本文へ移動

先駆者たちが見据える2050年の景色 Vol.1
~自律分散型経営が生むイノベーション~
ビービット CCO 藤井 保文氏×社会システムデザイナー 武井 浩三氏

 インターネットの台頭により、わずか30年で、社会やビジネスは劇的に変化を遂げた。今から30年後の2050年には、よりテクノロジーと分かちがたく結びついた社会が到来するであろう。wisdom では『2050年の景色:テクノロジーが、私たちの社会を豊かにするために」と銘打ち、ビービットCCOの藤井保文氏をモデレーターとする3回にわたる連載対談を企画。その第一弾は、社会活動家・社会システムデザイナー武井浩三氏をゲストに迎えた。未来を生きる人と社会の最大幸福のために、科学技術が果たせる役割とは何か。藤井氏と武井氏が大いに語り合った。

SPEAKER 話し手

武井 浩三氏

社会活動家・社会システムデザイナー

藤井 保文氏

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)

「社会システムデザイナーとして社会をリ・デザインする

藤井氏:武井さんは肩書の1つとして「社会システムデザイナー」を名乗っていらっしゃいますが、これはそもそもどんな役割を指すのでしょうか。

武井氏:僕は2007年から「自律分散型組織(DAO:Decentralized Autonomous Organization ※1)」の運営に取り組んでいます。その動機は至ってシンプルで、「いい会社」をつくり、仕事を通じてよりよい社会の創造をしたかった。それを目指す上で最大の障壁となったのが、既存の社会の仕組みでした。社会全体をリ・デザインし、新たな方向に向けて、従来の社会の仕組みを置き換えていきたい――そんな思いを込めて、「社会システムデザイナー」という肩書を名乗っています。

  • ※1 DAO: 役職による指示系統がなく、各メンバーが自らの意志決定により、自律的に行動する組織のこと
社会活動家・社会システムデザイナー
武井 浩三氏
1983年、横浜生まれ。高校卒業後ミュージシャンを志し渡米し、帰国後にCDデビュー。アメリカでの体験から起業するも、倒産・事業売却を経験。「関わるもの全てに貢献することが企業の使命」と考え、2007年に不動産ITサービスを提供するダイヤモンドメディア株式会社を創業。会社設立時より経営の透明性をシステム化し、2017年には「ホワイト企業大賞」を受賞。『重なり合い』『循環』『自律分散』をキーワードに、持続可能な社会システムや貨幣経済以外の経済圏など、社会の新しい在り方を実現するための研究・活動を行っている。自律分散型経営の日本の第一人者。著書に『管理なしで組織を育てる』、『自然経営』(共著)など。

藤井氏:「自律分散型組織」というお話がありましたが、「自律分散」とは一人ひとりが自律性を持って活動し、自らの意志で行動することだと僕は理解しています。これは、武井さんの中ではコアのテーマなんですか。

武井氏:そうですね。「自律分散」に加えて、「循環」「重なり合い」という3つのキーワードを掲げています。これからの社会・組織・コミュニティ・家族の在り方において、この3つがコアになっていくだろうと想定しているからです。

 例えば、「循環」というとサーキュラー・エコノミー(循環経済)を想像される方も多いと思いますが、環境配慮だけでなく貨幣論までひも解かないと、循環経済の本質は見えてこない。単なる精神論や道徳論ではなく、「本当に仕組みとして循環できているのか」が重要です。

 「重なり合い」の対極にあるのは「分断」で、重なり合う社会構造のことをポリモルフィック・ネットワーキング(polymorphic networking:多形構造)と呼びます。かつて経済が膨張し続けていた時代には、企業間で競争しながら互いに利益を得ることができたのですが、今は経済が縮小しつつあるので、やみくもに競争すれば泥仕合になる。「同業なら親戚みたいなものだから、企業同士で仲良くしましょうよ」という器の広さがますます重要になるのではないでしょうか。

世界は「自律社会」を経て「自然社会」へと向かう

藤井氏:武井さんは、「自律分散」「循環」「重なり合い」が社会システムとして具現化された状態をつくるために、活動されているわけですね。その視点から2050年を見据えた時、どんな状況になっていると思いますか。

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)
藤井 保文(ふじい やすふみ)氏
東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しい在り方を模索し続けている。著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計22万部。最新作『ジャーニーシフト』では、東南アジアのOMO、地方創生、Web3など最新事例を紐解き、アフターデジタル以降の「提供価値」の変質について解説している。ニュースレター「After Digital Inspiration Letter」別ウィンドウで開きますでは、UXやビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中。

