先駆者たちが見据える2050年の景色 Vol.2
~Web3で変わる経済成長のパラダイム~
ビービット CCO 藤井 保文氏 × Animoca Brands Japan CEO岩瀬 大輔氏
インターネットの台頭により、わずか30年で、社会やビジネスは劇的に変化を遂げた。今から30年後の2050年には、よりテクノロジーと分かちがたく結びついた社会の到来がやってくるだろう。wisdom では『2050年の景色:テクノロジーが、私たちの社会を豊かにするために」と銘打ち、ビービットCCOの藤井保文氏をモデレーターとする3回にわたる連載対談を企画。第2弾となる今回は、ライフネット生命保険の創業に参画し、現在はAnimoca Brands Japan(アニモカ・ブランズ・ジャパン) の社長を務める岩瀬 大輔氏をゲストに迎えて対談が行われた。Web3の黎明期を迎えた今、NFTや暗号資産はこれからの社会をどう変えていくのか。カルチャーとビジネスの関係はどのように変わり、経済重視・成長重視のパラダイムはどのような価値によって置き換えられるのか。藤井氏と岩瀬氏が議論を交わした。
SPEAKER 話し手
岩瀬 大輔氏
Animoca Brands株式会社
代表取締役社長CEO
KLKTN Limited CEO
藤井 保文氏
株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)
オンラインで誰もが自己表現する時代が始まった
藤井氏:岩瀬さんはライフネット生命保険の共同創業者として立ち上げに参画し、今では世界有数のWeb3企業、Animoca Brandsで、日本における戦略的子会社のトップを務めておられます。岩瀬さんは、いつWeb3の世界に入ったのですか。
岩瀬氏:2021年です。2020年末ごろに、アメリカの大手金融機関が暗号資産に続々と投資し、ビットコインなどは「クリティカルマス(臨界質量)を超えた」という印象がありました。それが発端となって、暗号資産やNFT(Non-Fungible Token:代替不可能なトークン)が盛り上がりを見せたときに、「Web3は面白いな」と思ったのがきっかけです。
僕らの世代は、大学時代にインターネットのサービスが始まったので、時代が大きく変わるタイミングで起業した人たちが多いんです。MIXIの笠原 健治さんやグリーの田中 良和さんは旧知の仲ですが、彼らは毎日のように渋谷に集まり、インターネットの未来について議論しながら、新しい時代をつくっていった。
僕は少し遅れてネット事業の世界に入ったので、彼らのことがうらやましかった。時代が変わる瞬間に最前線で立ち会えるような機会は、そうそう巡って来ないだろうなと思っていたら、少なからぬ人たちが「あのころと同じぐらい大きな変化が起こり始めている」という。だとしたら、斜に構えて評論するのではなく、その渦中に自分も飛び込みたいと思ったんです。
2021年に会社を設立し、NFTを通してクリエイターとファンを結ぶグローバルなプラットフォーム「Kollektion(コレクション)」を立ち上げました。僕が面白いと思ったのは、オンライン上で過ごす時間が増えたことによって、皆がその中で自己表現をするようになり、デジタル空間でのアイデンティティや社会的経済的活動が生まれたこと。それにともない、「デジタルなものを所有する」NFTを体験する機会も生まれつつある。
例えば、今の子どもたちはゲームをしながら、アバターやデジタルグッズにお金を使っています。友達の皆とゲーム空間で会うから、自分だけ無料のものを使っていると格好が悪い、というんですね。「無料のLINEスタンプしか使っていないおじさん」みたいになるのは嫌なので、有料のデジタルグッズを買っていく。今はデジタル空間での自己表現が始まり、社会が少しずつ変わっていくタイミング。その面白さに惹かれたのが、Web3の世界に入ったきっかけです。
2050年にカルチャーとビジネスの関係はどうなっていくのか
藤井氏:この対談のテーマは「2050年の景色」ですので、まずは「2050年に向けて企業はどう変わっていくのか」について考えてみたいと思います。僕が岩瀬さんに伺いたいのは、「カルチャーとビジネスの関係はどうなっていくのか」ということです。
例えば、Roblox(ロブロックス)というゲーミング・プラットフォームでは、ウォルマートやナイキといった企業がバーチャル・テーマパークをつくっています。また、ビデオゲームのMinecraft(マインクラフト)では、ゲームの世界で建物をつくる建築会社も出てきています。
若い人たちを相手にしている海外の企業は、デジタルグッズの提供や、デジタルワールドでの空間創造を当たり前のように始めています。また、人の熱意・関心・興味によって物事が動き、それが差別化ポイントにもなるというように、従来のビジネス原理とは異なる流れも加速しているように思います。
岩瀬さんは、今後カルチャーとビジネスの関係はどうなっていくと思われますか。
