて重大な発見があるのではないか。これが、C型小惑星からのサンプルリターンを計画した大きな理由になります。
リュウグウで待っていたのは、いつも不機嫌なお姫様だった!?
リュウグウに至るまでの約3年半、30億kmを超える飛行中、探査機に大きなトラブルはなく、順調そのもの。ところが、リュウグウに到着してからは一転、苦難の連続でした。事前に想定していたよりも、リュウグウ表面には大小あわせて多くの岩があり、タッチダウンできる場所を見つけられなかったのです。
サンプルの採取は、本体下にある「サンプラホーン」の先端を小惑星に接地させ、ホーンの中で小さな弾丸を発射。表面に衝突し、舞い上がった物質を採取、そして格納という流れになります。サンプラホーンは長さ約1m。高さ1mを超える岩の近くはもちろん、安全を期して、70cmを超える岩も避けて運用しなくてはいけません。誤差を含め、ある程度の広さも必要になります。ですが、「はやぶさ2」が撮影したリュウグウの写真を解析したところ、「着陸可能地点はゼロ」だったのです。
それでも、タッチダウンする場所の精度を高める運用方法を考え、写っている岩の一つひとつに定規をあて、大きさ、高さを計測するという極めてアナログな作業も行い、着陸地点を選定します。2018年9月、ようやく着陸地点を目指したリハーサルを行いますが、高度600m付近に達したところで、探査機は何らかの異常を確認し、緊急上昇。リハーサルは失敗に終わり、タッチダウンのスケジュールを大幅に見直すことになりました。
炭素を含むリュウグウの表面は予想以上に黒く、レーザー高度計が距離を計測できなくなったことが緊急上昇の原因でした。リュウグウへのタッチダウンは、想像していたよりもはるかに困難なミッションだったのです。
タッチダウンを成功に導く重要なキーの1つに「ターゲットマーカー」があります。これは「はやぶさ」でも使ったものですが、簡単にいえば、降下する探査機の目印。大きさは10cmほどで、表面は光を反射する素材で覆われ、探査機はフラッシュを発光し、反射して光るターゲットマーカーを目標に降下していくわけです。
球形のターゲットマーカーの中には、プラスチックの玉が100個以上入っています。リュウグウの重力は地球の約8万分の1で、ほぼ無重力といえる環境です。そこに上空から球形のものを落とすと、大きく跳ね返って宙を舞い、狙ったところに着地させるのは非常に難しい。中に100個以上の玉を入れることで、小惑星に着地した時、中の玉同士が衝突してエネルギーを相殺するため、大きく跳ね上がることはありません。これは、実は「お手玉」からヒントを得たもので、日本の伝統的な文化が宇宙探査に役立つこともあるのです。
人工クレーター作りという人類初の挑戦へ
あらかじめ投下しておいたターゲットマーカーを目印に、延期されていた第1回タッチダウンが行われたのは、2019年の2月。タッチダウンの最終局面、高度500mから先、「はやぶさ2」は完全自律運用へ移行します。地球からリュウグウ間の通信は片道約16分、往復で30分以上かかるため、地球からの指示で運用するのは不可能だからです。「はやぶさ2」は、事前にアップロードされたプログラムと、カメラを使った自分自身の判断でいよいよタッチダウンに挑みます。最終的な「Go」コマンドを送ってから、運用チームにできるのは祈りながら待つだけで、この時間が、途方もなく長く感じるのです。
結果、第1回目のタッチダウンは成功しました。目標地点と実際にタッチダウンした場所の誤差は、わずか1m。運用チームの絶対に諦めないという思い、努力、粘りと、探査機の性能があって実現した、奇跡の高精度でした。
その後、第2回目のタッチダウン運用では、「インパクタ」と呼ばれる衝突体を使い、小惑星の表面に人工クレーターを作り、内部の物質を採取するという、人類初の試みにも挑みました。表面の物質は太陽の熱、宇宙放射線にさらされ、風化している可能性が高く、もし地下物質を採取できれば、風化していない貴重なサンプルになります。
人工クレーター作りの運用は、今回のミッションのハイライトともいえるもので、衝突体で人工クレーターを作り、その瞬間をカメラで撮影しながら、探査機の安全は確保しなければならず、とてもアクロバティックな運用でしたが、見事に成功。直径14.5m、深さ2.7m。予想よりも、はるかに大きなクレーターを作ることに成功しました。