武井氏:2050年には、こうした社会システムが実現しているのではないかと思います。僕が好きな未来予測シナリオの1つに、「サイニック(SINIC)理論」があります。オムロン創業者の立石 一真さんが1970年に発表した未来予測理論で、「科学・技術・社会が互いに影響を与えあいながら、螺旋的に発展していく」というのが基本的な考え方です。

 その中で、立石さんは21世紀までの社会シナリオを、半世紀にわたって高い精度で言い当てています。「2020年までは組織・集団や唯物論的な価値観が重視され、2025年以降は個人や精神的なものが重視される『自律社会』へとシフトする。2020年から2025年の5年間は、創造と破壊を繰り返すカオスの時代となるだろう」と書いてあるんです。

藤井氏:コロナ禍、戦争、生成AIの登場などが、2020年~2025年に当たるわけですよね。

武井氏:そうですね。そもそも経済とは人間が豊かに生きるためのものであって、経済のために人間が生きているわけではない。経済の前提がひっくり返るのが2025年以降だという予測のもとに、僕はこういう活動をしているわけです。

藤井氏:2025年に何があって、前提がひっくり返るのでしょうか。

武井氏:物理的な地殻変動かもしれないし、新たなパンデミックかもしれないし、世界を巻き込んだ大戦かもしれない。僕が間違いなく起こると思うのは、経済危機です。

 現在のドル基軸制度は、原油取引をドル建てで行う「ペトロダラー・システム」で成り立っています。アメリカは1974年、サウジアラビアとサウジ王家を保護するのと引き換えに、原油取引のすべてをドル建てで行うという約束を取り付けました。これが発端となって、ペトロダラー・システムが米国の経済覇権を底支えすることとなります。ところが、2024年1月1日、サウジやイラン、UAEなど6カ国のBRICs加盟が発表されました。ペトロダラー・システムを支えていた中東諸国が、アメリカに対抗する新興勢力のBRICsに、いわば寝返ったわけです。このことからも、近い将来、ドル中心の経済が終焉を迎えるという見方も出てきており、今後は「経済危機はいつ起こるのか」が論点になっていくと個人的には考えています。

藤井氏:つまり、物理的にも経済的にも、地殻変動はすぐそこまで迫っていると考えているわけですね。それによって世界経済は大きな変化の渦に飲み込まれ、現行の貨幣制度や経済原理は根底から覆されてしまう。

 サイニック理論によれば、2025年に「自律社会」が始まって、成長を前提としたGDPベースの経済構造も変わり、2033年には「自然(じねん)社会(※2)」に入るとされています。2033年に到来するという「自然社会」について、武井さんはどんなイメージを描いていますか。

  • ※2 サイニック理論では、「自律社会」は自分自身が思うように生きることによって社会と調和し、社会によりよい価値をもたらすことのできる社会であり、「自然社会」とは、人も技術も自然の一部となった、あるがままの持続可能で豊かな自然(じねん)の世界と定義されている。

一人ひとりが「どんな社会を生きていたいのか」が表現できる時代に

武井氏:「自然社会」といっても、別にテクノロジーを放棄するわけではありません。僕はむしろ「いいとこ取り」だと思っています。人類が「お金をもっと増やさなきゃ」という呪縛から解き放たれれば、短期的には利益を生まない基礎研究がもっと進むでしょうし、デジタル・ベーシックインカムの仕組みが社会に実装されれば、ムダなものをつくる必要がなくなって、人類の発展のためにもっと労力を注ぐことができる。「自然社会」では、テクノロジーが加速度的に進展すると思います。

藤井氏:今は「お金のため」にしていることが多いけれども、「お金のため」に何かをするという前提が崩れると、純粋に「社会のため、人のため、幸せのため」にやるという生き方が発動するということですね。

武井氏:立石さんは「世界は2033年から『自然社会』に入る」と書いていますが、その先のことは何も予測されていないんです。なぜかというと、彼は2033年までの予測をGDPベース(貨幣の流通量)で計算しているのですが、2033年以降は世界の軸が変わるので、GDPベースでは計算できないんです。

 その先は、僕ら一人ひとりが「どんな社会を生きたいのか」ということを、純粋に表現できる社会になっていくのではないでしょうか。

ブロックチェーンは自律分散思想の社会実装

藤井氏:「分かち合い」を背景としたテクノロジーは、社会システムをより自由にするために存在するような気がします。その意味で、武井さんは今、どんな技術を重視していますか。

武井氏:ブロックチェーンですね。ブロックチェーンは、「所有」というものを分散する自律分散思想の社会実装なので、この技術が世に出たときは「ついに来た!」と思いました。ただ、ブロックチェーンを使った暗号資産が投機の対象になってしまっていることは残念ですが、それによってこの技術が世の中に広まりつつあることは重要だと感じています。

