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海外の金融機関から学ぶ生成AI活用事例

 生成AI(Generative AI)の登場は技術の進化における重要な瞬間を象徴しています。この革新的なタイプのAIは既存のデータから学習することで、テキストや画像から複雑なデータパターンに至るまで、新しいコンテンツを作り出すことに長けているといわれ、その範囲や複雑さゆえに人間にはできない仕事も処理できると期待されています。本記事では、世界的なトレンドの1つである生成AIについて、海外の金融機関における活用事例を紹介し、ますます高度化される金融サービスについて考察します。

山口 博司 氏

NEC Asia Pacific Pte. Ltd.
Senior Sales Manager

システムエンジニアとして金融機関向け業務アプリケーション開発・システム企画を経て、2016年から2021年までシリコンバレーにて米国発の新技術・サービスの調査、活用の企画・推進に従事。2021年4月からAPAC地域の金融機関向けSalesを担当。マサチューセッツ州立大学MBA修了。 ΒΓΣ(Beta Gamma Sigma)会員。

進む生成AI活用 金融機関でのユースケース

 金融業界において、情報の分類・整理、それによるデータ分析や予測を得意とする従来型のAI技術は、与信審査、不正検知、需要予測など、広く利用されてきました。しかし生成AIの台頭により、データの生成と分析が重要とされる銀行や金融機関に新たな可能性が開かれたといえるでしょう。米コンサルティング会社McKinseyは世界の様々な産業において、生成AIは年間2兆6,000億米ドルから4兆4,000億米ドルの価値に貢献すると推定しています1。その中でも銀行業は最も多くの恩恵を受けると予測されており、年間2,000億米ドルから3,400億米ドル(営業利益の9%~15%相当)の潜在的な価値が見込まれています。金融業界における生成AIの使用例としては、多言語で書かれた文書や複数の文書の要約を支援することや、組織内のすべての部署で作成される文書から情報を読み取り抽出することなどが挙げられます。つまり、これまで現実的でなかったレベルの連携とコミュニケーションが可能になります。

 これまでに、金融業界ではさまざまな生成AIのユースケースが検討・議論されていますが、銀行・保険・証券業界に共通してみられる適用カテゴリーは以下が挙げられます。

適用カテゴリー 概要
不正検出と防止 不正パターンを模倣した合成データをGenAIによって作成し、検知アルゴリズムを強化することで、不正検知・防止を高度化する。
パーソナライズされた顧客体験 個々の顧客に応じた嗜好や選択肢をGenAIによって提供することで、パーソナライズされた顧客体験を実現する。
バーチャルアシスタントと
カスタマーサポート
高度なチャットボットやバーチャルアシスタントの開発にGenAIを活用し、顧客サービスを強化。リアルタイムで顧客の問い合わせに答えたり、口座残高や取引などの金融関連情報を提供する。
リスク管理 リスクを評価し、効果的に対処する能力を強化する。広範な市場データ、ニュース記事、規制当局への提出書類等の分析を通じて、新たなリスクを早期に特定する。
製品デザイン カスタマイズ、リスク軽減、イノベーション、効率性、データ主導の意思決定の機会を提供する。市場においてよりカスタマイズされた競争力のある金融商品の開発につながる。
企業コンプライアンス 取引を綿密に監視し、倫理基準を維持することにより、複雑な金融規制の遵守を保証する。
データと予測分析 市場データを迅速に分析することで、様々な金融機関がタイムリーで十分な情報に基づいた意思決定を行えるよう支援する。
マーケティング パーソナライズされたコンテンツ作成と顧客データの分析によるキャンペーンの最適化等により、金融業界のマーケティング戦略の変革を支援する。

 特定のセグメントに特化したユースケースでいうと、銀行では与信審査、保険会社では引受や保険金請求処理・査定、証券会社ではポートフォリオ管理・アルゴリズム取引といったものがあげられます。生成AI導入に取り組む金融機関と上述のユースケーストレンドを調査した結果、いくつかの洞察が得られました。

  • JP Morgan Chase、Mastercard、Moody’sなどは5つ以上のユースケースで生成AIを活用することを検討している。
  • 多くの金融機関が「バーチャルアシスタントとカスタマーサポート」での生成AI活用を検討している。その他、取り組んでいる金融機関が多い主なユースケースは、「データと予測分析」「パーソナライズされた顧客体験」「リスク管理」。
  • 生成AI活用の目的、達成すべき目標は、「オペレーションの効率化」、「顧客体験の向上」、「ビジネス・イノベーション」。

