スモールスタートからビッグチャンスへ
~データ活用で日本企業は変われるか~
データサイエンティスト シバタアキラ氏×NEC 桃谷英樹
デジタル時代の到来とともに、企業におけるデータ活用の重要性が高まっている。しかし、日本企業のデータドリブン経営への道のりは、まだ途上にある。日本企業のデータ活用の現状と課題、そして未来の展望とは? データサイエンティスト・物理博士でもあるシバタアキラ氏と、NECのDX戦略コンサルティング領域をリードする桃谷英樹を招いた本対談では、日本企業と海外企業との違い、成功事例の特徴、そして技術と人材の両面における課題やAIの進化がもたらす可能性と新たな課題など、多岐にわたるトピックを語る。DXを推進する企業やデータ活用に興味を持つビジネスパーソンにとって、示唆に富む内容となっているだろう。
SPEAKER 話し手
桃谷英樹
NEC コンサルティングサービス事業部門マネージング・エグゼクティブ
シバタアキラ氏
起業家・データサイエンティスト・物理学博士
日本のデータ活用の現状とは? スモールスタートが適しているその理由
――日本企業のデータ活用の現状について、お二人はどのようにお考えですか。
桃谷:20〜30年前と比べると、インターネットの普及によりデータの利用可能性は格段に向上しました。しかし、日本企業ではまだ十分に活用できていないのが現状です。データは過去の事実を示すものですが、ビジネスや人生において一歩先を考えるために非常に有用なツールとなります。ただ、多くの日本企業では即効性のある使い方に偏重し、長期的な視点でのデータ活用が不足しているように感じますが、最近では変化の兆しも見えてきています。
例を挙げると、不動産など比較的データ活用の動きが少なかった業界・業態でも新しいアプローチを模索する動きが出てきていますね。従来のビジネスモデルに固執せず、データを活用した新しい挑戦に投資する企業が増えてきていると感じます。これまでデータ分析を扱ったことのなかった人がそれについて勉強するための時間を確保することが推奨され、評価もされるという体制の整備が進みつつあるのかなと思います。
シバタ氏:そうですね。一般的な企業のなかにも、データサイエンスに関心のある人や実は学生時代にそういった勉強していたという人は案外多くいたりするものです。現在はさまざまなツールもありますし、彼らが必要とする教育的なマテリアルもどんどん増えていますから、データ人材的な役割を担える人を増やすことは現実的になってきています。
――データ活用がより浸透し、普及していく上でどのような課題があるのでしょうか。
桃谷:技術と人材の両面に課題があると考えています。技術面では、クラウドへの移行やツール・アルゴリズムの進化により、自前でシステムを構築するよりも外部のソリューションを活用した方が効率的なケースが増えています。しかし、何を自社で行い、何を外部に委託するかの見極めが難しいですね。
シバタ氏:人材面では、日本企業特有の問題があると感じています。社員が自分の担当業務以外の勉強に時間を割くことが少ないという点です。ただ、最近では従来データ分析に携わっていなかった社員も勉強に時間を割くことを許容する企業文化が徐々に広がりつつあります。これは良い兆候だと思います。
――海外企業と比較して、日本企業のデータ活用にはどのような特徴がありますか?
シバタ氏:特にアメリカの企業では、大きな戦略を立て、それに向けて多額の投資を行う傾向があります。失敗のリスクは高いですが、大きな成功を収める可能性も高い。一方、日本企業は慎重なアプローチを取る傾向があります。私は「スモールスタート」という言葉をよく使うのですが、既存のデータや仕組みから始めて徐々に拡大していく方法が日本企業に適していると考えています。
桃谷:確かにそうですね。日本企業の強みとしては全体的な底上げの取り組みです。DX人材の育成やリスキリングなど、組織全体のデジタルリテラシーを向上させる活動は、むしろ日本の方が進んでいるという印象を持っています。
――日本企業の中で、データ活用はどのように浸透してきているのでしょうか?
