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2022年07月21日

シンガポールDBS銀行はなぜ世界最高の銀行と評され続けるのか?

 ここ数年、デジタル化は急速に進み、多くの企業にとってそれは選択肢ではなく、必要不可欠なものとなっています。デジタル化の導入に成功した企業は、顧客が必要としているサービスをより効果的・効率的に提供することができ、これまでにないスピードで成長し続けています。そうした企業の代表格の1つが、シンガポールに本拠を置くDBS銀行です。DBS銀行は金融専門誌「Euromoney」や「Global Finance」といった複数のメディアから「世界最高の銀行」、「世界最高のデジタルバンク」のタイトルを獲得しています。本稿ではDBS銀行がデジタル化を成功させた秘訣、数々の取り組みを支えるカルチャー変革をどのように推進していったのか、シンガポール在住の筆者の実体験も交えて紹介していきます。

DBS銀行とは

 DBS銀行は1968年にシンガポール政府によって国の近代化のためにthe Development Bank of Singaporeとして設立され、現在では約33, 000人の従業員を抱える東南アジア最大級の銀行です。世界の銀行業界の多くがデジタル技術の本格的な導入を目指す中、同行は銀行業務のあらゆるプロセスやサービスにデジタル化を組み込むという点で先駆者的存在であると広く評価されています。国際的な金融専門誌「Euromoney」からこれまでに複数回「世界最高の銀行」および「世界最高のデジタルバンク」に選ばれており、昨年2021年は両タイトルを同時に獲得しています。またイノベーションの観点でも、100以上の人工知能(AI)モデルを搭載した機能豊富なデジタルアドバイザリーソリューションNAV Planner(2020年4月~)や、デジタル資産の二次取引のためのブロックチェーンベースのエコシステムDBS Digital Exchange(2020年12月~)など、銀行業界を変革する新しいテクノロジーを他社に先駆けて導入していることが評価され「The Banker」から「Innovation in Digital Banking Awards – 2021」を、「Global Finance」からも複数の領域で「The Innovators」のタイトルを獲得しています。その他にもサステナビリティに関しても数多くの賞を受賞し注目を集めている他、戦略コンサルティング会社Innosightによる「戦略的変革をリードするトップグローバル企業」についての調査では数々の世界的IT企業と並びTop10にランクインするなど、その存在感は金融業界に留まりません。近年では、銀行業務をシームレスで合理的なデジタル体験として再構築することに注力しており、そのミッションは "Live more, bank less" というDBS銀行のスローガンで表現されています。

表:戦略的変革をリードするトップグローバル企業
表:戦略的変革をリードするトップグローバル企業 Source:Innosight (2019)
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変革のはじまり - REDとCustomer hour

 現在では輝かしい評価と実績を誇るDBS銀行ですが、初めから評価が高かったわけではありません。現CDTO (Chief Data and Transformation Officer)のPaul Cobban氏はIMD(国際経営開発研究所)とのインタビューの中で、銀行の変革をリードした2009年の同行の評判は、スピードが遅い・顧客サービスが悪い・財務状況が平均的というものであった、と答えています1。しかしDBS銀行は自分たちを銀行というよりも技術系スタートアップと考え、徹底した文化の変革に着手したことで状況を好転させました。

 具体的には、まず欧米の銀行との差別化を図るために「アジアらしさ」の提供を強調することにしました。しかし、「アジアらしさ」と一口に言っても様々な定義が考えられます。そこでCobban氏は、そのサービスの特徴を半年間かけて「尊敬できる、接しやすい、信頼できる」に絞り込んでいきました。これは「RED(Respectful, Easy to deal with, and dependable)」という形容詞になり、社内の用語として定着していったそうです。

 そして、PIE(Process improvement events:プロセス改善イベント)と呼ばれる部門横断的なチームを組成しました。その目的は銀行のサービス上の問題点(例:クレジットカード紛失した場合の交換にかかる時間)に対し、1週間以内に実行可能なプロセス案を考え出すことでした。PIEによってさまざまな業務プロセスが迅速かつ目に見える形で改善され、インセンティブを用いずとも組織全体の社員の意欲を高めることができたとCobban氏はその効果を振り返ります。また経営陣は組織のプロセス改善だけでなく、顧客サービスの改善にも取り組みました。顧客の待ち時間を象徴する指標として「Customer hour」という単位を考案し、PIEのコンセプトによって年間2億5千万時間の「Customer hour」を削減することに成功しました。(顧客がクレジットカードの作成に1時間待つと1 Customer hour)Cobban氏はこの取り組みについて「お客様の生活をより良くすることに焦点を当てたもので、銀行の利益を上げることとは異なり、従業員に目的意識を共有させるものであった」と述べています。