岩瀬氏:それは、業界によると思います。例えばAnimoca Brands Japanでは、集英社や講談社などが株主になり、漫画やアニメのIP(知的財産)とNFTなどのWeb3技術をつかった新しいビジネスの創出を目指しています。こうしたエンタテインメントの分野では、ファンとクリエイターとの関係も変わり、クリエイターズエコノミーという新たな経済圏が生まれつつある。今はYouTubeのようにファンが直接課金できるようなプラットフォームも多いので、ファンとクリエイターとの新しいつながり方がさまざまな形で生まれています。その意味で、カルチャーはWeb3と非常に親和性が高いと思っています。
一方で、基地局やサーバーといった社会インフラに関連した部分は、あまり変わらないような気もします。ただ、ゲーム以外にメタバースで立ち上がっているものとしては、意外に産業系のアプリケーションが多いんです。医療や工場のメンテナンス、潜水艦の開発など、ディープなBtoBの分野でもさまざまなVRソリューションが立ち上がっている。その意味では、BtoBに限らず、Web3との親和性が高い分野とそうではない分野があると考えています。
藤井さんはカルチャーの部分に興味をお持ちとのことですが、どの辺が面白いと思うのですか。
藤井氏:やはりクリエイターズエコノミーですね。この分野に興味を持ったのは、2020年ごろに化粧品会社の方から伺ったお話がきっかけです。「今一番怖いのは、競合がすごい商品を出すことではなく、インフルエンサーが立ち上げるブランドが増えていること。そういうブランドが1万も出てくれば、根こそぎシェアが奪われていく。今、まさにそういう状況が起きつつある」というわけです。
今はものづくりのインフラも整備されて、発信しようと思えば、Webサイトの立ち上げもECやペイメントの仕組みづくりも一瞬で整えることができる。このまま選択肢が増え続けたら、企業活動はどうなるんだろう、と思ったわけです。
その点については、僕自身は「利便性」と「意味性」の2層でとらえています。利便性のレイヤーは「不便なことを便利にする」のが目的なので、「生活インフラをどう変えていくか」「困り事をどう解決していくか」という話がメインになる。一方、意味性については定義の指標が全くないので、有象無象のいろいろなものが生まれてくる。となると、食料調達や流通、電気・ガス、インターネット回線といったインフラ部分は大手数社で回し、上層部分は各自がプロジェクト・ベースで好きなことをしながら生きていく。例えば、YouTuberをしながら自分の好きなブランドを立ち上げ、コミュニティの中でお金を回していく、という世界観です。
岩瀬さんはジャズに造詣が深く、ご自身もピアニストでもあるんですよね?実は僕も前はドラムをやっていまして、当時はCDを出したりツアーをしたりと本格的に活動していました。元々そういうことが好きなだけに、クリエイターズエコノミーの部分から社会構造が大きく変わっていく可能性について、興味があるのです。
Web3本格化でビジネスモデルが変わり、新しい経済圏が生まれる
岩瀬氏:現在、親会社であるAnimoca Brands では、2022年にイスラエルのタイニータップ(Tiny Tap)という会社を傘下に収め、教育の分野で新しい取り組みを進めています。タイニータップは800万世帯のユーザーを持ち、セサミストリートのIPを使って子ども向けに教育ゲーム・コンテンツを配信している会社ですが、アニモカはこの会社を買収してコンテンツをWeb3化しました。難しいコーディングをしなくとも、世界中の先生が、わかりやすい教育ゲームを簡単につくって配信できるようにしたわけです。
昔、小学校の先生は自分でプリントをつくって生徒に配っていましたよね。先生が手づくりした教材は、当時は受け持ちのクラスでしか使えなかったけれども、今なら世界中に配信して販売できる。そうなれば、教えるのがうまい先生は、有名なキャラクターを使ってわかりやすい教育ゲーム・コンテンツをつくり、NFTの形で販売してロイヤリティを得ることができます。要は、今までマネタイズされていなかった“先生の教え上手”という価値を可視化したわけです。
この件について、ある大手出版社の方とディスカッションをしたことがあります。これまでは「版元がものをつくって販売する」というのが出版社のビジネスモデルでしたから、良質のコンテンツを自作して配信されると困るわけです。しかし、本格的なWeb3時代が到来すれば、出版社の役割も変わるのではないか。つまり、画一的なコンテンツをつくって配信するだけでなく、カルピス®の原液のような“コンテンツの元”をつくってクリエイターに提供し、新しいコンテンツをつくるための原料や部品、道具を与えることが、出版社の新しい役割になるのではないか、ということです。
藤井氏:すごくわかる気がします。クリエイターズエコノミーを前提として、コンポーザブルかつリミックスできる場を提供すれば、各自がそこで表現活動をしたり、ものをつくったりすることができる。それが新しい経済圏を生み出す可能性がある、ということですね。
経済重視の社会から「意味」が求められる社会へ
藤井氏:岩瀬さんが面白いと思われる世界観を踏まえて、「2050年にはこうなっていてほしい」と思うことはありますか。