シバタ氏:事業の改善的な視点からデータを分析し活用していく上では、大企業の方がそれによる価値を見出しやすいように思います。例えば、的確な売上予測ができたことで廃棄物を減らすことができたとして、そういうインパクトがコストに見合ったものになるのは、ある程度の規模がある企業になってくる。
一方で、一休やメルカリなど、ビジネスモデル自体がデータドリブンなデジタルネイティブ企業ではデータ活用が進んでいます。ただ、そういった企業に元々いるエンジニアの方々は、必ずしもデータの分析に長けた人たちばかりではないので、分析のスキルを持った人材を上手に採用できるか、そういう人たちを集めていけるかというところが肝要なのではないかと思います。
桃谷:そうですね。確かにそういった人材の活躍が見えてくるようになりましたし、大企業では特に成果が可視化されやすい取り組みなのだと思います。ただ、データの分析や活用を実行したこと自体への評価がしっかりとなされてきたかというと、そうではないと思います。今後、そこにちゃんと光を当てていく文化が醸成されていけば、人材の育成や集まり方も変わってくるのではないかと思います。
変化するデータサイエンティストの役割
――データ活用人材について、NECではどのような特徴の人材が活躍しているのでしょうか?
桃谷:比較的地道に積み重ねていく姿勢の人材が多いですね。お客様の変化のスピードに合わせて、何が良いのかを丁寧に話し合いながら進められる人が多いと感じています。
シバタ氏:お客様と粘り強く付き合う能力が高いということですか?
桃谷:そうですね。現状の制約の中でできることを地道に積み重ね、現場の人と話をし、経営陣にもアピールできる形にしていく。そういった能力が重要だと考えています。最近は社内のデータドリブン化も進んできましたが、そういった経験が、お客様の事業へのインパクトを段階的に出していくアプローチにつながっているように思います。
シバタ氏:成功体験を持っているかどうかは非常に重要ですね。成功体験のない人は諦めやすく、やり方も雑になりがち。一方、成功体験のある人は、一つひとつのステップに時間をかけることが最終的な結果につながると理解しています。
――AIの進化は、データ活用にどのような影響を与えているのでしょうか?
シバタ氏:AIの進化により、データ分析のアクセシビリティが非常に高くなっています。例えば、ChatGPTでは印刷されたテーブルデータの写真をアップロードするだけで可視化やインサイトの抽出を行なってくれます。これにより、これまでデータ分析ができなかった人もできるようになる一方で、従来のデータ分析スキルの価値が低下しつつあります。
桃谷:つまり、データそのものの概念も変わってきているということですね。以前は構造化データが中心でしたが、最近は非構造化データからも大きな価値が得られるようになってきました。
シバタ氏:従来の予測分析や回帰分析などのクラシカルな機械学習手法は、ある程度定番化してきていて、成長領域ではなくなりつつあります。一方で、生成AIの登場により、まったく新しい価値提供の可能性が開拓されてきています。
桃谷:そうすると、データサイエンティストの役割も変化していくということでしょうか?
シバタ氏:その通りです。自分の技術にこだわりすぎるのではなく、新しい技術を積極的に取り入れていく柔軟性が求められます。特に、AIエンジニアの需要が高まっていて、サイエンスとプロダクトの距離が非常に近くなっています。昨日の論文が明日には製品になる。そんな非常に速いフィードバックループが生まれています。
必要なのは経営層と現場が共鳴できる状況
――事業として社会課題解決に取り組む企業も増えていますが、そういった領域におけるデータ活用の可能性についてはどのようにお考えですか?