 以降では、上記のユースケースの中からいくつかの事例を紹介します。

海外の金融機関における事例

 多くの金融機関が生成AIについて情報収集、研究をしているところですが、米大手金融機関はすでに生成AIを活用したいくつかの取り組みを進めています。

1. JPMorgan Chase & Co. 「IndexGPT」

 米大手銀行のJPMorgan Chaseは、人工知能を搭載したツールIndexGPTを使ったサービスを導入する、とBloombergによって報じられました2。IndexGPTは、個人の価値観に基づいて銘柄選定や投資を行うテーマ投資を促進するために設計されており、OpenAIのGPT-4モデルを使用している。このサービスによって利用者はより幅広い銘柄の選択が可能になるといいます。

 膨大なIT投資によって先端技術の活用に常に積極的な同行ですが、新技術の実証実験や導入だけでなく、それを使う行員の教育にも力をいれています。資産・ウェルス・マネジメント部門を統括するMary Erdoes氏は、「新入社員全員に、未来のAIに備えるためにすぐにエンジニアリングのトレーニングを受けさせる」と、投資家向け説明会で同部門の取り組みについて語りました3。またErdoes氏は、AIは収益の向上と時間の節約という2つの点で同部門に役立っていると説明しました。具体的には、銀行員が顧客と電話で話している間に投資候補に関する特定の情報を引き出せるようになることや、暗記作業から解放されることで、アナリストの1日の労働時間を2~4時間節約することができる、と語りました。

 Jamie Dimon最高経営責任者(CEO)は株主への年次書簡で、同行はマーケティング、不正、リスクなどの分野で予測AIや機械学習を長年活用してきたが、現在はソフトウェア・エンジニアリング、顧客サービス、オペレーションなどの分野で生成AIが従業員の生産性向上へ寄与する可能性を模索している、と説明しました。

2. Morgan Stanley 「AI @ Morgan Stanley」

 米Morgan StanleyはOpenAIの技術をベースにした社内AIアシスタントを立ち上げました。現在は多くの金融機関が同様のプロジェクトをすすめていますが、発表当時、同社は社内向けにカスタマイズされたAIプログラムを発表した最初の企業でした。AI @ Morgan Stanley Assistantという名のこの新しいツールは、ファイナンシャル・アドバイザーとそのサポート・スタッフ向けに作られており、10万件以上の調査レポートや文書へ容易にアクセスできるように設計されています。スタッフの市場調査や内部プロセスにかけている事務作業時間を節約でき、ファイナンシャル・アドバイザーがより顧客との時間に集中できるようにすることを目的としています。

 また同社は2024年6月、何千時間もの労働を肩代わりすると予想される新しいアシスタントAI @ Morgan Stanley Debriefを発表しました4。この新しいプログラムは顧客とのZoomでの打合せを記録し、ファイナンシャル・アドバイザーや若手社員が行っていたメモ取りを代替、自動でフォローアップメールの草稿と議論の要約を作成します。同社は7月、約1万5千人のファイナンシャル・アドバイザーへ同アプリケーションの導入を完了させたとのことです。1回の打合せにつき30分の作業時間節約ができるこのツールは、年間100万件のZoom打合せを行う同社のウェルス・マネジメント部門において、従業員の生産性向上に寄与することは間違いないでしょう。

3. Mastercard 「カード不正検知(Cyber Secure)、Shopping Muse」

 米Mastercardが取り組む生成AI活用によって、カードの不正利用の検出率を従来の2倍に向上させています。悪意のある人物がスパイウェアやマルウェア、カードスキミングなどによって情報を盗み、不正に利用されたカードの詳細情報を予測・検知することで、以前よりもはるかに迅速に不正利用をブロックできるようになりました。また、不正取引の検知における誤検知を最大200%削減するほか、悪意のある人物によって危険にさらされている加盟店を特定するスピードが300%向上した、と発表5。この最新の機能強化はMastercardが2020年から提供しているCyber Secureなど、マスターカードの既存のセキュリティ・ソリューション・スイートを更に強化するもので、サイバー&インテリジェンス事業部プレジデントであるAjay Bhalla氏はCNBCの取材に対し「この新しいAIソリューションは同社のサイバーセキュリティおよび不正対策チームがゼロから構築した独自のリカレント・ニューラル・ネットワーク(生成AIの中核部分)である」と語りました6。Mastercardのアルゴリズムでは、テキスト入力の代わりにカード所有者の加盟店訪問履歴をプロンプトとして使用し、取引情報から顧客が行く可能性のある場所であるかどうかを判断します。算出されたスコアが高いほど、カード所有者が取る通常の行動パターンに近いとされ、低いと不正利用の疑いが高いと判断されます。同社によると、このプロセスはすべてわずか0.05秒で完了します。