産業構造を変えるためにはベーシックインカムが不可欠

藤井氏:テクノロジー観点でもう1つ聞かせてください。今後「AIが人間の仕事をなくしていく」という話は、どのようにとらえていますか。

武井氏:素晴らしいことだと思います。今の経済理論でいうと、「AIに仕事を奪われた人たちの食い扶持はどうするんだ」という話になる。でも、これは仕事の話というよりお金の話ですよね。したがって、産業構造をドラスティックにシフトさせるためには、ベーシックインカムが不可欠だというのが結論です。

 そうなると、「会社を残すこと」が目的ではなくなって、「よりよい社会をつくること」「不要になったものを捨てていけること」が重要になる。会社が潰れないことより、個人がいかに豊かに生きるかの方が大事なわけで、ここを担保する社会システムの実現につながるといいな、と考えています。

藤井氏:今、お話を聞いていて思ったのですが、テクノロジー起点での順序というのはあるかもしれませんね。生成AIの普及によって、お金に対する関心が低下し、余暇の時間が増えるので、皆さんの関心が「やりたいこと」や「社会的意義のあること」にシフトしていく。すると、同じ興味を持つ人たちのコミュニティが生まれ、「やりたいこと」や「目指すビジョン」の周りに人が集まるようになる。そのときに、あらためてDAOが小規模かつ社会志向的に使われていく。そんな順序でテクノロジーの活用が進むのではないかとイメージしています。

武井氏:その視点は面白いですね。昨年、僕はお米の販売会社をつくったのですが、出資者が400人ほどいるんです。皆でDAO型の合同会社をつくって、皆で米をつくって皆で消費する。それ自体が共同体になっているわけです。

 アメリカの一部の州では既にDAO法が施行されていますが、今の社会でDAOの概念を法人格にするための仕組みも整備されつつあります。そうなれば、「DAOで法人をつくる」という選択肢が生まれ、さまざまな形で自律分散の動きが加速してくるのではないかと感じています。

意志と熱量を起点にした「自律分散型経営」で未来を拓く

藤井氏:一方で、DAOの課題としてスピード感の問題も指摘されていますよね。トップダウンではなく皆で物事を決めたりするので、スピード感をもって進めることが難しいと。その点はどう思われますか。

武井氏:僕が自律分散型組織を17年ほど実践してきた経験からいえば、そんなことはないと思います。

 DAOはDecentralized Autonomous Organizationの略ですが、「何をdecentralize(分散)するか」は、まだしっかりと定義されてはいない。ただ、僕の中では明確で、それは「所有権」と「議決権」を分散化させることだと定義しています。

 では、議決権を分散させたとして、意志決定をどうするか。今のWeb3界隈では、Snapshot(スナップショット)のような仕組みを使って投票し、多数決をとる方法が一般的です。でも、実をいうと、投票という行為は民主主義ではないんです。

 僕もダイヤモンドメディアという会社で、「何もかも多数決で決める」というのを4年間試したことがあります。すると、代表の僕ですら「どんな提案をしたら皆がイエスといってくれるか」と皆の顔色をうかがうようになって、会社全体が官僚組織と化し、本当に無難なことしかできなくなってしまった。そこで、多数決を禁止したんです。

藤井氏:なるほど。それは面白いですね。

武井氏:多数決とは「今、皆がどんなことを思っているか」を知るためのアンケートのようなもの。それを基に意志決定すると、マジョリティの方向にしか流れていかないので、新しいものなど生まれるはずもない。リーダーシップやイノベーションの本質はマイノリティの実践です。マイノリティなものを芽吹かせる上で重要なのが、「意志」を尊重した自律分散型の仕組みなんです。

 多数決の投票をやったところで、熱量の度合いはわからないじゃないですか。「やりたい人がやれる」ことが大事で、それに対する懸念点や合意点は「意見」として集める。「意志」と「意見」を分けた上で、「意志がある人は、反対意見があってもやっていい」という前提で進めるわけです。

 そうすると、熱量の起点が組織の中のいろいろな場所から出てくるので、自然と分散化していく。そして、「やりたい人」がいない案件はそもそも扱わない。そういう形で物事を進めていくわけです。

藤井氏:それは、すごくわかります。会社の経営に携わっていると、「お前がやりたいというならやっていいよ」ということって、たくさんあるじゃないですか。それに対して数値化できるかとなると難しいところもあるので、「納得できる人たちでやる」というお話は非常に参考になりました。社会・組織のリ・デザインに向けて、これからのご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。