写真:DBSの新型店舗(筆者撮影)

1 https://www.imd.org/news/updates/this-world-leading-bank-in-singapore-successfully-reinvented-itself-as-startup/

目標とする姿 - GANDALFとABCDE

 DBS銀行のデジタル化への本格的な取り組みはCEOのPiyush Gupta氏とリーダーシップチームによって2014年頃に開始されました。2014年の初めにAlibabaのCEOであったJack Maと会談したGupta氏は、ハイテク企業の脅威を強く印象づけられ、DBS銀行の競争相手は他の銀行ではなく、Google、Amazon、Facebookといったテック企業だと考えるようになったそうです。その為、自らを「銀行サービスを提供するテクノロジー企業」であると宣言し、他の大手テクノロジー企業がどのように技術を構築・利用して素晴らしい顧客体験を生み出しているかを研究していく中で、Gupta氏らは従来の銀行とは全く異なるDBSを想像し、GANDALFというキャッチ―な言葉で目指すべき自社のポジションと新たなマインドセットを表現しました。

  • G - Googleのようにオープンソースソフトウェアを使用する
  • A - Amazonのようにクラウドプラットフォーム上でソフトウェアを動かす
  • N - Netflixのようにデータと自動化を大規模に使い、おすすめをパーソナライズする
  • D - DBS
  • A - Appleのようなデザインを適用する
  • L - LinkedInのように継続的に学習を進める
  • F-Facebookのようにコミュニティの構築に重点を置く

 このGANDALFという目標は、組織に統一された目的意識を与えるだけでなく、DBSの企業文化の変革にも寄与しています。継続的に学ぶ文化を醸成するための社内の研修制度「GANDALF Scholars」は、学んだことを同僚に教えることを条件に、社員が好きなテーマを学ぶための助成金(1人1,000シンガポールドル)を提供するというものです。2020年時点で350人以上の「GANDALF Scholars」が、14,000人以上の社員と学びを共有してきました2。トップマネジメントが定めた自社の目指すべきポジションに、社員全員で到達しようという強い意志を感じることが出来ます。

 「Make Banking Joyful(銀行業務を楽しくする)」というビジョンもこの頃に打ち出されました。銀行業を楽しくというのは一見すると想像が難しいですが、テクノロジーを活用し、顧客にとって銀行業務を目に見えないものにすることで、この楽しさを実現することをDBS銀行は目指しました。「銀行業務というのは、やるべきことのほんの一端でしかない。銀行を楽しくするためには、銀行の部分を見えなくすればいい3」とCobban氏は説明しています。またこのビジョンの実現には、スタートアップ文化の醸成も不可欠だとリーダーシップチームは考え、約33,000人の従業員にスタートアップの感覚を与えるような、確立したい文化の特徴をABCDEという頭文字をとって、体系化しました。

  • Agile (迅速に対応する)
  • Be a learning organization (新しいアプローチでビジネスに取り組む)
  • Customer-obsessed (顧客のペインポイントを理解する)
  • Data-driven (データを総合的に活用し社内プロセスを変革する)
  • Experiment and take risks (4Dプロセスの奨励: Discover, Define, Develop, and Deliver)

 上記でご紹介した以外にも、デジタル化の財務的影響を測定する方法「Digital Value Capture」や、会議の非効率性を減らす取り組み「Meeting MOJO」、同行の銀行員をデジタルバンカーに変えることを目的としたモバイル学習プラットフォーム「DigiFY」など、DBS銀行のデジタル化・組織文化変革への取り組みは多岐に渡ります。これらの取り組みにおけるポイントは、一部のイノベーターに対して施策を講じているのではなく、意識的に会社全体を巻き込んでいる点です。同行は「世界最高の銀行」になるまでの過程の中でその収益を2014年の96億シンガポールドルから、昨年は143億シンガポールドルへと急増させましたが、その背景にはこうした取り組みがあると分かると、納得の結果かもしれません。

2 https://www.dbs.com/annualreports/2019/cio-statement.html

3 https://www.forbes.com/sites/jasonbloomberg/2016/12/23/how-dbs-bank-became-the-best-digital-bank-in-the-world-by-becoming-invisible/?sh=62f7c2533061

Financial Pharmacy(金融の薬局)