第2回目のタッチダウンの理想はクレーター中心を狙うことですが、形成されたクレーターが深くて、かつクレーター内にも大きな岩があったため、衝突で吹き飛ばされた、地下物質が堆積しているであろうポイントが選定されました。
誤差60cmという超高精度の背景にある2つの訓練
そして、第2回目のタッチダウンが行われたのは2019年7月。第1回目のタッチダウンの精度は誤差1mでしたが、ここでの誤差はわずか60cm。プロジェクタイルの発射も確認され、人工クレーターが形成されたときに飛び散った地下物質の採取に成功したのです。
リュウグウに到着した直後、「タッチダウン可能地点はゼロ」となるほど過酷な状況だったのに、なぜこれほど高精度な運用ができたのか。理由はハードとソフト、両方にあると思います。ハード面では、探査機自体の完成度の高さ。「はやぶさ初号機」の設計を引き継ぎ、バージョンアップさせた仕様だったこともあり、安定感は抜群でした。イオンエンジンも、姿勢制御のための装置も、高度計などのセンサーも、人工クレーターの形成に使ったインバクタなど、新たに搭載した装備もほぼトラブルはありませんでした。
ソフト面は運用チームの対応力です。運用チームを率いたのは津田 雄一氏で、当時39歳。JAXA史上最年少のプロジェクトマネージャーでした。
若き津田プロマネに率いられたチームはタッチダウン前に数多くの訓練を行いました。1つはLSS(Landing Site Selection)訓練。これは、タッチダウンの目標地点を絞り込む訓練です。実際の運用では、リュウグウの観測データから作成する3次元地図を基に、科学的に価値の高い着陸地点を選びます。それと同じプロセスを、シミュレーターとリュウゴロイド(運用訓練で使った仮想の小惑星リュウグウ)を使って行うわけです。
もう1つのRIO(Real-time Integrated Operation)訓練は、トラブルを人為的につくりだし、リアルタイムで対応するもの。対象はタッチダウンをふくむ、低高度への降下を伴うすべての運用です。これは実時間にもこだわり、多くの降下運用と同じく24時間かけて行い、数十名が8時間交代シフトで訓練に参加しています。人為的につくられるトラブルは容赦ないもので、合計48回に及んだ運用トレーニングで、「撃墜」という最悪の結果となったことが20回を超えたほどです。
訓練はリアルで過酷なものでしたが、失敗から学び、経験として蓄積、共有し、同じ失敗を繰り返さないよう考えることで、チームとして成長できます。どんなに完璧な設計でも、隙のない運用計画でも、それは人間が想定できる範囲の話。人類未踏の小惑星では何が起こるかわかりません。実際、想定外の連続だったわけですが、2つの訓練で対応力、解決力を高め、チームとして成熟させていたからこそ、あれほど高精度の運用ができた。実際、訓練での経験が、リュウグウ滞在中の運用に活かされたこともあったのです。
「成功の反対は失敗じゃない、Try againだ」そう語る津田氏の思いを、チーム全体で共有できていたのでしょう。
宇宙のかなたを目指し、「はやぶさ2」の冒険は続く
冒険はまだ終わっていません。サンプルを収めたカプセルを地球突入軌道に向けて切り離した後、軌道を変え、地球を離れ、「はやぶさ2」は新たな冒険へと旅立ちました。予定していたサンプルリターンのミッションは、ほぼ完璧にクリアし、ここから先は、ボーナスステージのような拡張ミッションです。
予定では、2031年に小惑星「1998 KY26」へ到着となっていますが、それには総飛行距離100億km、イオンエンジンの運転は約1万3000時間必要だとされています。また、「1998 KY26」は直径約30m、約11分という周期で高速自転する小惑星。無事たどり着けるのか。たどり着いたら、いったいどんな挑戦を見せてくれるのか。興味は尽きません。
現在、日本独自のもの、国際協力によるものを含め、複数の宇宙探査プロジェクトが進行していますが、そこには「はやぶさ」「はやぶさ2」で培った多くの技術が受け継がれています。今後、リュウグウで見せた誤差60cmの超高精度なピンポイントタッチダウン、人工クレーター作りなど、「はやぶさ2」が実証した技術をベースとした、新たなプロジェクトも計画されることでしょう。
リュウグウから届けられたサンプルの分析も、これから本格的に始まります。どんな秘密が解き明かされるのか。「はやぶさ2」の冒険も、サンプルの分析も、1人のファンとして見守りたいと思います。