 また、Mastercardの子会社であるDynamic Yieldは消費者が小売業者のデジタルカタログで商品を検索・発見する方法を劇的に変える生成AIツール「Shopping Muse」導入しています7。Shopping Museは、個々の消費者のユニークなプロフィール、意図を理解し、時間の経過とともに会話の文脈を構築、高度にパーソナライズされたレコメンデーションを実現します。たとえば、「夏の結婚式には何を着たらいいですか?」や「ミニマリストの服装におすすめのアイテムは?」などの質問をすることができます。フレーズによる検索の支援だけでなく、画像認識ツールを使用することで、他の商品との視覚的な類似性に基づいて関連商品を推薦することも可能で、同社はこの技術が家具や食料品などの他のカテゴリーにまで広がる可能性があると述べています8。シームレスで没入感のあるオンラインショッピングは、今後、消費者が求めるショッピング体験の1つのカタチとなるのかもしれません。

生成AIの導入に向けた課題と対策

 上記でみてきたように、金融機関で生成 AI を導入すると効率性の向上や顧客満足度向上、コスト削減など多くのメリットが期待されますが、同時に、慎重な検討を必要とするいくつかの課題も生じます。

・プライバシー

 生成AIはデータに依存しているため、著作権で保護された素材が使用されていないか等、企業にはどのようなデータを管理・利用するかといった点で大きな責任が伴います。企業は顧客データのセキュリティ・プライバシーを確保する必要があり、管理を誤ると、情報漏洩や評判の低下につながる可能性があるからです。

・規制/コンプライアンス

 金融機関は厳格な規制の下で運営されており、コンプライアンスは譲れません。AI技術を活用するには、GDPR9、バーゼルIII10、AMLに関連する法律11などさまざまな規制要件を慎重に順守する必要があります。

・公平性、信頼性

 AIのモデルは、トレーニングに使用したデータからバイアスを受ける可能性があります。これがクレジットカードや融資、その他金融サービスにおける審査において差別につながる可能性があります。AIモデルの公平性や透明性の確保、継続的な監視と是正はどのようなユースケースにおいても常に考慮されるべき事項の1つです。

・人材

 生成AI がビジネスを変革しえる重要な技術として突如登場したため、金融機関のリーダーは従業員への影響に備える時間、そして従業員のスキルアップや、対応に必要な人材の確保に備える時間がほとんどありませんでした。生成AIの登場以前からAIは人の仕事を奪う、といわれることも多々あります。実際にAIによって特定の職種や役割は減るかもしれませんが、代わりに新たな職種・役割が出てくるかもしれません。(例:Prompt Engineer)このように、AIが様々な業界や職務内容を変容させる中、AI主導の環境で活躍するために不可欠なスキルを従業員に教育することが急務となっています。

 そしてMastercardは上記課題を考慮しながらAIの機会を評価するために、AI審査委員会と技術的審査という2段階の審査メカニズムを採用しています。AI審査委員会は、法律、プライバシー、製品、ビジネスなど様々な領域の専門家で構成され、潜在的なAIプロジェクトの意図、データの出所、倫理的な意味を評価します。技術的審査には、提案されたAIアプリケーションの拡張性、ROI、運用効率の評価が含まれています。また、AIの取り組みを効果的に拡張できるようにするため、Mastercardは従業員のトレーニングとスキルアップに多額の投資を行っています12。ソフトウェア・エンジニアリング、データ・サイエンス、セールスなど、さまざまな役割に特化した支援機能を設け、独自のAIツールとトレーニングを提供しています。

 本稿でご紹介した金融機関の事例はほんの一部ですが、生成AIにはまだまだ幅広いユースケースが議論・検討されています。AIは特定の業種・職種のみが活用するものではなく、すべての企業・個人が幅広く活用していく時代、活用しなければならないときが訪れています。まだ生成AIに馴染みのない方、活用方法を模索しているという方は、日々のニュースの要約やメール返信の素案作成など、普段行っている小さなタスクをAIに任せてみることからはじめてみてはいかがでしょうか?

  • 9 EU一般データ保護規則。欧州経済領域(EEA)における個人情報とプライバシー保護の強化を目的とし、その取扱いについて法的要件をまとめた規則
  • 10 世界的な金融危機の再発を防ぎ、国際金融システムのリスク耐性を高めることを目的とし、銀行に対して自己資本の強化を要求する規制
  • 11 マネーロンダリングを防止するために各国が定める法律。日本では、犯罪収益移転防止法など。
  • 12 https://www.forbes.com/sites/bernardmarr/2024/06/21/how-mastercard-uses-ai-strategically-a-case-study/別ウィンドウで開きます