 「Make Banking Joyful(銀行業務を楽しくする)」というビジョンの一例をご紹介します。DBS銀行は2020年10月に新しいタイプの支店を開設しました。約185平方メートルほどのこの支店では、通常の支店にみられるようなカウンターは1つもなく、事業収益の現金化やATM/デビットカードの交換など、これまで窓口でのみ提供したようなほとんどの取引が店内に設置されたセルフサービス機で行われます。また、支店内には従来のテラー(窓口・出納係)がトレーニングによって新たなスキルを身に着けたデジタルアンバサダーと呼ばれる銀行員が2~3名常駐し、オンライン・サービスの利用支援や、個人のファイナンシャル・プランニング・サービスの提供などに力を入れています。DBSシンガポールのカントリーヘッド、Shee Tse Koon氏は「私たちの新しい支店は、私たちのデジタルバンキングサービスを補完し、対面での支援や相談といった「人間味」を維持した「Phygital(フィジタル)」バンキング体験を提供します」と説明しています4

 こうしたPhygital(フィジタル)体験への取り組みは北米を中心に見られる支店改革の動向と同じものですが、DBS銀行のユニークな点はガーディアンファーマシーという薬局と支店のスペースを一部共有している点です。ガーディアンが人々のHealth(健康)を高めるために医薬品を販売していることと同じように、DBS銀行はFinancial Health(財務の健全性)を高めるためのアドバイスを提供する「Financial Pharmacy(金融の薬局)」を設置しています。(米銀行における支店戦略については、過去記事を参照

写真:DBSのFinancial Pharmacy(筆者撮影)

 この「Financial Pharmacy」はタッチパネル式のデジタルボードで、ファイナンシャルプランニングにおけるヒントが薬やサプリメントを連想させるアイコンで視覚的に表現されています。例えば「Money Plust+」と書かれた瓶のアイコンは予期せぬ事態に備えた節約に対する重要性を、「Power 3.50」と書かれた瓶のアイコンは1日3.5ドルでも得られる投資の利点を入口とし、DBS銀行のDigital advisorサービス「DBS NAV Planner」のWebページへと顧客を導きます。単に小売店と物理的なスペースを共有するのではなく、その小売店の特徴を活かしながら「銀行業務を楽しく」魅せることへの工夫が感じられる事例です。

4 https://sg.finance.yahoo.com/news/add-touch-wellness-finances-dbs-004901004.html

サステナブルな組織に向けて

 組織や商品・サービスのデジタル化は一度取り組めば良いといったものではなく、サステナブル(持続可能)な取り組みが必要です。サステナブルな取り組みを行うには1人のリーダーに頼るのではなく、全従業員、組織に根付いた文化がとても重要な役割を果たします。DBS銀行はそのことに早くから気づき、自社の改革において単にデジタル技術を導入するのではなく、銀行員のマインドセット・組織文化を変えることを重視し、自己改革を続けてきたことで成功をおさめました。

 同行が掲げるもう1つのビジョン「A purpose-driven bank」では、サステナビリティ(持続可能性)に重点を置いています。このビジョンの下、最近ではシンガポール証券取引所(SGX)やStandard Charteredらと、Climate Impact X(CIX)という国際的なカーボンクレジット取引市場を開設すると発表しました5。近年、気候変動に対する世界的な取り組みにより、二酸化炭素排出量を効果的に削減するためのソリューションに対する需要が高まっています。「新しい炭素クレジット・プロジェクトの開発を促進するためには、より質の高い炭素クレジットの提供と、世界的な価格の透明性を高めるための活発な国境を越えた炭素クレジット取引が必要とされている」とPiyush Gupta氏が述べているように、CIXでは衛星監視、機械学習、ブロックチェーン技術を活用して、カーボンクレジットの透明性、完全性、品質を向上させていくグローバルな取引市場を目指しています。

 パンデミックの状況下でもこうした新たな取り組みにも次々と挑戦するDBS銀行から、今後益々目が離せません。

5 https://www.dbs.com/newsroom/DBS_SGX_Standard_Chartered_and_Temasek_to_take_climate_action_through_global_carbon_exchange_and_marketplace

山口 博司(やまぐち ひろし)

NEC Asia Pacific Pte. Ltd.
Senior Sales Manager

システムエンジニアとして金融機関向け業務アプリケーション開発・システム企画を経て、2016年から2021年までシリコンバレーにて米国発の新技術・サービスの調査、活用の企画・推進に従事。2021年4月からAPAC地域の金融機関向けSalesを担当。マサチューセッツ州立大学MBA修了。 ΒΓΣ(Beta Gamma Sigma)会員。

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