桃谷:NECでは、防災領域で培った実績や知見を基に、AIやIoT、画像解析などの最先端技術を駆使し、災害対策や支援のためのデータ活用を進めています。単に被害を軽減するだけでなく、災害発生前の予兆検知、災害発生時の事態の把握や関係組織との情報共有の高度化などによって、不測の事態にどう適応するかという視点でアプローチしています。
シバタ氏:社会課題解決におけるデータ活用の好例として、コロナワクチン開発の事例があります。予測モデルを使うことでワクチンの効果を早期に確認し、開発期間を大幅に短縮することができました。従来は考えられなかったようなデータの使い方が、社会課題の解決に大きく貢献する可能性があります。
桃谷:災害対策に限らず、多くの社会課題に対してデータ活用の可能性があります。ただ、そのためには新しい評価の仕組みやルールづくりも欠かせません。NECでは災害が起きた際の経済的インパクトを予測し、それに対する準備が地域の経済価値を向上させるような取り組みを始めていますが、その準備が地域の経済価値を高めることを評価する仕組みが必要です。そのためには、データをどうマネージすれば結果を出せるのか、皆が理解できるルールをつくらなければいけません。
シバタ氏:なるほど。そういった取り組みは、長期的に見れば人的・経済的損失を減らすことにつながりますね。
桃谷:まさにそうです。例えば、気候変動の影響で頻度が増すかもしれない災害に対して、50年単位で考えたときに、事前準備をしている方が結果的に損失を少なくできる。そのような考え方を持って、データ活用による準備等の取り組みの優先度を上げていくための仕組みづくりが重要だと考えています。
――NECのデータドリブンに対する姿勢や取り組みについて、もう少し詳しくお聞かせください。
桃谷:NECでは「BluStellar」というお客様の変革を成功へ導く価値創造モデルを立ち上げました。これは、 NECが誇る先進テクノロジーと積み上げてきた知見をもとに、デジタル変革に重要な3つの要素「ビジネスモデル」「テクノロジー」「組織/人材」を進化させ、お客様の変革の実現・加速に貢献します。 データはその前提として重要ですが、単にデータを活用するだけでなく、お客様にとっての価値創出を目指しています。
シバタ氏:具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
桃谷:例えば、金融、小売、電力会社や不動産会社、製造など、さまざまな業界のお客様と協働しています。最初は「このデータを使えないか」という相談から始まることが多いですが、そこからビジネスの本質的な課題や、組織の人々がどう変わればよいかを一緒に考えていきます。そうすることで、より大きな価値を生み出せる可能性が開けてきます。
――成功しやすいプロジェクトの特徴はありますか?
桃谷:お客様と我々NECの両方が、少し先の未来に挑戦しようという姿勢を持っている状態ですね。経営層と現場の両方が共鳴できるような状況が整っていると、プロジェクトがうまく進むことが多いです。
シバタ氏:私の経験でも、技術だけでなく、組織の変革や人の動かし方が重要だと感じています。データサイエンティストの中には技術に偏重しがちな人もいますが、ビジネスへの理解や結果を優先させる姿勢が非常に重要です。
桃谷:単に技術を提供するだけでなく、お客様の事業構造を理解し、一緒に考えていく姿勢を大切にしています。専門家ぶるのではなく、お客様と共に学んでいく姿勢も重要です。
社会システムの変革にもつながるデータ活用のインパクト
――今後のデータ活用の展望について、どのようにお考えですか?
シバタ氏:技術面では、特に生成AIの進歩により、データ活用の可能性が大きく広がっています。以前は特定の課題に対して専用のデータを集めてソリューションをつくる必要がありましたが、いまは汎用的なAIモデルに少量のデータを追加学習させるだけで、さまざまな課題に対応できるようになってきています。
桃谷:確かに、AIによってデータ活用のハードルが下がっていますね。ただ、データだけですべてが解決するわけではありません。むしろ、データ以外の部分、人間の判断や創造性がより重要になってくると考えています。
シバタ氏:データ活用の重要性が高まる一方で、人間にしかできない部分、新たに人間がやるべきことは何か、企業はそこをしっかり考えていく必要があります。
桃谷:お客様と共にそういった課題に取り組んでいきたいと考えています。データ活用の範囲を広げつつ、同時に人間の役割も再定義していく。そういった取り組みが、今後ますます重要になってくるでしょう。
――どのような分野でデータ活用が進むと予想されますか?
シバタ氏:クリエイティブな分野での活用は急速に進んでいますが、経済的インパクトという意味では限定的かもしれません。歴史的に見ると、サイエンス、金融分野でのデータ活用が先行し、そこで培われた技術が製造業やヘルスケアなど他の分野に波及していった経緯があります。
桃谷:サステナビリティや災害対策、セキュリティなどの分野に注目しています。これらの分野は即座に収益に結びつくわけではないですが、社会的なインパクトが大きく、長期的に大きなビジネスチャンスになると考えています。また、既存のデータをつなげる、あるいは今までデータ化されていなかったものをデータ化するという取り組みも重要です。地道な作業ですが、新たな価値を生み出す可能性を秘めています。
シバタ氏:確かに、そういった社会課題解決型の分野は、データ活用の可能性が大きいですね。ただ、成果が見えにくい分野でもあるので、NECで活躍しているデータ活用人材のように粘り強く取り組む姿勢が必要になると思います。