岩瀬氏:Web3の思想的な支柱の1つが、decentralization(分散化)です。そこには、MicrosoftやGAFAが中央集権的に力を持ちすぎたことへのアンチテーゼが多分に含まれています。
実は、decentralizationやブロックチェーンの仕組みはとても非効率的で、ブロックチェーンで送金すると時間もコストもかかるので、「早く安く」やろうとするなら中央集権型のほうが効果的だったりする。では、なぜこうした技術が生まれたかというと、一極集中的な権力からの解放を目指す、思想的な背景があるわけです。
そう考えると、2050年には現在のパワーバランスが変わっている可能性があって、今まで必ずしも声が大きくなかった人たちや、才能はあっても力がなかった人たちに、価値が還元できる社会になっているのではないか。その理想に共感した人たちが、Web3の業界にいるという感じを持っています。過度に集中・偏在した富の分配に対する、新しいソリューションとしての希望の光がそこにある、という印象です。
decentralizationも当初はユートピア的なイメージでしたが、その過程でバブルが何回も弾け、少しずつ地に足がついてきて、何でもかんでもdecentralizationに置き換えられるわけではないよね、という理解も生まれつつあります。
例えば、DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)も、必ずしも分権主義ではありません。皆が投票して物事を決めるにしても、誰もが議案を提出できるとなればカオスになるので、中央の事務局的な人が交通整理をしてアジェンダを設定する。その方が効率的だし、皆の意図にも沿うわけです。歴史上、直接民主主義から間接民主主義へと移行したのは、その方がより賢明な意志決定がなされるという人類の知恵であって、それ自体が間違いだと断じることはできません。
ものが豊かになって、私的なニーズが満たされたときに、人々が求めるのは「意味」であり「物語」であり、その一部になることだと僕は思います。現代社会においては、経済合理性だけでは語れない部分のほうが多い。実際、「一番価格が安い」という理由より、「好きだから」「雰囲気がいいから」という理由でものを買うことのほうが多いですよね。これからは、経済重視の社会から、意味が求められる社会への移行が加速するでしょう。それを可能にするソリューションの1つとして、Web3のさまざまな部品があるような気もしています。
暗号資産が“成長一辺倒”の世界を変えていく
藤井氏:そうした世界が実現すると、お金のあり方はどう変わっていくのでしょうか。冒頭で、「2020年ごろにアメリカの金融機関が暗号資産に投資し始めた」というお話がありましたが、今後、暗号資産はどうなっていくと思われますか。
岩瀬氏:まず、紙幣・硬貨がデジタルになった時点で、感覚は違うと思います。今の子どもたちは、電子マネーでピッと支払いますよね。それだけでも、お金の感覚は昔とはずいぶん違うと思います。今後はそれが、トークンのような「一部が意味を持つお金」に替わり、お金の性質が、純粋な価値のコモディティから、何らかの意味合いを帯びたものへと変わっていく。
僕がNFTを面白いと思ったのは、「投機的」なものでありながら「愛着が湧く」というような、2つの異なる性質が初めて融合したものだったからです。暗号資産 に自分の似顔絵や自分だけのキャラクターが付くと、ちょっと愛着が湧くじゃないですか。もしかすると、これからの暗号資産は、乾いていて意味のない、純粋な金銭的価値を体現したものから、一部は何らかの意味を持つものに変わっていくかもしれない。逆にいうと、暗号資産が、成長一辺倒、経済価値一辺倒の世界を変えていくきっかけになるかもしれないと思っています。
藤井氏:お金やものづくりが変化していく中で、競合のあり方が変わり、企業のあり方自体も大きく変わる可能性がある。先ほどの話に戻ると、インフラ企業が公の性格を帯びていく一方で、レイヤーの上層にある会社はどんどん分散し、組織もより自由な形をとって、各自が勝手にものをつくり出すような状況が加速していくのではないかと思います。
岩瀬氏:一方で、ディズニーはディズニーでこれからも存続していくし、ディズニーがすべて個人クリエイターに置き換わるわけではない。やはり従来のものは従来のもので存続し、それと並行して新しいものが出てくるのではないでしょうか。
例えば車の運転でも、すべてが自動運転に切り替わるのではなくて、アメリカ大陸を横断するような長距離の貨物運送は「自動運転」、まちなかを走るときは特定の条件下でのみ自動運転を行う「運転支援」、という形ですみ分けができていくのではないか。僕は、「社会と技術とのかかわり方が破壊的に変わる」というイメージはあまり持っていません。そうではなくて、「選択肢が増える」というイメージです。
藤井氏:それぞれに良さがあり、選択肢が一気に広がっていく。その中から僕らは意志を持って選択できる、ということですね。本日はありがとうございました。